第20話
色々ありまして、遅くなりました。
その割に余計な部分が多いかもしれません。該当する部分は飛ばして読んで頂ければと思います。
翌日 6時45分 日本 東京都 福生市 横田基地
昨日の18時頃から降り始めた雨は弱まらずに降り続いていた。
治安出動については公表されたが、海ほたるにいる犯人グループ等の情報は公表しなかった。当然だろう。広島に投下されたウラン235を使ったガンバレル型原爆の“リトルボーイ”と核出力だけ見ればほぼ同規模の核爆弾が東京湾内にあるのだ。しかもそれを所持し、核テロを実行したのはアメリカの元政府機関関係者だ。公表されれば国内世論は沸騰し、東京湾沿岸に住んでいる人々はパニックを起こすだろう。そして、世界初の核テロを、人類で3度目の核攻撃を行った者としてアメリカは歴史にその名が永遠に刻まれる事になる。
それに対応する為にアメリカから国家核安全保障局の核緊急支援隊や国土安全保障省の連邦緊急事態管理庁等の専門家と資機材を乗せたC-17が約2時間後に横田に到着する。実働部隊として昨夜、沖縄の第353特殊戦航空群のMC-130PがトリイステーションからCIFを横田へ輸送して来た。
CIFはCommanders In-extremis Forceの略で米陸軍特殊部隊“グリーンベレー”の隊員の中から更に選抜された隊員ーーCIF隊員は全員が“SFARTAETC”と呼ばれる8週間の訓練を修了した者たちーーで構成される中隊で“Direct Action”や“Counter terrorism”を専門に行う。名前からも分かる通り、戦域司令官が部隊運用権限を持っている。沖縄の第1特殊部隊グループ第1大隊C中隊の場合、その戦域の陸海空軍、海兵隊の指揮権握っている太平洋軍司令官が権限を握っている。
在日米軍が実働部隊に加わってから直ぐに横田へ特殊部隊を前進させる事を決定したが、在日米軍司令官はすぐさま、太平洋軍司令官にCIF中隊の投入を要請した。
自衛隊の部隊は第1空挺旅団の当番中隊である第1普通科大隊第3中隊と第32普通科連隊の第4中隊がそれぞれ千葉県側と神奈川県側のインターチェンジに警察と共に展開していた。更に木更津から特殊作戦群、岩国から特別警備隊の当直チームが横田に集まっていた。特警隊は岩国から現場に近い場所へ前進しただけだが、特戦群が移動した理由は木更津駐屯地が海ほたるに近すぎるという点である。MANPADSに狙われる可能性がある為、直近の木更津駐屯地ではなく立川駐屯地に指揮所が設置されていた。立川駐屯地が選ばれた理由は後方支援や周辺封鎖等を行う警察や海上保安庁、消防等の運用拠点として十分な広さと施設を完備していたからだ。
彼らとは別にアメリカ本土からやって来た部隊も居た。米海軍のSEALsの内部において極東アジアを除くアジア太平洋全域を担当するTeam1だ。極東アジア担当のTeam5は北朝鮮情勢が不安定なため、朝鮮半島に貼り付けておく必要があり、ハワイ沖での演習に参加していたTeam1のメンバーがやって来た。これで横田基地にはICTO以外に4つの部隊の隊員たちが集まった。しかも日米の隊員たちは全員が初対面という訳では無い。特殊作戦群は太平洋地域における米軍のカウンターパートとしてC中隊と特別警備隊はアメリカでの合同訓練で西海岸に駐屯しているTeam1と交流があった。更に彼らはICTO太平洋戦隊が主催するAsia Pacific Special Operations Forces Competition、APSOFCに参加した経験がある。
APSOFCはアジア太平洋地域の特殊作戦部隊が一同に集まり行われる競技会である。競技会も行われるが、主な目的は同時に行われるシンポジウムであり、各国の関係者が集まる機会を利用し、交換出来る範囲でのカウンターテロ技術や情報の交換が行われている。参加国は米太平洋軍が担当する地域に展開している部隊の他に日本、韓国、台湾、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、タイ、インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピン、メキシコ、チリ、ペルー、ベトナムといった国々が参加し、近年では限定的ながら中国やロシアも参加している。
