第7話
6月上旬 16時00分 日本 東京 セーフハウス
富士で行われた自衛隊との合同演習が終了して1週間、護たちは年相応の生活を営んでいた。
起床して、護衛対象である由香里と一緒に学校へ向かい、教室で転校初日以来一緒にいる他の3人と共に授業を受け、昼食を済ませ、ある時は寄り道して買い食いをしたり、買い物をしたり、遊んだり等充実した毎日を送っていた。幼い頃よりー今でも周りからしたら十分に幼いがー絶え間ない訓練と僅かにある実戦で命のやり取りをしてきた2人にとっては平和過ぎた。その中でもフィットネスは勿論、射撃のトレーニングも欠かしていない。
護衛任務に就いてから2ヵ月が経過し、今だ敵は接触どころか、影すら掴めていない。こうしている間にもICTO情報部の方では人間やメディアを媒介としたヒューミントや通信、電磁波、信号等を媒介としたシギント、利害関係を同じくする情報機関が相互に協力するコリント等を行い、情報を収集しているが結果は芳しくない。昼間は護と希が、自宅に帰宅してからはアダムスとミラーが監視と護衛を行っている。
そして来週の火曜日からは、
「中間試験?なにそれ?」
「高校で行われる学力試験ですよ。それが来週の火曜日から始まるんです・・・」
「あっ、ありがとう」
「いえいえ」
護は現在監視機材を使用して由香里の様子を伺っているミラーにコーヒーを渡して説明してから、ダイニングテーブルへ移動し自分が使っているVectorとHK45Tを点検・整備する為にフィールドストリッピングしていた。
「理系科目と地理と英語は大丈夫なんですけど、古典が問題して・・・」
「あー、そういえばそんな事言っていたわね・・・私は分からないし、誰かに教えてもらったら?希とか由香里とかそこそこ勉強できるんでしょ?」
「まぁそうなんですけどねっと」
Vectorを組み上げなおしてから今度はHK45Tを分解し始めた。バレルの中に先に布をつけた細い棒を入れて汚れを落とし、各作動箇所の汚れを落とし、ガンオイルを塗っていく。先ほどとは逆の順番でくみ上げていき、スライドとフレームを組み合わせ、ハンマーダウンしてから、.45ACPをフルロードしたマガジンを装填し整備は終了した。
「よし。これで終了。あぁ勉強の件なんですけど、何か言い出しづらくて・・・それに希は由香里や夏美達と同じでテストが終わってからのやつが気になるみたいで。」
「あぁ、えっとこの修学旅行とか言うのだっけ?」
ミラーは振り返り、テーブルの上に置いてあった1枚の手紙を取った。そこには“東武高校 二学年 修学旅行について”と書いてあった。
「えぇ。日本の学校において行われる学校行事の一環みたいで、この学校では毎年沖縄に行っているようです」
そう言って護がカバンから取り出したのは学校で手渡された沖縄のガイドブックだった。これが1冊に、帰り道本屋で購入したものが2冊ある。
「というか俺と希は本当に行って良いんでしょうかね?敵の情報は全く入ってきていないのに」
「でも准将と戦隊長から許可は貰っているし、現地での回線の用意も済んでいるんでしょう。ならいいじゃない、ちょっとした休暇とでも思って楽しんで来なさいよ」
「そうなんですよね。2人から許可が出たから希はもう行く気満々です。それに持っていく物の買い物がしたいから明日付き合ってくれって言うんですよ。しかも・・・」
護は何か言いたげな顔をして現在希がいる部屋の方へ顔を向けた。その部屋からは何やら盛り上がっているらしく、少し話し声が聞こえてきた。
「・・・だからさっきから由香里と話している訳ね。何で盗聴している電話の発信場所がここで、しかも相手が希か合点が行ったわ」
「そうなんですよ。護衛対象と必要以上に親しくなると不味いのに・・・」
「・・・程々にしないといけないのも分かるけれど、あの子も色々あるから丁度良いかもしれないわね」
「・・・・・・」
ミラーは顔を希の部屋に向けて言った。しかし先ほどまでとは違い、二人の顔には陰りが見えていた。
『・・・うん、分かった。じゃあ明日、9時半に。・・・えぇ、護も連れて行くわ。・・・うん、おやすみ』
『護~!ちょっと来てくれない?』
「ほら、ご指名よ」
「じゃあ、パット。あとよろしくお願いします。なにかあれば起こして下さい」
「えぇ、分かってるわ。お休み~」
「お休みなさい」
護はミラーに告げ、途中でソファーに横になり仮眠を取ろうとしているアダムスと二言三言話してから希の部屋へ向かった。
(希もそうだけど護、あなただって・・・)
翌週金曜日 15時30分 東武高校 2-8教室
