第二十三話
しばらくし、可憐は3年に進級した。
始業式の日、エントランス前にクラス分けの表が張り出されていた。
(ついに...ついにこの日が来てしまった...)
入学してからずっと恐れていたクラス替えに、見る前から絶望の色を滲ませている。
(真也様と有栖川様と同じクラスだったら、人生が終わる気がする...)
もし、同じクラスだったらと考えて、可憐は身震いする。
そこに、桜子と菖蒲がやって来る。
「「ごきげんよう、可憐様」」
「ごきげんよう」
2人の笑顔が少しこわばっている。
きっと緊張のせいだろうな、と可憐は目星を付ける。
「そんなに緊張しなくても、大丈夫ですわよ」
「わかってはいるのですけど...もし、可憐様と違うクラスだったらと思うと...」
ぶるり、と桜子は身体を震わせる。
「本当にどういたしましょう...」
桜子の言葉に菖蒲も同意する。
どうやら手遅れなのは、桜子だけではないらしい。
「所詮はただのクラス替えですわ。たった2年クラスが違うだけです。休み時間などは一緒に居れば良いのですから、今とさほど変わりませんわ」
先ほどまで絶望に打ちひしがれていた人間のセリフとは、到底思えないようなことを言い、極め付けに微笑を浮かべる。
「たかが2年、されど2年ですわ!私、可憐様と離れて暮らすなんて...」
とても耐えられない、と言う桜子に、菖蒲は悪魔の如き囁きをする。
「困った時は、寄付金を収めればなんとかなるのではありませんか、桜子様?」
(それって...)
『お代官様、例のものです』
『お主も悪よのぉ』
そんな時代劇の定番の情景が、可憐の頭をよぎる。
(いや、ダメダメ!さすがにそれはマズイ)
西園寺可憐よりも、よっぽど悪役らしい菖蒲の考えに、可憐は将来が心配になった。
「それですわ!」
そんな一言に、桜子は笑顔で同意した。
そして、嬉々として同じクラスになれなかった時の計画を立てていく。
あまりにも内容が酷すぎて、可憐は白目を剥きそうであった。
結論を言うと、可憐は桜子と菖蒲、また心配していた真也と勇気とも異なるクラスであった。
「お金を積めば...」などと言う2人を、休み時間は一緒に過ごす、という約束でなんとか抑えることができた。
(にしても、困ったなぁ)
うーん、と唸りながら、可憐は考え事をする。
可憐に友達と呼べる人は、瑠璃と桜子、菖蒲である。
瑠璃とはそもそも学校が違う。
そして、桜子と菖蒲と違うクラスだということは、クラスに友達が0人だということになる。
(このままでは、桜子様や菖蒲様が私に会いに来てくれなかったら、ぼっち確定じゃない!)
ヤバい、ヤバいと内心焦りながら、可憐は新しい教室へと向かっていった。
(なんでだろう...)
可憐は悩んでいた。
新しい学年、新しいクラスになって数週間経ったにもかかわらず、新しい友人が1人もできないことに。
別に、無視をされたり、嫌がらせを受けているという訳ではない。
ただ、遠巻きに見られているのだ。
(こんなに笑顔で、親しみやすい雰囲気を出しているのに...)
可憐は目に見えて落ち込む。
もちろん、可憐をよく知っている人間からすれば、彼女が努力している通り、親しみやすく見えたに違いない。
しかしながら、可憐と親しい者はこのクラスにはいない。
周囲の少年少女が知っている可憐の情報といえば、西園寺グループの会長の孫娘で、卓越したヴァイオリンの才を持ち、伊集院や有栖川に気に入られ、なおかつ美少女という事くらいである。
そんな恵まれに恵まれた人間に、話しかけることができるだろうか、いやできない。
まあ、もっとも、周りが近寄れない理由はそれだけではない。
真也達の存在である。
休み時間になる度にやって来て、可憐を占拠するのだ。
可憐を取り囲んでいる真也達を押し退けてまで、可憐に話しかけようとする愚か者など居らず...現状に至る。
もちろん、そんな事情だと可憐が知るはずもなく、おかしいな、と小首を傾げ、原因を考える。
(もしかして、存在感が足りないとか?自己アピールが必要なのかも...)
