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第13話

6月中旬 10時00分 日本 千葉県某所


世間でまだJapan Air Wing航空 301便 ハイジャック事件と名付けられた今回の事件について総理大臣が会見を開いた日の翌日、護は顔に左腕を吊った希とウルズ5こと山田(やまだ)俊一(しゅんいち)を連れてある葬儀場に来ていた。この事件の救出作戦において命を落とした荒木(あらき)智也(ともや)陸曹長の葬式に参列するためである。特別警備隊の五味(ごみ)輝明(てるあき)二等海曹の方には米海軍特殊戦開発グループ“DEVGRU”に所属していたウルズ3のリチャード・アンダーソンと特別警備隊に所属していたウルズ7の吉田 和樹が広島県呉市で行われている葬式に参列している。


 葬式が始まりお坊さんがお経を読み始めると祭壇の両隣に座っている家族・親族の方たちが立ち上がった。最初にお焼香したのが神田から聞いた荒木の奥さんであることが護には分かった。彼女は周囲にゆっくりと深々と一礼すると祭壇に近づき再び一礼。親指、人指し指、中指で抹香をつまみ、額の高さで押しいただき、抹香を香炉にくべて、自らの夫の遺影に合掌し一歩下がると再び周囲に一礼し、自分の席へ戻った。その後には小学五年生の長女が1人で祭壇に向かい、自分の母親がした通りにお焼香を行った。小学三年生の長男は荒木の兄に付き添われる形でご焼香をした。それはぎこちなかったが、嗚咽しつつも一生懸命やろうとしている事が分かった。



(初めてというわけじゃないが、やっぱり嫌なもんだな・・・)



護はそう思いつつも、親族が終わり、弔問客の番になり座っていた椅子から立ち上がった。その横に座っていた希が質問し、それに元特殊作戦群所属の山田が答えた。


「・・・関係者の弔問客少ないわね」


「・・・今回のような任務の場合、本当なら二階級特進で三等陸尉。ここみたいな小さな葬式場では無く国葬で慰霊祭が行われ、儀仗隊による弔銃の発射がある。総理大臣、または防衛大臣の弔問もあるだろう。だけど、この国ではそれはない」


「なぜ?」


「勿論、彼らが特殊部隊の中でもグリーンベレーやSEALsのような特殊(S)作戦(O)部隊(F)というよりデルタやDEVGRUのような特殊(S)任務(M)部隊(U)という活動内容や存在そのものが黙秘される部隊として。影なる部隊(シャドウズ)の中の更なる影なる部隊(シャドウズ)という事もある。だが、国民とその代表である議員や政府の中の人間たちの自衛隊に対する意識の問題も大きいだろう。以前よりもましになったとはいえ、この国の人間の中には現実を見ずに“戦争反対!”、“自衛隊反対!”とただ喚き散らして、いざ自分が助けて欲しい時だけ“助けてくれ”という態度をとる人も中にはいるんだ。今回、死んだ2人も普通は戦死だ・・・これがアメリカなら名誉勲章を授与されてもいたかもな」


「「・・・・・・・」」


「俺も以前、彼らと同じ部隊に所属していたが時々複雑な思いが無い訳じゃなかった。今、ICTOの人間として彼らを見ていると本当に自衛官のモラルの高さは素晴らしいと思うよ。こういう仕事をしている人間は、評価や名声を求めてはいけないが、この国のオペレーター達はそういった面でも優秀だと思う」


山田が言った通り自衛隊関係者は特殊作戦群 群長の鷲崎(わしざき)修吾(しゅうご)一等陸佐と特殊作戦群 第4中隊長の二等陸佐と作戦に参加した人狼(ウェア・ウルフ)の6人のみだった。やがてお焼香の列が進み、護と希の番になった。この救出作戦でICTOは関与したことは公表されていないため3人とも私物の喪服を着用していた。


 2人は横に並び、遺影に向かって一礼し、左右に座っている遺族に一礼。抹香をつまみ、額の高さで押しいただき、抹香を香炉にくべて合掌。一歩下がり再び遺影と左右の遺族に一礼して脇へと逸れた。脇へと逸れた2人に山田が合流し、列に並んだ全員が終わるのを待っていた。


 しばらくして、お焼香を終了しようとしたところで4人の男女が会場の入り口から入ってきた。その男女とは九条由香里、石井正人、渡辺浩介、高野夏美、この4人が東武高校の制服を着て香炉が置いてある台の方へと向かってきた。他の参列者が彼女たちの方を見ながら周囲の近い人間と小声で話し始めた。