土曜日の会話があった翌日の日曜日に護は由香里と希に買い物に付きあわされ、修学旅行で必要なものを購入してきたー購入した物は主に二人の物であるがーこうして荷物持ちを終えた護を待っていたのは高校生なら誰もが受ける中間試験だった。東武高校では火曜日から始まり、金曜は最終日であった。その最終日の教科は化学と古典だった。
「ふぅ、やっと終わった」
「希、どうだった?」
「両方ともそこそこ出来たと思うわよ。2人はどうだったの?」
「私も殆ど出来たわね」
「私もそこそこ出来たかな。月曜日3人で集まって勉強したかいがあったね」
「でも余り良くなかった人たちも居るみたいね・・・」
という感じで女子3人は最終日の科目は問題なく終了できたようだが、3人が顔を向けた先には机に突っ伏している3人の男子の姿だった。
「護、コウどうだったよ?」
「・・・化学は問題なかったが、古典は壊滅状態だ。やはり分からない」
「俺はどっちも微妙だよ。50点を下回っていると思う・・・。マサは?」
「どっちも赤点の可能性大だ。まったく・・・スッキリしてから修学旅行に行きたかったんだけどな」
「赤点って・・・まぁテスト帰ってくるのは修学旅行から帰ってきてからだから、まだマシか」
3人ともテストはあまりよくない結果に終わったようだ。
「この後は何するんだ?」
「ロングホームルームで明日の集合場所や注意事項の確認をして終わりだってさ」
「なるほど」
3人が話しているそばから、教室の前の扉が開いて担任の前田先生が入ってきた。
「はーい、皆席について!」
教卓の前に立ち修学旅行について話し始めた。
「では今から明日からの修学旅行について確認をします。」
「明日は14時半に羽田空港の国内線第2旅客ターミナル口に集合です。その後30分ほどで出欠確認と搭乗手続きの説明を行うから遅刻しないように。当日搭乗する事になるのはJapan Air Wing航空の301便です。航空券は空港に集合した際に手渡します。予め決めた班のメンバーが固まるように座席に座って。あと空港では、添乗員の方、飛行機に乗り込んだら、客室乗務員の方の話を良く聞いて指示に従うように」
「何か質問は?」
「「「「「「・・・・・・・・」」」」」」
「何も無いみたいね。じゃあ今日はこれで終わりです。明日は気をつけて来て下さい」
「「「「「「「は~い!」」」」」」
2-8の生徒達は翌日から始まる修学旅行を楽しみにしながら、部活へ参加するか、下校した。
翌日 11時15分 日本 東京 セーフハウス
修学旅行に持っていくショルダーバッグの中身の最終チェックを護と希は行っていた。
バッグの中身は財布や、デジカメ、時間をつぶす為の単行本等の他に守秘回線を使用する個人携行型情報端末ーーICTOミルスペックをクリアしたスマートフォンーとタブレット端末ーー、サバイバル・メディックキット、少量のC4、拳銃とその予備弾倉を入れている。
今回2人は普段使っているHK45Tやグロッグ21でもMk25やHK P30でも無く、グロッグ19を持っていくことにしていた。バックアップガンはグロッグ26を選んだ。弾丸はフランジブル弾を使う。フランジブル弾とは銅やスズなどを押し固めた弾丸で人体には貫入するが、壁や柱など固い物質に当ると粉々に砕ける弾丸だ。その為飛行中の航空機内で使用するにはまともな選択だろう。
普段使っているHK45Tやグロッグ21とは違うハンドガンにしたのは、後述のするものと弾薬と弾倉の互換性を持たせるためにである。航空機はどこの国の航空会社でも危険物の持ち込みは禁じられている。同時多発テロが起きてからは更に厳しくなった。カッターナイフやハサミは勿論、髭剃りもきちんと管理しなければ持ち込めない。
「護、これらの銃の機内持ち込みはどうやってパスするの?ICTOの権限?」
「いや、今回は俺とお前にスカイ・マーシャルの捜査官の権限を与えて貰い、機内で携帯する。これは勿論非公式だから、乗組員達が持っている乗客名簿には記載されない」
「なるほど、分かったわ」
しかしハンドガンは持ち込めても、流石にサブマシンガンは持ち込めないので変わりに、
「あと、預ける荷物のほうには“工具箱”を2つ入れといた」
「あぁ、あの“工具箱”。中身がペンチやドライバーじゃないやつね・・・」
護が言った“工具箱”とはMAGPULが開発したFMG-9と呼ばれる折り畳み式のサブマシンガンである。
実際にはグロッグのフルオート射撃が可能なグロッグ18Cを組み込んで使う。折り畳んだ際の外見が工具箱に似ていることから別名として使われる事もある。これをそれぞれの預ける荷物に1つずつ入れておく事にした。
