第十六話
(寒っ!)
凍えるような冷たい空気の中、輝くイルミネーション。
そして、凍った空気を溶かすかのような、熱々のカップル。
そう、今日は12月24日。
クリスマスイブである。
前世ではリア充共が蔓延っていて鬱陶しいな程度にしか思っていなかったが、今世は一人寂しく過ごすことがないのを、可憐は密かに喜んでいた。
パーティーに出席するからである。
『今年のクリスマスはどうするの?』
『彼氏と一緒!』
『マジで〜』
『あんたはどうすんの?』
『えっと...一人で』
なんて事にもならない。
普段は面倒臭いだけだが、こういう時は言い訳に使えて便利である。
(しかも、パーティーには美味しいお料理があるしね...)
何を食べようか、と考え、可憐の顔が緩む。
「可憐、そろそろ準備は済んだかい?」
清太郎が可憐を呼ぶ。
「バッチリですわ」
そう返事をして、清太郎の元へ向かった。
「ーー。メリークリスマス!」
長々とした挨拶がようやく終わった。
待ち望んだ料理を前に、可憐は浮き足立っている。
(クリスマスだから、やっぱりターキー?でも、ローストビーフも捨てがたい...。悩むわー。ビーフorチキンならもちろん、ビーフなんだけれど...って、迷ったなら両方食べれば良いだけか)
悩んだ挙句に、出した答えは"両方食べる"というものだった。
食い意地を張っているのは、言うまでもない。
「あら、可憐様。ごきげんよう」
急に声をかけられ、即座に後ろを向く。
背後には見知った人がいた。
「ごきげんよう、瑠璃様」
この間の真也のお誕生日会で出会った転生者で、この話の作者であると言う“神楽坂瑠璃”が可憐の目の前にいた。
「この前とは随分と様子が違うのですね?」
「あら、別にいつもと変わりませんわ」
今回の猫はばっちりのようだ。
「最近の学校生活はどうですの?」
「いえ、別に特に変わった事はありませんわ」
「そうですか」
ふむ、と何かを考えてから瑠璃はもう一度口を開く。
「私も桜ノ園に転校しようかしら?」
「え?」
瑠璃が急に突飛押しもない事を言うので、思わず間抜けな声が出てしまう。
「いや、制服可愛いし、近くにいた方が何かと便利かと思って...」
(なるほど、制服ね)
おそらく7:3くらいの比重であろうと見る。
「うーん、でも編入は面倒くさいねんなぁ」
考えすぎて、既に化けの皮が剥がれている。
「その程度では、直ぐにボロが出ますわよ。もう少し修行なさいませ」
可憐が注告する。
「はっ、無意識って怖い...」
そんな瑠璃に、冷ややかな目線を送る。
「...それでよく日常生活が送れてますわね」
これでよくバレてないな、と不思議な心境に陥る。
「いや、そんなに褒めんといて?」
「褒めてませんわ!」
「そんな事より...ええの?」
「何が?」
「いや、言いにくいんやけど...料理がほとんど無くなってるで」
可憐はものすごい勢いで、料理の方を見る。
(ろっ、ローストビーフが...)
今日の売れ行きは非常に良かったらしく、先ほどまであったはずの料理がほとんど無くなっていた。
(もう、立ち直れない...。このパーティーのお料理だけを楽しみにしてたのに...)
「可憐、どうかしたのか?」
ひどく落ち込んでいる可憐に声をかけてきたのは、真也だった。
「ごきげんよう、真也様。いや、別に何かあった訳では...」
関わると面倒に巻き込まれそうな気がした可憐は、誤魔化そうと言い訳を口にする。
そんな可憐の横から、また別の声が聞こえてくる。
「どうせ西園寺さんの事だから、食べ物が無くなっておちこんでるんじゃない?」
(うわっ、また出た)
可憐はあからさまに嫌そうな顔をする。
こんな事を言う人に心当たりがあった。
「そんな事はありませんわ、有栖川様。私はただ、ローストビーフを食べたかっただけですの」
可憐がそう言うと、3人はやっぱりな、と言わんばかりの顔をする。
そして、「やっぱり食べ物なんじゃないか」と言った。
(ローストビーフはもっと神聖なる食べ物なんだから!)
「......あんた、何も人の事言えへんやん」
可憐の心を読んだかのように、瑠璃はボソッと呟く。
「瑠璃様、はっきりと聞こえてますわよ」
可憐がそう言って瑠璃を睨みつけると、真也は瑠璃の方を見て、驚いた顔をした。
「あれ、瑠璃いたのか」
「ちょっと失礼ですわよ?私は最初から可憐様と喋っておりましたわ」
「真也は西園寺さんの事で頭がいっぱいだったから、気が付かなかったんだよ」
不服そうな瑠璃に、悠貴がフォローになっているのか、なっていないのかよく分からないことを言う。
(私、そんなに真也様に考えられるような行動したっけ?...したかもしれない)
特に心当たりはないが、粗相をしたかもしれないため、謝ることにした。
「申し訳ありませんでしたわ」
「「何で謝ってるの?」」
2人は、変なものを見るような目を可憐に向ける。
「あんた意味分かってへんやろ?」
「分からなかったので、とりあえず謝っておけばいいかなぁ...と」
「「ああ、成る程」」
息ぴったりにそう言った後、何かを察したような顔で悠貴と瑠璃は顔を見合わせてうなづく。
(失礼な!)
心外だ、という風に可憐は2人を睨みつけた。
あの後、結局どういう意味かと聞いても何も答えてもらえなかった可憐は、清太郎に相談した。
「ーーという事でしたのよ。どういう事だと思います?」
「へぇ。...まあ、大人になれば分かるよ」
不思議そうに尋ねる可憐に、苦笑いしながら清太郎は言った。
前世の分も換算すれば、既に大人なんだけれど、とは言えずおし黙る。
考えても分かりそうにないな、と思った可憐は、早々に諦めることにした。