第8話
同日 12時50分 千葉県 松戸市 東松戸 某所
護たちを乗せたランクル200は本来なら1時間半以上かかるところを1時間で高速を降り、15分ほど一般道を走ってからある場所に着いた。そこは本来県が管理する空き地であったが現在は車両が十数台止まっていた。セダンタイプの物もあれば護たちが乗ってきたようなSUVもある。徐行して車を止める場所まで移動していると護達の前に40代~50代の男が立ちはだかった。
「止めてくれ」
車が止まると立ちはだかった男は助手席側に近づいてきた。護はその男に対応するため車から降りた。
「久しぶりだな。ウルズ2」
「お久しぶりです、お元気そうで何よりです。支局長」
二人は挨拶を交わし、護は一礼した。男の名前は市川義信。彼はICTO情報部の日本におけるすべての諜報・防諜活動の責任者である。今でこそスーツを着ているが、元は武官であった。彼の経歴はまさに情報畑一筋である。
防衛大学校を主席で卒業後、第1普通科連隊、中央情報隊 現地情報隊 、情報保全隊、情報本部 統合情報部、ICTO情報部というように。第1普通科連隊に所属している際に幹部レンジャー過程修了、中央情報隊の現地情報隊に所属していた際には自衛隊のイラク派遣任務に就き先遣隊の1人として現地入りし情報収集に励んだ。その後指揮幕僚過程を修了し、情報保全隊、情報本部 統合情報部に所属していた際には米国研修及び連絡将校として国防情報局(DIA)と国家安全保障局(NSA)に所属していた時期もある。
そして7年前、世界同時多発テロの主犯格が確保されてまもなく、彼は陸上自衛隊を辞職した。一説には“東京でのテロを未然に防げなかった”や“日本に本格的な情報機関が存在せずいつまでも放置されている現状に嫌気がさした”からと言われているが、真実は分からない。
「3ヶ月前の作戦はご苦労だったな。陳 センター長がよくやってくれたと言っていたぞ。また君達に借りを作ってしまったとも言っていたがな」
「いえ、自分たちは任務を遂行しただけです。それより、市川さんのところにも連絡があったようですね」
「君のところには松原警視からか?」
「はい、そうです。その松原警視はどちらに?」
「向こうの仮設本部替わりの指揮車両の中にいるみたいだ。俺は今から行くが、君はどうする?」
「ご一緒させていただきます。皆はいつでも動けるように待機していてくれ」
「「「了解」」」
護は3人に伝えると、プレートキャリアを後部から取り出して身につけ、市川支局長と一緒に指揮車輌へと向かった。
「松原さん」
「ん?おお、二人とも。わざわざご足労ありがとうございます」
警視庁公安部外事第二課 課長である松原剛司警視はマイクロバスを改修した指揮車両の中で数名と会話をしていたが、2人に気が付き社交辞令を述べて一礼した。
「それで経緯は?」
「10時を少し過ぎたくらいに、我々が潜入させている情報提供者から連絡があった。“政財界に多数の大物がいる九条家のご令嬢を拉致しようとしている”と」
「その情報提供者は?」
「・・・残念だが、連絡があった後から接触できていない。おそらく連中にばれたと思う」
「相手に突入の情報が渡ってしまったなら早急に対応を図るべきです。ここまで突入に時間をかけているのは何故ですか。松原さんや藤元隊長ならそのような判断はしないと思いますが?」
護が質問しながら松原のとなりにいる男に視線を向けた。こちらも黒のアサルトスーツに身を包み、ボディーアーマーの上からタクティカルベスト着込んでいた。護たちと違う点と言えば背中に“POLICE”の文字が入っている点、メインアームはMP5A5を、サイホルスターに入れているサイドアームはH&K USPと言う点ぐらいである。
この男は今回公安部からの要請を受けて出動してきたSATの第3小隊長である藤元賢一警部であった。
