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第10話

同日 20時28分 北朝鮮 平安南道ピョンアンナムド 第101空軍基地 Japan Air Wing航空 301便 前部貨物室


希は前部貨物室に着くと普段から持ち歩いているSUREFIREのE2DL ULTRAを取り出して貨物室にいくつもあるコンテナを手当たり次第に開けて中の荷物を探っていった。幸運にも希の荷物は3つ目のコンテナを開けたところで見つけられた。バックを開けてすぐにある着替えには用が無く、それらを退けて隠しポケットからFMG-9を取り出してから更にバックの奥を探った。二重底になっているそこから暗号化機能付きの長距離無線を取り出し、取り出すために広げた荷物をバッグに戻して、コンテナの蓋をして元に戻した。


 自分が持っている装備を再確認、点検している所で希は音に気がついた。注意しなければ聞こえないくらいの小さな音だったがそれは確かに、


ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ


時間を刻んでいるように聞こえた。そしてこのような場合この音の正体は大体決まっている。希は音がしている方向に近づき、自分が想像している物では無いように、と祈りながらコンテナの蓋を開けたがその祈りは裏切られた。


そこにあったのは貨物コンテナ1つを一杯に使った爆弾であった。


(当たって欲しくなかったのに、最悪ね・・・)


コンテナの中には中心部に液体が入っているタンクが2つあった。バイナリー爆薬ー二液混合爆薬ーだ。その脇に目を移せば爆弾が作動出来る状態にある事を示す赤いランプが点灯を繰り返していた。その隣には起爆装置と繋がった高度計があった。タンクに入っている爆薬の量はB747ー8の機体を破壊するには十分すぎる。つまりこの基地に居るテロリストの誰かがスイッチを押すか、301便が基地から離陸してある高度まで上昇すると搭乗している400人以上の乗員乗客は全滅だ。


(私じゃ手に負えないわね。それに解体機材も無いし・・・本当はこういうのは護の仕事なんだけどねぇ)


希は爆発物にあまり詳しくなかった。勿論、特殊作戦部隊に所属しているためC-4等の爆薬を使った爆破を行う訓練や、実戦も経験しているたが太平洋戦隊のSRTの中では詳しくなかった。


ーこれは決して希の能力が低いわけでは無く、詳しい方のレベルが高すぎるという事であるー


一度開けた蓋を元に戻し、希は回収した装備を手に取ると再びノーズギア格納庫へ行き、そこから脚柱を伝って機体の外へ出ようとした。自分が所属している部隊に応援を要請するために・・・



同日 21時32分 北朝鮮 平安南道(ピョンアンナムド) 第101空軍基地 由香里監禁場所より800mほど北の場所


希は装備品を回収し、機体を出てからの約1時間は基地の偵察に用いていた。この偵察によって基地内の大体の戦力と陣地、重要目標、建物等の位置が分かった。確認した具体的な戦力は天馬号 四両、T-55 四両、BMP-1 四両、BTR-50 二両、BTR-60 四両と非装甲の車両が多数。地対空ミサイルは2K12 二セット、S-125 四セットが基地の四隅と二本ある滑走路の内、海側の滑走路の中間くらいの脇と管制塔の裏側に。自走・牽引式対空機関砲は9K35 六両、M1992 四両、ZSU-23-4 二両、ZSU-57-2 二両、ZU-23-2 六門、ZPU-4 六門が地対空ミサイルの隙間を埋めるようにして展開していた。これらに歩兵多数。それと駐機場とヘリパッドにMiG-21bis戦闘機4機、Mi-24V戦闘ヘリ2機が駐機していた。


 ー-最初に航空機を確認したときには更にMi-26大型輸送ヘリ2機とMi-28攻撃ヘリ4機が駐機していた。これらのヘリはODに塗装されているだけで国籍マークは描かれていなかったため気になったが、しばらくすると車両を積み込み離陸していったーー


こうして約1時間掛けて偵察した結果と状況を報告するために希はICTOの太平洋戦隊基地に長距離通信を行うためにアンテナを伸ばした。通信機のキーを叩き、周波数を合わせるとーー


『はい?』


その声を聞いて希は“おや?”と思った。通信は確かに太平洋上の硫黄島より南西に離れたところにあるICTO太平洋戦隊基地に存在する戦闘指揮所に繋げたはずだ。しかしこの声はーー


「PoS 陸戦ユニットSRT所属 佐藤希 ウルズ8です。 階級は中尉、認識番号は18079910901」


『・・・確認しました中尉。今、艦長に繋ぎます』


交信が一度途切れた。通信衛星を使用した長距離通信は自動的に暗号化され、今太平洋から黄海に向けて航行しているオーディンの発令所に届いていたのだ。先ほどの声は希も数回聞いたことのあるオーディンの通信担当士官のものだった。


『ウルズ8、こちらネーレウス1ーアンナ・ホワイトの無線使用時のコールサインーです。無事ですね?』


そして通信担当士官から希も公私共に付き合いがあるオーディン艦長であり、現在は救出作戦の指揮官に任命されているアンナ・ホワイトに通信は回された。


「はい、無事です」


『なによりです。この案件は私が統合指揮官に指名されたので、通信を回して貰いました。ちょっと待って下さい、パース1?』


ここで別の男の声が割り込んだ。


『・・・ウルズ8、こちらパース1だ。君からの通信を祝す。現状報告を頼む』


「了解しました。私は現在北朝鮮の第101空軍基地にいます。敵は朝鮮人をリーダーとしていたハイジャックグループ8人と朝鮮人民軍が恐らく2個中隊~1個大隊程居ると思われます。対空車両も10両以上居ます。その戦力はーー」


希は偵察の結果を報告した。先ほどのような戦力やそれらの配置場所は勿論、基地内の稼動している場所、警戒の態勢、パトロールの有無、兵士の規律・士気といった細かいところまでを1つずつ話していった。勿論、MiG-35やMi-26大型輸送ヘリとMi-28攻撃ヘリ、AK-12等で武装した男達の事も漏れなくである。


 2人は冷静に希の報告を聞き、要所を押さえた質問を返した。由香里が連れ去られた事と301便の貨物室に爆弾がある事を話した時もそれは変わらなかった。


『ウルズ8、その爆弾の解体は無理か?』


「・・・私の知識と装備では手がつけられません。無力化は困難です」


『分かった。対策はこちらで検討する。フェアリーの居る場所は分かるか?』


「分かりません。これから捜索を行いますが、基地内に居るかも分からない状況です」


『安全な範囲で捜索を行え。君には陽動の仕事をしてもらう』


「ッ!?、しかしそれはーー」


『これは決定事項だ』


「・・・了解しました」


この事を聞いて、既に太平洋戦隊は由香里よりも残りの乗客の安全を優先する方針で救出作戦を行うつもりである事を希は知った。


『君の情報のおかげでいくつかの不安定要素を取り除くことが出来た。これから作戦の最終調整を行う。後ほど、こちらから連絡する。それを合図に陽動を開始しろ。時間は決まっていないが、2時間は掛かるだろう』