 香炉が置いてある台に2人ずつ並んだところで、遺族たちの席にいた荒木の長男が席から立ち上がり、台の方へと向かってきた。


「こっち来るな!」


「「「「!?」」」」


「お前らを助けるために父ちゃんは死んだんだ!お前らなんかのために!父ちゃんを・・・父ちゃんを返せ!返してくれよ!」


その子は怒鳴りながら由香里に泣きながら近づき胸を“ドン、ドン”と叩いた。しかし叩いた力はあまりに弱いものだった。その場に居た殆どの者は顔を俯かせた。


すると、母親であり、妻でもあった女性が4人の直ぐ目の前までやってきた。


「今の息子の言動は謝ります。申し訳ありません。ですが、私も今は自分の感情を押し殺すので精一杯です。どうか、今日のところはこのままお引取り下さい」


女性は4人に向かって頭を下げた。遺族の方々が座っている方を見ると全員、何かに耐えるように顔を強張らせていた。荒木の兄は今にも怒鳴り散らしそうな顔でこちらを睨んできた。


「ですが・・・」


それでも4人は立ち去らなかった。そこに護と希がやってきた。


「みんな、こっちに」


「護!?なんでここに・・・」


「いいから早くこっちに来い」


護が4人を遠ざけようと声をかけたが浩介が護に質問しようとしたので、語気を少し強めて再び言った。4人は一瞬体を強張らせた後頷いた。その後遺族たちに向けて一礼し、前後を護と希に挟まれて、葬式場を出た。







6人は山田が運転して護と希が乗ってきたトヨタ・ランドクルーザー200に乗り込んだ。


「何でお前たちがここに居るんだ?」


運転席に座り、振り向いた護が後部座席に座っている4人に向かって聞いた。


「何でって・・・葬式に参列するために来た」


石井(いしい)正人(まさと)が質問に答えた。


「どうやってこの場所を知った?」


「それは・・・」


3人が由香里の方に視線を向けたのを見て、


「由香里、もし親父さんに聞いたとしたらそれはまずい事になるぞ」


「父には何も聞いていないわ!」


由香里が護と希に向けた目からは、それが嘘を言っているようには見えなかった。


「分かった。その辺りは後にするとして、何でみんながこの葬儀に参列しようとしたの?」


ここで、護に代わり助手席に座った希が質問した。その質問には渡辺(わたなべ)浩介(こうすけ)が答えた。


「・・・俺たちが3機目の輸送機に誘導されて乗り込もうとした時にまだ敵が残っていたみたいで、俺たちの前に立って壁になったんだ。俺たちは無事だったけど助けてくれた人は太い動脈を撃たれて出血が多かった。戻ってきてからもずっと気になってて、その事を由香里に話したら亡くなったって聞いたから葬儀に参列しようと思ったんだ」

「護たちは何でここにいるんだ?」


「俺も希も亡くなった人とは知り合いだったから、参列した」


「なぁ、護・・・お前知っているなら教えてくれよ」


神妙な顔をした正人が護に質問した。


「これだけ大騒ぎになっている事件だ。その中で400人近い民間人を救出した部隊が何故公表されていない?公表すれば皆その人たちの事を褒めるし、称えるだろ。しかもその部隊の隊員が亡くなっているって言うのに・・・」


「皆、今回亡くなった隊員やその部隊については何も言えない。だけど、制服を着て参列していた人の左胸を見れば分かるんじゃないか浩介?お前なら」


「左胸・・・確かあれは・・・じゃあやっぱりーー」


「やめろ!」


浩介は口をつぐんだ。自衛隊について少しでも詳しく知っている人間なら参列していた制服姿の自衛官の徽章を見て理解できる。どのような部隊が作戦に参加したのか。8人全員がレンジャー徽章と空挺徽章を。そして、国旗である日の丸、正義や軍事力等を意味する剣、急襲が得意な鳶、桜星及び神聖な木とされてきた榊からなる徽章を左胸ポケットに着用していた。


「・・・例え理解したとしてもそれを口にするな。あの人たちが左胸にあの徽章(・・)を着用することは殆ど無いんだ。何故か?それは影なる部隊(シャドウズ)だからだ。例え、任務の過程で死亡したとしても、その後には勲章も弔銃の発射もない。あの人たちは一般人と違って、時には“死”というものを押しのけて最善の判断を下せる人間なんだ。荒木さんはあの場において自らが盾になる事が最善だと判断したんだよ」