SATとは警視庁警備部警備第一課に所属している特殊部隊、またの名を特殊急襲部隊(SAT)のことを指す。SATはダッカ日航機ハイジャック事件を教訓として1977年に警視庁では特科中隊、大阪府警察では零中隊として編成された。1996年に現在のSpecial Assault Teamという部隊名になった。現在は計8の都道府県警察本部、総員300名体制となっている。
自衛隊の特殊部隊だけではなく、警察の特殊部隊であるSATや海上保安庁等の特殊部隊ともICTOは訓練を行っている。過去の訓練で2人は顔を合わせていたので顔見知りであった。
「私も松原警視もブービートラップ等がある危険を考慮し、それを覚悟した上で早急な突入を進言したんですが・・・あそこに居るお偉いさんが許可を出してくれないのです」
藤元が顔を少し離れたところにいる机の周りで数名と話している男に向けた。それにつられて護と市川も顔を向けたところで市川が質問した。
「あそこに居る方はどなたですか?」
「公安部の参事官です。キャリアの」
松原が答えるとその人は今しがたやってきたICTOの2人に気が付き向かってきた。
「あぁ、ICTOの方々ですか?わざわざお越しいただきありがとうございます」
「いえ、元々自分達が要請しましたので・・・」
「それでも、ICTOが我々に協力していただけるだけでもありがたいです」
「・・・それよりも、何故突入しないのですか?今ならまだ連中は建物に居ると思いますが?」
「まだ十分な安全が確認されていませんので」
「こうしている間に犯人グループが逃走する可能性は?」
「それについては問題ありませんよ。既に上空の航空隊のヘリからヘリテレで建物周辺を監視しておりますし、建物から半径5キロには千葉県警に要請して、検問を設置しておりますから」
「では私はこれで」
キャリアの参事官は、そう言い残してさっさと自分が先程まで居た机まで戻った。
「あれなら確かに突入許可が下りないはずだ」
「我々にも建物の見取り図をお願いします」
「ちょっとお待ちを」
犯人グループが居ると思われる建物は2棟に分かれていた。2棟の北側には森が広がり、西側には川が流れていた。この建物は1棟が1階建てで、もう1棟が2階建てだった。
「とりあえず我々で突入の計画を立てておきましょう」
「もし逃走されたら?」
「そのときは別の手段を考えます」
護は一度指揮車の外に出て電話をかけてから、中に戻り突入の計画を立て始めた。
1時間後
1時間経ってからようやく突入許可を参事官は下した。しかし、到着したときには複数感じた人の気配が殆どしなくなっていた。
「あの参事官は何を考えているんだ」
護はMP7A1をチェックしながら小さな声で呟いたが、隣に居た藤元隊長には聞こえたらしく、
「申し訳ない。大抵キャリアは出世欲が強いもので・・・」
と謝罪してきた。
「いえ、藤元さんが謝ることではありませんよ。そのように考えるのが普通でしょう。どこでも同じですよ。この件に関してはあの人の判断ミスですし、彼は公安部。藤元さんたちSATは警備部の所属ですからそちらに言うべき問題ではありませんから。そういえば、最近公安がらみの出動が増えていると小耳に挟みましたけど、どうなんですか?」
「えぇ、実はその通りです」
「そして出動件数は増えているのに、装備はあまり更新されず、人員もまた不足してきていると?」
「お恥ずかしながらそれが現状です。300名体勢になってしばらくは問題ありませんでしたが、ここ最近は出動件数が増えました。公にされているもの、されていないもの、問わずです」
「・・・微力かと思いますが、警察庁の方に上申書を出しておきます」
「ありがとうございます」
護と藤元はそれぞれ耐熱繊維で出来た目だし帽とヘルメットを被り、MP7A1とMP5A5に初弾を装填してセーフティーを掛けた。
「全員そろっているな。これより作戦を開始するぞ!」
「全員乗車!」
予定では、護たちICTOは1階建ての建物へ、藤元達SATは2階建ての建物へ向かい、それぞれ2ヶ所の扉から突入することになっていた。