「了解しました。次の連絡が入り次第、陽動を開始します。それからパース1ーー」


『どうした?』


「ハイジャック犯のリーダーが基地に機体から降りた際に話していた男がいまして。その男、多分ロシア人だと思うのですがご存じないですか?鼻から右頬にかけて傷がある50代後半から60前半位のーー」


『ちょっと待てウルズ8!今鼻から右頬にかけて傷と言ったな!?』


ここで、いつも冷静沈着に作戦を立案し、時には冷徹な判断も下す陸戦ユニットの指揮を執っているアボットの声が乱れた。


「は、はい。確かにそう言いましたが・・・やはり知っているんですね?」


『・・・あぁ、恐らくあの男だ。私とウルズ2、君の父上とウルズ2の父親であった加藤影鷹准将にとって因縁がある男だよ』


希はパース1であるウィリー・アボット准将とはICTOで5年、父親の仕事の関係で更に4年ほど前から知っているが、ここまで感情的になった所を見たことはなかった。


『済まない、取り乱してしまった。それではウルズ8はこれより予定通りの行動に移れ。決して気を抜くな。パース1、アウト』


「・・・了解、いつも以上に気をつけます。ウルズ8、アウト」


希は通信を終え、アンテナを小さく折り畳んだ。希は由香里の捜索を行うために再び、動き出した。



同日 21時43分 韓国 外煙島より90海里 深度20 オーディン 第二甲板 B-1通路


「どういうことですか?」


作戦会議を行うための部屋へ移動している最中、ホワイトはアボットに尋ねた。


「“因縁”に関する件でしょうか?」


「説明していただけますね?」


「残念ながら貴女にはこの件を知る資格がーー「今はそんな事を言っている場合でない事は分かるでしょう!」・・・」


ホワイトは通路の途中で立ち止まり、半歩後ろを歩くアボットに向かって怒鳴った。


「准将が私に“お話できない”と言うことは高レベルの機密事項だという事は分かります。ですが、今作戦を立てるにあたり、情報があるにもかかわらずそれを伝えないという事がどれだけ愚かな事かあなたもよく理解しているはずです」


過去の特殊作戦を含むありとあらゆる軍事作戦において必要な情報が現場の実行部隊等に伝達されなかった、若しくは遅れることによって生じる事態は関係者なら痛いほど分かっている。情報(インテリジェンス)というものは指揮統制コマンド・コントロールと並び、軍事作戦において最も重要な事と言っても過言ではない。勿論、情報だけでは無い。補給、整備、装備、計画立案、エトセトラ、エトセトラ・・・これらのうちの1つでも欠けたりすれば、実行される作戦にはズレが生じる。


正論を真っ直ぐにぶつけてくるホワイトに対してアボットはある事を想っていた。


(まったく・・・これでは、あの2人と一緒だな。私も歳なのかなーー)


アボットは以前から自分の部下である加藤護と佐藤希を気にかけていた。彼らが10代後半という年齢で親と別々の生活をして、このような仕事についている事を。だから、彼らがもし悩みなどがあるならいくらでも話を聞いてやりたかった。もしICTOをやめると言うのなら二つ返事で書類にサインをしただろう。しかし彼らはそんな事を言い出さない。自分達から進んでこの仕事を選び、働いているからだ。勿論、私情は挟めない。だからこそ普段から厳しく接して、時と場合によっては冷徹な判断を彼らに下す。そんな彼らはいざ事に臨んでは危険を顧みず、自分達に課せられた責任を果たそうとする。立場や役職は違えど、その2人と同じように戦場に立ち、課せられた責任を果たそうとする同じ年頃の彼女を同じような目で見ていた。


 このような想いに耽っていたので、アボットはホワイトからの呼びかけに反応するのが遅れてしまった。


「准将?・・・ウィリー・アボット准将!?」


「失礼。それであの男の話でしたな?」


「はい、そうです」


ホワイトは少し不安顔でアボットを見た。


「・・・ホワイト准将、これから私が話す内容は太平洋戦隊・・・いえ、ICTO内部においても限られた人間しか知らない事です。基本的に中将以上の人間と一部の准将と少将に掛けてのみです。」


「中将以上と一部の准将、少将といった将官のみということは第一級機密事項ですね。秘密情報取扱資格セキュリティ・クリアランスのレベルはSですか?」


秘密情報取扱資格セキュリティ・クリアランスとはアメリカの政府機関、軍、国防に関わる産業に求められているセキュリティ証明の事で、該当レベルが高ければ高いほどの機密度の高い情報にアクセスできる権限を持つ。ICTOのクリアランスレベルはS>A>B>C>Dとなり、さらにこの上にZが存在する。本来、Sは中将以上の者のみ閲覧権限を持つ。しかし、場合によって必要と判断されれば、一時的、もしくはその情報のみ限定的に閲覧できることになる。


「本名はアレクセイ・ミハイロフ。旧ソ連国家保安委員会(KGB)出身です。奴はそのKGBの中でも対外諜報活動を担っていた第1総局にいました。彼はそこで様々なセクションを経験しています。その中にはテロリストの支援も含まれ、彼は最終的に非合法(イリーガル)分野を担当するS局のナンバー3にまで昇進しています。ソ連崩壊後の後継機関である対外情報庁(SVR)がまだソ連中央情報庁と言われていた際に辞職。しばらくは行方が掴めませんでしたが、7年前のあの事件がきっかけで掴めました。彼は自らの祖国のために命を危険に晒しながら情報収集や工作活動を行ってきた。しかし、7年前の事件の際に彼は諜報機関のエージェントでは無くテロリストとして現れたのです」


「何故、名前が分かっていながら確保できないのですか?」


「詳しくは私も分かりません。奴の事で分かっているのは経歴と名前と頬の傷の3つです。私も知っている事はこの3つと、奴が7年前起きた世界同時多発テロの武器弾薬を確保し、供給させた。そしてモスクワでのテロに関わっているということです」


