人狼2
輪状に並べられた12の席。
各々に、恐らく『参加者』と呼ばれた者達の名が記された札が置かれている。
そして既に席に着いている顔をざっと見渡し、把握する。
気になるのはその中で、唯一名前に血液と思われる赤で塗り潰された札。
「それ、多分『酒井佳奈』のものだよ」
背後からかけられた声に振り返る。
美少年だ。しかし、それでいて弱さを感じさせない賢者の目。
「SNSの文章、君も見ただろう?」
相手の内部を探ろうとする目。
しかし、それでいて相手には何も見せない。
「オレは『小林シャロ』、顔と名前通りのハーフさ。君は?」
必要最低限な事柄だけで、自然と相手を焦らせる早口。
「....ルイスだ、よろしく」
「名前からして英国圏の人?いや、それにしては日本語が流暢だ。もしかして君もハーフ?いや、でも名前が完全に違うな。」
「ハーフじゃないけど、日本での暮らしが長いんだ」
「へぇ、その言い回しからするとご両親の転勤とかで日本へ?」
「まぁそんなところ....」
「『そんなところ』と言うところから、恐らくそれは違うんだね。
そして、君は随分オレの様な人間をどのように対処するかを心得ている。」
「小林くん、残念だけど僕は君のような人間が苦手なんだ」
「オレは大好きだ」
最後に満足げに笑うと、彼は席に着いた。
自分も席に座ろうとすると、またどっかで聞いたような声が入り口から聴こえた。
「よぉ、ハゲ!テメェ、ノコノコ前に出てきてただで済むと思ってんのかゴラァ」
僕は何故、こんなにも苦手な人種に目を付けられるのだろう。
「ただで済むも何も、暴力は良くないと思うよ」
「あぁん?俺様に口出しとか、テメェ何様だよ」
また首襟を掴まれそうになったので手を払えば、この単能はさらに怒りだす。
正直に言おう。めんどくさい。
「さっきから見てれば!そこの赤髪、うるさすぎるよ!猿なの?もしかしてボス猿なの??」
席で端末を弄っていた、以下にも学生らしい、ポニーテールの少女が猿を指差す。
「あぁん?なんだ糞アマ、ぶち犯すぞッ!!」
「汚ならしい言葉、慎んでください、不潔です。」
眉をしかめる清楚な少女、こちらも学生だろう。
_____そうだ、『学生』だ。
ここにいる人間は全員制服を着ている、学生だ。
一つだけ規則性が見えて、少しだけ安心する。
「うっ....わーたよ、今は何もしなけりゃいんだろ?」
突然威勢がなくなる赤猿、どうやら清楚なタイプが弱点らしい。
「アヒャヒャヒャ!....猿のお兄さん分かりやすすぎ!アヒャヒャヒャ!」
小さな少年がガタガタと椅子を揺らしながら笑い、倒れそうになるのを隣のヘッドフォンの学生が押さえる。
「あの、ここ、教室?」
小さいはずなのに、よく通る少女の声がしてそちらを向けば、ぼんやりとした感じのこれまた学生が立っていた。
「そうだよ、空いてる席と名前からして君は『百瀬理恵』さんかな」
「あ、うん、わたし、理恵」
小林くんが彼女に聴けば、彼女はふにゃりと笑って肯定する。
「じゃあ君も早く席に...」
「テレビのおじさん、教室、ここだって」
彼女は廊下に呼び掛ける。
「あ、本当かい?辿り着けて良かったねぇ...」
現れたのはまるで、映画の中から出てきてしまったような七頭身の男性。
年は....明らかに40を越えている。
「あぁ...やっぱり君以外の人も学生さんだねぇ....ごめんね、こんなおじさんが混じっちゃって....」
綺麗な苦笑。
「でも、おじさんも、一応、学生でしょ?」
「いやぁ、お恥ずかしながらねぇ....」
「あぁーーっ!!おじさん、もしかしてもしかしなくても『塩田禎夫』さんじゃッ!!」
先程のポニーテールの少女が大声を上げる。
「あはは、知ってるのかぁ....恥ずかしいなぁ....」
「同姓同名じゃなくて本物だったんだ!!やば!!おじさまオーラやば!!」
「え??あのジジィ有名人なん??」
「ジ、ジジィ....か....」
効果音がつく勢いで塩田氏は肩を落とす。
「俳優だよ、有名だけど知らない?」
俳優と聞いて、ようやくあの綺麗な型にはまった笑い型に納得する。
「俳優とかマジかよ!?サインくれ!!」
「いやぁ、こんな私で良ければ...」
絵にかいたような、優雅な動作。
「塩田さん、一つ聞いても良いですか?」
「あぁ、なんだい?」