『ゴールド6よりオールチーム準備はいいか?』
『レッド1-1、レディ』
『レッド2-1、レディ』
「ブルー1、レディ」
『ブルー3、レディ』
ゴールド6は指揮車にいる松原警視、レッドチームが藤元率いるSATチームで、ブルーチームが護率いるICTOのチームであった。
『スタンバイ・・・スタンバイ・・・ゴー!』
この合図で護たちと藤本たちのチームが乗車している車両が一気に建物へと近づいていった。
それぞれのチームは予定していた突入口に到着すると、SATはバッティングラムを使用し、1階のドアを強引にこじ開け突入。同時に突入支援車両に搭載していたはしごを2階の窓枠に立てかけ、ガラスをエントリー・ツールでぶち破り突入した。護たちも1階建ての建物の入り口のカンヌキをM870MCSをショートモデルにして、パックマイヤーピストルグリップ、レイル付きフレームにカスタムしたもので精確に吹き飛ばし、突入した。
「クリア!」
「クリア!」
「クリア!」
「クリア!オールクリアだ。ゴールド6、こちらブルー1。こちらの建物には人っ子一人居ません」
『こちらレッド1-1。こちらは1階及び2階を捜索完了。それぞれで2名が銃撃してきたため射殺しました。これより地下室とおぼしき場所を捜索します』
『ゴールド6了解。両チームとも注意せよ』
護が室内を見回し、しばらくすると
『ブルー1、こちらブルー3。マンホールを発見しました』
「分かった。そっちへ行く」
「隊長これです」
「これはまた、何ともな物だな」
そこにあったのは丸型のマンホールでいかにも“ここから脱出しました”と言っているような物だった。
「ブービートラップの有無を確認しましたが、黒です」
「解除できるか?」
「5分ほどで」
「こちらブルー1、こちらの建物にマンホールらしきものを確認した。そちらの見取り図で確認してくれ」
『こちらゴールド6、こちらの見取り図に存在は認められない。ブービートラップの有無は?』
「現在解除中、5分程で終了します。レッド1-1、そちらは?」
『こちらレッド1-1、今から最後の部屋を確認する。・・・・警察だ!両手を挙げろ!こっちを向いて、両手を挙げるんだ!』
「レッド1-1、こちらブルー1どうした!?」
『早くこっちを向けと言っ・・・お前は!?』
『・・・あんた等やっと来たのか。今頃来ても遅い。連中はどっかに逃げた。なぁ、俺の体に巻きついている物は何だ?早く取ってくれないか』
ピッ、ピッ、ピッ
それは確かに時間を刻んでいた。それを巻きつけられている者を死へと導く時間を。
『爆弾だ!退避しろ!』
『えっ、爆弾?』
ドォン!!
男が呟いた瞬間、体に巻きつけられていたセムテックスが起爆装置の電気信号を受けて爆発した。
「レッド1-1、無事か!応答しろ!」
『ゴールド6からブルー1、ブルーチームは2名を残してレッドチームの確認に向かってくれ』
「ブルー1、了解。アウト」
「ブルー3、解除まであとどれくらいだ?」
「あと1分ちょっとです」
「よし、解除が終わったら4と一緒にマンホールの下を捜索してくれ」
「「了解」」
護はブルー2を従えてSATが突入した建物へ向かって行った。既に応援の車両が駆けつけていて、負傷した隊員に応急手当を施し、救急車の到着を待っていた。
建物に2人が入ると、埃とほんの少しの爆薬の爆発した匂いがした。それを無視して地下室の中へ進んでいくとSATの隊員が数名、肩を貸し合って出てくるところだった。
その中に藤元を見つけた。
「藤元隊長、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫です。こっちは負傷者を出してしまったから今後の作戦に支障が出ますが・・・」
「作戦に投入できる人員は?」
「16名中、半数の8名は投入できます。残り8名は無理です」
