第4話
同日 18時00分 太平洋戦隊基地より北へ30カイリ 深度50メートル
そこに北北東に向かってゆっくりと進んでいる巨大な潜水艦が居た。そして、その艦内には彼が居た。
「通信機材をお貸しいただきありがとうございました。艦長」
「えぇ、お構いなく。しかし、警護対象にバレてしまって大丈夫なんですか?准将」
准将と呼ばれていた男はICTO作戦部 太平洋戦隊 陸戦ユニット指揮官のウィリー・アボット准将である。
「問題ありません。許容範囲内です。それより先ほどはわざわざ潜望鏡深度まで浮上して通信を使用させていただき、重ね重ねお礼申し上げます。私は潜水艦の事は良く知りませんがこちらの方は大丈夫ですか?艦長?」
アボットが質問したのは護達より少し年上だが明らかに10代後半から20代前半の女性だった。そしてアボットは彼女ーアンナ・ホワイトーを艦長と呼んだ。彼女の肩章にはアボットと同じ准将の階級章がついていた。
「問題ありません、准将。従来の潜水艦は出来るだけ見つからないようにVLF若しくはULF、つまり超長波か極超長波を主に使用して通信します。あとは通信衛星を使用してのマイクロ波による通信や短波・極超短波を使いますね。ですがVLFとULFは送信できる情報量が少ないので、大量の情報通信は出来ません。しかも陸上からの単方向通信なのでこちらからは送信できなかったのですが、技術部がVLFで大量の相互情報通信を可能にする事に成功しました。空中通信中継機等を使用すれば少しラグがありますが、映像通信まで可能になりました。他にも・・・」
永遠と潜水艦による通信方法について講義されそうだったので区切りを付けようとアボットが考えていたところ、
「艦長」
「何ですか?」
「そろそろ演習開始ポイントです」
「あぁそうでした!准将申し訳ありませんね。余計なお話をしてしまって・・・」
「いえ、お構いなく。勉強になりました」
彼女にはそう返したものの、実際にはホッとしたアボットは副長である下村良幸大佐に目礼をした。すると中佐は少し苦笑してから同じく目礼を返した。
ここでアンナ・ホワイトが艦長を務めるこの潜水艦ーグラム級ーについて説明する。
東西冷戦が終結した2000年以降、超大国の睨みが薄れたのを切欠に国対国が戦う従来の戦争はほぼ皆無となり、宗教対立や民族紛争、テロ等が多発しはじめた。新しい形態の戦争は軍隊対テロ組織の戦いが多い。このような戦いに通常の軍隊対軍隊の戦争を戦う為に編成された軍隊では対応できない点が多い。
このような戦いは民間人が多数混在するような場所で発生する。そんな場所にミサイルを撃ち込み、爆撃や砲撃を行い、戦車や装甲車が連なって進軍した結果がどのような物か言わずとも分かると思う。新しい戦争に対応するためには豊富な情報とあらゆる支援を受ける事のできる機動力の高い部隊が有効である。このグラム級の任務は投入される地域に前進し、前方作戦基地として海上から部隊を支援するのが主な役割だ。
海上を移動できる前方作戦基地として水上艦が真っ先に発案され編成された。しかし、水上艦では隠密性に欠ける。そんな時第2次大戦中の日本海軍が開発した伊四〇〇型潜水艦の話が上がった。潜水艦の最大の長所は隠密性である。いつ、どこから、どのようなオプションで攻撃されるか直前まで分からない。海中から巡航ミサイル等で攻撃するだけではなく、多種多彩なオプションを選択する事が出来るようになる事でより繊細な支援を行う事が出来る。前述した支援を行うためにSTOVL機やヘリ、潜水艇を搭載し、潜水艦との戦闘も考慮されている。これらの要求を満たす為、下記のような大型艦になった。
全長245m 排水量31000トン(水上)
全幅43m 45000トン(水中)
最高速力は通常推進で35ノット、他のシステムも並列使用すれば55ノットを超える。それでいて形状記憶合金を使用した可変ピッチ・スクリューと核融合炉を使用する事により米海軍で運用されているシーウルフ級攻撃原潜やバージニア型攻撃原潜より優れた静粛性を生み出している。
主要な武装は以下の通りである。
533mm魚雷発射管×8
VLS×8
Mk48Mod8 ADCAP魚雷
UGM-84L対艦ミサイル
UGM-109E/F/G/H巡航ミサイル
UUM-54サブロック対潜ミサイル
RIM-174スタンダードERAM対空ミサイル
他多数
ミサイル垂直発射筒はVPT(Virginia Payload Tube)と呼ばれる統合型の垂直発射筒でトマホーク巡航ミサイルを始めとする各種ミサイルを円周上に6発を装填可能だ。仮に1種類のミサイルを装填しようとすれば48発の装填が可能である。他にも水中からの発進が可能なUAVやUUVを搭載する事もある。また設計の際に余裕を持たせて作ってあり弾道ミサイル発射菅を追加することも可能である。その際に搭載されるミサイルは非核攻撃ミサイルCSM(Conventional Strike Missile)である。