「その後、他のテロにも関係は?」


「少なくとも彼が関わっていると確実に言われているもので20件。推測も入れると50件以上です。殺害されたターゲットは40人。これに巻き添えとなった民間人も加えるとなると・・・」


「危険で、残虐な男なのですね?」


「はい。たった1人を殺すためであっても手段を選ばない男です。周囲の巻き込まれる人々のことなど何のそのです・・・」


ホワイトは再び歩き出して冷たい微笑を浮かべた。


「そのミハイロフと言う男には痛い目を見て貰わなければなりませんね」


「はい」


普段は温厚で、ちょっとうっかり者なホワイトだがこのような時に、隠された本質が浮かび上がってくる。彼女も結局、護や希、アボットらと同じ側ーー極端な言い方をすればテロリストとも同じ側ーーで生きる人間だ。理由は言うまでもない。


 アンナ・ホワイトは現在、世界最高峰を誇る高性能で、強力な戦闘艦の艦長であり、型は違えど同じ戦闘艦を複数指揮する立場にある。力によって一方を制する事が出来るのである。彼女がその気になれば、数百万の無垢の人間を殺戮することが出来る。それだけの力を持っている。しかし、力を持つという事はその使い方にも責任を持たされる。彼女はその力と責任の重さを痛感し、力を行使することの結果を知りながらも自らを茨の道へと進めてきた。


「では准将。詳しい話は後で聞くとして作戦を形にしましょう」


2人が扉を開けて入った場所には既に何名かが席についていた。先ほど作戦の骨組みを作った際に居た陸戦ユニットの作戦幕僚、第20STOVL攻撃飛行隊、第61攻撃ヘリ飛行隊、第611輸送ヘリ飛行隊から派遣されてきた各部隊のチーフに加え、第4中隊と第6小隊を指揮・運用する統合幕僚監部の運用部特殊作戦課のスタッフ、第402飛行隊の上部組織である第2輸送航空隊本部 運用隊、そしてICTO太平洋戦隊 第204戦闘航空団、第241支援航空団の運用スタッフが衛星テレビ電話を通じてこの作戦会議に参加することになっている。この会議を行うために、ICTO太平洋戦隊が潜水艦と通信中継を行うE-6Cを発進させている。




同日 22時01分 北朝鮮 平安南道(ピョンアンナムド) 第101空軍基地


(さて、由香里はどこかしら)


由香里は通信を行った場所から既に離れて“フェアリー”の捜索に当たっていた。ところが、長距離用の通信機をもって歩き回る事は出来ず、通信機は少し離れた場所に巧妙に隠匿してきた。指定したコードを入力しなければただの箱に変わるように細工を施して。


 希は影から影へ見回りの兵士達の死角を突いて移動して行った。希の第1優先任務はいずれ行われる救出作戦における陽動である。できるだけ派手に騒ぎを起こし、301便の機体から車両や兵士を引き離すことが任務である。由香里の捜索はあくまでその次である。しかし希は実際には由香里の捜索を優先していた。勿論、陽動の件を忘れたわけではないが場所の特定はしておくべきだと思い捜索していた。既に先ほど偵察した際に粗方の場所は探していたが、建物内部まで偵察を行っていない場所がいくつかあった。その中から希は3つの建物に候補を絞った。


 1つ目が管制塔の脇に併設されている建物、2つ目がそこから200メートルほど離れた場所にある格納庫、そして3つ目はそこからさらに400メートルほど離れた場所にある2階建てのコンクリート製の建物である。それぞれ警備のレベルは他の箇所と比べると厳しく、警備している兵士も他の兵士達よりも訓練されている動きをしている。それぞれに潜入を試みたが、警備が厳しく進入は難しそうだ。そこで希はある方法を選んだ。


 希は歩哨についていた男の後ろに音を殆ど立てずに素早く近づくと、ファイティングナイフを首筋に突きつけ、口と鼻を手で覆った。そしてドスの聞いた声で言った。


「움직이지 말아라!불필요한 일은 생각하지 않는 것이 좋아요.(動くな!余計な事は考えない方が良いわよ)」


希はそう言ったが相手は愚かにも反撃しようとした。


--相手の声が女で尚且つ若いと来れば分からなくはないーー


だが、男が反撃しようとした素振りを見せた瞬間、希はナイフの刃を首筋に少し食い込ませた。更に、よりきつく拘束したため男は全く動けなくなった。


「말했겠죠. 불필요한 일은 생각하지 않는 것이 좋으면・・・알았어?(言ったでしょ。余計な事は考えない方がいいと・・・分かった?)」


男は首を数回縦に振った。希はその男の首筋にナイフを突きつけたまま近くにあるコンテナの影へ男を連れて行った。


「시간이 아깝기 때문에 정직하게 대답하세요. 비행기로부터 데리고 나가진 여고생은 어디에 있는 거야?(時間が惜しいから正直に答えなさい。飛行機から連れ出された女子高生はどこにいるの?)」


「원, 알았다. 정직하게 이야기하기 때문에 우선은 나이프를 치워 줘.(わ、わかった。正直に話すからまずはナイフをどけてくれ)」


男はナイフを退けるように頼んだが、希は更にナイフを首に向けながら言った。


「나는 시간이 아깝다라고 했어. 빨리 대답하지 않으면 목을 소잘라요!(私は時間が惜しいからと言ったの。さっさと答えないと首を掻っ切るわよ!)」


「안 이야기한다!일본인이라면 조금 멀어졌다 곳에 있는 2 층건물에 데리고 가졌다.(分かった話す!日本人なら少し離れたとこにある2階建ての建物に連れて行かれた)」


「그것은 거짓말이 아닌거야!?(それは嘘じゃないの!?)」


「사실이야!나는 정직하게 대답했으니까 죽이지 말아줘. 부탁한다!(本当なんだ!なぁ、俺は正直に答えたんだから殺さないでくれよ。頼む!)」


少しの間、男の事を見てから“この男は事実を言っている”と判断した。希は男を気絶させ、きつく縛り上げてから近くのコンテナに放り込んだ。無論、内側からは開けられないようにして。


(とりあえず、由香里がどこにいるかを確認しないとね)


とにかく由香里を確認するために希は建物への接近を開始した。





同日 22時15分 北朝鮮 平安南道(ピョンアンナムド) 第101空軍基地 基地内某所


由香里は朴と数名の男達と共に車両に乗り、基地の一角にある建物に連れてこられた。そこである部屋に由香里を押し込み、置いてあったパイプ椅子の内の1つに座られた。手首や足首を縛って拘束して。部下達の男達は去り、1時間近く待たされると朴と白衣を着た女性が1名、台車を押しながら入ってきた。女性は台車を止めると入り口の方を向き、何やら準備をしていた。


