第二十二話
週末、可憐はうんざりとした顔で服を出しては戻すを繰り返していた。
(あー、嫌だ。行きたくない...)
今からでも取り消せないかなぁ、と可憐は真剣に考える。
そう、今日は真也と一緒に動物園に行く日なのである。
「こんなつもりじゃなかったんだけど...」
そう言い、可憐はどうしてこうなったかを思い出す。
(そもそも、条件付きでOKしたのが間違いだったんだよなぁ...)
真也からの誘いに、可憐は『瑠璃が行くなら行く』と返事していたのだ。
可憐はどうせ瑠璃のことだから、面倒だと言って断るとばかり思っていた。
それが、まさかだ。
瑠璃曰く、「人の恋路を邪魔してええ事なんて何もないやん?」と。
(いや、私のバッドエンド回避を手伝ってよ!)
回避を手伝うどころか、促進させるのはやめて、と可憐は切実に頼み込んだが、受け入れられる事はなかった。
よって、可憐は真也と動物園に行くことになったのだった。
真也と出かけるというだけで憂鬱な気持ちになるというのに、有栖川悠貴まで来るのだ。
より一層気分が乗らないこと極まりない。
「はあ...何が悲しくて有栖川様と一緒に行かなきゃいけないのよ」
顔を合わせる度に口論になり、尋常じゃなく疲れるのだ。
(平日は我慢するから、休日は勘弁してよ...)
可憐は今日何度目かわからないため息を吐き、嫌々ながらも準備を再開した。
「おはよう、可憐」
可憐は待ち合わせ場所にいち早く着き、ボーッと立っていた。
そこに瑠璃が走ってくる。
「おはよう、瑠璃。誰が見てるかわからないんだから、はしゃぎ過ぎないようにしなよ」
「わかってるって」
もうちょっと信用してくれてもええやん、という瑠璃を可憐は一瞥する。
「日頃を振り返って言いなよ」
呆れた顔をする。
「わかった、わかりましたよ。...にしても、あんたその格好で動物園に行くん?」
瑠璃は可憐な服を見ながら、ボソッと呟く。
「仕方がなかったのよ。これでもマシなのを選んだんだから」
瑠璃はホットパンツにスニーカーという、動きやすさを重視した格好であるが、一方、可憐はワンピースであった。
しかも、フリルやレースがたっぷり付いたものである。
可憐がどれだけクローゼットの中を探しても、Tシャツやズボンはおろか、フリルやレースの付いていない服すらもなかったのである。
「ーーというわけなのよ」
そのことを瑠璃に説明する。
「ご愁傷様」
瑠璃は可憐の方に手を合わせる。
「拝まないでくれない?」
「うっす」
瑠璃は可憐に向かって敬礼する。
「私の服の話はどうでもよくて、今日動物園で何も言わずにどっかに行かないでよ?」
真也と悠貴と3人など、彼女に耐えられるはずがない。
だから、可憐は前もって瑠璃に釘を刺しておくことにしたのだ。
「わかった、わかった。何も言わずにどっかに行かへんようにしますよ」
可憐の睨みつけるような視線に、瑠璃は肩をすくめた。
「おはよう」
可憐と瑠璃が約束してすぐ、悠貴がやって来た。
いつものように、タイミングばっちりである。
(...またかよ)
一体どこから見てるんだ、と悠貴の顔を見つめる。
「僕の顔に何か付いてる?」
「いえ、何も」
可憐は愛想のない返事をした。
そんな可憐の様子を気にもとめず、悠貴はキョロキョロと辺りを見渡す。
「真也はまだ来てないの?」
「まだ見ておりません」
悠貴に瑠璃が答える。
(ヒーローは遅れてやって来るって、よく言うしね)
「ヒーローは遅れてやって来るってやつか」
可憐の心を代弁するかの様に、悠貴は言った。
(うわぁ、考え方が同じとか...最悪だわ)
あからさまに嫌そうな顔をする。
「まさか西園寺さん、僕と同じこと考えた?」
可憐の様子の変化に、悠貴はそう聞く。
「...別に思ってませんわ」
可憐はスッと目をそらす。
「思ったんやな」
瑠璃は可憐を見て、呟いた。
「遅くなった」
瑠璃の声を遮るように、そう聞こえる。
背後を振り返ると、真也が颯爽と歩いているのが見える。
幼いながらも整った顔立ちの為か、一枚の絵に見えた。
(これだからイケメンは!)
全くだ、と思いながら、可憐達一同は動物園に向かった。
真也の手により、チケットは既に手配済みであったため、並ばずに入ることができた。
可憐は、自分の分の料金を払うと申し出たものの、真也がいらないと頑なであったので、今回は可憐が諦めることにした。
(普通割り勘でしょ!一体誰のお金だと思ってんのよ!これだからお金持ちは...)
庶民の感覚が抜けない可憐は、自分のことを棚に上げ、呆れた顔をする。
「そう言うあんたも、今やお金持ちの中の1人なんやけどな」
急に瑠璃が可憐の方に来て言う。
「心を読まないでよ」
「えらいわかりやすい顔してたしなぁ」
まさに、顔に書いてあるという表現にふさわしい顔をしていた。
「そんなことより、どこ行く?」
瑠璃は、可憐の目の前にマップを持ってくる。
「動物の餌あげ体験とか、ふれあい広場とかないの?」
動物とのコミュニケーションを主な目的として、はるばるやって来た可憐は、目標達成しようと真っ先にそう言う。
「あるけど...」
渋る瑠璃に、可憐は不思議そうな顔を向ける。
(一体何が問題だというのか?)