『ブルー1、こちらブルー3。現在マンホール内に進入したところ、このマンホールは建物横の河川につながっていました。恐らくここから、アクアラングを使って逃走したと思われます』
「こちらブルー1、了解した。こっちに合流してくれ」
『了解』
「手伝います」
「あぁ、悪いな」
護は先にSATの隊員に肩を貸していたブルー4と藤元隊長と共に建物から出た。
現場は混乱していた。SATの応急手当、建物・周辺の調査、連絡・調整といったところで、それぞれが出来ることをやっていた。そんな中、松原警視を伴って現れたのは公安部のキャリア参事官だった。
「なんて事だ!建物に突入したが、既に内部に犯人グループは居らず、爆薬を巻き付けられた情報提供者が居て自爆し、SATに重傷者を出させてしまうとは・・・」
「松原課長、これは私の責任ではないですね?」
「は?」
この反応は松原は勿論、その場に居合わせたすべての人間の気持ちであった。
「は?では無く、あなたは“はい、その通りです。”と仰って下さればいいんですよ」
“あなたは何を言っているのか分かっているのか?”という顔を松原は参事官に向けた。
「何ですか?何か間違っていますか?あなたはノンキャリア。それに対して私は将来が約束されているキャリア。どちらを取るかといったら、あなたなら言わなくても分かりますよね?」
「・・・あなたは犯人に逃走され、証拠と思しきものを爆破され、さらに突入したSATの隊員も負傷している。その中の2人は重症負った。この状況でよくそのような事が言えますね」
「松原課長。言葉には注意してください。それに犯人には逃走されても上空のヘリテレで捉えているから大丈夫だと言いましたよね?」
「っぐ・・・!」
松原は苦渋をに満ちた顔をして、了承を伝えようとした。
「分かりまし「ちょっと待って下さい。」ウルズ2?」
「参事官、先ほどのお話を聞く限り言葉を慎むのはあなたの方であると私は思いますが?」
「いえ、あれは・・・」
「この作戦の責任者はこの場において1番階級が高いあなたのはずだ。犯人の逃走を許し、証拠を爆破され、突入したSATの隊員が負傷しているにもかかわらず、あなたはそれをキャリアだ、ノンキャリだと言って責任を押し付けようとしている」
「証拠が爆破された事と負傷した隊員に関して私は、慎重を期して突入を判断したわけで・・・」
「我々が現着した時に松原課長と藤元隊長からは直ぐに突入すべきと進言を受けていましたよね?あの時点で突入していれば、犯人グループを確保できた可能性がありますし、SATの隊員の負傷もある程度防げたと思いますよ。あの爆発物は時限爆破式で構造はそれほど難しくありませんでしたから、用意していた液体窒素で簡単に処理できたはずですし」
「・・・もし仮にそうだとしても、犯人を確保できれば問題ありません。この問題に対してはヘリテレからの映像があるので問題ないと」
「それは無理ですね。先ほど確認しましたがヘリテレの映像にそれらしき人物は移っていなかったそうですよ」
「そんな馬鹿な!直ぐに確認してくれ」
ここで参事官は顔色が悪くなり始め、そばにいた者に確認させた。
「参事官!ICTOの方が仰っている様にヘリテレからは確認できなかったそうです」
「そんなはずは・・・ありえない!」
「しかし、写っていないものは写っていないそうです」
「何ということだ」
参事官は遂に指示を出すことも忘れて、その場にしゃがみこんでしまった。そんな参事官に護は追い討ちをかけた。
「それと、先ほど警察庁の方に連絡を入れさせていただきました。“我々は今回派遣された参事官のような方とは一緒に仕事は出来ない。厳重に抗議させて頂く”とね。まぁ、さすがのキャリアと言えどもこれは厳しいでしょうね。それでは自分達はこれで」
護は言い残して他のメンバーと合流し、松原と市川の居る方向に向かって歩いていった。
市川たちと合流すると早速松原が声をかけてきた。
「申し訳ない。我々の所為で・・・」
「良くある事です。事前の情報と実際の情報が間違っていた事など」