そんな中朴が向かい側にある椅子に座り、話しかけた。


「気分はどうかな、九条由香里さん?」


「・・・最悪ね。あなた達がこんな事をしなければ、今頃は楽しいガールズトークに話を咲かせていた頃なのに」


「なるほど、こんな状況で皮肉を言うだけの余力は残っているとは流石だ。しかし残念だね、青春の1ページとして自分の思い出に記憶されるはずの修学旅行がとんでもない事になったのだから」


「あなた達は何が目的なの?私はただの女子高生だけど」


「ほぉ、君は君の一族が諸外国からどれだけ注目されているか理解していないようだね」


「九条家のこと?確かに私の家は国務大臣経験者や政財界で有力な力を持っているけれど、それだけよ。残念だけど、期待しt「では質問を変えよう。君は君の将来について両親や親族から何か言われたかな?」将来?いいえ、別に何も言われていないわ」


「では君の家が太平洋戦争中、周りの家が次々軍や工場に男手を徴集されていく中、公務員や軍人、政治家等ではなかった君の家の男達の仕事の内容は?」


「いいえ、何も」


「・・・最後だ。天羽々斬計画と言うものを聴いた記憶は?」


この質問で希は僅かにーー一般人なら気が付かないほどーー眉を上げたが、直ぐに元の顔に戻った。


「この名前を知っているな?」


「知らないわ」


「嘘を付いても君の為を考えると無意味だ。直ぐにバレる。この計画を知っているな?」


「私は知らない」


「その嘘がいつまで続くかな・・・おい、やってくれ!」


朴はここで後ろで台車の前で準備をしていた女性に声を掛けた。女性は朴の方を向き頷くと、台車を押して由香里の側まで来た。


「何するの!?何も喋らないわよ。私は何も知らないんだからーー」


由香里は女性に告げたが、その声は震えていた。するとその女性が反応を示した。


「大丈夫。別に拷問しよう何て考えていないから。そんな事しても無駄だから、これを使うのよ」


そう言って女性は注射器に薬品を入れ空気が入っていない事を確かめる為、そして由香里に今から薬品を注射するという事を認識させる為に由香里の目の前で吐出し、少し薬品を外に出した。


「今から使うのはとある自白剤よ。これを使えば人間は自分の意志とは関係なく喋ってしまうの」


由香里はこの事を聞いて、どうにか逃れようと暴れたが朴が右腕を掴み、押さえつけている間に女性が注射をした。すると由香里は視界がぐにゃっと歪むのを感じてから意識を失った。


「・・・・・・」


「どれくらいで効果が出てくる?」


「これは個人差があるから何とも言えないわ。数分のケースもあれば、1時間以上掛かるケースもある」


先ほど女性は自白剤と言ったが厳密に言えば自白剤という物は無い。確かにLSDやラボナールや“真実の血清”といった物があるが、それらも意識を混濁させ、脳機能を低下した状態するための物である。その状態で質問マニュアルに沿って質問していくと答える場合があるという事だ。しかし朦朧とした状態での自白は信憑性は低くなる。また細部については記憶違いや記憶の齟齬などが出る可能性もある。そのため自白剤と言われている物は緊急の場合と最終手段以外には使用しない。


「じゃあその間に俺は少し外に行って来る。効果が出たのが確認できたら呼んでくれ。それと何かあれば外に居る連中に頼んでくれ」


「えぇ、分かったわ」


朴は言い残して部屋から出て行った。後に残ったのは意識を失った由香里と女性だけだった。





同日 23時30分 韓国 白翎島より南西に34海里 深度50 オーディン 状況説明室


そこは世界中の潜水艦の中でも旧ソ連が建造したR39潜水艦(S)発射式(L)弾道(B)ミサイル(M)を20基搭載できるタイフーン級戦略ミサイル原子力潜水艦と並ぶほど大型なICTOのグラム級において、航空機等を収容している格納庫の次に広い部屋だった。 


 1番前には大型スクリーンが置いてあり、スクリーンに向かっていくつも並べられている椅子は殆ど埋まっていた。護やアダムス、ミラーをはじめとする特別(S)対応(R)(T)は勿論、太平洋戦隊の主要陸上戦力である第2特殊作戦グループの隊員や自衛隊から派遣されてきた神田剛史二等陸尉以下、特殊作戦群 第4中隊所属隊員や伊藤拓海一等海尉以下、特別警備隊 第6小隊所属隊員で編成される歩兵戦闘員、現在オーディンに搭載されているF-35B、AH-64E、RAH-66、CV-22S等のパイロット、さらにASDSと呼ばれる小型潜航艇のクルーも居た。


 彼らがこの状況説明室に集められてから10分近く経過した。そこかしこで近くの隊員同士で意見交換や議論等当たり障りの無い話をしていた。護も1番前の列の席に座り、左側に居た自衛隊の神田二尉や伊藤一尉と話していると、前部の扉から陸戦ユニット長であるアボットが先頭で入室し、その後ろにこの救出作戦の総指揮を託されたホワイトが続いた。


すかさず、着席している中で最先任であるウィリアム・バード中佐が、


「気をつけ!」


と言い、その場に居た全員が起立して気をつけの姿勢をとった。その中で大型スクリーンの前にホワイトが、アボットが半歩後ろに立ったところで、バード中佐が見事なタイミングで、


「敬礼!」


挙手の礼の号令を掛けた。それぞれが出身国のやり方で敬礼すると2人も答礼を返した。再び、気をつけの姿勢に戻ったところでホワイトが、


「着席してください」


全員が椅子に腰掛け、彼女の次の言葉を待った。


「初めての方も居るようですので自己紹介しておきましょう。私はICTO太平洋戦隊 潜水ユニット長兼オーディン艦長であるアンナ・ホワイトです。よろしく」


ICTOの中で初めて顔を見る人間も居たが、その数は少なく、自衛隊の面々は一瞬目を見開いた。しかし、流石は約15万人居る陸上自衛官と、約4万5千人いる海上自衛官の中のトップに立つ男達は直ぐに何事も無かったかのように顔を元に戻した。--そんな彼らを見て護が少し頬を緩ませたことを知っているのは本人と目の前に居たホワイトのみであったーー


