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ファクターズ  作者: 綾埼空
三話 二十六日
95/131

雷鳴事件~道化師の少女~

 何度も考える。


 魔王を討つ事が役目と知った勇者は幸せなのかと。


 自分の内に眠る力の在り方を知らぬより、幸せなのかもしれない。


 けれど、呪いはするだろう。


 魔王を討つ傀儡としての運命を。自らを生み出した者を。


 ことごとく、呪うだろう。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 悲鳴が、走る。


「熱い、助けてくれよぉぉぉォォォォォォォォォ!」


 絶叫が、こだまする。


道化師ピエロ!」


 絶望の名が、口にされる。


 そして、


「………………」


 全ての音が、消失する。


 白く照らされる研究室の中、世界の全てが滑稽に映っているかのようにヘラヘラわらう道化師の仮面をつけた人間のみが佇んでいた。


 空気抵抗を減らすため、身体に張り付くようなスーツには、僅かながら女性だと示す凹凸が存在する。


 烈火の如く赤い髪。掻き分け耳に装着したインカムのスイッチを入れる。


「こちら道化師。作戦終了」


 くぐもった声は耳に詰まるインカムに届き、トランシーバーの役割も果たして内容を送信する。


 ライムラグなくノイズ一つない声が受信された。


『四月二十六日五時五二分、星羅天文台、了解。死体の回収、夜霧冷夢への供給はこちらで請けおう』


「制裁は?」


 紡ぎたくもないのに、会話を円滑に進めるため、そんな言葉を口にさせられる。


『それは別のグループが行う』


 そして、次の指令が下される。


『〈塔〉へ調整のため一時帰還しなさい』


 言葉が頭に流れた瞬間、風景は様変わりしていた。白い光に照らされた部屋から、光源が存在しないのにまるで壁自体が発光しているかのような、尾籠びろうさを感じない白き部屋へ。


 壁と壁の繋ぎ目などは存在せず、ただただあるのは、気が狂いそうな圧迫感とここで犠牲になってきた数々の命あるものが残した死の臭い。


 少し上を見ればこちらからは見れないようになっているが、中に居るものを動物園のように観察できる個室が存在すると聞いた。


 ここに来る方法は一瞬。変わる一瞬、背中に触れる手があったので空間移動系の特殊才能保持者の力だと判断する。


 そうやって運送に使えるならわざわざ狭い裏口を通らせなくても、と思わなくもないが、それも実験の一部なのだろう。


 或いは、ただの人員不足か。


 世の中を嗤う仮面の下でそう思いながら、道化師は直立の姿勢を保つ。


 彼女が命じられているのは思考する事ではない。否、彼女に許されている(・・・・・・)のは上からの命令に従う事と、それに準ずるための行動だけだ。


 今はただ、調整の時を待つのみ。


「ハロー」


 そして、声がした。同時に、虚空へ人が現れる。空間の跳躍には前触れがない。〇が一になり、一が〇となるだけだ。


 人影は、白い髪を持った壮年の研究者然とした女性だった。ただしそう思わせる白衣だったであろう上着は血色に染まり、また混沌に染まる瞳は狂気を感じさせるに充分なものであった。


「夜霧冷夢博士」


 告げた人名が、そのまま彼女を指す記号である。


 夜霧の異端児。損得勘定から夜霧新に従っているものの、その性質を御しきれているとは言い難い。


 不可能を可能にするが座右の銘であり行動理念でもある彼女は、既に証明された事柄でも自ら証明してみないと納得しない。


 そしてその功績は、数学史最大の難問と呼ばれ、証明された後も多くの数学者を悩ませてきたフェルマーの最終定理の証明文を二行も減らし、地球に害を与えず最適化されたマジックサイエンスの完成に貢献した。


 本物の天才と呼ばれる夜霧の中でも最高峰。しかし、科学のためならどんな犠牲をも厭わないマッドサイエンティストでもある。


 様々な不可能を可能に流転させた彼女は、今不死人の開発に取り組んでいる。


 道化師が知る夜霧冷夢の情報は、それだけだ。その出自も素性も、彼女は知らない。


 ただもう一つ付け加えるなら、夜霧冷夢は自分の母親という事だけだろう。


「計測上体調はいいみたいだ。それについてどうだい?」


「……いえ、なんとも」


 そう答えたものの、やすりで擦られるような慢性的な頭痛に悩まされている。が、そんな事を口にすればそれを直す(・・)ためにもっと多くの苦痛を味わう事となる。


「それよりも、貴女が出てきたという事は」


「うん、ちょっとずれているね」


 夜霧冷夢は血染めの白衣の裏から注射器を取り出し、右手に構えた。


 それを見た道化師は一瞬息を呑む動作を見せたが、


「……お願いします」


「うん」


 喜々とした声色で応答し、横に開いた唇に舌を這わせる。


 そのまま、右手を振り切った。


 ぐじゅ、と水っぽい音がした。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 響くくぐもった悲鳴は、道化師のもの。