「そう言ってくれるとありがたいが、逃走した連中はどうするんだ?ヘリテレに写っていないなら手掛かりは無いじゃないか?」
松原は打つ手が無いとばかり顔を顰めたが、隣に立っていた市川の顔は悲観的な表情ではなかった。
「君がそう言うという事は何か手があるんだろう。突入の作戦を詰める前にどこかへ電話していたようだが、横田かな?」
「さすが市川さんですね。その通りです。横田に連絡して直ぐに、MQ-1を上げてもらいました。ヘリテレでは無理でしたが、あれのセンサーは逃走した連中を捉えています。アクアラングを捨てて、車両に乗り込むところまで」
「これがそのナンバーです。松原さん、直ぐにこの車両をオービス、監視カメラ、Nシステムを使って捜索してください」
「分かった。」
松原が電話をかけている脇で市川は護に聞いた。
「しかし、君も人が悪い。今の話を参事官にすれば彼もあそこまでならなかったんじゃないか?それにあの地下室にあった証拠品もすべてが駄目になったわけでは無いし」
「自分、あのような人間は嫌いな部類に入るので少しキツく言っておこうと思いまして。不味かったでしょうか?」
「いや、全然不味くない。むしろ清々しいかな。私が同じ立場なら、同じ事をやっていただろうな」
市川が苦笑しながら答えたところで丁度、連絡を取っていた松原が戻ってきたのとほぼ同時に市川の携帯に着信があった。
「ウルズ2、連中の車両を補足した。現在首都高速6号向島線で両国方面に向かっているそうだ。うちは連中を追跡するがそちらはどうする?」
「もちろん我々も追跡します。ハンター2、車両を回してくれ。市川さんはどうされますか?」
「うちも別の車両で追跡させてもらう。それとウルズ2、この案件に関しての君の権限はクラス4-Aだな?」
「えぇ、そうですが・・・先ほどの連絡ですか?」
「20分ほど前にうちのエージェントが敵の拠点を発見したそうだ。その際に公安のリストにあった男が居たので尾行したそうなんだが、途中で気づかれたから、尾行は中止した。しかし部屋を突き止めたそうだ。この拠点の場所が青葉台というところだそうだ」
「青葉台・・・連中が首高6号線に居るという事は連中の目的地は」
「そこかもしれないな。だから強襲チームを派遣してくれないか?」
「分かりました。横田から1チーム回させます。では取りあえず追跡しましょう」
「あぁそうだな」
護たちはそれぞれの車両に乗車し、対象者の追跡に入った。
同日 14時45分 東京都 千代田区 首都高速都心環状線
護たちは赤色灯とサイレンを使って緊急走行で追跡を開始してから50分程で対象車両に追いつくところまで来ていたが、赤色灯とサイレンを切って通常走行で追跡を続行した。現在、対象車両の200メートル後方に車両をつけていて、公安の覆面パトカーが3台とSATの偽装車両が2台、市川が部下と乗ってきたLEXUS LS600hと護たちが乗ってきたランクル200の合計7台が続き、上空には燃料補給から戻ったMQ-1が滞空している。
「それでそっちはどうだウルズ4?」
『ダメです。こっちも人っ子一人居ませんが、ウルトラブックが残されていたので今ウルズ10が解析しています』
「・・・爆発物等の存在は調べたか?」
『えぇ、勿論。それらしき物は発見していません』
「気をつけろ。そのPCに外部からアクセスして、過剰負荷かけさせてオシャカにするかもしれない」
『その前に何とか情報があれば抜き取ると言っています』
「分かった。取りあえず、めぼしい物が見つかったら教えてくれ」
護は車載されている無線で青葉台で見つかった拠点の捜索に回ったアダムスとミラーの状況を確認した。
「ウルズ2、公安が仕掛けるようですよ。どうやって止めるつもりだか・・・」
「大方、スピード違反の取締りを装って停車させたところをすかさず囲む、といったところだろう。」
スピードを少し上げて、逃走したグループが乗っているトヨタHARRIERの後方から公安の覆面PCが赤色灯を付け、サイレンを鳴らしながら近づいた。