「よし、準備とチェック終了っと。希は?」
「私も終わったわよ。あとは羽田に向かうだけね」
「あぁ、そうだ、せっかくだから今から行って昼飯は羽田で何か食べないか?」
「ナイスアイディア!じゃあ由香里と夏美たちも誘って、マルシェ・デ・カフェで食べましょう」
「えっと、確かパスタかハンバーグだっけか?」
「そう、パスタやハンバーグが主だけど、軽い物もあるみたいよ。それに値段は気にしなくても大丈夫でしょう?」
「何だ?希が払ってくれるのか?珍しいな」
「・・・そういう時は“俺が払ってやる”って言うものでしょ。ということで護が奢ってね」
「いやいや、希。そこhーー」
「そこを何とかするものでしょう」
2人がしばらく話をしていると護の携帯が鳴った。
「ちょっと待て、もしもし?・・・はい・・・っ!はい、それで・・・はい、分かりました。私も向かわせていただきます・・・いえ問題ありません。うちの人間を3名連れて行きます。一応横田にいる他の人間にも待機かけておきます。はい、では後ほど」
話の内容から任務関係の話であろうと判断した希はさすがに顔を引き締めた。
「・・・どこから?」
「外事第二課からの情報だ。フェアリーを狙っていると思われる集団の拠点と思われる場所を特定した。今、公安部が現場に向かっていて、警備部にも出動を要請しているみたいだ」
「その様子だと、情報を得てからすぐに連絡してきたみたいね。普段なら情報を送るのを遅らせたりするのに・・・」
通常、情報機関は自身が収集した情報を慎重に扱う。情報によってはトップにまで上がることさえない。
国家の命運を左右しかねない様な情報を機関の長である人物が場合によっては自分の政争の道具にしてしまう事すらあるのだ。その結果、情報が漏洩し、その後の計画に支障をきたす事になる。情報機関は現場の人々にも情報を隠す。基本的に特殊作戦部隊が情報機関コミュニティを滅多に信頼しないのはこのためだ。要するに、情報を流すか流さないかは、相手がそれを知る必要がある立ち位置にいるかで決まる。最高度の秘密情報取扱資格を有する者でも、問題の情報を知る必要がない立場にあれば“仲間外れ”にされるのである。
SEAL TEAM6ことDEVGRUは米軍の特殊作戦部隊の中でも特殊でデルタフォースと共に統合特殊作戦コマンドの指揮下で対テロ作戦、襲撃行動、偵察活動、秘密諜報活動等の作戦に従事し、米軍の特殊作戦部隊の中で最精鋭といってもいい両部隊の隊員たちは政治的問題等が絡む作戦にも投入されるため秘密情報取扱資格は通常部隊の隊員よりも高く設定されているはずだ。
2011年5月にパキスタンのアボッターバードでDEVGRUが行ったOperation Neptune Spearは作戦が計画された段階から高度な情報統制下に置かれ、DEVGRUの各チームから集められた古参の隊員たちが、どのような任務に携わっていたか同じ部隊の隊員たちですら知らなかった。
つまりはそういうことなのだ。
数年前に内閣情報調査室から再編された国家情報局は創設時、人手が足りずとても諜報部門と防諜部門の両部門を行うことが出来なかった。そこで防諜部門はしばらく警察庁警備局、各都道府県警本部の公安部と警備部公安課、法務省公安調査庁、自衛隊情報保全隊等が今まで通り行う事となった。この現状は残念ながら現在も続いている。
勿論、各省庁で縄張り意識や縦割り状態、対立はあったが、それでも以前よりはましになっており、各情報機関の活動を調整し、情報の一元化をするためのインテリジェンス・コミュニティーである合同情報会議が国家安全保障局という事務局の任務に変わり、情報の一元化に向け、関係省庁に情報提供義務を課し、必要な情報については収集を要求できる体制となった。
今、日本の情報収集・情報分析といったインテリジェンスの分野は、能力の向上という目的に対して小さいかもしれないが、確実に1歩前に足を踏み出したのである。
閉話休題
「この国の然るべき立場の人間達が少しずつインテリジェンスについて理解し始めたんだろう」
護はそう言って携帯でどこかへ電話を始めた。
「もしもし、ウルズ2だ」
『官性名、認識番号をお願いします』
「PoS 陸戦ユニットSRT所属 加藤護 階級は大尉、認識番号は13059910901だ」
『・・・確認しました大尉。どうぞ』
