とある女性転生者のお話 後編
さて。
それから数ヶ月が経過し、いよいよ異世界からの巫女召喚を行うことになりました。
四家の次期当主にして鍵所有者が立ち会うしきたりとされている大々的なものです。
とはいえ今代は四つともが最初から次期当主には引き継がれたわけではありません。ですが形式上、儀式に参加するのは次期当主四人のみです。
四家のいずれも朱紅のような10代から20代までの男性しかいないので、当主になっている者はまだ誰もいません。
戦の多い時ならば既に継いだ方もいたと記録には残っておりましたが。
ちなみに白家と玄家は既に次期当主へと鍵の所有権を譲渡されています。
青家は次期当主の青縹殿ではなく、妹君の青藍殿が鍵を持っており、朱家の私同様、シナリオ内で譲渡するイベントがあります。
はっきりと覚えてはいないので、どちらも死亡ルートがあったような気がしないこともないのですが…大丈夫だと思いたいです、切実に。
巫女である彼女と対面するのは、央州にある皇城に巫女と鍵所有者が滞在するようになってからになります。
ある程度の絆を築かないといけないことは既に伝承で伝えられていますから、次期当主とその護衛なども滞在できるよう、特別居住区には大きな部屋が五つあります。
私もまた、その中の一つを訪れることとなりました。
ヒロインである巫女様がどのルートを辿るかは分かりません。
また、システムの関与がないために逆ハーレムなるものになってしまうかもしれません。
私は朱紅が幸せになってくれればと思いますので、そうなった場合は止めさせて頂くことも考えております。
彼には、周りに沢山の愛を振りまく方よりも、彼自身を愛すことの出来る方が必要なのですから。
巫女召喚で呼び出された彼女は、仲原未央さん。
特に名前を付けなかった時のデフォルト名のままなのですぐにヒロインなのだと分かりました。
「…ふぅ」
昼頃、巫女様に誘われたからと朱紅は部屋を出て行きました。
巫女様に誘われたのだから、女性である私を連れて行きたくないのはわかりますが、もうこの段階まで好感度が上がっているのでしょうか。
ある程度までは、全員護衛や側仕えなどが共にいたはずなのに。
普段は物事をきちんと考えることのできる朱紅らしくもなく軽率な行動です。
「あなたは…朱家の」
「朱緋と申します。玄墨殿」
玄家の分家出身で、元鍵所有者の玄墨殿。
彼もまた玄家の次期当主、玄呂様の護衛で、既に鍵の所有権は譲渡済み。
「噂だけは聞き及んでいる。朱家の鍵はあなたが所有していると。譲渡するつもりはないのか?」
「譲渡をしなくてはいけないことはわかっているのですが…どうにも機が見当たらず…」
「そうか。いや、他家の事情に立ち入るべきではないか。それはそうと、朱緋殿の主…朱紅様は一緒ではないのか」
「いいえ…」
「…となると次期当主が全員護衛も伴わず巫女と出かけているのか…?」
「全員、ですか?」
「ああ。他の二人にも聞いたが、そう返ってきた」
システムの関与がないようですし、全員と一気に絆を深めるのでしょうか。
…そんなことをして絆が深まるのなら、世の中に争いなど起こりませんよね。
「確かに身を守る術は皆習ってきているだろうが…しかし…」
「それでも専門的に仕込まれたわけでもありませんから、手練に狙われれば…ひとたまりもありません…無事に帰ってきて下さればよろしいのですが…」
そんなことを玄墨殿と話していると、件の五人が帰ってきました。
全員に何事もなく、外出は終わったようで、一安心です。
「朱緋、部屋に戻るよ」
おかえり、を言う間もなく腕を掴まれ、振り分けられている部屋に戻ることになりました。
何かあったのでしょうか。
「朱紅様…?」
「玄家のやつとのお喋りは楽しかった?」
「…玄墨殿のことでしょうか。楽しい、というよりも皆様の心配はしておりましたが…」