「さて、ここにいる全員が事態を把握しているでしょうが、もう一度説明します。本日1700時頃、羽田発那覇行きのJapan Air Wing航空 301便がハイジャックされました。ハイジャックされた301便は1830時頃に北朝鮮の首都平壌から約40キロ離れたところにある第101空軍基地に着陸しました。これを受け日本政府は救出作戦を行うことを決断。しかし様々な事情から自衛隊単独での救出作戦は困難と判断され、ICTO太平洋戦隊に日本国の高木内閣総理大臣から要請が入りました。戦隊長は要請を受託。これにより我がICTO太平洋戦隊が自衛隊との合同救出作戦を敢行することになり、私が今救出作戦の総指揮官を任命されました。詳しいプランの説明は陸戦ユニット長のアボット准将に説明して頂きます」


ホワイトがここで後ろへ下がり、脇にある椅子に腰掛けた。それと入れ替わりにアボットが自分の椅子から立ち上がり前に出た。


「ただ今ホワイト艦長より紹介された陸戦ユニット長のウィリー・アボットだ。自衛官の諸君!自らの手で救出することが適わず、余所者の我々に指揮権を取られて納得出来ない事が多々あるだろう。だが我々は君達との合同訓練で、君達の技量を十分に理解しているつもりだ。部隊としての歴史は両部隊ともまだ浅いが、モラルとスキルは世界的に見てもトップクラスだろう。そんな君達と肩を並べて戦えることを誇りに思う。もしブリーフィング中に質問等があれば遠慮無く述べてくれ」


そのように述べてからアボットは自衛隊の面々がいる方へ顔を向けた。それに対して神田と伊藤の2人は頷きを返した。


「さて、諸君。本題に入る。今回の救出作戦だが、スピードが命だ。まず、本作戦の全容を話しておこう。正面のスクリーンに注目してくれ」


アボットは正面の大型スクリーンをいくつかの衛星写真に切り替えてからレーザーポインターを使いながら説明を始めた。


「これらの写真は日本とアメリカ及び我々ICTOが保有、運用している光学偵察衛星にて撮影した衛星写真だ。写真を見て分かるとおり301便は基地のこの位置に駐機されている。少し離れたここには戦車や歩兵戦闘車が確認できる。これらは旧ソ連のT-62戦車を元に開発されたと思われる暴風号と旧ソ連製のT-55戦車と旧ソ連製の歩兵戦闘車であるBMP-1と推測される。そして対空兵器として2K12 二セット、S-125 四セットが基地の四隅と二本ある滑走路の内、海側の滑走路の中間点の脇と管制塔の裏側に確認できた。他にも9K35 四両、M1992 四両、ZSU-23-4 二両、ZSU-57-2 二両、ZU-23-2 六門、ZPU-4 六門が基地内の対空兵器として確認できた。まずはこれら対空兵器を叩く!」

「そのために地上部隊に先立って、各種航空支援部隊が出撃する。攻撃ヘリ、輸送ヘリ、STOVL機の順だ。しかし本艦に搭載されているSTOVL機と攻撃ヘリだけでは攻撃力不足のためICTO太平洋戦隊基地から8機のFB-22B ストライクラプターを発進させ、対レーダーミサイルと精密誘導爆弾を用いてこれらを攻撃する。攻撃機の護衛と戦闘(C)空中(A)哨戒(P)を行うために同基地からF-22C ラプター4機も参加する。他にもE-10 Spiral 2が早期警戒と空中管制を、EC-46ーKC-46空中給油機を電子戦機に改造した機体ーが電子妨害を行い、KC-46Aが空中給油を行う。以上、5機種、15機でストライクパッケージは編成される。近接(C)航空(A)支援(S)は本艦のAH-64EとF-35Bに任せる。各飛行隊の諸君頼むぞ」


この言葉にAH-64EとF-35Bのパイロットたちは大きく頷いた。先遣隊の1人である海自 特警隊の伊藤がアボットに質問した。


「ストライクパッケージに爆撃(B)効果(D)判定(A)を行う偵察機は含まれないのですか?」


爆撃(B)効果(D)判定(A)は現地の君たちとF-35B、AH-64E、RAH-66のセンサーで行う事で十分と判断された。もし万が一高脅威目標が残ってしまった場合には先遣隊が直接、もしくは間接的に破壊してくれ」


「了解しました」


アボットが言った直接とは先遣隊が自ら目標を破壊する事で、間接とは先遣隊の誘導の元、上空の近接(C)航空(A)支援(S)機が対応すると言うことだ。


「これらによる敵防空網制圧(SEAD)を敢行すると同時に、前もって潜入していた先遣隊が301便に取り付き、機内へ突入する。突入の際には前部貨物室にある爆弾に細心の注意を払うように。この爆弾は遠隔起爆方式と高度計による起爆方式の2つがあると予想される。高度計の方はそれほど気にしなくてもいいが、テロリストが我々の第一撃を切り抜け、爆弾のスイッチを押すより早く無力化しなくてはならない。しかし、恐らくこの爆弾の解体には時間が掛かると予想される。そのため起爆電波を妨害するジャマーを使用して時間を稼ぐしかない。地上部隊本隊は突入とほぼ同時に輸送ヘリより展開する」


この他にもヘリの着陸地点、展開方法、展開位置、それぞれの役割を担ったチームの編成を説明していく。


と、ここで第2特殊作戦グループ車両隊の軍曹が質問してきた。


「人質の搬出方法はどうされるのですか?さすがに人数が・・・」


いつもならば説明があるまで黙っているところだが、今回は人数が人数だ。乗客乗員併せて442名の人質グループを速やかに安全な場所まで移動させるには数が多すぎる。その中でどのように移動させるかが気になったようだ。他数名の隊員もうなずいたりしている。


「そう。今回の作戦においてもっとも懸念された問題がそこだ。301便に搭乗している乗員乗客は442名。今までで発生した航空機に対するハイジャックにおいて最も人質の人数が多い。現在本艦に搭載されているCV-22Sを全機投入しても、全員を運ぶことは出来ない。人質の搬出は“サンダーボルト”に倣う形になる。その為に航空自衛隊 第2輸送航空隊 第402飛行隊が運用しているC-2輸送機 3機を使用する」


 ここで上げた“サンダーボルト”とは1976年6月27日に発生したエールフランス航空機ハイジャック事件の救出作戦名である。この事件でイスラエルは本土から救出部隊を輸送し、人質を搬出するために4機のC-130輸送機を飛ばし、特殊部隊であるサイェレット・マトカルを投入した。結果として、3人の人質と救出部隊指揮官であるヨナタン・ネタニヤフ中佐が死亡したが、彼ら以外は無事にイスラエルへ帰還する事が出来た。機会があればこの作戦については記述したいと思う。



