とある女性転生者のお話 前編
皆様、初めまして。
語り手たる私の名は、朱緋と申します。以後お見知りおきを。
唐突ではございますが、乙女ゲームというものをご存知でしょうか。
簡単に申しますと、女性向けに制作された、擬似的に恋愛を楽しむことの出来る恋愛シミュレーションゲームのことです。
何故そのようなことを話し始めたのかと疑問にお思いでしょうが、私が今いる世界が乙女ゲームの世界であるためです。更には私自身も一度死に、ぼんやりとではございますがその前世の記憶も持ち合わせて転生をしております。
ここまで聞いて、気が触れているのではないか、と思われた方もいらっしゃるでしょう。それなら私にもまだ救いはありましたが大真面目です。いくら頬を抓っても痛みがあります。
そして私が転生致しましたのは、ゲーム内攻略対象の分家筋にして従者である女性。
所謂成り代わりという転生方式ですね。
しかしその女性がまたルートのキーパーソンでありまして、そうだと分かった時には本当に気が重くなりました。
前世の友人は、前世の私と今の私、朱緋が似ていると言ってゲームを勧めてきていましたが、実際プレイした時、自分ではそうは思えませんでした。
でも、今ならばゲームで見ていた彼女の苦労性とお人好しの理由だけは分かる気が致します。
「ただいま」
「ただいま戻りました」
出先から、私の主である朱紅と朱家本家へ二人で帰宅しました。
「朱緋お姉様と朱紅サマ。おかえりなさいませ」
「なさいませなのー」
そうすると、初めに出迎えてくれるのは朱家に代々仕える家の出である双子の使用人…なのですが。
「…灰桜、薄桜。私のことは良いから朱紅様のお出迎えをしっかりなさい」
「あー、いい。部屋に戻るだけだし。お前も今日は休んでいいよ。どうせ鍵を持ってるのはお前なんだから」
朱紅は私が従者として仕える朱家次期当主ですが、家での扱いはあまり良いものではありません。だから、使用人でさえ態度にその扱いが現れてしまいます。
彼がどうしてそんな扱いなのかというと、本来当主が継ぐはずの、とある資格を継ぐことが出来なかったからです。
その上、中間子なので現当主様や奥様から愛情を注がれた時期があまりにも短く、その愛情に飢え、恋多き男になってしまった心を癒すまでが彼をゲーム内で攻略対象として攻略した際の道筋でした。
そんな彼だから、私は自然と傍についているようになりましたし、私なりに与えることのできる愛情をと思い接してきました。
彼と共にいることは、時に従者として、時に幼馴染として、時に姉のような役割や母のような役割をする必要があります。
だからその分の苦労をしてきましたし、お人よしと言われてしまうこともあります。
きっと、本当の朱緋もそうだったのでしょう。
では、彼が継げなかったという資格とは何か。
それは、鍵の所有者たる資格です。
鍵のことをお話する前に、この世界について簡単にご説明しましょう。
この世界は古代中国に近いファンタジーの世界。
そしてこの国には大きな領地が五つあり、中心の央州を囲むように東西南北の州が存在します。
そして、東西南北を治める家はそれぞれに四神を祀っており、東から順に青龍を祀る青家、白虎を祀る白家、朱雀を祀る私たちの朱家、玄武を祀る玄家があります。
そうしてその四家に一本ずつ鍵が継承され、その四本ともう一本で、央州にある神殿の奥にある鍵穴を開くことが出来ます。
その五つ目の鍵が、乙女ゲームのヒロイン、異世界の巫女が持つ鍵なのです。
五つ揃えば神獣である麒麟の加護を受けることが出来るので、戦や飢饉が多い年には異世界からの巫女召喚が行われます。
その巫女召喚から四つの鍵の持ち主と絆を深めて巫女と認められ、鍵穴を開き、麒麟の加護を得て、その際のエネルギーを使って元の世界に帰るまでがヒロインにとっての一連の物語です。
そして今年、私たちの年齢を考えれば物語での巫女召喚が行われることになります。
今のお話でも勘の良い方は理解されたと思いますが、鍵の所有資格は即ち家を継ぐための資格でもあります。
しかしその資格が時折、同じ家の系統の長子ではない者に受け継がれてしまうこともあるのです。
現に、今代の朱家で資格を継いだのが、朱家の分家筋である私、朱緋です。
そして既に鍵は現当主から私に譲渡されております。
四本の鍵は全て不思議な力を持つ鍵でして、"より好きな所有者へ渡る"性質を持っており、私のものもいくら現当主に返そうと無駄でした。
だから、跡継ぎでも何でもない私が持っているのですが。
…まぁ、資格については、バッドエンドにならない限り、攻略対象が持っていない場合でも何かしらの手段で直前に譲渡されるので、ゲームクリアに支障はありませんでしたが。
「朱緋お姉様は、お休みになられるのですか」
「朱紅様、また女遊びなのー?」
朱紅の姿が自室に消えた途端、二人はこんなことを言い出します。
「…確かに女性とのお約束があるとは仰っていたけれど、女遊びなどと口にしてはいけませんよ。薄桜、今日は暇が出来ましたから、言葉遣いのお勉強をしましょうか。あなたも朱家使用人の一人。いつまでもその言葉遣いをしていてはなりません」
「はいー。お姉様とお勉強なのー」
「……あの、灰桜ももっと勉強をしとうございます」
「ええ。二人共、今日のお仕事が終わったらいらっしゃい」
まだ子供である二人は純粋だから、朱家の方々や他の使用人が言っている話をそのまま受け止めてしまい、口に出すことがあります。
女遊び…確かにそう言われてしまえばそれまでですが、そうなった原因は朱紅の育った環境のせいでもあるのですから、一方的に彼が批判されるいわれもありません。
ただ彼は、心の寂しい方なのです。