第四話
桜子のとんでもない一言に可憐は固まる。
(え?何でそんな事になってんの!?)
火のないところから煙がたったのだ、そう思うのも無理もない。
「さっ、桜子様!それ誰に聞きましたの?」
冷静を装おうとしている様だが、焦りが丸わかりだった。
「先ほど伊集院様から直接伺いましたわ」
(チッ、クソが)
絶対に口に出せない様な事を思い、可憐は顔をしかめる。
しかし、すぐにいつもの笑顔を浮かべる。
「それは誤解ですわ。私、まだ婚約いたしてませんもの」
「そう言えば、お父様からそんな話は聞いてしませんし......」
そういった噂はまず、社交界で聞き、家族に教えるのが普通だ。
つまり、桜子が聞いていないという事は、社交界でも噂になっていないという事を意味する。
(よかった......)
可憐はホッと胸を撫で下ろす。
そしてすぐに元凶の事を思い出す。
「......真也様に文句を言って参ります」
桜子にそう言って、可憐は1-Aに向かっていった。
「真也様、一体どういうことですの?」
教室に着いて早々に文句を言う。
「何がだ?」
「桜子様に言ったことに関してですわ!」
可憐が声を張り上げると、「ああ、その事か」と思い出したかの様に言う。
(ふざけるなよ?)
可憐は青筋を浮かべながら、真也に詰め寄る。
「私そもそも真也様と婚約した覚えなどないのですけれど?」
「今後の予定だ」
全く悪びれない様子に、可憐はうんざりする。
(そう言えばこの人、人の話を聞かないんだった)
いくら言っても無駄だと気がついた可憐は、諦める様にため息を吐く。
「とにかく、私は認めてませんから!」
「はいはい、そこまで。可憐さんだっけ?教室でそんな話したらまた、噂になるんじゃない?真也もそのくらいにしとかないと、嫌われるよ?」
1人の少年が、可憐と真也の間に入り、2人を落ち着ける様に言った。
真也を呼び捨てにし、親しげに話しているのを見て、可憐は思い出した。
(こいつ、有栖川悠貴だ)
有栖川悠貴は『永遠の愛を君に誓う』の登場人物だ。
真也の幼馴染で親友。
俺様系な真也とは真逆の、王子様系。
その甘いマスクと基本的に優しい性格で、真也と人気を2分割していた。
ただし、敵と見た人間には容赦なく、西園寺可憐に対してはかなりひどい対応をしていた。
そして、腐女子の恰好の的であった。
(小説のタイトルで検索したら、予測変換がすごい事になってたんだよなぁ......)
出来心でそれを押した日を思い出し、乾いた笑いが込み上げる。
「どうかした?」
可憐の反応がなかったからか、悠貴は可憐に話しかけた。
「いえ、少し考え事をしていただけですわ」
「そう。真也も反省した様だし、早く教室に戻った方がいいよ。変な噂を立てられたくなければ、だけど」
悠貴にそう言われ、可憐が周りを見渡すと、辺りは野次馬でいっぱいだった。
(まずい。非常にまずい!)
「今後一切、変な噂は流さないでくださいませ!」
捨て台詞を吐いて、可憐は逃げる様にその場を去った。
可憐が教室に戻ると、桜子が帰りを待っていた。
「おかえりなさいませ。朝から大変でしたわね」
「本当ですわ。これでまた、変な噂がたったかと思うと......」
思わず苦笑いをする可憐に、桜子は「私はいつでも、可憐様の味方ですわ」と声をかける。
(いい人だなぁ)
桜子の優しさに思わず口元が緩む。
「では、今度何かありましたら、真っ先に桜子様に相談いたしますわ」
可憐がそう言うと、桜子は嬉しそうに笑った。
(つ、疲れた......)
5限の授業を乗り越え、可憐は机に手をつく。
(何なのこの時間割......)
前世で通っていた小学校とはあまりにもかけ離れた時間割に、カルチャーショックをうける。
1時間目 社会
2時間目 国語
ここまではいたって普通である。
問題はこの後からだ。
3時間目 乗馬
4時間目 マナー
5時間目 社交ダンス
(......何これ)
通常の授業よりも多い、謎の授業に可憐は驚きを隠せなかった。
そして、可憐に追い打ちをかけるかのごとく、真也が部屋の前で待っていた。
(何でいるんだろう)
どう考えても可憐を待っているのだが、当人には全く見当もつかなかった。
「おい」
真也の前を無視して通ろうとしたら、呼び止められた。
「......ごきげんよう、真也様。何かご用が?」
嫌そうな目を真也に向ける。
「一緒に帰るぞ」
(何故決定事項!?拒否権はないのか、拒否権は!)
直接本人には言えず、心の中でツッコむ。
「真也様」
「何だ?」
「私の家と真也様の家は逆方向ですわ。しかも、迎えが来ています」
可憐がそこまで言うと、真也は諦めて帰った。
(よし、勝った!)
真也を言い負かせ、可憐の顔は満面の笑みを浮かべる。
(今日のお菓子は何かなぁ)
そんな事を考えながら、軽い足取りで可憐は車に向かっていった。