恵北鉄道の夏
東京から新幹線で一時間半。
名古屋から中央線の特急「しなの」に乗り換えて約50分。
おれは美濃中津駅にたどりついた。山の中。周囲は山に囲まれている。
プラットホームは1、2、3、4。わずか4つ。
すでに太陽が傾いている。でも熱い……まあ夏だからなあ。
さて改札にいる駅員の人に聞いてみよう……
「すいません。恵北鉄道に乗りたいんですけどどこで買えばいいですか」
「ああ恵北鉄道ね。ここでいいですよ。どこまで」
「下漬知」
「630円」
おれは700円出しておつりを受け取った。
「恵北鉄道は4番線だよ」
薄っぺらい切符を渡された。裏は黒くない。自動改札ではないということ。
「どうも」
高いなあ……。おれは跨線橋を渡る。
美濃中津駅は改札のすぐ前が1番線。渡って2・3番線。さらに渡って4番線となっている。
4番線のベンチに座る。上に時刻表があった。
ざっと一時間に1本というところか。田舎だねえ。
少しするとアナウンスがあって4番線に黄緑色の電車が入ってきた。
たった2両。先頭には「きたえな号」とかいてある。
20人ほどの乗客が足早に改札へと向かっていく。
そして発車2分前。乗ろうとして電車に入ろうとしたら……どかっ
……なにかと、ぶつかった。
「いたたたっ」
「あいたっ」
「大丈夫かい」
「ええ。大丈夫です、ごめんなさい」
と何度も頭を下げる。制服だ。高校生くらいだろうか。なかなかかわいい。
「こっちは大丈夫だから。安心して」
「間に合わないかと思ってつい……」
「あと70秒くらいはあると思うよ」
「……やぱあわてることなかったか。やっぱこの腕時計くるってるみたいね」
「……とりあえず乗ろうか」
「はい」
「……終点下呂まで各駅の停車です」
車掌兼運転手のアナウンスが終わる。
1両しかないがその乗客その半分以上が制服姿だ。多分高校生だろうか。
ゆったりとした速度のように思えるが、ここではこれが普通なのだろう。
車内広告をながめる。
ドライブレストきたえな 電話373-0091
とか
ショッピングランド・スライス(苗義/吹岡/漬知/河岸藻)
とか
生活百貨店ラピュタ 美濃中津店 駐車場1350台
とか……
「下漬知、下漬知。5分間の停車です」
おれも含めて10人ほどが降りた。
改札で切符を渡してさして広くない待合室を抜ける。
見覚えのある長い髪の女性が手を振っていた。……やれやれ。
「こんにちは高城さん。久しぶりですね」
と佐伯亜佐奈が言う。
「ああ久しぶりだな。わざわざ出迎えに来たのか」
「まさか。スーパーに買い物にきたついでによってみたの。そろそろつくころかな
って」
「へえ」
「まあ……ここ田舎だからねえ。列車少ないしね」
そういやそうか。
「ところで弓加、逃げちゃだめよ」
おれの横に向かって声をかける。
「……やっぱだめ」
「だめだめ。……じゃ紹介するわね。従姉妹の佐伯弓加」
「はじめまして」
「おいおい。美濃中津駅でぶつかったようなきがするぞ」
「はうう……ごめんなさい」
「わかればいいんだ。わかれば」
「それでこっちはフリーライターの高城数人さん。今日は小説プラネット
のインタビューの仕事で私の取材に来たんだけど……編集の青山さんはどこかしら」
「青山は風邪でドクターストップだよ。だからおれひとりさ」
「へえ。あの人でも風邪ひくのねえ」
顔が笑ってるぜ。
駅前に止めてあったワゴンQに3人で乗って、10分ほどで亜佐奈の家に到着。
結構古びた感じの家だなあ。
「わが家へようこそ」
「おいおい。それじゃあがらせてもらうよ」
「小説プラネット作家訪問第15回、今日は佐伯亜佐奈先生のお宅にお邪魔していま
す」
「こんにちは」
「それにしてもここは結構遠いですねえ」
「やっぱりそう思いますか」
「ええ。新幹線で名古屋まで一時間半。そこから特急で50分。さらに鉄道で45分
ですからねえ」
「今日は遠路はるばるということで」
「そうなりますかねえ」