横田基地で一番大きな第1状況説明室では椅子が片付けられ、地下にある作戦指揮所で映し出されていたいくつかの情報をこちらでも見る事が出来るように部屋の前段に大型のモニターを設置された。モニターから見て左側に日本、右側にアメリカの各部隊がチームリーダーと数名の隊員たちによって臨時指揮所を開設していた。護は後方のICTOの臨時指揮所でいくつかのタフブックやタフパッド、通信機器に囲まれている合計4名の情報・電子隊の隊員たちと真ん中にいるパトリシア・ミラーにコーヒーを渡しながら聞いた。
「パッツはコーヒーどうする?」
「えぇ、ありがとう。いただくわ」
「淹れたてだ。情報部は何と言ってきた?」
「”そちらから送られてきた画像を解析した結果、潜水装備が確認された。フロッグマンがいる可能性は十分にある”としか」
「それ以降、追加情報は?」
「機材は一般的な海軍特殊部隊の潜水装備と遜色無い物のようね。情報部は海ほたるから何度か発信された長距離通信が解読に躍起になっているわ。海ほたる内での通信も捉えているけれど、どちらも米軍の戦術無線機並みのホッピングね」
「FHSSだったか?」
「えぇ。周波数を一定の規則に従い高速に切り替えて送受信機間で通信を行うスペクトラム拡散の一方式。ちょっとホッピング・チャンネルが多くて妨害は難しそう」
「連中はPRC-148やPRC-152と同レベルの個人携帯無線機を持っているという事か?」
「そう。あのレベルの無線機を作る事が出来る技術を持っている企業なんて限られているし、値段もそれ相応する。元準軍事工作官にしても資金が潤沢でなければここまで揃えられないわ」
2人は犯人グループの背後に大きな存在がある事を理解した。どちらも口を開く事無く沈黙しているとアッパズから連絡が入った。
「私です」
『今、連絡が入った。14分前に国会議事堂にトラックが突っ込み爆発した』
「車爆弾ですか?」
『しかもテルミット焼夷弾を搭載した物で現場は地獄絵図だ。警備に当たっていた機動隊員に多数の死傷者が出ている。それに加え、武装集団による襲撃もあったそうだが、そちらは陸自の応援もあり、制圧したそうだ』
護は国内のテレビ局が放送しているニュース番組を映し出しているモニターに目を向けた。
「それらに関して報道規制は?」
『既にかけているが、時間の問題だろう。国会議事堂に加え、首相官邸や警察庁、防衛省等の政府施設もターゲットになっている」
「第1師団だけではなく,空挺や即応レンジャー連隊等はその応援に?」
『その通りだ』
「了解、アウト」
通話を終えたところで第2特殊作戦グループ山岳隊のアンディ・ヘインズが後ろに30代半ばと後半程の男を連れてやってきた。
「ウルズ2、今大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫。そちらは?」
「私が前職でトリイステーションに配属されていた当時のチームメイトです」
「初めまして、米陸軍第1特殊部隊グループCIFのダニー・ミクソン先任曹長です」
「そして、CIFのチームリーダーのーー」
「モーガン・クレイトン中尉だ。よろしく大尉」
護がミクソン先任曹長とクレイトン中尉と握手を交わしていると、後ろから更に男たちがやって来た。
「顔を直接合わせるのは初めてのはずだが・・・SEAL Team1所属ジョシュア・コート大尉だ。よろしく」
「同じくSEAL Team1所属のマーティン・ウォルシュ上等上級兵曹。よろしく」
「よろしく・・・さて、あとはーー」
そう言って自衛隊側のスペースを見るとそこに居たのは護にとって馴染みある顔ぶれだった。
「2人共、あいさつが遅れましたね」
「元気そうだな」
「前に会ってからまだ2ヵ月程しかたっていないのに、また顔を合わせる事になるとは・・・」
神田剛史と伊藤拓海にあいさつしたところでその場の雰囲気に変わった。日米のチームリーダーは訓練等で顔を合わせた事がある面子だった。
「・・・いつも世話になっている。だからこそ、本音を言わせて貰う。お前らは待機していてもらいたい。モーガン、ここは日本だ。中東でもなければアメリカでもない。俺たちの国で起きているんだ」
「ジョシュ、あんたらもだ。今の我々の気持ちを・・・自分の国で他所の国の人間に動き回られた時の気持ちを分かってくれ」