閉話休題



「C-2輸送機の定員はたしか130名程のはずですが?」


陸自 特戦群の荒木(あらき)智也(ともや)陸曹長が手を挙げてから質問した。


「その通り。しかし定員はあくまで定員だ。多少のオーバーなら問題ない」


「なるほど。しかしどうして空自のC-2を使うのですか?おたくは自前の輸送機を持っていますよね。C-17とかMC-130とか」


「勿論、それらの使用を真っ先に考えたが素早く展開し、素早く離脱する為に速度が速い方が良いと判断し、航空自衛隊からC-2を出して貰うことになった。まぁ、多少の"政治”はあっただろうが・・・」


太平洋戦隊、というよりICTO作戦部は以前から日本が開発したC-2輸送機に関心を寄せていた。同規模の機体としてエアバスのA400Mが存在するが、C-2はA400Mと比べ最大搭載量と航続距離が劣っている。しかしICTOが注目したのは巡航速度と高い|短距離離着陸(STOL)性能である。巡航速度はターボプロップ機のA400Mは勿論、米空軍主力の大型輸送機であり、他7ヶ国と1機構軍が採用しているC-17の巡航速度も上回っている。


 注目したもう一つの点である短距離離着陸性能とは文字通り短い距離で離着陸する性能のことである。燃料量や搭載している貨物の重さにもよるが、A400Mは770メートル、戦術輸送機のベストセラーであるC-130輸送機の最新型であるC-130J スーパーハーキュリーズは600メートル。このC-2輸送機は500メートルで離着陸を行える。これにより滑走路の短い場所での運用も可能である。


 ICTO作戦部は既にC-5M スーパーギャラクシー、C-17 グローブマスターⅢ、MC-130J コマンドⅡの3機種を輸送機として運用している。これにC-2を加えようという事になっており、実際にアダムスとミラーはほんの12時間前に航空自衛隊岐阜基地に出向き、C-2輸送機から空挺降下試験を行っていた。


 この事と戦隊長の斉藤が日本国首相から連絡が入る前に幕僚達と作戦を検討中に“陸自と海自を出して空自を出さないと、要請が入った際に行う防衛省との協議で何か言ってくるのでは?”という意見が出た。一蹴してもよかったのだがICTOとしてもC-2の性能をより知る良い機会だと考えた。そのためC-17ではなくC-2が参加することとなった。


「なるほど・・・理解しました」


荒木は頷き、手を下げた。彼の質問は参加している自衛官の中でICTOの事について多少知っている自衛官の疑問を代弁したものだった。


「続けるぞ・・・この輸送機は対空兵器への攻撃から5分で基地に強行着陸を敢行。同じく5分で301便から人質グループを収容、離陸する」


「あの人数をたった5分収容するんですか?なかなかキツいですね」


SRT所属のウルズ12であるティノ・アルド少尉がうめいた。隣に座っていたウルズ11であるクロード・コラン少尉は苦々しげに、


「確かに5分じゃ短いかもしれないが、輸送機を守るのは・・・」


「この5分という時間には理由がある」


アボットは基地の衛星写真を周辺の物に切り替えた。


「この第101空軍基地は主要幹線道路沿いに位置している。平安南道江西郡には朝鮮人民陸軍 第3軍団が存在し、首都平壌からの距離も約40キロ程しかない。基地に存在する敵部隊に対処しても、すぐに増援部隊が到着すると思われる。この増援部隊には平壌防御司令部の第105戦車師団と朝鮮人民軍の全ての特殊作戦部隊におけるフォース・プロバイダーである軽歩兵教導指導局の部隊も含まれると予想される。これらは朝鮮人民軍の中でも精鋭部隊だ。交戦は絶対に避けるように。オーディンから増援部隊の予想進路上にF型トマホーク巡航ミサイルでスマート地雷を散布する手はずになっている。だが、実際の所足止め程度にしかならないだろう」


ここで護は質問するために挙手した。


「輸送機が着陸中いずれかが破壊されるか、もしくは離陸不可能な状態に陥った場合のバックアッププランは?」


「3機の輸送機の内のいずれかが破壊、もしくは離陸不可能な状態に陥っても残った輸送機は離陸させる。例え1機になろうが・・・」


アボットは冷然と言った。


「取り残された人質は全員輸送ヘリに収容する。()()だ。誰一人として置き去りにはするな!その際、搭乗スペースを確保するために装備を放棄してもかまわない。だが、敵の手に渡らないように厳重に処理する事を忘れるな。勿論、そのようにならない事を祈ってはいるが」


室内に重苦しい空気が漂った。


「本来ならば、もっと豊富な情報と基地の模型を使っての演習を何度も行うところだが、そうも言ってられない。この作戦を急ぐ理由の1つとして、天候が挙げられる。作戦区域に低気圧が現在接近中だ。我々の有利な点であるセンサーの性能がガタ落ちする。この低気圧は気象班によると最低5日以上は作戦区域に留まるようだ。作戦決行が遅れれば、それだけ状況は不利に動く。今挙げた天候、情報、敵の警戒、人質の安全など、要素は様々だ。よって予行演習を行っている時間は無い。現地に留まる時間は30分程を予定している」


これに続き、さらに細かい部分の詰めと撤収方法、予想されるトラブルを説明していった。そしてスクリーンの画像を消去し、再び、場所をホワイトへ譲った。


「・・・既に理解していると思いますが、この作戦の鍵はスピードです。しかし、スピードに固執してもミスを犯す。誰かが犯した小さなミスが、致命的損害をもたらすことは明白です。いつも通りの事をいつものようにこなせば問題ない筈です。最後になりましたが、今作戦名を発表します。今作戦を“無限の正義インフィニットジャスティス作戦"と命名します。正義など様々な立場によって変わっていきます。我々は正義の味方ではありません。しかしテロリストが自らの行いを“正義だ”と主張するのであれば、我々は我々の()()を貫くまでです。それが我々のやり方です!」


この言葉にこの場の人間の士気は上がった。皆が皆“絶対的な正義”など存在せず、戦いの中で正義だの何だのというのは関係ないという事はこれまでの経験から身に染みて分かっている。現実的問題、情勢、状況、利潤、国益。そういった物を彼らの生きる世界ではまざまざと見せられる。


 そして世の中は正義という物にくくれない物がたくさん存在する。それは彼ら全員が理解をしている。しかし、たった1つ変わらない物が存在する。


 それは、例えどんな理由があろうと一度でもテロに加担し、何の罪もないような一般市民を殺害したり、危険にさらしたのならばその者に対して手段を選ばない。例え目の前に親や子、家族が居ようが、恋人とベッドで夜を共に過ごしていようが、仕事をしている最中だろうが、彼らは容赦せずテロリストに鉄槌を下す。


