白雪姫の魔法の鏡って何?
そもそも、白雪姫の話自体ツッコミどころ満載なんです。
グリム童話では王子様が白雪姫を連れて行こうとしたのは死体愛好家だからですし。
ディズニー版でも白雪姫は14歳で王子様はどう考えてもロリコンだとか。
白雪姫は世間知らずのお姫様なのに白雪姫は小人の家の家事をやるんですから。
しかも「おいしいりんご」というだけで勝手に食べてしまいますし……。
そんなことは置いておいて。
なぜ、魔法の鏡なのか。
そもそも鏡とは光を反射するものであるのでその通りとしか言いようがありません。昔は鏡は曇っていてはっきりと見えなかったわけですが、女性たちは重宝していたし、アリストテレスに至ってはレーザー兵器として開発してました。
あらすじの代わりに、ワンシーンだけ。
女王(実際は王妃なのですが……)は魔法の鏡に問いました。「鏡よ鏡、世界で一番美しいものは誰?」と。いつもなら「それは女王様です」と答えますが、この日に限って「それは白雪姫です」と答えます。
それを聞いた女王はどんな手でも使って白雪姫を殺そうと決意します。
……簡単にですが、こんな感じで。
この女王は継母です。そして何よりも外見を重視しています。女王の家柄は特に書かれていませんが、物語的に言えば政略結婚はもちろん、彼女の美貌や教養などによって選ばれたのは考えられます。
彼女は自身の美貌に絶対的な自信があった……わけではなさそうなんです。
自信のある人間は果たして、誰かに証明を求めないはずだからです。
例えば、何かの作業をして、その作業が正しい自信があれば誰かに確認することなく終えるでしょう。自信がなければ、逐一先輩などに「これで合ってますか?」と聞きます。
すなわち自信とは、自分で自分を信じることなのですが、この女王は魔法の鏡に聞かなければ気が済まないのです。
みなさんの周りにもいませんか?自分の意見を周りにいちいち同意を求める人。
自分の正しさに自信がないために、誰かが肯定したという事実が欲しいのです。
この女王は、実のところ自信がありませんでした。そして魔法の鏡の答えに満足と安心を感じていたのです。
しかし、彼女は思ってしまったのです。白雪姫は美しいと。
そして、ついには魔法の鏡でさえもそう答えてしまった。
もう一度、魔法の鏡とは何か?
その鏡は紛れもなく、女王の心を映しているのです。彼女の求めた解答ではなく、自分の考えていることを答えます。それ故に魔法の鏡の設定は「融通がきかない」となっているのです。
彼女は鏡に問いかけることで自分の思考の整理をしていました。そしてついに、白雪姫を美しいと認識してしまったのです。美しいという感覚に絶対はありませんから、こう考えるのが自然です。
私はこの行為を「祈り」のようだと思いました。それは私がかつて神父さん(カトリックだったと思います。プロテスタントでしたら司祭です)に会ったときに言われたことが関係します。
中二病が重症だったころ、祈ることとはどういうことか聞いたんだったと思います。いま思うと恥ずかしい。
「祈りや懺悔という行為は、神に対し己の悩み、考え、夢、後悔、罪を告白することです。そうして言葉にし伝えることで、己を見直すように神は仕向け、その結論か神は「ならば、前に進みなさい」とお許しになられるのです」
確かこんなことを言っていました。人それぞれだと思いますが、彼にとってはそうなんでしょう。
無神論者の私でも考えさせられました。自分の中に存在するあらゆる決定を行うものを「神」と呼び、こんがらがっているものを整理することで「神」は答え示すのだと考えました。
ニーチェの「神は死んだ」にみられる自分の中の価値観が生まれた現代でも、そうして考えを整理するのは大事なことで、その一形態が「祈り」なのだと。
女王は魔法の鏡に「祈り」ました。自分が世界一美しいと。しかしそうやって自分を見直しているうちに最も美しいのは白雪姫だと思ってしまい、女王の「神」である魔法の鏡はそのように答えてしまった。
白雪姫はきっと、外見だけでなく、天真爛漫で、押し掛けながらも小人の家を見て家事が必要だと思う優しさも持っている。そうした部分も、もしかしたら政略結婚や陰謀を用いる女王にとって美しく見えてしまったのかもしれません。
みなさんは自分に自信があるでしょうか。私はあまりないです。
過剰な自信はよくありませんが、何があっても自分を信じられる強さというのは存在します。それは原動力になります。
そしてそうした自信を持つためには、「祈り」もまた必要かもしれません。前に進むために思考を整理することは、自信を持つまでの過程の一つです。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいものは誰?」
その答えが質問したあなたでありますように。