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第二十四話

ある休日。

可憐は朝食をとり、着替えを済ませ、いつものごとく自室で読書に打ち込んでいた時だった。

急にドドドドッ、という音がドアの外から聞こえる。

そしてノックもなしにドアが開いた。

そんなことをする人は、この屋敷には1人しかいない。

「お父様、廊下は走らないで下さいませ」

読みかけの本を置き、くるりとドアの方を振り返る。

そこには、息を切らした清太郎が立っていた。

(本当やめてよ!この家の廊下には、無駄に高い壺とか置いてあるんだから!)

壊れたらどうするんだ、と視線で訴える。

「壊れたら片付けて貰えばいいんだよ」

言いたいことは通じたものの、考え方が可憐とは正反対であった。

(物は大切にしなさいって習わなかったのか!)

我が父親ながらきちんと教育せねば、と決心する。

「いや、そんな事はどうでもいいんだよ!」

いやいや、どうでもよくないでしょ、という言葉を必死に飲み込んだ。

「どうかしたんですの?」

色々言いたい気持ちを抑えて、清太郎に問いかける。

何とか落ち着きを取り戻した清太郎は、何があったのかを可憐に説明しだした。


(えっと...どういうこと?)

詩織の話だと言うことはわかった。

しかし、9割近くが惚気話であったため、重要なところが全く入ってこなかったのである。

「一体何がおっしゃりたいのか、よくわからなかったので、要約して下さいませ」

「詩織ちゃんの手術が決まりました!」

それならそうと簡潔に言えよ、という言葉を飲み込み、「そうですか」と返す。

「冷たくない!?」

「いつも通りですわ」

実際かなり嬉しいのが顔に出そうになり、可憐は清太郎から顔を背ける。

「で、その手術が成功すれば、お母様は帰ってこれるのですか?」

「そうなんだ!この手術が終われば、基本は家で過ごせるようになるらしい。だいたい家に帰ってこれるのは、1年後ぐらいになるそうだよ」

(基本的に家で...)

今まで詩織が家にいることなど、年に数日あれば良い方だった。

可憐は純粋に嬉しかった。

それが顔に出ていたのか、清太郎が頬を突く。

「セクハラですわよ、お父様」

「そんな言葉、どこで覚えてきたの!?」

前世です、とは言えず、可憐は口をつぐむ。

「え、どこなの!?ねぇ!?」

返事のない可憐に、大声で問い続ける。

そんな清太郎を横目に、可憐は読書を再開した。


詩織が日本を発つ日がやって来た。

どうやら、詩織の手術は日本ではなく、アメリカで行われるらしい。

「次会えるのは、1年後ですわね」

可憐と清太郎を見て、微笑む。

「気をつけてね。詩織ちゃんに何かあったら...」

清太郎が心配そうな顔をする。

「大丈夫ですわ。とても良い腕のお医者様ですもの。必ず元気になって帰って来ますわ」

そう言って、か細い手に力を込める。

(いや、全然力強く見えないし!しかも、フラグだから!フラグなんて立てないで!)

小説、アニメ、漫画における『俺、必ず帰るから』と言うセリフほど信用ならないものはないのだ。

「...本当に大丈夫ですの?」

可憐はジト目で詩織を見る。

言葉でも顔でも、信用していないのが丸わかりであった。

そんな可憐の様子に、詩織は不満げな顔をする。

そして、詩織は可憐の頬を掴み、ぐにぐにと引っ張り出す。

にゃにをふるのれふか(何をするのですか)!」

「大丈夫ですわ!絶対、可憐ちゃんと一緒に海外旅行に行くんですから!」

(これ、決定事項なやつだな...)

可憐な目には、詩織の顔に『旅行行きたい』と書いてあるように見えた。

「ぜひ行きましょう!」

別段断る理由もないので、承諾した。

そして、1番大切なことを伝える。

「私、ヨーロッパで食べ歩きがしたいです」

美術館巡りでも、買い物でもなく、食べ歩き。

これが可憐にとっての重大な問題である。

「...が、頑張りますわ」

元々食の細い詩織は内心、無理かも、と思いながらも、娘をがっかりさせないため、多少は胃も鍛えておくことにした。

そこに、飛行機の搭乗時間を知らせるアナウンスが聞こえてくる。

「もう、時間ですわね」

名残惜しそうな目をして、詩織は2人を見る。

「では、行ってまいりますわ」

2人を抱きしめた後、詩織はスーツケースを持った。

「行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃいませ」

清太郎と可憐は、去って行く詩織に手を振り続けた。


「行っちゃった...」

先ほどまで詩織がいた場所を見つめながら、清太郎が小さな声で呟く。

「お父様?」

可憐は、呆然と立ち尽くす清太郎の顔を、どうしたのか、と首を傾げながら見る。

しばらく見ていても、全く変わらない、まるで"この世に絶望したと言わんばかりの表情"のままであった。

(怖っ...。って言うかまだ何も起こってないよね?)

手術が始まるどころか、飛行機すら日本にある状況である。

しかも、ただ飛行機に乗り込んだだけだ。

(それでこの状況とは、先が思いやられる)

はあ、と可憐はため息を吐いた。

「お父様!」

何回読んでも返事がなかったため、強めに呼びかけた。

すると、清太郎は驚きながら、可憐の方を見る。

「どうしたんだい?」

急なことに清太郎は目をぱちくりさせる。

「そんなに不安になるくらいなら、一緒に行けば良いんですのよ」

可憐がそう言うと、今まで以上に目を見開き、口をぽかんと開ける。

「今なら間に合いますわよ?」

清太郎は、可憐の言葉にハッとしたように見えた。

しかし、すぐに左右にかぶりを振る。

「...仕事を放り出すなんて」

だめだ、と言う前に可憐は口を挟む。

「今の状況で、仕事に身が入るとでも思っていらっしゃるの?」

入るわけがないでしょう、と視線を投げかける。

「それに、お父様が普段やっている仕事でしたら、アメリカに持って行くこともできますわよね?」

基本的にパソコンでのデスクワークであるため、インターネット環境さえ整っていれば、どうとでもなるのだ。

「でも、可憐は...」

「私は大したことありませんわ。自分のことは自分でできますし、使用人もおります。何か心配ございますか?」

まだ渋る清太郎に、可憐は安心させるように言った。

普通の小学生なら耐え難いかもしれないが、可憐にとっては多少寂しさはあれど、夜な夜な泣くようなことなどない。

むしろ、可憐は自分の気持ちどうこうよりも、父親が放心状態のままの方が、よっぽど大きな問題だった。

「...なんか、可憐と話していると、自分よりもずっと年上の人と話しているような気になるよ」

「ソ、ソンナコトアリマセンワ」

片言になったのは、致し方がない。

「...じゃあ、行ってくるよ」

彼は、ようやく決心したようである。

「行ってらっしゃいませ」

可憐がそう言うと、清太郎はスマホを取り出し、どこかに連絡し始めた。


そして、詩織と同じフライトで、清太郎も日本を発った。

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