「何か質問はありますか?」


その場にいた全員が沈黙した。彼らは既にいつも通りに頭の中を整理してクリアにしていた。


「では準備に入ってください。以上、解散」


一同はわらわらと立ち上がり状況説明室を出ていった。そんな彼らの背中をホワイトは見ていた。


(どうか全員が何事もなく無事に戻って来られますように)


ホワイトは祈った。この世界で何事もなく無事に戻ってこれる保証など何処にもない。だが、祈らずにはいられなかった。しかし、残念ながらその願いは天に届かなかった・・・







0時03分 黄海 先遣隊発進地点 深度40 オーディン 発令所



「現在深度40、速力3ノット、先遣隊発進地点に到達しました」


「海流は南西から2ノット。海上は北西から3メートルの風、波高は2メートル」


航海士官がホワイトに現状と海流、海上の様子を報告してきた。


「すべての潜水艇用気密チェンバー問題なし」


ASDSも問題ない。ホワイトは命令を下した。


「第1・第3潜水艇用気密チェンバーに注水を開始」


「アイ・マム。第1・第3潜水艇用気密チェンバーに注水を開始!」


「第1・第3潜水艇用気密チェンバー注水完了しました」


「第1潜水艇用気密チェンバー開放。ASDSは発進」


「アイ・マム。第1潜水艇用気密チェンバー開放!」


「続いて、第3潜水艇用気密チェンバー開放。アム発進」


「アイ・マム。第3潜水艇用気密チェンバー開放!」


「ASDS発進しました。アム1号・2号共に発進。ASDSより先行し、前方偵察を行います」


「第1・第3気密チェンバー閉鎖まであと4秒・・・閉鎖完了!」


たった今オーディンを発進したASDSとは米海軍が特殊部隊の海中での秘匿長距離輸送の為に開発した物である。前身のSDVはウエット式であり、輸送兵員は長時間にわたって冷水に晒される。そのため到着時点での戦闘準備状態に支障をきたしてしまう。また計器航行能力も限定されたものであった。


 後継のASDSはSDVと異なり操縦士や輸送員を船体内部に収容するドライ式で、操縦士や輸送員が潜水装置を付けること必要が無く長時間にわたって冷水に晒されずに済み、隊員はより安全で海岸に上陸する前に不必要な体力の消耗も防げるようになった。このASDSには現在先遣隊の一部である、ウルズ3、ウルズ7、ウルズ11、ウルズ12と自衛隊 特別警備隊の8名が搭乗している。


ASDSと共に発進した“アム”とは正式名称アムピトリテ。ICTOが運用している無人(U)水中(U)(V)で、長いため通称の“アム”と呼ばれている。このUUVは従来、有人の潜水艦が行っていた沿岸地域での隠密作戦や機雷敷設等に使用される。また潜水艦を探知するソナーを妨害する音を発し、潜水艦が自ら発する騒音と共に、電子戦におけるジャマーのような物としても機能させる。時には小型魚雷CVLWTで攻撃することも可能である。現在、研究部がこのUUVに搭載可能な小型の燃料電池無人航空機を開発中でISR活動に使用される。


「続いて浮上します。ESMマストを上げて。メインバラストタンクブロー」


「アイ・マム。メインバラストタンクブロー、アップトリム5度!」


「ESMマスト上げます!1番上昇、2番上昇」


浮上(サーフェイス)浮上(サーフェイス)浮上(サーフェイス)!」


「航空管制員。サンベア1のエンジンをスタート!」


「アイ・マム。オーディンコントロールよりサンベア1、エンジンスタート!」


『オーディンコントロール、こちらサンベア1。エンジンスタート!』


オーディンはその巨体を海上へ現した。付近40キロに艦船と航空機の反応は無かったが潜水艦は浮上している際は非常に脆弱になる。潜水しているときとは違い、浮上すれば水上艦や対潜哨戒機等からの発見は容易になるからだ。そして潜水艦が本格的に活躍するようになってから100年程経過するが、現在においても潜水艦は基本的に航空機を効果的に攻撃する手段を持っていない。すなわち、これから行う航空機の発艦というものは素早く行わなければならない。


「フライトデッキ開放。サンベア1は発艦してください」


「オーディンコントロールよりサンベア1。発艦を許可します」


『サンベア1、ラジャー。発艦する!』


サンベア1ことCV-22Sは機内に残りの先遣隊12名を乗せて発艦した。メンバーはウルズ2、ウルズ5、ウルズ6、ウルズ9と自衛隊 特殊作戦群の8名である。


「直ちに潜航します!フライトデッキの閉鎖を急いで」


「フライトデッキ閉鎖まであと8秒・・・4秒・・・閉鎖確認!」


「潜航!メインバラストタンクネガティブブロー、深度100」


「アイ・マム。メインバラストタンクネガティブブロー、ダウントリム5!深度100」


潜航(ダイブ)潜航(ダイブ)潜航(ダイブ)!」


それぞれが命令、復唱を繰り返し、航海長の“ダイブ”というより“ダーイ”に近い潜航を示す声を聞いてからホワイトは下村に話しかけた。


「ついに、始まりましたね・・・」


「はい。あと3時間ほどで本隊の発進地点です」


「急ぎましょう。面舵30°、針路0-3-0、第二戦速」


「アイ・アイ・マム。面舵30°、針路0-3-0、第二戦速」


CV-22Sを発艦させたオーディンは、直ちに潜航、本隊の発進地点に向かった。ちなみにオーディンが海上に浮上してから再び潜航するまでに5分と掛からなかった。





同日 0時28分 北朝鮮防空識別圏 高度8000メートル サンベア1 機内


CV-22Sのキャビンには12名の隊員が左右の壁面に背を付ける向きで配置された座席に座っていた。その中の1人、ウルズ2である加藤護が、


「よし、もう一度我々の任務をおさらいしよう」


と言った。護は機内にいる12名を含める先遣隊の指揮権を渡されていた。護は持ってきたタブレット端末に基地周辺の情報が書き込まれた地図を表示させ、確認に入った。


「我々はこの後、高度8000から降下。第101空軍基地から3キロ離れたこの降下地点に降着。距離1キロまで前進し、簡易陣地を構築。その後ウルズ6、9と人狼(ウェアウルフ)7、8はこことここから狙撃支援、誘導。それ以外の者は301便の機体に接近、作戦発動と同時に突入、制圧が完了しだい人質を機外へ脱出させる。その後にコードネーム“フェアリー”を捜索。人質を全員収容しだい撤収する。何か質問は?」