「日本側の気持ちは分かる。だが我々にも司令部からの命令と面子がある」
「我々の元同僚の不始末だ。我々で片を付けたい」
「警察や海保の隊員たちがどんな想いで我々に託したか・・・」
「特に神奈川県警の特殊急襲部隊は重傷者が出ている。昨今は合同訓練も活発に行われている。そんな中、治安出動の事を聞いて千葉県警と警視庁の隊員たちは内心、腸が煮えくり返る思いだったはずだ。特殊警備隊とも交流があるコート大尉、あなたなら分かるはずだ」
先の大戦以降、日本国内の治安を護ってきたのは他ならない警察組織だ。安保闘争や60年代の学生運動、オウム真理教事件における教団への強制捜査等々の際に治安出動が検討された事がある。しかし、これまで一度も発動された事はない。全国に25万人いる警察官の大多数の努力によってこの国の治安が維持されている事は事実である。それがこの度、崩れたと判断されたのだ。その時の警察官たちの気持ちはーー
その場に居た日米の隊員たちが睨み合っている中、部屋の扉が開きアブラハム・アッパズが2人の男性を伴って入ってきた。1人は陸上自衛隊の物を、もう1人は米海軍の物を着用していた。それぞれ一等陸佐と海軍大佐という階級である為、ある程度の年齢のはずだがそれぞれ戦闘服に包んだ身は引き締まっており、左胸の徽章から経歴の持ち主がどのような軍歴を歩んできたのか大体予想できた。
「気をつけ!」
真っ先に気がついたウォルシュが号令をかけた。護たちは勿論、睨み合っていた隊員たちも2人の方を向き、姿勢をとった。
「なにやっているんだ。こんな時に」
「気持ちは分かるがな」
陸上自衛隊の制服を着た天野剛毅一等陸佐は統合幕僚監部の統合特殊作戦運用部のナンバー2であり、アメリカ海軍の制服を着たブライアン・ウッズ大佐はアメリカの陸・海・空軍及び海兵隊の特殊作戦部隊の統合指揮を行う特殊作戦センターの上級士官である。
統合特殊作戦運用部は統合幕僚監部の運用部運用第1課特殊作戦室を解消・発展した部署だ。自衛隊特殊作戦部隊内に米軍の特殊任務部隊と同種の任務を行う部隊が創設されるのとほぼ同時期に創設された。その任務は陸海空自衛隊の特殊作戦部隊を指揮・運用する事である・・・これは対外的に公表されている内容である。部内の関係者以外に対しては特殊作戦戦術の開発、統合特殊作戦演習および訓練の計画等が任務であるとなっている。
上記した内容も含まれるが、主な内容は陸上自衛隊の特殊作戦群第4中隊、海上自衛隊の特別警備隊第6小隊、航空自衛隊の航空支援隊S班等の公に活動内容や存在が否定される特殊作戦部隊及び情報を収集する現地情報隊の指揮・運用だ。この4部隊の他に陸自の第102航空隊や即応レンジャー連隊、空自の第406飛行隊といった部隊の支援を受ける場合がある。
第102航空隊は第1ヘリコプター団 第102飛行隊を解消・発展させた部隊である。主に特殊作戦群の輸送と支援を任務とするが、陸上でのヘリコプターによる空中機動を行う際には海・空の特殊部隊の輸送と支援も行う。所属するパイロットは陸自出身者が多数を占めるが、同じくUH-60を保有している海自や空自、CH-47を保有する空自からも志願者を募り、篩いに掛けて採用する。その任務及び性質から日本版ナイトストーカーズと言われている。
その編成は第1飛行隊がOH-6D、第2飛行隊がUH-60JA、第3飛行隊がCH-47JAであり、それぞれの機体は本家ナイトストーカーズの機体を参考に改良が施されている。OH-6Dはベンチシートの取り付け、グラスコックピット化、エンジン・ローターの換装を行い、米軍のMH-6と変わらない装備を搭載している。残る2機種のUH-60JAとCH-47JAはエンジン・機体各部の耐久性・センサーの強化、グラスコックピット化、エンジン及びローターの減音、空中給油プローブの追加、M134の搭載等々、こちらも米軍の機体と遜色ない機体を使用している。
第1ヘリコプター団内に設置され、特殊作戦群本隊と同様に陸上総隊の陸上特殊作戦運用課が指揮・運用する。
「立川に居られたはずでは?」
「こっちに連絡役として来た」
「誰が主導権を握るんですか?」
「うちの運用部長が取る予定だが、制服、背広問わず干渉してくる連中がいる。他省庁の人間や国防族の言われている一部の議員もだ。おかげでどうなるか分からない」