「ふぅん。今度から、俺と一緒じゃない時はこの部屋から出るな」
「え?」
そんな横暴な命令をされたのは初めてで、咄嗟に反応できませんでした。
…ヒロインの関与しないイベントは確かに幕間としてありましたが、こんな…朱紅が朱緋を閉じ込めるようなものはなかったはず。
「返事は」
「…その前に、理由をお聞かせ願えますか」
「理由…」
「私は確かにあなたの従者で護衛ですが…他家の方やその他の方と交流を持っておいた方が後々、朱家のためになると…ですから、部屋から出るなというのなら、その理由が知りたいのです」
「……」
「それをお聞かせ頂けなければご命令といえど承服することは出来ません」
「…理由…自分じゃ、分からないんだ?」
「ええ…あの、朱紅様?」
どことなく嫌な予感がして後退りすると、朱紅も一歩ずつ近づいてきます。
そのうち、寝台に足がぶつかりました。
…これで倒れ込んでしまえば、女である私が自ら寝台に上がったということになるので、男性を誘っている、ということになってしまいます。そんな考えは毛頭ないので、耐えなければ。
「やっぱり、朱緋は朱緋か」
「っ?!」
急に抱き上げられて、寝台に下ろされました。
…投げないでくれただけよしとしましょう。
が、何故顔の両側に手をつかれているのでしょう。
前世で流行った新しい意味での壁ドンや床ドンならぬ寝台ドンですか、そうなのですか…って、寝台ならばただ押し倒されているだけですね。
失礼、私としたことが、取り乱してしまいました。
それで何故私は押し倒されているのでしょうか。
「朱紅様…一体何をなさりたいのですか…?」
「さぁ、何だと思う?」
「っ…」
首筋に触れる朱紅の髪をくすぐったく感じて身を捩ると、首の付け根に一瞬痛みが走りました。
「いっ…」
「噛んでないのに痛いなんて、朱緋は敏感なのかな」
「ひゃっ…耳、やめ…っ」
耳を甘噛みされてしまうと、背筋がゾクリとしてしまいました。
本当にやめて欲しいのですが…やめてくれそうにありません。
「朱紅様…っ」
「そんな顔…いつするようになったのかな」
「そんな、顔…?」
「頬を赤く上気させて…すごくそそられる」
「…っ」
目はギラギラとしているのに、とても優しい表情をしている朱紅が何をしたいか分からなくて、私は閉口するしかなくなってしまいました。
「ねぇ朱緋…もう昔みたいに、朱紅、って呼んではくれない?」
「え…?」
「お前との主従関係なんて、欲しくなかったのにね」
寂しそうな顔をした朱紅は私の髪をひと房とると、そのまま口づけました。
「本当に欲しいのは…」
彼が再度口を開きかけたと同時に、扉がノックされました。
「…?夕食にはまだ早いし…誰だ?」
「見てまいりますので、どいていただけますか」
「いや、俺が行く」
止めるまもなく、朱紅が誰何を問います。
微かに聞こえてくる声から、巫女様のようです。
それにしても何故扉を開けて差し上げないのでしょう。
「巫女様か。部屋を訪ねてくるなんて、何かあった?」
「特に何があったわけでもないんだけど…ピリピリしていたみたいだったから」
「心配してくれたんだ。でも、何もないよ」
「そ、そう…てっきりあの女の子と何かあるのかと思って…」
「…何もないよ。あっても巫女様に心配をかけるほどじゃないさ」
「そっか、分かった」
足音が徐々に遠ざかっていきます。ご自分のお部屋に戻られたのでしょう。
「一応護衛の奴がいるはずなんだけどな…」
「きっと護衛など必要のない場所で育ったのでしょう。朱紅様、落ち着かれたのなら、お茶をお淹れしましょうか」
「…ああ、頼むよ。朱緋も、一緒に飲もう」
「はい」
お茶を淹れることは、この世界に生まれて、従者となるための勉強をしていく内に特技になりました。少しだけ自慢できることです。
「あ」
そういえば、朱紅が出かけて暇だったのでちょっとしたお菓子を作ったんでした。
