プロローグ 『始まりの転移』
人間は空を飛べない、そんなことわかりきっている。
なぜなら羽がないから、まあそもそも羽があっても浮くことなんて出来なさそうだなぁ…と青い吸い込まれるような空を見ながら少年は思う。
空を飛びたいなんてことを考える人はたくさんいるだろう。
主に中二病患者や痛い青春ポエムを書く人だが、そんな奴らはだいたい空を飛べるならば「君の下に飛び立ちたい~」とか「おっす!おら戦闘民族!」みたいな聞いてて恥ずかしくなるようなことにしか言わないだろうし、羽が生えれば「天使な俺カッコイイ」とか「俺は選ばれたのか!?」とかそんなことしか口走らないだろう。
ここまで心中で愚痴をこぼしているのだが、当の本人…天瀬 白那は2つのどちらにも属さない。
羽があれば飛べそうだなんてことを考えている理由は羽で浮くことができるのならば、本当に羽がほしかったからだ。
いや明確には浮きたいから欲しいのではない、自分の重力に従って落ちている身体をどうにかして止めたいからだ。
「なんなんだよこの理不尽な死に方は!納得いかねぇぞ!神様ァァァ!!!」
こんな事になっている理由が天瀬 白那には理解不能だった。
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天瀬 白那は一般的な高校生だ。だが一般的ではあるが普通の人よりも劣っていると自らを格付けしている。
男子高校生としては平均的な身長だが、外見は長い髪は肩までかかり、ぼさっとした髪型は流行というものを全く意識していない。極め付けに目つきは少し悪く、典型的な一匹狼という言葉が似合う風貌だ。
勉強は得意な教科もあるのだが、苦手な教科の方が多く、運動神経はそこそこ優れているのだがスポーツをやる意味を見いだせず運動はしなくなった。
実際に何年か前に隣の道場に通っており護身術や剣術などの真似事をしており、師範からは高評価だったのだが、中学生の頃にやり続ける意味が分からなくなり辞めている。
今では鍛えていた体のラインは健康的な食生活を送っていないため栄養が偏っているせいか少し細い。
結果として高校デビューなんて事もせずに、何事にも無気力な劣っている高校生が誕生した。
そんな一匹狼の白那は高校での授業が終わり速やかに帰宅していた。高校2年といえば学校にも慣れて、部活などでは先輩や後輩もでき、特に緊張感もない中だるみの時期だ。
その中でも今日みたいな日は何度も同じ時間を繰り返しているような錯覚に陥る。この時期だと部活にも力が入らず、勉強にも力を入れない学生もいるだろう。
もちろんこれらは一部の高校生という意味だ。
他の生徒は部活に打ち込む者もいれば、大学進学を目指して勉学に励む者もいる。
だが白那はどの部活にも所属しておらず、かといって勉学に勤しんでいる訳でもない。ましてや友人といえる者と青春の思い出を作るべく遊びに明け暮れる日々を過ごしている訳でもない。
それどころか友人が一人も存在しない完全なる孤独であり、正真正銘の帰宅部だ。そのため授業が終わればすぐに帰宅し、怠惰な生活を貪っていた。
だがそのようになるのにも幾つかの理由がある。
その理由は入学式の日に轢かれそうになっている怪我した野良猫を逃がそうとし、猫を抱えたまま車に衝突したことが原因だ。
幸いにも猫は無事だったのだが、右足を在り得ない方向に曲げてしまった。
病院に搬送されると右足は折れ曲がっているだけでなく、左足が肉離れを起こしていると告げられた。診断の後に医師が放った言葉は――
「猫を助ける前に運動をするようにしなくちゃね(笑)」
余計なお世話だった。ついでに言うならばその医師は在り得ないまでに太っていた。
結局、学校の始まる初日に入院、全治には3か月かかると言われたのだが、授業に遅れが出るといけないので、機能的には問題のない2か月後に退院することにした。
2か月後、退院し新たな学校生活が始まるのだと少し期待しながら自分のクラスに向かったのだが、すでにコミュニティは形成されつつあったようで視線は向けられるのだが誰からも話しかけられることはなかった。
先生からの紹介も名前を呼ばれて終わり、クラスメートは新たな友人たちと早く話したいようで白那の下には誰も来ず。学校初日は何も起こることなく終わった。
次の日には孤独確定と思っていたのだが、物好きはいるようで同じクラスの女子生徒が白那に話しかけに来てくれた。
「俺にも春が来たのか?!」
なんて馬鹿な妄想を白那はしていた。なにせ話しかけてきた女の子が美人でクラスの中心にいるような存在だったからだ。だがこの時に変に思い上がらず自然に接していれば楽しい学校生活を送ることが出来たのかもしれない。
「天瀬君ってどこの中学校出身なの?」
簡単な質問だった。小さく息を吸い込み、これからの学園生活を明るいものにするべく優しい口調で質問の答えを返す。
「あァァ?俺は××中出身だけどォ?…」
盛大に失敗した。
あまりに久しぶりの会話だったため、緊張で口が乾き語尾がおかしくなり、そして低い声で唸るように答えてしまう。
せめて悪い印象を与えないようにと笑顔でさきほどの失敗を挽回しようとするのだが、それも空しく悪人のようなニヤッとした笑顔を浮かべてしまい周りにいた女子と一緒にヒッ…と短い悲鳴を上げて逃げていった。
どうやら病院で小説を読むときに笑うのを堪えていたせいか顔の表情筋が強張っていたようだ。誰にでもよくある失敗だ。次頑張れば良いのだと自分に言い聞かせた。だが―――
端的に言うと次は来なかった。挙句の果てには不良のレッテルを貼られ、誰からも寄り付かれなくなった。
最後の希望である部活動も最初の入部歓迎ムードが終わった時期なので入りづらくなっていた。
学校に友人もおらず、部活動もしていない。となるとすぐに帰宅するしかない。