「我々からも忠告したんだ。“我が国のイーグル・クローになるぞ”と。だが内政干渉だと言われた。アマノ大佐は味方してくれたがね」
Operation Eagle Clawはアメリカがイランアメリカ大使館占拠事件の人質の救出を目的として実行した作戦だ。陸軍・海軍・空軍・海兵隊の4軍が総動員され、デルタフォースが初めて投入された有名な作戦もである。1979年11月イラン革命が発生し、テヘランのアメリカ大使館にてアメリカ人外交官や海兵隊員とその家族の計52人を人質に、元国王のイラン政府への身柄引き渡しを要求した。
事件発生当初、ホワイトハウスとペンタゴンは大騒ぎとなった。なにしろ革命で国境も空港も閉鎖され通信は途絶。情報が何も無かった。当時大統領だったジミー・カーター氏は中央情報局の予算を大幅に削減し、大量の情報部員をクビにした。テヘラン支局も閉鎖され、イランに対する諜報活動は殆どが人工衛星などによるジキントに頼っていた。そのツケが回ってきたのだ。イギリスやドイツ、イスラエルの情報機関が協力を申し出たが潰された。
一方、このような事態に対応するために創設されたデルタは小規模の救出作戦を計画していたがペンタゴンと政治家が干渉した。そしてカーター大統領は陸軍・海軍・空軍・海兵隊のアメリカ軍4軍を総動員させる事を決定した。これにより秘密作戦であるのに主導権争いが始まり、日を追うに従い大規模作戦になった。デルタだけでは兵員が足りず、レンジャーと第10特殊部隊から人員が加わった。ペンタゴンは軍間バランスばかり考え、原子力空母ニミッツに搭載可能と言うことで海軍のRH-53Dを。空軍はAC-130とC-130、C-141が参加した。
1980年4月24日作戦が実行された。しかしC-130とRH-53Dが合流するポイントで作戦にズレが生じ始めた。8機のRH-53Dは6機に減り、1時間以上遅れて到着した。ヘリ部隊はニミッツからの飛行中砂嵐に巻き込まれ、1機が空母へ帰投、1機が故障・不時着した。更に到着した6機の内1機がトラブルに見舞われ、飛行できなくなった。おまけにパイロットたちは長時間の砂漠での超低空飛行を行い疲れきっていた。頭でっかちな作戦計画の弱点が露呈したのだ。
当時、陸軍のデルタ、海軍のRH-53D、空軍のC-130の三者が直接交信する事が出来なかった。使用する無線機の周波数帯が違うという問題点があり、臨時編成されていたJTF司令部を経由しなければ、現場の人間は互いの意思疎通すら満足に出来なかった。残った5機に全ての人質は収容出来ないため作戦は中止され、撤収準備中に悲劇は起きた。燃料を満タンにしたRH-53Dの1機が風に煽られてC-130に激突、炎上、8名の死者と4名の負傷者を出し、作戦は終了、部隊は撤退した。
この作戦の失敗はイラン側の態度を硬化させた。そして、イギリスで発生した駐英イラン大使館占拠事件をSASが解決した事により面子を潰されたアメリカは大統領であるジミー・カーター氏の支持率が下落した。更に第160特殊作戦航空連隊等の部隊、若しくは上級司令部が設立されるきっかけとなった。Eagle Clawは2011年5月2日の強襲までにデルタを含むアメリカの特殊部隊が経験した3つの失敗の1つと言われている。
閉話休題
「他のメンバーは?」
「隣で待機させていますが、呼び出しますか?」
「あぁ、ブリーフィングを開始する」
ミクソンが対応し、隊員たちが集められた。片づけられていた椅子が再び並べられ、進行役としてアッパズが口火を切った。
「諸君、おはよう。これよりブリーフィングを開始する。進行はこのアブラハム・アッパズが務めさせて頂く」
彼の名前が出たところで、その場が少し騒めいた。彼も太平洋戦隊長である斉藤や陸戦ユニット指揮官のアボット、護の父である故加藤影鷹准将程ではないが、この業界の中では中々の有名人だ。彼は度々、業界人しか目を通す事の出来ないレポートを提出し、高い評価を受けている。
「・・・まずは、天野一佐お願いします」
「政府は今回の件を解決する手段として我々の投入を決定した。だが、現在海ほたるで進行中の案件や国会の案件以外にもテロが発生する可能性がある。即応チーム以外は待機。特戦群本隊や第1空挺旅団、即応レンジャー連隊といった部隊はターゲットの可能性がある付近の拠点へ展開を既に開始している。特警隊も同様だ。現場要員の数が足りない」