「それでも・・・死んだらそれで終わりじゃない!何でそこまで出来るの!?」


顔を俯かせていた高野(たかの)夏美(なつみ)が言った。


「あの人たちは上からどんな任務(オーダー)が下ったとしてもそれを成功させるために全力を尽くす。例え、その任務(オーダー)に参加することで自分が死ぬ可能性が高いと分かっていても・・・そして現場に立てば、いかなる状況になろうともその時、その瞬間に最善の判断をしなければならない。その候補の中に“自分が死ぬ事になるからこれは出来ない”という物は無いんだ。自分が死ぬことになってもそれが一番いいと判断したら実行する・・・以前、同じ職種についている人から聞いたことがある。“戦うことは何かを失うこと。何も失わない勝利などあり得ないんだ。勿論、犠牲を払うことは良い事じゃないが、時には犠牲を伴っても意思を表明しなければならないときがあるんだ”と言っていた。あの人達が持っている価値観と死生観は普通の人間と全く違うよ」


「「「「・・・・・・」」」」


車内に重い空気が流れた。その時、運転席側の窓が“コン、コン”と叩かれた。そちらを見ると山田が手招きをしていた。護が一度降りて話しかけた。


「どうしました?」


「奥さんがお前と希と話したいそうだ。面識あったか?」


「いえ、ありません。何でしょうね」


「俺も向こうに戻っているから早く来いよ」


そう言い残して山田は背中を向けて歩き出した。護はドアを開けて4人に降りる様に言ってから希に話しかけた。


「希、奥さんが俺とお前と話をしたいそうだ。来てくれ」


「分かったわ。悪いけど、みんなは帰った方がいいと思うわよ。その格好で式場に入っても嫌悪の視線を向けられるだけだから」


「「「「・・・・・・」」」」


希も一言、4人に言うと車から降りてドアを閉め、葬式場に戻っていった。




入り口に着くと山田が言ったとおり荒木の奥さんと長男がそこにいた。


「加藤護さんと佐藤希さんですか?」


「ええ、初めまして。加藤護といいます」


「初めまして、佐藤希です」


「この度はご愁傷様です」


護が言い、2人は頭を下げた。


「ありがとうございます」


「あの、私たちに話があると聞いて来たのですが・・・?」


「そうですね。話と言うのはお二人にお礼を言いたかったのです」


2人は顔を見合わせ、首を傾げた。


「「お礼?」」


「えぇ、そうです。夫が斃れた後、送り届けて頂き、ありがとうございます」


荒木の奥さんは2人に対して深く頭を下げた。2人が驚いていると、


「詳しくは聞きません、言いふらすわけでもありません。だだ、お2人はうちの夫と同じ雰囲気を纏っておられますから・・・」


「・・・申し訳ありません。そうして頂けると助かります。それとご主人のご遺体に関しては当然の事をしたまでです」


「ありがとうございます。それとお2人は先ほど来た高校生たちとはお知り合いですか?」


「えぇ、私たちの友人です。先ほどは失礼しました。場もわきまえずに・・・」


「大丈夫です。私もあの4人にきつく言ってしまいました。彼らに“申し訳なかった”と伝えていただけますか?」


「分かりました」


希が奥さんと話している間、護は荒木の長男と話していた。


「君、名前は?」


「・・・荒木(あらき)智成(ともなり)です。お兄さんは?」


「俺の名前は加藤護。よろしく智成君」


「・・・お兄さんは父さんを知っているの?」


「あぁ。少しだけどね」


「父さんはどんな仕事をしていたの?」


護はその子に見上げられながらそう言われた。彼の目を見て、言ってはならない事を言うことを考えてしまったが、その考えを直ぐに捨てた。


(・・・本当の事は話せない。それに話したところでこの子は自分の父親の仕事をどう思うだろう・・・人殺しだというか・・・それとも・・・)


護はしゃがみ、彼と目線を合わせた。



「智成君・・・悪いけど、それは言えないんだ。本当にごめんね」


「お兄さんもそうなんだ!みんな父さんがどんな事をしたのか教えてくれない。ただ、高校生を守って死んだとしかオレに教えてくれないんだ!」


そう言って泣いた。母親が対応しようとする前に護は彼を抱きしめた。


「辛いよな・・・苦しいよな・・・何で俺の父さんが死んだんだって思うよな・・・例え、周りがいくら褒め称えて、実際にそれだけの行いを行ったとしても自分たちにとっては生きてさえ居てくれればいいよな・・・お兄さんも小さい頃そう思ったんだ」