『前の黒いSUV止まって下さい』
『6432の運転手さん。左に寄せて止まって下さい』
この警告に従い、該当車両は車体を左に寄せ、停車させたところに公安の覆面PCが直ぐ後ろにつけて停車し、別の1台が故障車を装って前に停車しようとしたところ、該当車両は急発進した。おかげで故障車を装った覆面PCは吹っ飛ばされ、結果として2車線の内1車線を塞いでしまった。このため周りの覆面車両は反応が遅れてしまった。この隙を突いて、該当車両は猛スピードで逃走を始めた。
「くそっ!ダメか」
護は呟くと同時に赤色灯とサイレンのスイッチを押した。緊急走行で一般車両を追い越し追跡に入った。周りの車両も緊急走行で追跡に入ると同時に応援を要請した。護は確認のため松原が乗っている車両に連絡を取った。
「ウルズ2より外二11、大橋JCTと渋谷出入り口の封鎖はどうなっていますか?」
『外二11よりウルズ2、既に高速隊に要請を出したが、間に合うかどうか微妙だ』
「ウルズ2、了解。連中が一般道に逃走したら事ですよ?」
『そうなったら、とんでもない事にーー』
護が松原と会話していると運転しているハンター1-2が、
「ウルズ2、あれを見てください」
と言ったのでそちらに目を向けるとそこにあったのは無残にも大破した高速隊のPCだった。護たちは追跡を続行しながら、車載無線機から聞こえてくる警察無線を聞いていた。
『外二11より警視庁、事案0412で逃走している該当車両が高速隊が封鎖していた首都高3号渋谷線渋谷出口を突破!現在UAE大使館方向に向けて逃走中。付近のPCに応援願いたい!』
『警視庁より該当車両追跡中各PC、該当車両の現在位置を一報願いたい』
『外二12より警視庁、現在該当車両は旧山手通りを左折、代官山方面に逃走中!』
『警視庁より各局、現在事案0412で逃走している該当車両が高速隊の封鎖を突破し、逃走!逃走した車両は旧山手通りを左折し代官山方面に逃走中!各局にあっては受傷事故防止に十分配慮し、これを追跡願いたい。以上、警視庁!』
『外二13より警視庁、該当車両は恵比寿一丁目交差点を右折、現在恵比寿三丁目交差点を直進。応援車両はどこか!?』
『警視庁より外二13、現在機捜18、機捜20、渋谷8、渋谷10等がすぐ近くまで来ている。引き離されないよう注意されたし』
『外二13より警視庁、了解。ん?クッソ!連中撃ってきやがった!UZIを持っているぞ!』
『警視庁より外二13、どうした!?状況を報告しろ!』
『外二13より警視庁、該当車両より短機関銃による銃撃を受けた。まずい!連中AKまで持っているぞ!かわすんだ佐々木!』
この言葉を最後に外二13との通信が途絶えた。
『警視庁より外二13、どうした!?応答しろ!』
『渋谷8より警視庁、港区立朝日中学校前で外二13を確認。二人とも銃で撃たれ出血しています!大至急救急車2台の応援を要請します!』
『警視庁より渋谷8、了解。救急車を至急急行させる!該当車両は?』
『渋谷10より警視庁、こちらは失探しました』
『外二11より警視庁、該当車両を今発見!場所は日比谷通り港区役所前を日比谷公園に向かっている』
ここでようやく、応援が追いつき公安、機動捜査隊、捜査第1課、組織犯罪対策第五課の覆面PCと所轄、自動車警ら隊等の通常PCが合計で30台ほど集まり追跡に加わった。これには護達の車両とSATの偽装車両も加わった。
「連中どこまで行くつもりですかね?」
「どこに行くにしても、目的地までは行かせない」
護がそう宣言してから15分ほどが立った。その頃には銀座四丁目交差点を左折し中央通りを秋葉原方面に向かって走っていた。ここで途中で分かれた市川から連絡が入った。
『ナウシウズ11よりウルズ2、警視総監から許可が出たぞ。住友不動産秋葉原ビルの前で決行してよいとの事だ。だが、民間人には十分注意してくれとのお達しだ』