 針の行き先は、仮面の中で唯一穴の空いている目の部分。その片側である右の眼球であった。


 まるで、溶岩でも流されているようだった。熱く粘りの強い液体が眼窩を犯し、その奥へと染み渡る。


 十秒程で水火の苦しみに劣らぬ地獄は終わり、注射器は引き抜かれた。


 夜霧冷夢の表情は上気し、恍惚に染まっている。


 それを見つめる仮面の裏に、変化が起こった。


 右の穴の奥に、炎が宿ったのだ。


 炎は傷口の上を踊り、消える。


 それが何かの治癒方法だったように、傷は綺麗に消え失せていた。


 様々な身体の状態が常時モニタリングされているからであろう。狙ったようなタイミングで、インカムが通信へ切り替わった微妙な音の違いを耳に届ける。


『−−次の仕事ミッションです。第二区、黒井ダムにて研究者を発見。詳細はデータとして送ります。以上』


 一方的に通信が切られ、脳内に針で神経を刺すような鋭い痛みが断続的に走る。


 同時に、脳内で見知らぬ場所の地図が展開される。


 それを意識した時にはもう、道化師は〈塔〉を守る門の前まで跳ばされていた。


「……どうせならば黒井ダムまで跳んでくれればいいのに……っ!」


 外部から脳に電流が流され、上に対する反逆的な言動は意識の埒外へ。


「…………」


 痛みに頭を抑える動作すら許されず、道化師は黒井ダムへ足を向け出した。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 アルファ到来時に、錠ヶ崎寧々と共に夜霧と提携した魔術師を第一世代と呼ぶ。


 彼らは自分達の意思で選択できたが、それ以降の、第二、第三世代は、選ぶ事を許されなかった。


 無論、幼少期から洗脳に近い刷り込みも行われているが、反逆の芽は摘みきれない。


 そうして反旗を翻そうとした魔術師を、闇は何度も刈り取っている。


 今回も同じ。


 『Day=Walkers(デイ=ウォーカーズ)』。日中を歩む者達。


 そう自らを誇称する魔術師達が、黒井ダムを占拠したのだ。


 この街には、現在確立されたランク四として四人の少年少女が居る。


 第四位の鈴香赤音は炎熱系。


 第三位胡桃渚、第二位由麻静波は電磁系。


 街一つを補える高特殊才能保持者が持つ能力により、現在使用されている施設が占拠されようと、少しの間だけ表向き被害なく、そしてその間に事を処理できるだけの技術力と戦力がこの街にはある。