護がそこで力を弱めると彼が顔を向けてきた。


「お兄さんも・・・?」


「そうだよ。お兄さんの父さんも君のお父さんと似たような仕事をしていたんだ。でも、ある時自分の仲間を守るために死んじゃったんだ。俺もその時は思ったよ。“何で!?”“何で死んじゃったの!?”ってね。でも、今は違う。世の中には誰かがやらなければならない事がある。それは普通の人なら大変で、逃げ出したくなるような事なんだ。俺は父さんなりに護りたいものがあってその仕事を選んだんだと思う。命を落としてしまう事になっても護りたいものを護りたかったんだってね」


「?・・・よくわからないよ」


「君にも必ず、解る日が来るよ。君がお父さんのような人になれたらね・・・」


護は右手の親指で彼の涙を拭ってやり、立ち上がった。


「加藤さん・・・ありがとうございます」


「いえ、お礼されるような事を言っていません。では後ほど」


護と希はそれぞれ一礼して山田と合流するために歩き出した。




その後、霊柩車が到着し荒木の棺が人狼(ウェア・ウルフ)の6人によって霊柩車に乗せられた。妻と長女と長男、荒木の兄がそれぞれ、遺影等を持ちながら車に近づき一礼した。喪主である奥さんが挨拶し乗り込んだ。1台目の車に続き2台目の霊柩車がホーンを鳴らして出発した。


「敬礼!」


殆どの人間が合唱して手を合わせる中、8人の自衛官は挙手の敬礼をした。護たちは約45度前に傾けて行う敬礼を行った。


(本当なら制服を着て挙手の敬礼で見送ってやるはずなのに・・・それができない。死んだ人間に対して最大限の敬意を表したいのにそれが出来ないなんて・・・)


「俺たちも行こう」


「そうね」


「ちょっと待ってろ。車回してくる」


その後火葬場に赴き、遺骨を骨壷につめて、再び、お経を行った。こうして葬式は終わった。






6月中旬 翌日 14時25分 日本 東京都 世田谷区 池尻 自衛隊中央病院


翌日、護たちは私服で東京都は世田谷区の陸上自衛隊三宿駐屯地内にある自衛隊中央病院を訪れていた。


 自衛隊中央病院は他の自衛隊病院と同じように傷病者の治療を行う。自衛隊病院は基本的に利用対象者を防衛省職員とその家族、つまり防衛省共済組合の被保険者に限定しているが、中央病院は他のいくつかの自衛隊病院と同じように一般外来受診も行っている。他に、この中央病院は衛生要員の養成や防衛医科大学校と連携した研修も行っている。


 護たちは先の救出作戦中に負傷し、現在ここに入院している神田(かんだ)剛史(つよし)の見舞いのためにやってきた。受付で記帳し、部屋番号を聞いて4階の病室までやってきた。


「えっと、401号室って言ってたよな?」


「えぇ、そう言ってたわ」


護たちは401号室の前で一度立ち止まりノックをした。しかし反応が無いのでもう一度ノックした。やはり、反応が無いためゆっくりとドアを開けた。そこで見た光景は・・・


「はい。あ~んして」


「いや、大丈夫だって。切ってくれたら後は自分で食べるかーー」


「こういう時ぐらい黙って食べる!はい、あ~ん」


「あ、あ~ん。ん、うまい・・・」


丁度、神田が女性にメロンを食べさせられているところであった。


「「・・・・・・」」


「あ、いやこれはなーー」


「「失礼しました~♪」」


「ちょっと待ってくれ!」


護と希は一瞬フリーズした後、何かを言おうとしている神田を差し置きニヤニヤした顔を浮かべて病室のドアを閉めた。その場に神田の声が響いたのはその直後だった。





ということもあったがその後、病室に2人は通された。


「いや~、しかしあの神田さんが・・・」


「そうね。まさかあの神田さんがねぇ・・・」


ニヤニヤした顔を崩さずに神田に向かって言った。神田は何も言葉を返さず、窓の方を向いて膨れてしまっている。


「ふふふ、ごめんなさいね。この人ったらいつもはもっと甘えん坊なのに」


「久美!余計なことを言わないでくーー」


「何が余計な事だってあなた?」


「だからーー」


「何か余計なことを言ったかしら私?」


「・・・いいえ何も言っておりません」


「よろしい♪人間素直にならないとね♪」


ものすごい笑顔の女性に神田は何も言えなくなってしまった。この光景が面白すぎて2人が笑うのを堪えるのに必死だったのは言うまでも無いと思う。


「申し送れました。初めまして、加藤護といいます。こちらはーー」


「初めまして、佐藤希といいます」


「あの・・・つまらない物ですが、私たち2人からです」


2人は一礼して女性に向かって言い、お見舞い品を渡した。


「ご丁寧にありがとうございます。私は神田(かんだ)久美(くみ)といいます。剛史の妻です。よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします。あの、失礼ですが、その・・・」