「さっき、百瀬理恵さんが塩田さんを『学生』と呼んだのを聞いたのですが、塩田さんは...」
「いや、実は私は仕事の関係で高校を中退していてねぇ...この歳になって思いきって通信制の高校に入ったんだよ、だから一応、今は『高校3年生』なんだ」
「そうなんですか」
「年寄りの我儘だよ、アハハ...」
「マジかよ、その歳で学校とかwwマジうけww」
取り合えずこの赤猿を何とかしたい。
出来れば迅速に退場していただきたい。
「残りの席を見る限り、『市川雀右衛門』『中村聡美』『酒井佳奈』がいないけれど、恐らく『酒井佳奈』が来ることはないと想定して、残りの二人はどうしたんだ?」
「市川君なら、手紙を読んで気分が悪くなったって...だから部屋で寝てるよ」
「そうか、じゃあ『中村聡美』は誰か知っているか?」
「中村さんから、恐らくお部屋の方かと...」
清楚な少女、『桜田百合香』が発言する。
「同じ部屋?」
「はい、教室に一緒に行きませんかと誘ったのですが、動くのがめんどくさいと...」
「動くのめんどいとか豚かよwww」
お前猿だろ、とは言わない。
「てかさてかさ!詳しい説明してくれないの??ゲームの??」
ポニーテールの少女、『佐藤キヨミ』が発言する。
確かに、僕達がここに集まった理由と言えばそれだ。
「おい!どっかで聞いてんだろ犯人!!早く説明しろゴラァ」
赤猿、アイツ『赤城ルビー』って....芸名かよ。
『あぁあぁ、お待たせいたしました。
今そちらに向かっております故、少々お待ちくださいまし』
教室のスピーカーからヘリウムを使った声が流れ、次の瞬間机の輪の中心に穴が開き、さっきとは別のウサギ男が飛び出す。
『自己紹介などは、まぁもう要りませんよね?
では、早速本題に移りませう』
ウサギ男は胸元から僕達の物と恐らく同じ端末を取りだし、操作し始める。
するとここにいる全員の端末が鳴り出し、端末を見るとSNSに個人宛の新しいコメントが一つ。
『では皆さん、端末に届きましたメッセージをご覧ください。そこに皆様に担当してもらう【役職】が書かれております』
言われた通り開けば、確かに役職らしき二文字が表示されている。
『【人狼ゲーム】を皆様、ご存知でしょうか?
ご存じなければ、ただ今送りました新しいアプリの方を参考にしていただければと思います』
「人狼ゲームやるの!アタシめっちゃ得意ー!!」
「ゲーム....ですか?」
「なんだゲームかよwww俺の一人勝ちに決まってんじゃんwwww」
「一つ聞きたいことがある」
小林くんが間髪いれずに質問に入る。
『どうぞ、ミスターシャーロック』
その呼び方に若干反応するが、彼は平静を崩さずに続ける。
「貴方はゲームと言ったが、『酒井佳奈』はどうした?」
『____どうなったと思いますか?』
ウサギ男が首を小さく傾げる。
「ここには【犠牲者】【死人】と表記されているのだが、ただのゲームだとしたら勿論、退場しただけだろう。
ただのゲームだとしたらだが。」
『....そうですね、では実際にご覧になって頂きましょうか。その方が早いと言うものです。』
また端末が何かを受信し、自動的に動画が始まった。
一人の少女が虚空を見つめていた。
瞳孔が開ききっており、生命活動が止まっているのが見てとれた。
カメラがだんだんズームアウトして行き、だんだん彼女の全貌が明らかになっていく。
抉られた喉、ちぎれかけた腕や足、掻き回されただろう腹。
「....ヒッ....」
佐藤さんが端末を床に落とし、机にうずくまる。
『彼女は昨日、【人狼】の餌食となりました』
「この中に、人狼がいるんだ」
小林くんはさも当たり前のようにウサギ男に問う。
『はい』
「何人?」
『機密事項でございます』
「今回、役職は何があるの?」
『機密事項でございます』
「自分達で探せってことか」
『はい、それこそがこのゲームの醍醐味でございますから。
では、ざっと流れを説明いたしましょう。』
ウサギ男は一礼すると、また姿勢を正した。
『あなた方は色々な環境からご招待された、中学生から高校生までの非常にラッキーな12人です。
何がラッキーか?
この『ゲーム』に勝ち残れば、あなた方の抱いている『通常では叶わないであろう願い』を我々が叶えて差し上げます。
ただし、負ければそれなりの代償....『自身の未来』を支払っていただきます。先程の酒井佳奈様のように!!