「お茶が入りましたよ」
「ああ。って、その皿のは…」
「朱紅様が出かけられた後、暇がありましたので少し作ってみました。
お口に合うと良いのですが」
「…菓子、か」
「?」
「思えば、昔から俺に菓子を作ってくれたのは、朱緋だけだと思って」
「…奥様はそういったことに元々向いておられませんから」
「そうだったっけ」
「ええ。旦那様にでさえ、食材を調理することは禁止されているほどです」
「…そっか。うん、美味いよ」
「それならばよかった」
…あの巫女様への朱紅の対応…とても親密度が高いとは思えません。
となると…。
「あと何度こうして共にお茶を飲めるのでしょうね…」
好感度があまりに低いと、鍵を持っていない攻略対象者が鍵の資格を得るために、資格をもつ青藍殿や私、朱緋に死亡フラグが立つはずです。
親密度が上がれば"もう自分は必要がない"と鍵を譲渡するのですが、そうでなければ何らかの手段…例えば巫女様の護衛による暗殺などで命を落とし、自動的に鍵の資格が移ります。
「朱緋?」
「あ…」
「何か…不安?」
「…いえ、そういうわけでは…変なことを口走り申し訳ありません。そういえば、昼間の外出はどうでしたか?」
「え。うーん。とりあえず巫女様の人格に問題があるってのは分かった」
「どういうことです?」
女性に対して珍しく否定的な朱紅が珍しく感じて、思わず尋ねてしまいました。
「最初は異世界であるここに来たことに怯えてたはずだ。だけど、その割に訳知り顔をしているような時もあるし、厳しい物言いをすることもあれば甘いところもある。言動に一貫性がないんだよね」
「…そうですか」
もしかして…彼女も本当はゲームを知っているのでしょうか。それも相当なやり込み度合いで。
けれどそれならば逆ハーレムのような複数と恋愛した後のエンディングはなく、ノーマルエンドは一人で元の世界に帰るというもので、途中までしか手間を減らすための股がけプレイが出来ないことを知っているはず…。
道筋を違えようとしているのでしょうか。
だとしたら、不信感を抱いている朱紅の従者である私は、確実に消されるのでしょうね…せめて彼にいい相手が見つかるのを見届けてから死にたかったです。
「朱緋」
「え?あ、あの、朱紅様っ?」
顔を上げると、朱紅の顔が目の前にありました。
腕が背中に回っていることを考えると、抱きしめられている、のでしょうか。
「朱緋が不安そうだと、俺も不安になるよ。何が恐ろしいのか言ってごらん?」
「…仮定の話ですので、忘れていただいても構いません。…もし、鍵の資格が未だ私にあり、朱紅様にないことを神殿側の方々がよく思っていらっしゃらないとしたら…無理矢理、鍵の資格を移すために私を殺める、ということも充分考えられると思いまして…」
「…!」
「せめて朱紅様に良い方が見つかれば安心できるのですが…」
「朱緋、やっぱり、この部屋から出るなってのは撤回する。常に俺と一緒にいること。一人になるな」
「ですが、仮定のお話で…」
「仮定であろうと、何であろうと…朱緋からすれば可能性がある話なんだろ。聞くだけでも恐ろしいんだ。離れて何かあったとあれば、後悔してもしきれない。もしかしたら、俺はあとを追ってしまうかもしれない」
「朱紅様…?」
「これは命令ではないけど、お願いだ。俺から離れないで」
朱紅にとって、今口にした"お願い"は命令よりも強く自分の言うことを聞いて欲しい時の言葉であることを思い出しました。
それはそうと抱きしめられる力が強くてそろそろ苦しいのですが。
メリークリスマス!
何が悲しくて喪女の私が誕生日にこんな恋愛リア充小説を書いたんでしょうね。
いや、私が恋愛リア充になれない分、私の小説のキャラたちに幸せになってもらいましょう。
それでは、読んでくださりありがとうございました。