護が久美に向けた視線を彼女は理解した。


「えぇ、お蔭様で8ヶ月に入ったところです」


「そうでしたか。おめでとうございます」


護が久美に一礼したところで希が少し不安そうな顔で言った。


「あの・・・お腹触らせてもらってもいいですか?」


「おい、失礼だぞ希」


「ふふふ、希ちゃんだっけ?いいわよ。こっちに来て」


「ありがとうございます!」


希は久美の近くに行きお腹を触らせてもらい、話をしていた。護は自然と神田と話すこととなった。


「すいません。希が・・・」


「久美ーー妻がいいと言ったんだ。別にかまわないよ」


「ありがとうございます。赤ちゃんの性別は確認したんですか?」


「あぁ。おそらく男の子だそうだ」


「お名前は考えているんですか?」


忠義(ただかず)。何かの為に己の忠と義を貫くという意味だ」


「おぉ。いい名前つけましたね」


「だろ。それより次はウォッカを買って来てくれるんじゃなかったのか?」


「いくらなんでも入院している人間に酒をプレゼント出来ません。まず、買えませんし」


「それもそうか・・・しょうがないから我慢するよ」


「そうして下さい。それと・・・」


ここで護は視線をチラッと神田の妻である久美に向けた。これに神田は軽く頷くと、


「久美、悪いけど下の売店で何か飲み物を買ってきてやってくれ」


と言った。これに対して久美は自分の夫が言おうとしている事を理解した上で頷いた。久美が立ち上がると希もそれに付き添う形で病室を出て行った。


「・・・さて、これで人払いは済んだ。話の内容は?」


「昨日、荒木さんの葬儀に参列してきました」


「そうか・・・驚いただろ・・・」


「はい、山田さんが説明してくれましたが・・・」


「あぁ。護るべきものを護ったとしてもその行いは決して表に出ない。最後の別れですら扱いは諸外国とは違う。それはまだいい。この仕事は評価や名声を求めるものじゃないからな・・・俺たちは任務(オーダー)を遂行するために斃れる事も当然覚悟して仕事に就く。それでもどれだけ訓練しても、どれだけ用心しても斃れることがある。悩み、苦しみ、葛藤を抱えるかもしれない。自分が指揮している部下が斃れたとなれば尚更に」


護は神田が、目を閉じながら手をきつく握り締めているのに気がついた。


「今の仕事を辞めようと思った事は・・・?」


「まったく無くはない。特に妻が妊娠していると分かった時にはね。俺がもし、死んだら残される久美と子供はどうなるのかとか色々考える事があったよ。でも、今の仕事は辞められない」


神田は閉じていた目を開けて護を見据えて言った。


「俺たちがやる事は通常部隊では出来ない。俺たちに下される任務(オーダー)の殆どは死亡する可能性が高い。そんな事を俺たちのような部隊以外にやらせてはいけないんだ。特別な人生観と死生観を持った人間が集まった部隊がやるべきだ。例え、評価されなくても、賞賛されなくても、俺たちは黒子に徹する。決して表に出る事はない。目立つ必要はないんだ。そして、それだけの考えと力と装備を持った部隊が必要となった時にその現場に俺は居続けるべきだと思った。自分の大切な人たちを、ひいてはこの国とこの国に住む人たちを護るために・・・」


「そうですか・・・」


(これがこの国の特殊作戦を担う者(オペレーター)か・・・)


護たちが話していた頃、飲み物を買いに出ていた希と久美も話していた。





「・・・ご主人の仕事の事どう思っていますか?」


1階にある売店で飲み物を購入し、4階の病室に戻ろうとしたところで希は唐突に久美に質問した。


「え?」


「あっ、すいません。こんな質問しちゃって・・・」


「大丈夫よ。そうだね、やっぱり辛いよ。私は隣で見ていられるわけ無いからどうなるかまったく分からない訳だし・・・結婚する時はそうでもなかったけど、この子の事が分かったときは正直に言って辞めて欲しかった」


