婚約者(王子)を愚痴らせてほしいです
「───ミリナ」
「はい、殿下」
「1ヶ月ほど会えないが、待っていてくれるかい?」
「えぇ、もちろんですわ」
にこりと微笑めば彼も笑みを返す。
社交界で見られるこの笑顔、非常に気持ち悪い。
なぁーにが、「待っていてくれるかい?」だ! 寒い台詞吐くんじゃねぇええっ!
もちろん、とか言っちゃっている私も私だけど。分かっているけどね。でもそれ以外に何を言えばいいのか。
だってこの男はこの国の第1王子で、私はその婚約者なのだから。
私の返事を聞いた王子は満足そうに頷き、堂々と私の部屋から出ていった。
───二度とその面を見せに来るな小僧。
分かってしまうと思うが、私は王子のことが好きではない。むしろ嫌いの域にある。
その理由は、主に2つある。
まず一つ目は、私が転生者であるからだ。
私の前世は地球の日本で生まれた平凡な女だった。
当時の私は大量のラノベや推理小説やエロ本を読んだりしていた。もちろんネットでも小説を読み漁った。
そんな人生も、わずか15年間で終わったわけだが。
死んだ理由は思い出せない。たぶん思い出すことを脳が拒否したのだと思うけど。
代わりに、小説の内容ばかりが甦ってくるのだが。
いや、まあしかし、まさか自分が転生するとは思わなかった。
私は乙女ゲーはやらなかったので、王子の婚約者たる私が悪役になるのかも分からない。
ああ、そうそう、私が王子を嫌っている理由だった。
あのイケメンで、勤勉で、運動神経抜群で、体格だっていい、女性に対する扱いも丁寧な、あの第1王子。
それは簡単だ。
私の嫌いな奴にそっくりだったからだ。
そいつは王子のような金髪ではなく、目の色も緑色ではなかった。日本人の色だった。
問題はそれ以外だ。
イケメンで、勤勉で、運動神経抜群で、体格もいい、女性に対する扱いも丁寧な、というところが似ている。というか、同じなのだ。
だが結局はただの嫌な奴だと知ってしまったのである。
どうせ王子もそのクチだ。
ただの腹黒だ。あの仮面の笑顔がいい証拠である。
えー、そしてもう一つの理由だ。
それは一つ目より簡単だ。
これしかないだろう。
────浮気を、しているから。
婚約者がいるってのに浮気しているとか、もはや怒りを通り越して笑いたくなる。
そんなのだったら、さっさと婚約を解消したらどうなんだろうかね。こちとら公爵家だから王族には歯向かえないし、破棄できないじゃん。
まぁ、頑張れば出来るけどね。婚約解消。
私の公爵家は王家の弱味を(何故か)握っているので、脅そうと思えば脅せる。
だがこんなことで切り札を使うのはよろしくないので、放っておいてあるだけだ。
そのうち向こうが勝手に解消してくれるだろうし。
愛する町娘とどうぞお幸せに~。
────と、まぁ心の中は冷めきっている。
だがミリナの体は悲しいと訴えてくる。不便だ。
あ、私は公爵家の令嬢、ミリナ・フェルマータという名前で生まれた。家族は優しい。
で、ミリナ自身は悲しがっている。
たぶん誰かに愚痴れば気分も晴れるのだろうが、私はほぼ引き込もっているので友達がいない。
しょうがない。小説が面白いから読んじゃうんだもの。
そんなこんなで、誰か友達ほしいな~。
好きな人と私を囲って、ハーレムでも作るつもりか! とか言いたい。
家族に言えないこの悩み(王子の浮気)、誰かに言いたいよー!
─────────
私は今、とある伯爵の豪邸に来ている。
母に「私、お友達が欲しいんですの」と甘えてみたらこうなった。
うん、意味分からん。
何で婚約者がいる私に「歳はミリナちゃんより少し高いけど、とても格好いいお方なのよ~。まだ独り身なの!」とか言って、その男のところに送り出すだろうか。
しかも泊まりて。
泊まらなきゃいけないほど遠い場所に出すなよ!
自分の娘の年齢も忘れちゃったのかな!? ちなみに今年で17歳です! 異世界なのに18にならないと結婚できないのが不思議! 日本でも16歳で結婚できたのにね!
私はまだ純潔の乙女ですのよ!?
しかし文句を言っても仕方がない。そんなのは連れてきたメイド2人を困らせるだけだ。
なので今回も箱庭の清楚な令嬢を演じていよう。
友達どころじゃない。
なんか色々頑張ろう……。
馬車から下りると渋い執事さんが待っていた。
「ようこそおいでくださいました、フェルマータお嬢様。お部屋をご案内いたします」
恭しく頭を下げられれば、私の顔は自然と微笑む。いや変な意味じゃなくて。頭下げられていい気分になったとかじゃない。断じてない。
「ありがとうございます」
令嬢スマイルを浮かべながら、私はドでかい屋敷に入っていく。
ふむふむ、使用人は皆いい人のようだ。笑顔がキラッキラ輝いているから、嘘で楽しげにしているわけではなさそう。
屋敷の隅々まで綺麗に掃除されてあって、歩いて埃を立ててしまうのが申し訳ないくらいだ。
到着した客人用の部屋はきらびやかに飾られていて、しかし目を痛めるほどの輝きはない。
……ここ、住みたい。
あ、いや、別に今の私の家が嫌なのではない。それほどまでにこの屋敷が丁寧に手入れされているのだ。
静かに感動している私に執事のおじさんが「1時間後にリアン様とのご挨拶がございます。お迎えに参りますのでどうぞそれまではごくつろぎ下さい」と言って頭を下げ、去っていった。
リアン様、とは、この伯爵家の当主のことだ。
リアン・カブラ。それが彼の名前である。
部屋は、私と私のメイドだけになった。
私はメイドを2人とも下がらせ、ソファに腰かけた。
おぉ、なかなかもふもふなソファ。
このもふもふ感───眠くなる。
1時間くらい、別にいいよね。
そうして私は、心地よい微睡みの世界に落ちていった。
「────ま、お嬢様」
「ん、ん……。あと5分ん……」
「お嬢様!」
「うぎゃっ!」
令嬢らしくない変な悲鳴を上げて、私は飛び起きた。
目の前には私専属のメイドの顔があるけど……どうしたのかな?
