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第十三話

ヴェネツィアから帰って来て、数日後、可憐は清太郎に手紙を突きつけて、問いただしていた。

「どういうことですの、お父様?」

「その手紙に書いてある通りだよ」

可憐の慌てた様子を無視し、清太郎は優雅に紅茶を飲む。

手紙に書かれていたのは、真也のお誕生日会への参加願いについてであった。

「真也様のお誕生日会があるなんて、全くもって、これっぽっちも知りませんでしたわ!」

それだけで済んでいたのならまだしも、絶望的な項目があった。

「しかも、このプログラムにある“西園寺可憐によるヴァイオリン演奏”って項目はなんなんですのよー!」

「先方にどうしてもって頼まれてね」

どこからか、テヘペロって聞こえてきそうな勢いである。

(...殴っていいかな?)

ヴァイオレンスな思考をしてしまうのも、ご愛嬌である。

「さすがにいきなり過ぎますわよ」

(しかも、これはもうお願いじゃないし...)

決定事項だ。

「可憐は先生からお褒めの言葉をよく貰っているし、去年の発表会でも最優秀賞だっただろう?」

清太郎の言う通り、可憐はヴァイオリンで何回も賞を取っていた。

西園寺可憐は何気にスペックが高かったのだ。

小説では、特技はなかった様だったが、それはおそらく、努力をしていなかったからだろうと思われた。

現に、日々練習を積み重ねているヴァイオリンの才は素晴らしかった。

「あれは、きちんと練習した曲でしたし...今とは状況が違いますわ」

いくら天部の才があれども、練習期間のない今では厳しい。

「主役の真也くんがどうしてもって言っているのに?」

「無理ですわ」

「パーティーだから美味しい食べ物もあるのに?」

「......」

「可憐?どうだい?」

清太郎はニヤニヤして言う。

彼は気がついていたのだ。

己の娘が食べ物に弱い事に。

(卑怯だ!)

そんな抗議が現実にできるわけもなく、「仕方がありません。やらせていただきますわ」とあっさり引き受けたのだ。

(お料理の為に一肌脱ぎますか)


まず、何を演奏するのかを決めない事には始まらない。

(どの曲にしようかな)

楽譜を見ながら、唸る。

「可憐様、どうかなさいました?」

「わっ!?」

考え事をしてぼーっとしているところに急に顔がでてきた。

「先生、驚かさないで下さい。心臓が止まるかと思いましたわ」

その顔の持ち主、宮部薫子みやべかおるこに向かって言う。

彼女は今をときめく天才ヴァイオリニストで、月に数回可憐のヴァイオリンの先生として招いているのだ。

「それは失礼いたしましたわ。で、何をそんなに悩んでいらっしゃるの?」

不思議そうに問う薫子に、可憐は深刻な顔をして言う。

「今度、真也様の誕生会があるのですけど、そこでヴァイオリンの演奏をしなくてはいけないのです。でも、何をしようかとなやんでいたのですわ。何人かヴァイオリンを演奏する方もいらっしゃいますし、下手な演奏はできないんですの。先生はどうしたらいいと思います?」

可憐は自分がいかにハードな事を言っているのは分かっていた。

簡単な曲を弾く事もできないし、失敗もできないと言っているのだ。

無茶苦茶である。

「パガニーニの24の奇想曲第24曲カプリースなんてどう?」

可憐は一瞬固まる。

「先生、今なんて?」

「だーかーらー」

薫子は何度も言わせるなという風に言う。

「カプリースをやったらいいじゃないって言ってるのよ」

確かに、これができたら西園寺の名に泥を塗ることもなく、むしろ賞賛されるであろうことは可憐には分かっていた。

しかし、だ。

「強烈な演奏技巧が必要で、悪魔の力を借りないと演奏困難と言われる程の曲ですわよ。

時間も残り少ないですし...」

できないに決まってる(、、、、、、、、、、)?」

薫子は可憐の考えを先読みしたかのように言う。

しばらくの沈黙の後、薫子は再び口を開く。

「可憐様、物事は何でもやってみなくては分からないものです。貴女にはヴァイオリンの素質がある。やってみる気はありませんか?」

薫子の目は絶対にできると物語っていた。

「やります。絶対にやり遂げてみせますわ」

やらないとは言えない空気に、可憐の口はそう言っていた。


それから可憐は毎日のように練習に明け暮れた。

もちろん薫子の鬼の様な指導つきである。

「...で、できましたわ。」

本番1日前、遂に完成した。

「お疲れ様です。さすがは可憐様。私が見込んだだけありますわ」

「ありがとうございます」

「これで、皆様に素晴らしい演奏を観て頂く事ができますわね」

「はい、頑張ります」

2人はにこにこしながら話す。

「可憐様なら、きっと成功しますわ」

「そうだといいのですが...」

可憐の胸には、未だ不安が残っていた。

もし、失敗して自分だけでなく、西園寺家、はたまた伊集院家にまで迷惑がかかったとしたら、などと考えてしまうのである。

(これが、私が本当に恐れているバッドエンドなのではないだろうか)

1人は寂しい。

その事は前世の経験からよくわかっていた。

だからこそ、可憐は負の感情で押し潰されそうなのである。

考えなければいいと思えば思うほど、よけいに意識してしまうものである。

「はぁ...」

可憐の口から大きな溜息が漏れる。

「そんなに思い詰めなくても大丈夫ですわ。そうだ、これ...」

薫子はそう言って小さなお守りを取り出して言った。

「これを持っていれば失敗しません!」

「え?」

「私が作ったお守りです。良ければ貰ってください。効果は保証します。さあ!」

半ば強制的に渡されたお守りを可憐が受け取ると、薫子は「頑張ってくださいね」と言って帰っていった。

「よし、頑張ろう」

可憐は1人呟くと、自ら両頬を叩いた。

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