「中佐にも確認を取ったがICTOは他の作戦を遂行中でこれ以上の人員は出せないと言われている。違いないかな?」
「一佐がされた質問の回答はYESだ。具体的な内容、場所は話せないが、我々の方も余り余裕がない。これを踏まえた上でウッズ大佐、お願いします」
「つまり、突入する現場要員が足りない。私は今回の件に関して上司から在日米軍を含むアジア・太平洋地域に展開する全ての部隊に対して最優先で対応するための権限を預かって来た。クレイトン中尉、コート大尉のチームの指揮権を一時的に日本側に預ける」
「「「!!!!」」」
これには自衛官たちだけでは無く、護たちICTOの隊員も驚いた。プライドの高い米軍が一時的にとはいえ特殊部隊の部隊指揮権を預けたのだ。
「我々ICTOの隊員も同様ということでしょうか?」
「その通りだ」
護の質問にアッパズが答えた。
「我々も日本に預ける。では次に作戦内容に説明する。モニターを見てくれ」
正面の大型モニターに上空から撮影した海ほたるの写真が映し出された。
「これはうちのMQ-1Lが撮影した画像だ。そして、こちらが現場に展開している海自の護衛艦が撮影した望遠画像だ」
彼は手元のタフパッドで画像を拡大し、いくつかの印をつけた。
「見ての通りこことここには重機関銃が、屋根の上には狙撃手が配置されている。この筒状の物体は解析したところ9K38 イグラ、NATOコードSA-18 グロースであると確認された。そして、一番厄介と思われるのがこれだ」
展望デッキに設置された三脚の上に約170cm程の筒が載せられている。それこそがーー
「イスラエルの第三世代対戦車ミサイル、スパイクだ。こいつを無力化しなければ機関銃手等の無力化が困難になる。誘導方式は赤外線画像シーカーを用いた赤外線ホーミングだ。これなら妨害装置で解決するんだが、三脚を設置している点と船舶が攻撃された地点などから見てER型だ。知っての通りこいつには光ファイバーケーブルが追加されているために無力化出来ない」
「そこで、太平洋戦隊基地から応援を呼んだ。それがーー」
アッパズが言った応援とそれの使用内容を聞き、隊員たちは顔を見合わせた。
「 ・・・それは可能なんですか?」
「確認を取ったが可能だと判断された」
「なら、異論はありません」
「では、次に作戦の流れをーー」
作戦計画、海ほたるまでの展開方法等について説明を行い、質疑応答に入った所で基地要員の1人が入室し、アッパズに伝えた。
「海ほたるの1/1が完成した。いつでも使用できるそうだ。質問が無ければ解散とする・・・諸君、準備が完了次第開始しろ。時間はそれほどないぞ!」
「「「「「了解!」」」」」
護たちはそれぞれの隊員を集合させ、装備を纏め、突貫工事で作成した海ほたるの1/1へ向かった。
同日 14時43分 日本 東京都 福生市 横田基地 1/1海ほたる
ドン!
パァン!
ブシュブシュブシュ
「レフトクリア!」
「ライトクリア!」
「オールクリア!人質確保!」
海ほたるの5階部分を模して作られたフロアに汗と火薬、硝煙の匂いが充満し、突入した隊員たちの大声がイヤープロテクター越しに聞こえる中、日ごろ基地の射撃場を管理している隊員がタイマーを読み上げた。
「8分35秒です」
「各自、水分を補給しろ。デブリやるぞ」
デブリーフィングは各人がどのような状況でどの様に対応したのか、反省点や考慮すべき事項等を参加者全員で意見を交換することで、良かった点・悪かった点を共有して次へと繋げることが最大の目的である。
「今回はどうだった?」
「前回からの修正点なんだかーー」
「このフロアへの突入はーー」
「M1のドアは外開きだからーー」
「侵入口の形成に必要な爆薬量はーー」
実際に予行演習を行って修正がすぐに加えられた。例えば、扉の材質、ロックの有無、ロックの種類、開き方等、侵入口を形成する場所の確認は重要な点の1つだ。休憩を挟みながらとはいえ、7時間以上護たちは侵入方法、侵入経路、各チームの突入後の立ち回りを確認する予行演習を行っていた。使用弾薬数に制限はなく、破壊した扉、壁、窓などはすぐさま修復され、突入前の姿を取り戻し、破壊されるという工程を繰り返されていた。短くも濃密な時間を過ごした各隊員たちは以前と同様に打ち解けた。