「まずは、定番の動物を見なあかんやろ」
もっともな意見に、可憐はうなづく。
「了解。じゃあ、兎からで」
「OK、兎ね...ってなんでやねん!」
(これが噂のノリツッコミ!?)
綺麗に決まったそれに、可憐は感心する。
いつもとは立場が完全に逆になってしまい、半ば疲れてきた瑠璃は、うんざりした顔を見せた。
「いいから、まともな案出して」
「わかったわよ。象とかどう?」
ジト目を向けられ、これ以上ふざけるのはマズイな、と思った可憐は、王道の答えを出した。
ようやくどこに行くのかを決めた2人は、男性陣を連れ、象のいるエリアに向かった。
「動物園とは、本当に色々な動物がいるんだな」
真也は至極当たり前のことを、驚きながら述べる。
「それが動物園だからね。まさか、知らないで来たの?」
「いや、想像以上だっただけだ」
意地を張って言う。
きっと、真也の想像の動物園はつまらないに違いないな、とその他の3人は思った。
「でも、ここの動物園の規模は、比較的小さいと思いますけど」
可憐の言葉に、真也を除く2人がうなづく。
そう。
可憐の言う通り、テレビや雑誌などのメディアに取り上げられる動物園と比べると、明らかに小さいのだ。
有名どころの象やキリン、ライオンなどはいるが、ジャイアントパンダやアイアイなどの珍しい動物は一切いなかった。
「そ、そうなのか!」
可憐の発言に、真也は目を丸くした後、何かを考え始めた。
(このままでは、「次はもっと大きな動物園に行こう」とか言われかねない...)
真也の様子に、嫌な空気を感じ取った可憐は、話を変えようとする。
「そろそろお昼にしませんか?いい時間ですし」
時計は丁度12時を指していた。
「びっくりするぐらい正確な腹時計だね...」
「ぴったりだな」
「...すごいですわね」
可憐に三者三様の言葉と、呆れたような視線が突き刺さる。
(うまく話は反らせたのに。何だろう...解せぬ)
納得いかない気持ちになりながらも、やはり食べ物の誘惑に抗うことなどできず、渋々3人の後ろに付いて行った。
焼肉かステーキを食べたい、と言う可憐を全力で無視し、オムライスを食べた後、4人はふれあい広場に来ていた。
お肉を食べることができず、下がる一方であった可憐のテンションはここに着いた瞬間に跳ね上がった。
「もっふもふぅ」
そう言いながら、目の前にいたモルモットを抱きしめる。
「幸せ...」
実に幸福そうな顔をする。
そんな見慣れない光景に、真也と瑠璃は硬直していた。
「悠貴、知っていたのか?」
3人の中で唯一平然としている悠貴に、真也は問う。
「知ってたと言えば、知ってたけど...まさかここまでとは」
あの日は遠くから見ただけであったため、表情は見えず、声も聞こえなかったのだ。
ただ普通に小動物を愛でているだけだと思っていたため、心底驚いていた。
何せ、「もっふもふぅ」などと口にしながら、緩みに緩みきった顔をしているのだ。
いつも澄ましている西園寺可憐が、である。
「通りで様子がおかしいはすですわ」
今日1日、可憐の言動に違和感を覚えていた瑠璃は、これが原因か、と納得した。
彼女はこれが楽しみだったのか、と。
「「「まさか、こうなるとは」」」
3人が驚いているのに全く気付かない可憐は、小動物をはべらせ、始終ニヤニヤしていた。
「いやぁ、楽しかったですわね」
はじめあんなに行きたくないと言っていたのにもかかわらず、この態度の変わりようである。
女心と秋の空。
まさにその体現であった。
「そ、そう。よかったね」
いつもの悠貴なら、嫌味の一つでも返すところだが、あっけに取られすぎて、ありきたりな返答をするのがやっとだった。
「本当に動物が好きなんですのね。人が変わったかの様でしたわ」
瑠璃は先ほどまでの可憐の様子を思い出し、苦笑いする。
「何のことですの?」
瑠璃の発言に、可憐はきょとんとする。
(無自覚!?)
瑠璃は可憐の将来が心配になった。
「まさか、西園寺さんがあんなタイプだったとは、びっくりだったね」
女性陣と別れた後、真也と悠貴は話していた。
「驚いたな」
そう言いつつも、真也は嬉しそうな顔をする。
「よかったね。新たな一面を知れて」
「なっ...」
心を読むな、と真也の目が訴える。
「惚れ直した?惚れ直した?」
「鬱陶しいな」
ニヤニヤして迫ってくる悠貴を一瞥する。
そして、可憐のことを思い出し、顔をほころばせた。
「あんた、ボロが出すぎやろ」
一方、女性陣はお説教タイムである。
「いや、わざとじゃなくて...」
「お黙り!」
ピシャリ、と言い放つ。
「何が『誰が見てるかわからないんだから、はしゃぎ過ぎないようにしなよ』なんかな?」
「...返す言葉もございません」
見事なブーメランである。
「あんた、自分の発言覚えてるか?」
「何のことかさっぱりでございます」
可憐には、全くあの間の記憶がないのだ。
「なるほど...当分の間、動物とのふれあいは禁止な」
このまま行くと、確実にボロが出まくる気がした瑠璃は、禁止令を発令した。
「そ、そんなぁ」
この世の終わりかの様な可憐の声が、響き渡った。




