第十八話
春と言えば、桜。
桜と言えば、お花見。
そんな学園長の安直な発言により、桜ノ園学園でお花見パーティが開かれる事になった。
学校の名前にもある通り、中庭には大量の桜の木が植えられている。
しかも話によると、初代学園長が桜が沢山ないと園ではないとかなんとか言ったからということらしい。
心底どうでも良いと思っているのは、可憐だけではないだろう。
(全くもってお金持ちの考える事は理解できないわ)
このおかげで花見ができていると思うと悪くはないと思う。
可憐は気持ちを落ち着けるために、目の前にあるお菓子に手をつける。
(やっぱり美味しい。さすがは名門私立校。有名なパティシエを連れてきているだけある)
桜に関しては理解できないのに、食べ物に関して理解しているようである。
「そちらのショコラも美味でしたわ」
「今度うちのシェフにもお願いしてみましょう」
聞こえてくる会話の一つ一つから、お金持ち感が滲み出ている。
場違い感が半端じゃない、と肩身が狭くなる。
「そう言えば、可憐様は伊集院様と一緒の席でなくてよろしいのですか?」
「確かに私もそう思っておりました」
(いやいやいや、さすがにそれはちょっと...私の身体がもたないわ)
「やはりこういうのは、桜子様と菖蒲様と一緒に楽しむのが一番ですわ」
(ちょっとクサい台詞だった?)
「「可憐様っ!!」」
二人は目をキラキラさせ、そう言った後、可憐に抱きつく。
(役得だわ!両手に花とは、まさにこの事ね。
うふふふ...にやにやが止まんないわ!!)
「お巡りさんこいつです」
(誰!?水を差したのは!?)
キョロキョロと辺りを見渡す。
傍目から見たら完全に悪役そのものである。
(まあ、こんな事を言う人なんて、一人しか知りませんけど)
「有栖川様」
「何?」
「失礼ですわよ?」
「真也クーン?」
可憐が言った瞬間に、悠貴は真也を呼ぶ。
「え、ちょっ、有栖川様!?」
「何だ?」
(ほら、来ちゃったじゃん!)
何してくれてんだ、と可憐は目で訴える。
「西園寺さんと一緒にお花見しなくて良いのかなって思ってさ」
(しなくていいんだよ!私に何か恨みでもあるんですか!)
可憐は半ばヤケクソになる。
「だか、可憐は綾小路と白鳥と一緒に楽しんでいるようだし...」
真也の事を今までただの横暴野郎だと思っていた可憐は、彼のことを少し見直した。
そんな真也の様子に、悠貴は「ふーん」と言った後、少し困った様な顔で桜子と菖蒲に質問する。
「綾小路さんと白鳥さんは、僕達と一緒にお花見するのは嫌?」
「「いえ、そんな事はありませんわ!」」
桜子と菖蒲は即答した。
少し顔が赤い様な気がするのは気のせいではないだろう。
(卑怯だ、卑怯!美形にそんな聞き方されたら、断れるわけないでしょ?)
「だってさ?」
悠貴は可憐の方を見て、勝ち誇った様な笑みを浮かべる。
(...殴りたい。殴りたい、この笑顔)
「なら、邪魔させてもらおう」
真也はそう言って、可憐の隣に腰を下ろした。
(サヨウナラ、私の楽園)
「可憐、そっちのカップケーキも美味しいぞ」
「はあ」
「これはどうだ?」
「へえ」
可憐は困っていた。
なぜならば、無視しても、無視しても真也が話しかけてくるからである。
(この人のメンタルは超合金か何かでできてるのか?)
そう疑ってしまうほどである。
「伊集院様は、本当に可憐様の事を大切に思っていらっしゃるのですね」
どこをどう見たら、そういう結論に達するのか、可憐には謎であった。
「そうだな」
(なんで肯定した!?)
「まあ」
「羨ましいですわ〜」
お熱いのねぇ、みたいな目で桜子と菖蒲は可憐を見る。
(あくまでも、真也様が一方的に関わってきているだけだから!)
「イチャつくならよそでやってほしいよね」
桜子と菖蒲に便乗して、悠貴までもが会話に加わる。
「誤解を招く発言は控えてくださいませ!それにイチャついていませんわ!」
可憐がそう言うと、有栖川様はまたまたぁと言わんばかりの顔でこちらを見る。
「本当にそんなんじゃありませんから」
可憐が言い切ると、場が一瞬しーんと静まり返った。
(なんか悪いこと言った?)
別段変わったことは言ってないのに、と可憐は不思議に思う。
「...それ以上何か言うのは止めてあげて」
悠貴が気の毒そうな顔をして言う。
「なんでそんなに楽しそうな顔してるの?」
「有栖川様のそんな顔初めて見たもので」
いつもやられっぱなしな可憐としては、やり返せる機会があるというのは、愉快極まりない。
「ひどいなぁ」
さっきまでの表情と打って変わって、いつも通りの読めないニヤニヤとした顔をして言う。
(チッ、食えんやつ)
この状態の悠貴に関わるとロクな事にならない事が分かりきっているため、可憐は目の前にあるチョコレートに手を伸ばした。
「可憐、今日は学校でお花見だったんだろう?」
夕食後、清太郎が可憐に問いかけた。
「そうですわ」
「どうだった?」
「どうだったとは?」
(あまりにも抽象的過ぎて、どう答えたらいいのか分からないんだけど...)
「いやぁ、なんかあったかなぁと思ってさ」
少年の様な無邪気な顔で、清太郎は言った。
(一体何がそんなに楽しいんだか)
冷め切った目を向ける。
「特に何もありませんでしたが...?」
「えー、僕の時は詩織ちゃんのお隣争奪戦だったのにー?」
(お隣争奪戦って...)
そう思いながらも冷静に返す。
「それ、一体いつの話ですか?私達は未だ小学校2年生ですからね?」
詩織というのは可憐の母親である。
華奢な身体に、儚い美貌、白い肌、おっとりとした物言いの女性である。
そして元々身体が弱く、現在大学病院に入院中。
小説や漫画に出てきそうな王道ヒロインである。
(そんな母親からどうしてどうして、見るからに悪役な私が産まれたのか?全くもって謎だわ)
「えー?」
清太郎は頬を膨らませて拗ねたふりをする。
子供がやるから可愛いのであって、大の大人がやっても不気味なだけである。
「あ、今度の日曜日、詩織ちゃんのお見舞いに行くから空けといてね」
「はあ、急ですわね」
「いやぁ、会いたいって電話がかかってきてー」
「あ、もういいですわ」
(バカップルが!)
その後、可憐は小一時間惚気話を聞かされた。
しかし、あまりのラブラブっぷりに何も言えず、こっそりとため息を吐いた。