「ナウシズ11、こちらウルズ2、了解しました。これより開始します」
開始を返答したと同時に、警察無線の方からも連絡が入り、上空にリトルバードとブラックホークが到着した。
『警視庁より事案0412に従事中の各局、上層部から指示が出た。国際テロ対策機関ICTOが上空のヘリから対象車両を狙撃する。停止後SATと共に該当車両を包囲する。各局にあっては受傷事故防止に十分配慮し、支援に当たれ。以上警視庁!』
『ハンターリード、こちらハンター2-1。現在ラプター4-1に搭乗して到着しました』
『ハンターリード、こちらハンター3-1。サンダー3-2に搭乗して到着しました』
『ハンターリード、こちらハンター4-1。サンダー2-3に搭乗して到着しました』
「ハンターリードよりオールハンド、予定通り行う。ハンター2-4、グリーンライト。繰り返すグリーンライト!」
頭上を通解していったラプター4-1からハンター2-4がH&K G28を使用し、7.62mm×51弾を発砲。発射された弾は見事に命中。普通ならここでゆっくりと止まるところだが、もともと速度が出ていた事と運転手がハンドル操作を誤ったことにより車両は横転し、一般車両を巻き込みながら30メートルほど道路を滑り、蔵前通りとの交差点の少し手前でようやく停止した。土曜日の昼ということもあり通行人は多く、横転した車両の周りの歩道は瞬く間に野次馬が群がった。
「おいおい、封鎖していたんじゃなかったのか!?」
「やっちまったぞ!」
後席に座っていたハンター1-3とハンター1-4が呟き、ハンター1-2は車を止めた。SATの偽装車両と覆面PC、通常PCも停止し、SATの隊員と私服、制服警官が降車した。護たちも降車し、車両に向かって行った。護たちから見て車を挟んで反対側には丁度サンダー3-2がハンター3を降着させたところだった。
「ハンターリードよりハンター3-1、そちらは反対側から運転席を、我々は後部を確認する」
『ハンター3-1、了解。アウト』
護たちが横隊に広がりながら接近し、その間にSATの隊員が入り、その後ろから私服警官が接近して言った。運転席に近づいてドライバーの様子を確認しようとしていた数人の一般人はMP7A1を構えた護が
「近づくな!離れろ!」
と声を張り上げ警告すると、慌てて引き下がって歩道に居る野次馬に紛れた。
「何あれ、交通事故?」
「でもパトカーとSUVが停まってるぞ」
「うぉ、本物の特殊部隊だ!」
「映画みたーい! とりあえずTwitterにーー」
と野次馬の中の集団は仲間内で話し、何名かは電話をしたり、写メをとったり、TwitterやFacebookといったSNSに掲載したりしている。また別のある集団は
「あれどこの部署の人でしょう?」
「私服着ている人は、腕章とバッチを見ると機捜、捜査一課、組対五課ですね。黒のアサルトスーツ着てMP5持っているのは銃器対策部隊でしょうか?」
「違いますよ。銃対は青のヘルメットや出動服を着るけれど、あそこに居る人たちはどっちも黒だから警備部のSATでしょう」
「何人か装備がいいのが混ざっていないか?MP7持っている連中だけど」
「ブラックホークダウンみたいだ!」
話している内容から軍事または警察オタクと推測されるが、こちらも携帯やスマートフォンで写真を撮影したりしていた。
ここで車内に居た1名が気が付いたらしく、CQ5.56mmA(中国北方工業公司が作ったM4のコピー)を持ちながら這い出してきた。
「武器を捨てて両手を挙げろ!」
護は警告したが男は警告に従わず、銃口をこちらに向けてきたので迷う事無く照準を男の頭に合わせダブルタップの要領で引き金を引いた。
ブシュブシュ
サプレッサーによって殆ど音を立てず発射された4.6mm×30は見事男の頭に命中し、タンブリング(弾頭の縦回転現象)を起こし、男の脳漿を道路にぶちまけた。
「「「「「「キャアァァ!!!」」」」」」
「あいつらマジで撃ちやがったぞ!」