「お時間にございます! 目を覚ましてくださいませ!」
「……ん、時間………」
はて、何の時間だったか。というかこのソファ本当にもふもふで───あ。
「伯爵様がお待ちにございます!」
「あ……あ、そうね。分かったわ。すぐ向かいましょう」
私の目がしっかりと開かれていることを確認して、メイドは私の服と髪を整えた。
ほんの1分で寝癖やら乱れやらがなくなるのだから、不思議なものだ。流石、メイドクオリティ。
理想のメイドだね、本当に。
おかげで時間通りに動けた。
───はず、なのだが。
「遅かったですね、ミリナ嬢。我が家のソファでは、気持ちよく眠れたようで何よりです」
何で知っているんだこいつは!
私がソファで寝ていたことは、あのメイド───マリアしか知らないはずなのに!
怖い! なんかもうヤダ! 帰りたいよぉ!
しかも『嬢』って何だよ! 『様』なんですよ、貴族相手なら! 例え年下の小娘相手でもね!
舐められてる……。絶対にこれは、舐められている!
「……いかがなさいましたか、ミリナ嬢?」
……ま、いいや。適当に話して、帰ろう。
私は17年間で鍛えたスマイルを浮かべ、優雅に一礼した。
「いいえ。お気遣いありがとうございます、リアン様」
顔を上げると改めて、相手の顔をじろじろ見ることにした。あ、イケメン。
何だこいつ。凄いイケメン。
私の婚約者とは違ったイケメンだ。アレは中性的。
コレも中々中性的……だけど何かが違う。よく分からないが。
細いか太いかで問われれば細いと答える。
だが私には分かる。こいつの肉体は、けっこう鍛えられていると。何故かと聞かれても答えられないが。
それと、何だろう? こいつの顔をどこかで見たような気がするのだけど……けど、会ったことはないはずだ。
何せ私は引き込もってばかりで、どこぞの貴族が開催するパーティーにも片手で数える程度にしか参加したことはないのだから。
外出らしい外出は1度もしたことがない。面倒だしね!
ってか本当にこいつイケメンだな……。白髪灼眼。アルビノかね? どうでもいいけど。
気を取り直して、我が家に有益な関係を築いていこう。
───────
結論から言おう。
我が家に有益な関係、なんて────
「築けるかッ!」
「どうしましたか、ミリナ嬢? 随分と野蛮な叫び声ですが」
私は目の前のイケメンを睨む。
誰のせいだ、誰の! この叫びはテメェに向けてだよ糞イケメン!
言葉の裏に皮肉を忍ばせやがって! 何だ? やっぱ私が小娘だからって舐めているのかぁあああっ!? 公爵令嬢でしかも第1王子の婚約者だってのに!?
な・ん・で、私がこんな目に合わなくちゃいけないんだよ! 母のせい!? 母に『友達が欲しいんですの☆』っておねだりした私のせい!?
いんや、おねだりしたくなったのは王子が浮気したからだ! 王子のせいだなっ!
あの糞王子めぇえええええっ!
「ミリナ嬢? どうされました?」
「くっ……!」
怒鳴っては駄目だ、ミリナ。さっき叫んだけどあれはノーカンだ。あれはしょうがないからいいのだ。
気を取り直そう!
「何でもありませんわ。申し訳ございません、おほほほほほほっ」
お嬢様っぽい高笑いを発動! 大抵の人間にはこれで誤魔化せる!
「それで───」
「はい?」
「貴女の母上であるフェルマータ公爵夫人からは、貴女からの相談に乗ってあげて欲しいと言われているんですよ」
母ぁああああっ!? 相談とか、私は言っていないよ!? もしかしてバレてるの!? 王子の浮気が!?
怖い……。早く帰りたい……。
「あら、そうでしたか。ですが私には悩み事なんてありませんわ。お気遣い、ありがとうございます」
婚約者が浮気していることについての愚痴なんて、言える訳がない。他人に、しかも男に! それも第1王子のなんて!
私が心の中で叫びに叫んでいると、伯爵がくすりと笑った。
「その割には口許がひきつっていますが? あぁ、元々でしたかね」
皮肉ってか悪口か。本当、嫌な奴だ。
浮気する王子に、皮肉屋の伯爵……。私の回りには録な男がいないのか。
もう何でもいいからさぁ……婚約者を愚痴らせてよ……。
お読みいただきありがとうございます。おこがましいことを申しますが、感想などをいただけたら幸いです。