西園寺可憐の新しい売り出し方について、可憐は放課後まで考え続けた。
「瑠璃、どうすればいいと思う?」
その夜、可憐は瑠璃に電話で相談をしていた。
考えはしたものの、自分1人で考えてもどうにもならず、アドバイスをもらうことにしたのだ。
『え、知らんやん』
受話器の向こうから、至極面倒くさそうな声が聞こえる。
食後のコーヒーを邪魔され、瑠璃としてはいい迷惑だったのだ。
「こんなにも親しみやすい雰囲気を醸し出しているのに、なんで1人も友達ができないんだろう...」
『そりゃあ、なあ...』
(確実にあいつらのせいやん)
可憐に今までの経緯を聞き、全てを察した瑠璃は、渇いた笑いをおくることしかできなかった。
「こっちは深刻なんだって!どうするのよ、私が便所飯しなくちゃいけなくなったら」
可憐がトイレで独り寂しく昼食をとる様を想像し、瑠璃は気管にコーヒーを詰まらせる。
『ごほごほっ...ちょっと、変なこと言わんといて!』
「じゃあ、真面目に考えて」
電話越しに冷ややかな視線を感じた瑠璃は、「仕方がないなぁ」と言って、今後の行動を提案した。
そして、可憐が聞き返す間も無く、アドバイスをするだけして、すぐさま電話を切った。
「ひどっ、まあ、いいや」
1人そう呟きながら、可憐は先ほどのアドバイスを書き留めたメモを見返す。
その1、笑顔でいること。
その2、話しかけやすい雰囲気を作ること。
その3、積極的に話しかけること。
(1と2は既にやってるから、やっはり3かぁ...)
早速明日から試そう、と可憐は決心した。
「だから、なんでよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
今にも泣き出しそうな声で、可憐が叫ぶ。
まあ、そうなるのも無理はない。
瑠璃に言われた通り、可憐は行動を起こした。
笑顔で皆に挨拶をし、世間話に加わろうとし、おまけに落としたハンカチまで拾った。
なのに、だ。
逃げられること、4回。
苦笑いされること、10回。
謝られること、3回。
計17回。
すぐさま真也達が駆けつけてくれたから良かったものの、1人だったら確実に泣き喚いていただろう。
(一体何がだめなのよ...)
あまりのことに、可憐のハートはズタボロである。
『ごめん、ごめん。想像以上やったわ』
可憐の荒れっぷりに、流石に瑠璃も、申し訳ない気持ちになる。
『こんだけしたら、1人くらいは友達になってくれると思ってたんやけど...』
「他に打つ手はないんですか?」
『え、まだやるん?』
いい加減に諦めればいいのに、というニュアンスを込める。
「当たって砕けろ精神です!」と可憐は渇いた笑いを漏らす。
(砕けたらあかんやんって、えぇ...無理やって教えてあげるべきなんかなぁ、これ)
友達ができない理由は可憐ではなく、他のところにあるため、努力しても無駄なのだ、ということを教えるか、教えまいか、悩む。
しかし、教えないとこれ以上可憐が傷つくのが予測されたため、言うことにした。
『あんたに新しい友達がてきひんのは、あんたのせいじゃなくて...』
「と、言いますと?」
思いがけぬ瑠璃の言葉に、可憐はきょとんとする。
察しが悪いなと思いながらも、瑠璃は言葉を続けた。
『確実に、真也とかが邪魔してるやろ』
そこまで聞き、可憐はようやく察した。
(毎度毎度、私が暇してる時に現れると思ってたんだよね...)
可憐がクラスメイト達に話しかけようとすると、どこからともなく現れ、一方的に話しかけられ続けたことを思い出す。
まさか、あの来訪にこんな意味があるとは、思いもよらなかったが。
「じゃあ、私が何をしても無駄じゃない!」
『気づくのが遅い!』
今までの行動が全て無駄だったことに、可憐はがっくりとうなだれる。
そんな可憐に、瑠璃は更に追い討ちをかける。
『このクラスで友達を作るのは諦め』
これまでの真也達の行動で、確実にクラスメイトは可憐と親しくできない。
そう思っての言葉であった。瑠璃の言いたいことを感じ取った可憐は、今にも消え入りそうな声で「イエッサー」と呟いた。
言うまでもないことだが、この決断により、3、4年の間に新たな友を見つけることはできなかった。
不幸中の幸いと言うべきか、便所飯だけは回避できたようである。