.....そんなの、いきなりここに連れてきておいて勝手過ぎる、なんてお考えの人もいらっしゃるでしょう。
なので、もし興味の無い方がいらっしゃれば、今の時点で降りていただければ『負け』にカウントせず、今すぐ家にお送りいたしませう....ですが、まぁ、皆さん、命に変えても叶えたい夢、あるんですよね?』
「い、いや!!!アタシ帰る!!!死にたくない!!」
佐藤さんが真っ先に手を挙げると、ウサギ男は小さく笑う。
『まだ三才になったばかりの、可愛い弟さん....また会いたくはありませんか?ミスキヨミ?』
「.....え、なにいって....」
『出来ますよ、我々なら』
「死んでんだよ!!?本気で言ってんの??」
佐藤さんは食い気味にウサギ男にかかる。
『だから、我々は『通常では不可能なこと』を実現することが出来ますと言ってるではないですか』
「....そ、そんなの....」
ボロボロと涙が溢れ始めて、佐藤さんは嗚咽混じりに言った。
「断れるわけ、ないじゃん....」
降りさせないためのハッタリなのか、それとも本気で言っているのか。
前者の可能性の方が高いに決まっている。
決まっているのに、ここにいる11人は誰も降りなかった。
『では、ルールを簡単に説明しませう。
先程、人狼ゲームと言ったのは覚えていらっしゃいますか?
名前の通り、この11人の中には『人狼』がまじっております。
この『人狼』は一日ごとに一人ずつ『村人』を食い殺していきます。先程の酒井佳奈様のようにね。
『村人』は『人狼』を消すため、昼間の話し合いで【人狼】だと思われた一人を処刑します。しかし、この処刑された者は本当に『人狼』かもしれないし、ただの『村人』かもしれない.....
そして、『人狼』が全て処刑されれば『村人』の勝利。
しかし、もしも『人狼』が『村人』と同じ数になれば....『人狼』の勝利です。
これだけ聞くと、明らかに『村人』が不利ですよね?
しかし、『人狼』は『村人』より明らかに少ないですし、しかも『村人』の中には【役職】を持った、特殊な方もいらっしゃるのです。
例えば、『占い師』。
この【役職】は、一日ごとに一人ずつ『人狼』か『人間』かを占うことが出来ます。要するに、ゲームの要と言ってもよいでせう。
次に、『霊媒師』。
この【役職】は、処刑された人物が『人狼』だったのか『村人』だったのかを、霊から聞くことが出来ます。
そして『騎士』。
この【役職】は名前の通り、誰か一人をその夜、『人狼』から守ることが出来ます。
どうですか?面白そうでしょう?』
ウサギ男は笑う、僕達は誰も笑わない。
『『人狼』、【役職】持ちの方には既に、その能力の方を差し上げています。まぁ、だから一人犠牲者が出ているわけですからね。
役職を他の人に言うも言わないもあなた次第。
では、思いのままにお時間をお過ごしください.....あ、そうそう、【処刑選挙】の投票締め切りは午後八時までとさせていただきます。それ以降の投票は無効となりますのでご了承ください』
ウサギ男が一礼したかと思うと突然床が開いて、男は消えた。
「オレは『村人』だ、信じなくてもいい。」
小林くんはさらりと言ってのけた。
流れが自然すぎて、普通に納得してしまった。
「騎士は名乗らなくて良い、すぐに殺されると面倒だ。
霊媒師も今日は言うな、人狼が何人か分からない以上、殺されると占い師並みに辛い。
ただ、占い師は今すぐ占いの結果を皆に伝えてほしい。
大丈夫だ、騎士が毎晩守りに入る。」
「あぁん?テメェ、さっきから何勝手にしきってんだよ??ぶち殺すぞ」
「じゃあ『赤城ルビー』、君だったらどう進めるんだ?」
「んなの個人でやれば良いんだよ、これはゲームだぜ?
弱いやつが負けんだよ」
「そんなんじゃ、君は絶対死ぬと思うけど」
「あんだとゴラァ」
「こらこら、喧嘩はよくないだろう?落ち着きなさい」
塩田師が止めに入り、また意味の無い静寂。
「人狼自身が、名乗る気はない?」
少しの希望を込めて提案してみる。
「そんなの名乗り出るわけねぇだろ!!?頭わいてんのがゴラァ!!?」
「仮にも、名乗り出てくれたとすればもしかしたら全員生き残れるかも知れないんだ。
人狼側は毎日同じ人物、例えば僕を狙ったとする。
それを騎士がずっと守ってくれれば誰も死なないだろう?
選挙だって、皆投票しなければ誰も処刑されない」
「でも、そこには問題点があるだろう?『ルイス・キャロル』」
「ルイでいいよ、フルネームは嫌いなんだ。」
「では、ルイ。
そこには明らかに問題が一つあるわけだが」
「あぁ、そうだね、ゲームが終わらない。
それに、いつどちらが裏切るか分からない」
これはあくまで生きることを優先した道であって、ここから出るためのものじゃない。
その前に、ここに全員残った時点で、もう誰かを殺しても良いと思っているのだ。
ここにいるのは、ある意味全員が【狼】になり得るわけだ。