久美はお腹を摩りながら言った。


「その時は本当に良く考えて話し合った。他の仕事もそうだけど自衛官は特に何かあった時に一緒にいれないから・・・結婚式の時に上司の方に言われたの。“この仕事は何かあった時、一番大変なときに大切な人の傍にいられない。ひょっとしたら、朝出かけるときは元気だったのにそれが最後になるかもしれない。このようなもしもはあってほしく無いけれど、この仕事では考えられる事です。だから朝、家を出るときは前日に喧嘩をしたとしても笑顔で送り出してあげて下さい”って。だから辞めて欲しいとその時は思ったけれど、あの人の目を見て思ったの“あぁ、この人は辞めないな”って。だから、今は信じてる。あの人の事を」


「強いですね・・・」


「強いでしょ・・・よく言うじゃない“母は強し!”って。ふふふ」


「フフフ」


彼女はそういったものの手が震えていた。希は彼女と並んで病室に向かって歩いて行った。





2人が病室に戻ると、中から談笑する声が聞こえてきた。


「あれ、誰かお客さんがいるみたいね」


「みたいですね」


扉を開けたその先に居たのはーー


「お父さん!何で居るの!?」


「何で居るの!?とは失礼だな。勿論、剛史君の見舞いに決まっているじゃないか」


「仕事はどうしたの?」


「どうにかひと段落着いたからな。少しだけだが、抜けてきた」


病室に居て久美に“お父さん”と呼ばれた男性に希は見覚えがあった。しかし、中々思い出せなかったので質問する事にした。


「あの、そちらの方は?」


「あ、ごめんね。希ちゃん。こちらはーー」


「久美の父の神田(かんだ)(みのる)です。初めましてでは無いと思うけど覚えているかな?」


「え?失礼ですが、どこかでお会いしたことがありますか?」


「君はまだ小さかったから無理も無いか。何度かお父さんに連れられた君と会った事がある」


「えっと・・・あっ!確か警視庁のーー」


「正解。今は桜田門じゃないんだがね。今は察庁(サッチョウ)なんだ」


「希、そちらは現警察庁 警備局 局長の神田実警視監だ」


護が苦笑しながら言った。


「えっ!?あっ、私の記憶が曖昧だったとは言え、申し訳ありませんでした!」


希はすごい勢いで神田実警視監に対して頭を下げた。


「容姿は変わっても、変わらないものはあるんだな」


「何と言いますかーー」


「いやいや!君の場合は良い意味だよ」


「ありがとうございます」


希が一礼した。すると久美が父親に聞いた。


「お父さん、希ちゃんの事知っているんだ」


「あぁ、彼女のお父さんと一緒に会った事が何度かあるんだ。それにしても狭い世の中だな」


「はい」


「そのようでーー」


最後の言葉に神田と護はそれぞれ苦笑して答えた。


「悪いが、そろそろお暇するよ。この仕事も結構忙しいものでね。じゃあ剛史君、あまり無理をしないように」


「ありがとうございます。お義父さんも無理をなさらないように」


「またね」


「あぁ。次は初孫の時になるかもな。久美も無理しないように」


実は護と希に軽く頭を下げて退室した。それから4人でしばらく話していると16時を過ぎていた。


「アハハハーー護、そろそろーー」


「そうだな・・・では神田さん俺たちも失礼させていただきます。お大事に」


「久美さんも、無理をなさらないように」


「おう。今日はありがとう。また今度」


「今日はありがとう。もしよかったら今度は家にも遊びに来て。この人の“コレクション”がいくつかあるから♪」


「久美!」


「「「アハハハハ」」」


この後2人も退室した。


「・・・剛史、あの2人。いい子達だね」


「あぁ。とってもいい子達だよ。人の痛みが分かる2人だ」


「ねぇ、あの子達ってひょっとしてーー」


「悪い、久美。俺は何も言えない。だけど、2人は自分たちで“道”を決めるんだ・・・これまでも・・・これからも」



世の中には決して表に出てこない出来事がある。その出来事は様々だ。その過程で斃れた者もいる。怪我をした者もいる。様々な犠牲を払ったが彼らが“護りたかったもの”はこのようにして護られた。名乗り出れば英雄(ヒーロー)だ。だが、誰が助けたかなんてどうでもいい。彼らは給料や勲章や名誉のために行動した訳では無い。彼らは評価や名声を求めてはいけない。彼らが自ら求め始めたら、その部隊は存在意義を問われることになる。彼らは任務(オーダー)を忠実に完遂させたに過ぎない。彼らの戦いはこれからも続いていく。


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