こんな感じでインタビューを始める。会話はMDに録音、時々写真も取らないとい
けない……
「……それでは本日はこれで。ありがとうございました」
「いいえこちらこそ」
2時間ほどで終わりにした。さてあとから編集しないとなあ。
「いいんですか。こんなに回して」
「今回は8ページありますから。このくらい回さないと足りないですよ」
「へえそうなんだ」
「まあね。……さてとそれじゃ帰ることにするかな」
荷物をまとめて鞄に入れていく。
「これから東京に帰るわけ」
と弓加さんが聞いてきた。
「そうですよ。明日の朝打ち合わせがあるもんで。本当は下呂にでも行きたいところ
なんですけどね、ははは。いまからなら最終の新幹線はだいじょぶでしょ」
さっきの駅から下呂駅までは30分ほどである。
「間に合うかしら」と弓加さんがいった。
「えっ……」
もしかしてやばいのか。
いつのまにか外は雨が降っていた。
あわてて3人してワゴンQに乗って出発した。
「新幹線の最終ということは22時10分名古屋発に乗らなくちゃいけないのよ」
と弓加さん。
「ふうん。そうなんだ」とおれはうなずいた。
「でもってそれに間に合うには20時30分美濃中津発の普通列車に乗ることね」
うげげっ。今は19時25分だよなあ。
「というわけで下漬知19時40分の美濃中津行に乗れば間に合うわよ。20時25分に着くから」
「つまりノー・プロブレムってことか」
「列車がちゃんと動いてればね」
ぴかっぴかっごろごろ~といった感じだろうか。
遠くでかすかに雷が聞こえる。雨がますますひどくなったようだ。
下漬知駅の中に入ると、改札のところにおっきな紙が張ってある。
待合室には5人ほどで静かなものだ。
下漬知~上苗義、落雷による信号故障のため不通
※バスで振替輸送を行っています
「駅員さん、復旧のメドは」
「すいません。今急いでやってますがすぐには無理ですね」
「そんなあ。……振替のバスは今すぐ乗れますか」
「バスは、5分前に出たところですから、しばらくかかりますよ」
「なんてこった」
ため息をつきたくなってくるぜ。
「高城さん、こっちこっち」
と弓加さんが手招きしてる。そっちに、つまり駅の外に向かう。
「高城さん、乗って乗って」
「いいのか」
「いいわよ」と亜佐奈。
「それじゃ再び乗らせてもらいます」
「乗ったわね。それじゃ行くわよ。飛ばすわよ」
そしてすさまじい音を立ててワゴンQは走り出した。
「切符は取ってあるの」
と弓加さんが聞いてきた。
「取ってないけど」
「このぶんだと美濃中津駅につくのははぎりぎりかな、取ったほうがいいんじゃない」
「どうやって」
「しょうがないひと。電話よ電話」
そういって弓加さんはポケットから電話を取り出してボタンをたたく。
「切符をお願いしたいんですけど……はい、乗車券美濃中津-東京、それからのぞみ68号名古屋-東京、1人お願いします……はい。はい。それで結構です」
そういって電話が終わったようだ。
「美濃中津からの切符取っといたわ、高城さん」
「どうも……ありがとうございます。ところで今どこにかけたんですか」
「美濃中津駅よ。駅についたら入り口の左手にみどりの窓口があるからそこで受け取ればいいわ」
車は降りしきる雨の中を走ってゆく……。
「この先どっちがいいかなあ」
と亜佐奈。どっちってなんのことだろ。
「どっち……って、玉増橋か白山大橋
かってことかしら」
「そうよ」
「……白山大橋のほうが道路広いからそっちでいいんじゃない」
「じゃそうする。それじゃ分岐点をまっすぐ通過します」
「よーそろー」
……ってカーブだぞここ。そして橋を渡りはじめる車。
「弓加、200円スタンバイ」
「……了解」
そういって財布から200円出して手に握っている。
「なんで200円がいるんだい」
「この橋は有料道路なの。この先に料金所があるわ。強行突破するわけにはいかないから」
「そりゃそうだけどねえ」
やがて車は料金所で止まり、料金を払うとさっそうと飛び出した。