「悪い、俺気分が・・・ウォェ!!」
この光景をもろに見た数名が気分を害し、嘔吐。大多数の人間が悲鳴を上げた。それでも直接見えていない後ろの方に居たもの達は状況が掴めないらしく、周囲の人たちに聞いたりしていた。この間にも護たちとハンター3は距離を詰めていき、銃を足で蹴り、遠ざけた。
「武器を捨てろ!武器を捨てて両手を見せるんだ!」
車両の周りには20近くの特殊部隊員が集まり、上空から16もの銃口が男達を狙っていた。流石に観念したらしく、武器を捨てて両手を見せた。すかさず護たちが1人ずつ外に引きずり出し、プラスティックハンドカフで拘束していった。そして、身体検査をしてから地面に伏せさせられていた。
男たちは全部で5名、先ほど射殺した男を入れると6名である。確保した5名の背中に護達のMP7A1やSATのMP5A5の銃口が向けられていていつでも発砲できる体制になっている。やがて、応援車両と一般車両の負傷者を搬送するための救急車が到着した。
そんな中護は松原を見つけて、
「松原さん、すいませんが後はよろしくお願いします」
「わかりました。取調べはどうします?」
「あとで情報部の人間が伺うと思います。では」
松原に別れを告げて別れ、藤元を労ってから3人の隊員と共に停車したランクル200の前まで戻ってきた。
「これだけのカーチェイスして一般市民が1名も死亡しなかったのは奇跡ですね」
「あぁ、そうだな。警視庁の被害は?」
「重傷者5名、軽傷者14名・・・殉職者2名だそうです」
「松原さんの部下の人か・・・」
「えぇ、救急搬送されたそうですが、出血が多すぎたようです」
「クッソ・・・」
護が顔をしかめたその時、ウルズ10から通信が入った。
「ウルズ10こちらウルズ2、どうした?」
『ウルズ2、直ぐにウルズ8と東京コントロールに連絡を取って301便を引き換えさせて下さい!』
「!?どうした、何か分かったのか?」
『たった今、ウルトラブックの解析が終了しました。このPCの持ち主はこれで羽田空港について詳しく調べています。さらに沖縄行きの航空券を予約しています』
「おい!まさかその持ち主が搭乗する便は!?」
『・・・301便です』
「分かった。ウルズ4と直ぐに横田に戻って来い」
『了解』
ここで更に市川からも連絡が入った。
『ナウシズ11よりウルズ2、緊急事態だ!』
「・・・301便の件ですか?」
『あぁ、そうだ。少し前に東武高校の生徒達を乗せたJapan Air Wing航空 301便が沖縄へ向かう航路を外れて一切の応答に応じなくなった。そのため韓国空軍がスクランブルを掛けたんだが、スクランブル機に帰ってきた応答は・・・ハイジャック宣言だったそうだ』
『私はこれから日本支局に戻る!君達にもじきに待機命令が出るはずだ。どうする?』
「遅かったか・・・情報ありがとうございます。詳しくは後ほど。自分は横田に戻り、全ユニットを即応待機にさせます」
『わかった』
「こうなるなら俺も行くべきだったな・・・」
護は小声で呟き、談笑している隊員達に声をかけた。
「みんな・・・」
「どうしたんですかウルズ2?まさか問題が1つ片付いたと思ったら、またですか?」
「残念ながらな。それも厄介な問題だ。Japan Air Wing航空 301便が韓国上空でハイジャック宣言をしたそうだ」
「「「「!!!!」」」」
その場に居た全員の顔が強張った。
「俺は一足先に横田に戻る。悪いが後を頼む」
護は今だ封鎖されている交差点の方へと歩いていった。
「ハンターリードからオールハンド、事態101が発生!直ちに横田へ帰投せよ。繰り返す、直ちに横田へ帰投せよ!」
「ラプター4-1、交差点にそのまま着陸して俺を回収してくれ」
『ラプター4-1、了解』
護は着陸したMH-60Mに乗り込み、地上に展開していたハンター3はMH-6Mのベンチシートに座り、回収された。
こうして戦いは次の舞台へと進むこととなった。