しかし、高性能ゆえにその値段はべらぼうに高くなり1隻でシーウルフ級やバージニア級が2隻購入できる値段になった。現在このグラム級は1番艦の“グラム”が司令部戦隊に、そして2番艦の“オーディン”が太平洋戦隊に配備されるに留まっている。
閉話休題
「演習開始ポイントです。艦長」
「よろしい。艦内回線を開いて」
「開きました。いつでもどうぞ艦長」
通信担当の士官が速やかに反応し回線を開いた。
「艦長より達します。総員そのまま聞いて下さい。今回の演習では我々1隻に対して仮想敵は3隻以上という通常の潜水艦戦闘ではまず勝てない、という状況を設定しています。しかしこの艦はそんな状況を打破するために作られました。そのために最新の機材と世界最高峰の潜水艦乗り達を集めました。いつも通り冷静に、正確に、仕事をそれぞれがこなせば、最高の結果が出るでしょう」
「それでは・・・・魚雷戦用意!」
「魚雷戦用ォ意!!」
「1番~6番魚雷発射菅にADCAP装填、7番~8番魚雷発射菅にISLMN装填」
「1番~6番にADCAP、7番~8番にISLMN装填、アイ!」
次々に各担当の者が復唱し、作業を実行していく中でホワイトはソナー手へ確認した。
「艦長よりソナー、まだ反応は無い?」
『お待ちください・・・見つけました。方位2-6-5よりバージニア級1を確認!さらに方位2-1-0よりバージニア級1接近!』
『先に発見したバージニアを目標α、次に発見したものを目標βとします!』
「1、3、5番の魚雷発射菅は目標αのデータを、2、4、6番の魚雷発射菅は目標βのデータを入力!」
「同時に注水!」
「1番~6番魚雷発射菅に諸元入力完了。注水完了まであと6秒・・・3秒・・・注水完了!」
「結構。では・・・1番、3番魚雷発射!」
「1番、3番発射、アイ!!」
2発の魚雷が発射され、それぞれの目標へ向かった。2隻はこちらを発見できていなかったのか、慌てて回避行動を開始した。しかし数秒後・・・
「2番、4番魚雷発射!」
「2番、4番発射、アイ!!」
再び2発の魚雷が発射された。ホワイトは2隻が回避行動を取り1発目は外れると予測していた。そこで時間差をつけて2発を発射した。さらに念には念を入れ、3発目も用意する周到さであった。2隻が発射された魚雷の存在に気づいた時には、既に魚雷との距離は1000メートルを切っていた。発射したMk48ADCAP Mod8魚雷の雷速は52ノット、時間的余裕はほとんど無かった・・・
「2番命中まであと10秒・・・5秒、4秒、3秒、2秒、1秒、時間!」
『2番命中!4番も今命中しました!!』
副長が時間を読み上げ、丁度0になった際に魚雷は命中判定を出したことをソナー手が伝えた。発令所が歓喜に沸いた。しかしそれも一瞬の事だった。
「静かに!まだ演習は終わっていない!」
「艦長どうされますか?」
副長の一喝により発令所内は静まり返った。
「どうするもこうするも、見つけ出して叩く!それだけよ」
「イエス・マム。仰せのままに」
「さぁ、後何隻いるか分からないけど、出てきなさい・・・」
こうしてグラム級2番艦“オーディン”の演習は過ぎていき、結果的に1隻のシーウルフ級と4隻のバージニア級に撃沈判定を食らわせていた。
この演習をオブザーバーとして観戦していたアボットは感嘆の念をホワイトに向けた。
(潜水艦の運用に関しては素人と言っていい私でも、彼女の力量は賞賛に値する。相手は米海軍が開発した潜水艦の中でも優秀な物を我々で改良された仕様の艦だという。それが5隻も居たのにも関わらず、全てを撃沈し、こちらの損害は軽傷者数名に留めている。これは艦の性能と部下達の能力を最大限把握し、最大限引き出せている証拠だ。護達と殆ど変わらない年齢でも、太平洋戦隊の潜水艦を全て統括する立場にあるだけの人間だという事か・・・)
ここで時系列は1ヶ月と少し飛ぶ。
5月下旬 9時00分 日本 某所
そこはとあるビルの一室だった。外から見るとまったくもって普通の建物だったが内部のとある一室は違った。
リビングに入ると机と冷蔵庫やTVがあり、シングルのベットが置いてあった。壁にはいくつかの地図と写真が貼ってありテーブルの上にはウルトラブックとデスクトップPCがおいてあった。その机に向かってキーボードを叩いている男が居た。しばらく男がキーボードを叩き続けエンターキーを押してふぅ、っと息をついたところで電話が鳴った。
「私だ。・・・・예의 것인가? 아, 그런가 알았다. 좋게 부탁한다.(例の件か?あぁ、そうか分かった。よろしく頼む) 」
ピッ
電話を切り、男はふと呟いた。
「さぁ、準備はできた・・・あとは実行するだけだ。待ってろ・・・」
そう言って男は壁に貼ってある1枚の写真を見た。隠し撮りされたと思われるその写真に写っていたのは九条由香里であった。