帰宅した後にゲームやアニメや漫画を見る事を日課にして1年間繰り返していると立派な引きこもりがちの高校二年生が完成していた。
今では単位を落とさないように適度に休みながら学校に行くという、少し自堕落な生活を送っている。親は仕事が大好き人間のため白那と2人の姉妹を残し、息子と娘など関係なしにひたすらに仕事だけをしている。
生活費などの金銭面はちゃんとしてくれており、稀に電話で家での生活や学校についても聞いてくる。
かれこれ中学生の頃からこの生活が続いているので対して親がいない事は苦痛に感じなかった。
これが天瀬 白那だ。
自分の昔の出来事を少しだけ思い出していると家に到着していた。
どこにでもあるような住宅街の2階建ての家。そこが白那の自宅だ。
黒色のドアに鍵を差し込み回す。ガチャリと音を立てて開錠されるのを確認しドアを開ける。
丁度帰ってきたのか制服姿の妹が玄関先にいたので一応コミュニケーションをはかる。
「た、ただいま…」
「…………」
無言のままリビングの方に向かっていく。無視をするように。
白那が高校生になり、姉妹の態度は変わった。昔はよく話していた姉も妹も今では最低限のコミュニケーションを取ることしかしなくなった。
なので必要のない会話は基本的に無視だ。何が原因でこうなったのかは分かっていない。食事も白那は自室で1人、姉妹はリビングで2人で食べるのが常になっていた。
「こんなことなら車に撥ねられたあの時に異世界転生でもできれば良かったのに……」
そんな事をボヤきながら、制服を脱ぎ2階の自室へ上がっていく。部屋に入るとパソコンをつける、パソコンが起動する間にいつものように部屋着であるジャージに着替え、ヘッドホンを取り出し装着する。そんな一連の行動終えてイスに座り一息つく。
パソコンを起動すると配信されているアニメを視聴しようとする。
だが自分のいつも見ているアニメがまだ配信されていないようで、ゲームを起動する。しかしゲームも緊急メンテナンスを実施していると表示され、ゲームをすることすら出来ない。
「ついてないな…」
そこで夜に読もうと考えていたWeb小説を読むことにする。ブックマークを付けている投稿型の小説サイトで自分の趣味に合う小説を探す。
「今日は久しぶりに異世界系でも読むかな…」
そんなことを1人寂しく呟きながらサイトで気になる小説を探していく。
夕焼けが窓から差し込み始める。
数分後に読みたいものが見つかったので、長時間かけて今投稿されているものを全て読む。素人とは思えない文章力で綴られた作品で、書店に売っている本よりも見ごたえのある小説でついつい読み耽ってしまう。
その作品を読み終えるのに時間はかからなかった。ボリュームのある小説でも速読が身に付いているため意外と早く読み終わる。見終わった後はちょっとした充実感を得ながら深いため息をつき、ベットに倒れこむ。そして目をつぶり一言呟く。
「俺も異世界とか行きてぇな…」
その一言を呟いたとしても現実なんて変わるはずがない。そう思って呟いた一言だった。
しかし世界は一変した。
次の瞬間、不思議な感覚を体が覚える。浮いている、いや落ちているといった方がよいのだろう。そんな感覚が体を襲う。深い眠りに落ちているのだろうか、そんな風に白那は意識を誤魔化すのだが、やはり誤魔化しきれない。
耳元では轟轟と風は吹き荒れ、体がぐるぐると回転しているのだから。流石に夢とか眠いという問題ではない。目を見開くとそこには…限りなく広がる大自然と大きな町が存在していた。
「はぁぁぁぁぁ?!なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!」
思わず叫び声をあげてしまう。それはそうだ。自分は部屋にいたのにいきなり上空から紐なしバンジーをしているのだから、それは驚く。驚かない方がおかしいだろう。
とりあえず滞空時間がまだあるようなので、冷静になり現在の状況を把握する。
いつものように帰宅 ←分かる
家に帰り着くと家族が冷たい ←いつも通り
パソコンをつけて小説を見る ←有意義な時間だった
ベットに倒れこむと紐なしバンジー ←Why?
状況を整理しても何も見えてこない。それどころか余計にこんがらがる。そして少しづつではあるが緑色の地面が迫りつつあった。頭を落ち着かせて考えを張り巡らせる。だがこの状況を打開する策などあるはずもない。
「なんなんだよこの理不尽な死に方は!納得いかねぇぞ!神様ァァァ!!!」
絶叫にも似たような声を上げたのだが何かが起こる訳でもない。ただただ理不尽な死に方に不満を感じざる得なかった。段々と緑の地面が大きくなっていく。まるで地面に飲み込まれているようで不気味に感じる。
もう叫ぶような時間はなく、ただ瞳に宿る恐怖を抑えて目を瞑る事しかできなかった。
人は死ぬ瞬間に走馬燈を見るという。
正確にはパノラマ視現象という名前で、死ぬ直前に脳の活動が活発化し、今までの人生の思い出が脳裏に蘇るという物だ。
これが起こる理由には様々な説があるが、過去の思い出から今自分の身に起こっている危険を回避する方法を探っているという説もある。
はたまた幻覚という説も出ている訳だが、現在、危機に瀕している天瀬 白那は確かに過去を見ていた。だが思い出というには不確かで何処か欠けていた。
楽しい思い出、悲しい思い出、苦しい思い出…そんな色のついている明確な記憶というではない。
しかし、白那にはそれが確実に過去と認識することは出来た。
その走馬燈と呼ばれる一瞬の間に白那の脳裏に流れた映像は白い光と炎に包まれる建物に佇む少女の姿だけだった………
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