エンドランという黄色い建物のコンビニの手前で左にがくっと曲がったくるまはやがて狭い道を通り抜け。
そして美濃中津駅にたどりつく。
「さあついたわよ。とっとと降りて、左に」
おれはあわてて降りて、ころびそうになりながら、みどりの窓口へ向かう。
切符を買い、お金を払い、改札へ向かう。
改札を抜けると発車ベルが鳴りだした。
「それじゃどうも」と後ろにいう。
目の前にある列車が名古屋行。そのまま走り込んで乗り込む。
乗り込んで振り向いたところでドアが閉まる。
列車は発車し、すぐに改札がみえなくなった。
列車の中の乗客はまばらだった。
雨の音がさらに激しくなった。
翌年の4月。
今日は雨の降る気配はまったくなさそうだった。
「久しぶりね」
「ああ」
「それにしても東京って人が多いわね」
「そりゃあね。……大学合格おめでとう」
「どうもありがと」
「なんでこっちにしたんだい」
「そりゃもちろん、テレビ東都がうつるから」
テレビ東都は全国ネットが貧弱な局だ。
「おいおい」
「漬知じゃ系列のテレビ愛都うつらないもん」
「本当にそれだけなのか」
「あとイベントとか同人誌即売会もたくさんあるから」
それじゃちょっと情けないぞ。
「あのなあ……」
「それと、若いうちに一度大都会にすんでみたいって思ってね」
「どれが一番重要なんだい」
「それは微妙なところね」
「なんだかなあ」
「今日は合格祝いなんでしょ。目一杯食べるからね~」
「はいはい」
……おれと弓加の間にラブストーリーが展開されるようになるのはもう少しあとの話。
Fin
鉄道ものです(^^;)
「迷い家ステーション」(小山田いく、少年チャンピオンコミックス)という作品が
ありまして今回はその路線をねらったんですが、うーん・・・いまいちかなあ。
「迷い家ステーション」は群馬県の第3セクター鉄道・虹湯鉄道(湯の屁-迷い家
・57分)の終着駅、迷い家駅が舞台になっています。駅を通しての人々のふれあい
といったところですね。
※湯の屁駅(JR上越線ということになっている)も虹湯鉄道も架空のものです^^;
※湯の屁駅は上越新幹線上毛高原駅からバスで15分なのでそのへんだと考えて
※ください^^;
まあ岐阜県は第3セクター鉄道がもともと多いのでもうひとつくらいあっても別に
不自然ではないだろうということで今回は設定してみました^^;。
今回の舞台になった恵北鉄道は架空の鉄道です(^^;)。
一応モデルがあるのでわりとそれにそってはいますけどね。
モデルにしたのは北恵那鉄道という民間鉄道です。大正時代から197
8年まで走っていた鉄道です。中津町(なかつちょう・国鉄中津川駅の北)-下付知(し
もつけち・付知町)の約22キロを走っていました。私は乗ったことないですけど。
今回の話では少し設定をねじっていまして、昭和初期に国鉄に編入され、国鉄民営
化の時に第3セクター鉄道になったという設定です。
現実の北恵那鉄道は国鉄中津川駅とも国鉄下呂駅とも直接つながっていないのです
が、それをつなげてあります(笑)
だから現実の中津川駅には実はプラットホームの4番線なんかありません(笑)
北恵那鉄道はモータリゼーションの発達とくるまより遅いこともあって廃線になっ
てしまったのものです。もっとも覚えているひともいるにはいるわけで、1998年に
は中津川市で北恵那鉄道保存会とかいうところが廃線20周年記念展示会をやったそ
うですけどね。
というわけで本文中に出てくる地名等は、実在のものをひねってあります(笑)
というわけで、ではでは~
by BLUESTAR
1999/6/18
p.s.
既出/自分のサイト「BLUESTAR NOVELLAND」1999.
架空鉄道ものです。実在の鉄道をモデルにして大幅に魔改造。
執筆した1999年当時は、北恵那鉄道の沿線は中津川市・福岡町・付知町だったの
ですが2005年の市町村合併により、今では沿線すべて中津川市です。
by BLUESTAR
2013/5/5