護が周りを見回していると神田が聞いてきた。


「・・・ウルズ2、ウルズ8の回収はどうするので?」


「“フェアリー”の捜索と共にウルズ8も捜索します」


「捜索?回収ではなく?」


「えぇ。先ほどからオーディンの方で呼びかけているのですが応答が無い・・・」


「それは・・・」


機内にいた人間は一瞬、最悪の可能性を想像した。


「いや、彼女に限ってそれは無いと信じている。人狼(ウェアウルフ)の皆さんも以前の演習でわかったと思いますが、彼女もプロです。私は彼女を信じます」

「特戦の皆さんはそのまま人質の誘導、警護に回ってください。申し訳ない。戦力が半減してしまって」


「いや、大丈夫です。捜索に向かってください。我々で絶対に人質は守ります」

「・・・加藤ーー彼女を必ず連れ戻せよ」


「ですが、その約束は・・・」


「分かっている。だが、それでもだ。彼女を連れ戻せ!いいな」


「・・・はい」


神田は最後に護に対して無茶とも言える約束をさせた。希との交信が途絶えた以上、彼女が無線機を使えない状態にあるということである。最悪の場合を考えると死亡している事も視野に入れなければならない。それ以前に救出の優先順位は301便の乗員乗客が最優先であり、その次にフェアリーこと九条由香里が続く。そのため希の捜索に割ける時間・人員はほとんどない。


 だが、ICTOのメンバーは5年間、彼女と仕事を共にし、時には命を預け合い、成長を見守ってきた、仲間である。護にいたっては仕事上の仲間であり、友人であり、幼馴染であり、又従姉妹である。彼らが希を信じつつも心配し、もし、自身での脱出が困難であるならば救出したいと考えることは人間として普通である。しかし彼らは自分たちよりも公を、命令を時には優先しなければならない立場にいる。


機内が静まりかえったところでキャビンの一番コクピットに近いところにいたロードマスターが


「降下地点まで10分!」


と言った。それに対して確認の意味もこめて12名は、


「「「「「「「10分!!」」」」」」」」


お互いの顔を見回して復唱した。護がここで、


「全員、装備の最終チェックをしろ。特に降下装備は念入りに」


12名がそれぞれのバディの装備を確認し再び席に着いた。キャビンにいる12名は全員がマルチカム迷彩のBDUに身を包み、その上からそれぞれの部隊が使用しているドラゴンスキンを使ったプレートキャリアをつけている。ちなみにマルチカム迷彩を使った理由は部隊の特定をある程度防ぐためである。日本政府が自衛隊による救出作戦を行ったと公表すれば問題ないが、公表しない場合はどこの部隊が作戦を敢行したか、様々な人間が探りを入れる。そのため比較的、メディアへの露出が多く、使用されている頻度が高いマルチカム迷彩を今回の救出作戦の地上戦闘部隊は着用している。


 全員がサイドアームのピストルと別に役割に応じているメインアームを所持していた。MP7A1、HK416、Mk46 Mod1、M27 IAR等々の他に対物ライフルであるアキュラシー・インターナショナルのAS50、グレネードランチャーとしてM32、ショットガンはM870MCSをショートモデルにして、パックマイヤーピストルグリップ、レイル付きフレームにカスタムした物、これら銃器の他に各種手榴弾や弾薬、爆薬、突入機材、通信機材、レーザー・デジグネーター、各種電子機器等を持ち、パラシュート等の降下装備を装着して降下する。このうち嵩張るものはコンテナに収納して投下する。勿論、パラシュートには自動開傘装置を付けて。降下してから陣地構築地点まで彼らは1人あたり40キロ程の装備を担いで歩くことになる。


人狼(ウェアウルフ)1、この装備での降下経験は?」


「訓練では何度か・・・でも実戦は初めてです。そちらは?」


「実は私も実戦では・・・先日、ウルズ5は使ったみたいです」


2人は一番後部に座っているウルズ5こと山田(やまだ)俊一(しゅんいち)の方を向いた。


「特に問題はありませんでしたよ。ただ、この“ムササビ”特有の癖をつかめば、大丈夫でしょう」


山田が言った“ムササビ”とは少し前に西側各国の特殊部隊で試験が開始された新しいジャンプスーツでその名の通り、両腕を気をつけの姿勢から90°持ち上げるとムササビのような形に見えることから命名された。このジャンプスーツを使用し、滑空することにより、今までよりも遠くまで潜入できるようになった。これと同時に試験を進めているものにジェットパックといわれる物がある。こちらは背中に翼をつけジェットエンジンを搭載したものだが、今回説明は割愛とさせていただく。



 

何はともあれ、全員が最終確認が終了し、各々がマインドセットを切り替えていると、再びロードマスターがアナウンスした。


「降下地点まであと5分。気圧を外気圧と揃えます」


高度8000メートルは氷点下40°近くまで気温が下がり、気圧も700hPaほど変化する。スカイダイビングを行う高度は1000~4000メートルである。特殊部隊が高高度から自由降下する方法には2種類ある。高高度降下低高度開傘(HALO)高高度降下高高度開傘(HAHO)である。今回はどちらかというと前者のHALOに近いといえる。8000メートルで降下し、約26キロ進出し、500メートルで開傘する。


「あと3分。マスク確認してください。後部ハッチ開放」


ゆっくりと一定の速度でCV-22Sの後部ランプドアが開放され始めた。ロードマスターはここで機内(I)通話(C)装置(S)の有線ケーブルを伸ばしながら開放されつつあるランプドアに近づき、風をみるための装置を投下した。ロードマスターはそのまま脇によると機内へ入ってくる風の音に負けないように大声で言った。


「降下まで1分!スタンドアップ!」


護を含めた8名の隊員は立ち上がりランプドアの方向を向き、ICTOはPSQ-20C SENVGを、特戦はGPNVG-18をそれぞれ下ろした。


「30秒!スタンバイ!」


一番後部にいたウルズ5と人狼(ウェアウルフ)2こと荒木智也がそれぞれ前に少し進み、ランプドアから外を確認し、ロードマスター向けて親指を立てた。ロードマスターも親指を立てて返した。そして最後に、


「降下まで10秒!健闘を!」


と言ってからきっかり10秒後、下げていた右腕を外に向けた。これを合図に素早く、安定したフォームで男たちは降下して行った。



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