第十四話
(遂にやってきてしまった)
緊張でキリキリ痛むお腹を押さえながら、可憐はリムジンで会場に急いでいた。
まさか、準備にこんなに時間がかかるとは予想外であった。
ドレスを着たりする時間を全く考慮せず、練習に明け暮れていたため、現状開始時間に遅れそうなのである。
「只でさえ緊張しているのに、こんなスリルを味わってたら、身体が持ちませんわ」
この様子じゃお料理が1.5人前くらいしか入らないなぁと思いながら、溜息を吐く。
「可憐、緊張で食べ物が入らないからって、溜息をついているのかい?」
清太郎には全てがお見通しの様である。
(怖いわぁ)
「べっ、別に食べ物だけではありませんわ」
「はいはい」
清太郎の生返事が返ってくる。
(絶対信用してないよね?)
(滑り込みセーフ!)
後数分で始まるというところで可憐達は会場に到着した。
「さあ、挨拶に行こうか」
そう言って、清太郎は可憐を連れ、涼と雅が居る所へ向かって行く。
「ごきげんよう、涼さん、雅さん」
「ごきげんよう、清太郎さん、可憐ちゃん」
くるりと可憐達を振り向いて、雅は挨拶した。
「急にすまない。真也がどうしてもって言うものだから...」
涼が申し訳なさそうに言う。
「いえいえ、別に用事などありませんもの。それに、是非ともお伺いしたいと思ってましたもの」
「本当に!」
雅が目を輝かせて言う。
(ごめんなさい、嘘です)
そんな言葉は胸の奥底にしまって、にっこりとした笑顔を浮かべる。
可憐のそんな姿に清太郎は苦笑いを浮かべる。
(失礼な!)
「ぜひ楽しんでいって下さいね」
「勿論ですわ」
お料理をね、と可憐は内心付け加える。
そういった挨拶をしていると、真也の姿が目に入った。
(主役挨拶しないというのは、さすがにないよな...)
仕方がないと諦め、清太郎に挨拶してくると伝え、可憐は真也の元に向かった。
「ごきげんよう、真也様」
可憐が声をかけると真也はくるりと振り返った。
「来たんだな」
「そりゃあ、家に招待状が届いていたら、行かないわけにはいきませんわ」
真也は、「そうかそうか」とブツブツと言いながら、うなづく。
(次から私を呼び出すときには、家に連絡をよこす気だな)
解決策を探さねば、と可憐は考えた。
「しーんやくん、お誕生日おめでとう!」
そんな可憐達の元へさらなる災厄がやって来た。
「やあ、可憐さん」
「ごきげんよう、有栖川様。私に何か御用でも?後、私の事をファーストネームで呼ばないで下さいませ」
溢れ出そうになる罵詈雑言を笑顔で無理矢理押さえながら言う。
「それはそれは失礼いたしました、西園寺さん」
胡散臭い笑みを浮かべる。
(こいつ絶対に反省してないな)
「で、真也。お誕生日おめでとう〜!」
「ああ、ありがとう」
少し照れた顔をする。
(真也様でもこんな顔するんだ)
いつもすました顔をしているため、年相応の顔が新鮮だった。
「遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます」
「忘れてたんだ?」
「黙ってくださいまし、有栖川様。断じて忘れていた訳ではありませんわ」
(忘れてたんじゃなくて、言いそびれただけだし)
可憐にとっては、双方で大きな差があるようである。
「そうやって反論してくるところが怪しいよねぇ?」
キッと悠貴を睨みつける。
「おい、悠貴。あんまり可憐をからかうな」
「別にからかってる訳じゃないって。緊張しているみたいに見えたから、リラックスさせてあげようと思ってね」
「頼んだ覚えないんですけれど」
「その割には、文句言えるくらいにリラックスしてる様に見えるんだけとね」
「うっ...うるさいですわっ!」
(割と痛いところをつくわね...)
「そんなことよりも、リハーサルをしなくていいのか?」
「そうですわね」
事実、本番が近づいてきていた。
「では、私はそろそろ失礼いたしますわ」
(うっ...もうちょっとで、私の番だわ...)
もうすぐで可憐の前の発表が終わる。
(私、この演奏が終わったら、あそこにあるローストビーフ食べるんだ...)
若干ずれた考えをしながら、ヴァイオリンの最終チェックをする。
(いっそのこと、ここで倒れられたらどんなにいいだろうか)
なんて馬鹿みたいな事も考えたりする。
きっとこんな考えができるのだから、大丈夫だろうという発想はない。
「次は、本日の主役、伊集院真也様のご友人で西園寺財閥のご令嬢でいらっしゃいます、西園寺可憐様のヴァイオリンの演奏です。曲目は、パガニーニの奇想曲第24番カプリース。それでは、お願いします」
司会者の淡々とした挨拶に続いて、演奏を始めた。
「素晴らしい演奏だったわ、可憐さん!」
演奏が終わり、可憐が愛するローストビーフの元へ行こうとすると、多くの貴婦人達に囲まれた。
「今度はうちの子の誕生会でも演奏していただけないかしら?」
あははは、と愛想笑いをする。
正直面倒くさいな、と思ってしまう。
可憐にとってはそんな事はどうでもよく、早くご飯にありつきたいのだ。
(そうだ!)