「クラス4-Aの権限を使用する。横田の緊急即応部隊の当番隊員から3名を車両で装備βを持たせてセーフハウス“フェアリー”に寄越してくれ。ASAPだ!それと、リトルバード2機とブラックホーク1機に4名ずつの強襲チームを搭乗させて待機させてくれ!」
『クラス4-A権限使用、QRFから3名を車両で装備βを持たせてセーフハウスフェアリーにASAP急行。及び、リトルバード2機とブラックホーク1機に4名ずつの強襲チームを搭乗させて待機、了解しました』
ICTO太平洋戦隊は担当地域内に無数の施設が存在しているが、その中でも日本の横田空軍基地とオーストラリアのタウンズビル空軍基地には陸戦ユニットの第2特殊作戦グループの隊員と移動・支援用の航空機及びその運用に携わる隊員がローテーションを組んで展開している。本来、担当地域内で何かしらの事案が発生した場合にはこれらの部隊が最初に対応する。この部隊で対応不能と判断されるか、独自の作戦行動・任務がなければ特別対応班は出動しない。
「クッソ!こんな時に限って何であの2人はいないんだ・・・」
この時マイケル・アダムスとパトリシア・ミラーの2名は岐阜県の航空自衛隊岐阜基地にいた。岐阜基地には航空自衛隊の飛行開発実験団が配置されておりICTOが日本よりC-2輸送機の購入を検討しており、2名はC-2からの空挺降下評価を行うために東京より離れていた。
「護、今2人は丁度自由降下評価を行ったところで、地上に着地しだい連絡機で横田に戻ってくると言っているけどどうする?」
「あぁ、それでいい。横田に戻って基地の待機チームに合流してそのチームの指揮を執ってくれと言ってくれ」
護は電話を片手に持った希を一瞥してからセーフハウスの武器・装備保管庫に向かった。そこからノーメックスの繊維で作られた黒のアサルトスーツとArc'teryx LEAF ニーパッド、PDWの弾をストップすると言われていたドラゴンスキンを研究部で改良した物を使用したプレートキャリアーの黒を取り出し、そこに付いているメディックポーチ、ユーティリティーポーチ等の中身を確認し、幾つかある長物からH&K MP7A1を取り出した。
MP7A1といっても、勿論ノーマルのままではない。ハンドガードのフォアグリップを外し、WILCOX製のRASに換装しフォアグリップにTangoDown ショートフォアグリップ、トップにはEoTech EXPS3、LDI DBAL-A2Hを、右側のレールにSUREFIREのM300フラッシュライトを搭載し、AAC MP7SD2サプレッサーを装着している。サイドアームは1週間前の自衛隊との合同演習でも使用したMk25である。こちらにはSUREFIREのX300ULTRAを装着し、グリップに可視光・赤外線切り替え式のレーザーポインターを内蔵している。
護はアサルトスーツを着てニーパッドを取り付け、右太股に付けたレッグホルスターにMk25を入れてから、プレートキャリアとOPS-CORE FAST MARITIMEヘルメット Black等を大型のバッグに詰め、PELICAN PC-1720ケースにMP7とヘルメットに装着するPrinceton Tec MPLS シリーズ CHARGE、ヘルメットカメラ、S&S Precision MANTA Strobe、GPNVG-21を入れて蓋を閉めた。
ちなみにGPNVG-21は米軍で使用されている4つ目の光増式暗視装置をICTO技術部が軽量・小型化した物である。
「じゃあ行って来る。九条の事しっかり頼むぞ」
「私も行った方が良いんじゃない?」
「希も来たら、九条の護衛できる奴が居なくなっちまう。お前を信頼しているから1人で大丈夫だと思ったが?」
「了解しました加藤大尉・・・気を付けて」
「あぁ。そういえば修学旅行は今日はキャンセルする。もし、すぐに片付いたらそっちに合流する」
希との会話が終わったところで丁度、横田からICTOのトヨタ LAND CRUISER200が来て入り口の前の道路に止まったのを確認して護はベースボールキャップを被り、ESS 5Bサングラスを付けて入り口に向けて走った。
護は開けられた左側のパワーウィンドー越しに言った。
「悪い、とりあえず出してくれ!」
自分とほぼ同じ格好をしている横田の緊急即応部隊の当番として待機していた第2特殊作戦グループのメンバーを一瞥し、荷物を後部ドアから入れて助手席に座った。
「それで大尉、どこに行けばいいですか?」
「千葉県松戸市東松戸二丁目に向かってくれ。ASAPで」
「サイレンは?」
「今はとりあえず、なしだ」
「了解しました」
護を乗せたランクル200はタイヤを軋ませながら、急発進した。