第二話
使用人達に話は通してあったのか、すんなりと入る事ができた。
「こちらで真也様がお待ちです」
初老の執事に連れてこられたのは、真也の部屋ではなく、応接室であった。
「真也様、西園寺様をお連れしました」
執事がドアをノックしてそう言うと、中から「入れ」と聞こえてきた。
そう言われて部屋に入る。
「よく来たな」
可憐は上から目線な口調に少々怒りを覚えたが、相手は子供だと思って怒りを鎮める。
「ごきげんよう、真也様。早速本題に入らせていただきますが、あの手紙は一体何なんですの?」
手紙には用があるという事しか書いていなかったため、可憐はどういった理由で呼び出されたのか知らなかった。
「ーーーになれ」
最初の方が小声で聞き取れなかった。
「真也様、今なんと......?」
可憐が聞き直すと、真也は声を張り上げて言った。
「俺の婚約者になれ」
(は?)
あまりにも衝撃的な一言に可憐は、開いた口がふさがらなかった。
「えっと、なんの事やらさっぱりわからないのですが」
聞き間違いであってほしいという願望がだだ漏れである。
そんな事はお構いなしに、真也は話し続ける。
「俺はお前に婚約者になれと言ったんだが?」
何度も同じ事を言わせるな、と言わんばかりの顔で可憐を見る。
(日本語わからないフリして逃げていいかな?)
可憐は混乱していた。
そんなありえない事を考えてしまうくらいに。
「どうかしたか?」
どうして黙っているのかわからないのか、真也は不思議そうに問いかける。
(どうもこうもないわ!誰のせいだと......)
何とか抑えてきた怒りが爆発した。
「ふざけないでくださいませ。私は貴方には関わりたくないんですの。前回会った時にも言いましたわよね?関わるなと。私は貴方の周りにいる他の娘達とは違うんですの。馬鹿にするのも大概にして下さいませ」
口調が崩れなかったのは、僅かに残っていた理性のお陰であろう。
だが、子供に対してこのような事を言ってしまうくらいには、可憐は怒っていた。
そんな可憐の様子に、訳の分かっていない真也は目を見開く。
「分からない人にいくら言っても無駄ですので、帰らせていただきますわ。ごきげんよう」
そう言って可憐はそそくさとその場を去った。
「お父様、真也様は何とかなりませんの?」
夕食後のデザートを食べながら、可憐は清太郎に抗議する。
「何がだい?」
事情を全く理解していない清太郎は、ただ驚くばかりであった。
「急に手紙を大量に押し付けるようなストーカー紛いの行動はする、人の話は聞かないわ!将来が非常に心配ですわ」
近所のおばちゃんのような発言をする。
(このままではただの俺様人間になりかねないわ)
可憐ががそう言うと、清太郎はカチンと固まった。
「可憐、どこでそんな言葉を覚えて来たんだい?」
(一般的な6歳児はストーカーなんて言葉知らないか)
「あれですわ。以前、テレビドラマでやってましたの」
必死に思考を巡らせ、何とか言い訳を考える。
「可憐がドラマなんて見たことあった?」
(ゔっ...そう言えばこの家にテレビ無かった)
「......どこかで聞きましたのよ。」
可憐は誤魔化すように目の前にあった紅茶を飲む。
(美味しい......)
可憐がお茶を堪能していると、清太郎がふと思い出したかのように言う。
「そう言えば、可憐。真也君に『婚約者になれ』って言われたんだって?」
「ゴホゴホっ!」
むせた。
盛大にむせた。
「おっ、お父様!?それを何処で......?」
「真也君が言ってたって涼から聞いた」
「は?」
(許可した覚えも、許可する気も全くないんだけど)
「私は丁重にお断りいたしましたわ。私は真也様と婚約するつもりは全くございませんわ」
(そもそも恋どころじゃないしね)
「じゃあ、可憐の理想はどんな人なんだい?」
清太郎の問いに少し考えてから、口を開く。
「しいて言えば、ずっと私だけを愛してくれる人かしら?例え私に、お金が無くても、名声が無くても。真也様には、いつか心の底から愛する人がやってくるもの。あくまで今まではご自分に楯突く人がいなかったから、私を珍しがってるだけですわ。そんな一時の気の迷いに付き合うなんて、まっぴらごめんですわ」
(でも、愛だけではどうにもならない事ってあるからなぁ)
「真也君も可憐だけを愛してくれるとしたら、どうだい?」
「その時になったら考えますわ」
(まあ、蓮見雪乃がいるかぎり、そんな日はやってこないだろうけどね)
可憐はため息を吐いた。
後日、可憐は再び真也の元を訪れた。
もちろん、文句を言うために。
「真也様、ふざけないでくださいませ」
真也を睨みつけながら言う。
「ふざけてなどいない。俺はいたって真面目だ」
なおさらたちが悪い。
「何度も言いますが、私は真也様と関わりたくないんですのよ!」
可憐がそう言うと、真也は即座に「俺は関わりたい」と答えた。
(知るかっ!)
可憐は内心そんな事を思いながら、頭を抱える。
「そんなことは聞いてませんっ!」
(こいつにはいくら言っても無駄だな)
子供だから仕方ないで済ませるほど、可憐に余裕はない。
「とりあえず、婚約なんてお断りですから!後、誤解を生む様なことしないでくださいませ!」
話を聞けば聞くほど面倒な事になりそうな気がした可憐は、言いたい事だけ言って、その場から逃げた。