可憐はにっこりと笑みを作る。
「申し訳ありませんが、私、真也様と約束がありますので...」
主役との約束があると言えば、誰も止めることのできるはずもなく、可憐はその場から立ち去ることができた。
彼女がほくそ笑んでることも知らず。
(はあ、疲れた...)
奥様方から逃げて来た可憐は、絶賛壁の花満喫していた。
そんな可憐の所に、1人の少女が顔を出した。
「ねぇ、貴女が西園寺可憐?」
フワフワのボブヘアーが印象的だった。
歳は可憐と同じくらいであろうと思われた。
「他人のお名前を頂戴する時は、まずご自分から名乗りなさいませ」
にっこりとした笑みを貼り付ける。
その笑顔にどことなく悔しそうな顔をして、少女は名乗る。
「私は神楽坂瑠璃。...貴女が西園寺可憐で間違いないのよね?」
「そうですわ」
可憐がそう言うと、瑠璃は早口で喋り始める。
「ほんまに?じゃあ、今のところは邪気にもされてへんようやし、大丈夫やな。じゃあやっぱり、蓮見雪乃が登場してから?うーん、分からん!」
(今、確かに蓮見雪乃って言った?)
それが意味する事は、彼女もまた前世の記憶があるということである。
「あの、蓮見雪乃さんって?」
とりあえず聞き返してみる。
「...え?はっ!しもた!!口に出てた!」
声をかけると、瑠璃は慌てふためく。
(...この人大丈夫かな?)
その様子に見ている方が不安になる。
「まあ、ええわ。でも、この名前に反応したゆうことは、あんたなんか知ってるんやな?」
この様子から見ると、この人も転生者のようである。
「もしそうだったとしたならば、どうするんですの?」
可憐が濁しながら言うと、彼女は目を輝かせた。
「せやったら話は早い。あんたバッドエンドは嫌やろ?」
「好きな人はいないと思いますけど」
自分の事となったら尚更である。
「やんな。じゃあ、うちが手伝ってあげるさかいに安心し」
「あの、さっきからキャラがブレブレですわよ...」
さっきから急に関西弁でまくしたてられ、可憐は後ずさりする。
「いや、ブレてる訳じゃないんやけど。正しくは化けの皮がいつの間にか剥がれてただけやし」
(大丈夫かな?)
より一層心配である。
「まあ、細かい事は置いといて。一応きちんと自己紹介するわ。うちは神楽坂瑠璃、今はご令嬢なんてやってるけど、前世ではこの物語の作者なんかをやっててん」
さっきまで冷ややかな目で見ていたにもかかわらず、作者と聞いた途端可憐の目が輝く。
「本当ですかっ!?私この作品の大ファンなんです!サイン下さい!!」
瑠璃は、そんな可憐の様子に少し驚いた様子を見せた後、「ちょっと落ち着きや」と言う。
「あくまでも前世の話やし、今の私はただの一ご令嬢やで?そんなサインなんて持ってたって意味ないやろ?」
よく考えたらそうか、と可憐は落胆した。
「で、あんたは?」
そういやまだ名乗ってなかったな、と気を取り直し自己紹介する。
「私は西園寺可憐ですわ。前世はただの女子高校生でした」
「思いの外、普通やな」
「と、いうと?」
「いや、なんかめちゃくちゃお嬢様がハマってたから、前世もご令嬢だったんかと思っただけや」
「そんなに悪役感が出てましたのね...」
可憐はあからさまに凹む。
「いや、別にそういう意味ちゃうし。うちと違ってほんもんなんかなって思っただけや。まあ、何でもいいわ。これからバッドエンドにならへん為に頑張るか」
(そういえば...)
「どうして作者の貴女が私の手伝いをして下さるんですの?」
「いや、うちも初めはこんなストーリーにするつもりはなかったんよ。周りが悪役はコテンパンにした方がええって言うからなぁ」
それだけで西園寺可憐はバッドエンドになったのかと思うと、気の毒になってくる。
「せやから、あんまりうちとしても気持ちのいい終わり方とちゃうかったから、この世界に転生した時西園寺可憐をバッドエンドから救おうと思ってん」
「そうだったんですのね」
なかなかに心強い味方である。
「これからよろしく」
「ええ、よろしくお願いいたしますわ」
「うちは砕けた喋り方するから、あんたも普通でええで。後、うちの事は呼び捨てで」
瑠璃にそう言われたので、可憐は言直す。
「よろしくね、瑠璃」
可憐が言うと、「よろしく、可憐!」と返す。
その後、2人は力強い握手を交わした。