元々、特殊部隊員というのはどこの部隊であっても近い環境にある。一般部隊には出来ない任務、家族には仕事内容は愚か、所属している事さえ内密にしなければならない。部隊によっては予算が厳しく、国民や政治家だけではなく上層部すら特殊戦を理解していない部隊運用や人事異動・・・
それでも変わらないものがある。どの国のどんな部隊であってもそこに集まる様々な人間はこの仕事を人生のそのものとして自らの時間と命を捧げるだけの覚悟を持ち、行動を行っているという事だ。だからこそ、組織や国の垣根を超えて意気投合する者は多い。
人間の命を奪える物を持っている者がすぐ隣に状態で、条件によっては数メートル以下の空間、視界が確保できないドア等の障害があるような場所に突入する。そんな環境で日々訓練を行っているのだ。隣にいる仲間を信頼しなければ、背中を預けて突っ込む事など出来ないだろう。その為、必然的にその結束は固くなる。場合によっては家族との絆よりも。
「・・・よしこんなところだろう。各員配置に着け。5分後に訓練再開する。解散」
各隊員たちが動き始めるのと護が他の4つの部隊のリーダーを呼んだ。
「どう思う?」
「うちとしては問題ない」
「うちもだ」
「我々も」
「今のタイムがベストだろう」
これ以上の時間短縮は出来ないと4人が共に判断した所でモニター越しに訓練を見ていたアッパズ、天野、ウッズが話しながらやって来た。
「--ではそういう事で」
「よろしく頼みます」
「了解です・・・大尉、私はICTOの責任者として一度立川に向かう。いつGOサインが出るか分からない。待機していてくれ」
アッパズは護たち現場のチームリーダーたちの顔を見回して言い、3人を迎えに来た車両群に向かって行った。
同日 23時05分 日本 神奈川県 横須賀市 横須賀基地
アッパズたちが立川駐屯地に移動した後、護たちは2回程演習を行い、待機態勢に入った。そして22時10分頃、アッパズのみが戻って来ると隊員たちを前にして言った。
「GOサインが出た。予定通り、日の出直前に決行する」
各隊員たちが頷き、横須賀と川崎に向かうチームは第102航空隊所属機体であるUH-60JAに乗り込んだ。また太平洋戦隊基地からとある機体が横田基地に前進して来ていた。
そして、現在、護と希たちは神奈川県横須賀市にある米海軍横須賀米軍施設の19号バースを歩いていが、向かって左側にとある艦がタラップを岸壁に下ろしているのを見つけ、近づいた。
「連絡した特別対応班の者です」
「お待ちしておりました。大尉、少々お待ち下さい」
タラップの脇で立哨していた伍長に声をかけて確認を取らせた。1分ほどで案内役として艦内から出てきたのは艦に乗り組んでいる下士官のトップである最先任上等上級兵曹であった。
「ようこそマシュー・コリンズへ。こちらへどうぞ」
年齢と階級に見合うだけの見事な海軍式敬礼に対して護が答礼を返した。ハンディートーキーで通信を行っている伍長と上等兵を横目で見ながら護たちはICTO太平洋戦隊水上ユニット遠征打撃群に属しているフリーダム級沿海域戦闘艦マシュー・コリンズの艦内へ入った。
フリーダム級には乗員とは別に設けられている作戦要員の居住スペースがある。護たちはそこに案内された。そこは約80名近い人間が海の上で過ごせるだけの空間があり、隣には専用の状況説明室もあった。更に階段を上がればヘリ格納庫へ、下がれば船尾ランプに繋がっている。
「すぐに出港します。しばらく待機して下さい」
「ありがとうございます」
最先任上等上級兵曹が居住スペースから出て行ってから少しの時間を置いて艦内スピーカーから号令が発せられた。
『出港準備、艦内警戒閉鎖!』
この号令と共に乗員の配置状況確認が行われ、砲雷長の指揮の下もやい綱を放つ。艦内は一部の区画を除いた防水ドアやハッチを閉鎖しているため動き回る事も出来ない。そもそも護たちはお客様扱いなので待機するしかないのだが。
『出港用意!』
マシュー・コリンズがゆっくりと岸壁を離れて行く。
当然の事ながらその岸壁には見送る人々も行進曲の演奏もない。そんな中、海上自衛隊第1護衛隊群等の艦艇の内、港内に停泊していた艦艇や米海軍第7艦隊所属艦艇から発行信号で見送りの挨拶が送られて来た。情報が入っている隣人の彼らにしてみれば自動船舶識別装置を停止させている時点でマシュー・コリンズがどのような理由で急遽入港し、足早に出港したのか理解出来るであろう。