 しかし、風力と水力は違う。特に、ダムの果たす役割は大きい。


 それを分かっているからこそ、この街で一番大きな黒井ダムは占拠された。


 彼らは基本第二世代、つまりは壮年の男女で組まれている。


 彼らの要求はこうだ。


『魔術師を、日の当たる場へ出してほしい』、と。


 故に『Day=Walkers』。

 その目的自体は、魔術師元々の行動理念と矛盾しているようだが、多い。


 魔術師のMGR社で歩んだ歴史が、そうさせている。


 無償の技術提供。地球に生命が宿る前から巡っていたされる赤い力。地脈、或いは龍脈とも呼ばれる魔術オカルトの源。


 それは当初、地球を流れる血液という考え方からマグマだと科学的には考えられていた。


 だがそもそもそのエネルギーを人の身で抽出する方法。それを元に自然の法則から外れた現象を起こせる理論は存在しない。


 MGR社が設立されてからも、その理論は何度も解析されてきた。


 しかしついぞ、証明はされなかった。


 そのため、根本がひっくり返る。


 マジックサイエンスは魔術という存在を認め、その力を受け入れ、有用はしているものの、全ての源泉は純科学により成り立っている(・・・・・・・・・・・・・)。


 そして量産できない魔術師は、その対抗方法が分からないため危険なものとして扱われ、またその希少価値から表舞台への登場を禁じられた。


 そのため待ちかまえるのは、反逆者を抹殺する血みどろの世界と、交配による次期魔術師の量産。


 その在り方は魔術師と似て非なるもの。


 だから反逆の芽は次々に育つ。


 しかし『Day=Walkers』は、その理由が珍しかった。正確に言えば、前例がないものだった。


 彼らの行動理念は、自分達の子供を子供らしく、学校に通わせたりしたいというものだったのだ。


 魔術師は闇に紛れ、歴史を裏から支える。それは子供であろうと変わらない。


 伝統という感覚で生きてきた魔術師は、〇と一で表される理論の科学と交わる事で、その中間にある何かを掴み取った。


 この反逆は、その証明である。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 同日、同区。七時四二分。


 白ずんだ空の下、白に赤で描かれた悪魔的な嗤いを持つ仮面を相貌とした少女は、荘厳なダムの前まで辿り着いていた。


 瞬間、広大な窪地に溜まった水が蒸発した。


 道化師の仮面の内から、浅く吐息のぶつかる音がする。


 特殊才能を使用したのだ。


「底にあるわね」


 端的に、道化師は水を蒸発させた理由を呟いた。


 水に隠されていたその先に、白く霞む中、しかし何も見受けられない。


 それでも道化師の目には何かが映っているようで、視線の先は遙か下の壁を捉えて離さない。


 ならばそこに、『Day=Walkers』に繋がる何かがあるのだろう。


 不意に道化師は動き出した。


 巻き込まれれば人すら蒸し焼きにする熱気を放ちながら天に登る水蒸気に、嗤いながら飛び込む。


 途端に、彼女の周りに歪みが生まれた。


 それは熱による光の屈折。


 彼女を守るため、外側への指向性を持った熱は、水蒸気を寄せ付けない。


 そのまま遥か下降まで辿り着く道化師は、膝を折り曲げ、伝わる力をそのままに転がった。そうやって、着地の衝撃を九割以上逃がす。


 それでも、地上を巨峰の頂を望むように見るこの場所に、それだけで無傷にて着地できたのは、彼女が少々特別だからだろう。


 道化師は立ち上がり、ここに来てようやく多少の違和感を感じさせる側面の壁に同化して見える保護色の扉まで近寄った。


 その先に『Day=Walkers』が居るのだろう。


 魔術師なら、事象改変で水をどける事ができる。


 しかし普通の人間は、まずここまで辿り着くのが不可能である。もし行けたとしても、扉を開けた瞬間逃げ道を得た水の流れに巻き込まれ、窒息、圧死するだけだ。


 隠れ場所としては充分。そしてこの場所が選ばれた理由はもう一つあり−−


「っ」


 道化師は、チリチリと頭が痛むのを感じた。


 上の人間が急かしている証拠だ。


 だから彼女は炎を生み出す。自分が自由にできる唯一の力で、真っ赤な炎を。


 それで扉を溶かす。


 鉄の融点は摂氏千度を超える。


 だがそれはまるで、夏の日差しに晒されたアイスクリームのように粘度をもちながら溶け出した。


 炎は内から外に広がるように燃えていく。


 そして、人が通れる程度の穴が開いたところで炎が消える。


 それに連動するように、熱の伝導を可視化していた赤色が消え、垂れた鉄火はその状態で固まった。


「ふう」


 道化師の吐き出した息には、疲労の色が混じっている。


 しかしどれだけ疲弊しようとも、彼女が足を止める事はない。


 そういう風に、造られているのだ。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 黒井ダムは表向き−−見学客、数人の従業員含め−−その内観は質素、シンプルな造りとなっている。


 一般公開されている受付側とは逆の場所に従業員用の入り口は設置されており、それを隔てるのは簡単な扉、そこから次の扉まで伸びる廊下だ。


 現在の監視カメラは一目では視認できないほど小型化がなされ、それが死角なく張り巡らされて黒井ダムの監視網は完成されている。


 ただ、重要施設がそれだけの防護なわけがない。


 黒井ダムの従業員の主な仕事は水の管理だ。人の数は変われど、それは前時代と変化ない。


 だが、どの従業員もホストコンピューターの在処を知らないのだ。あくまで彼らがいじっているのは、端末。


 無論、その端末が受け取るデータの波を遡ればいずれはたどり着くのだが、様々な機器で迂回してきているので、ほぼ不可能に近い。そんな方法を採ろうとも、タイムラグはゼロコンマ以下というのは、やはり夜霧の科学力の高さを示している。


 もちろん、理論上では途方もない時間をかければ探知も可能なのだが、その前に経由された端末へのハッキングが検知されてしまう。


 そしてこの街の設立と同時期に存在する黒井ダム。そのホストコンピューターの場所を知っている人間も、そんな夜霧だけだ。


 〈塔〉やMGR社本部に身を置く彼らに接触するのは、ホストコンピューターの場所を逆算するより難しい。


 だから黒井ダムという動かず巨大な弱点を晒しておきながら、過去一度もそれを盾に取られたことはなかった。


 しかし、最近起こっているこの街の闇だけを狙った謎のハッキング事件により、迂回ルートにブレができた。


 それを利用すればはるかに速く、その場所を発見する事が可能だ。


 だから『Day=walkers』はそうした。偶然であろうと、運を味方につけられたのは彼らの力だ。


 黒井ダム地下六・五階。内側からは決して入れないように細工された、構造上の隙間。


 灯台下暗し。ホストコンピューターは端末機のすぐ下にあり、今『Day=walkers』はその前に籠城している。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 隠し通路を見つけたからといい、そのまま真っ直ぐホストコンピューターの元へ辿り着けるわけはもちろんない。


 表から見た壁や柱の裏には空間が広がっており、広大な迷路のように広がっている。


 地図は脳内に刻まれたため迷う事はないが、それでも攻略には幾何かの時間がかかる。


 灯りはないため生み出した炎を相方に人一人がギリギリ収まる通路を進み、九十度の壁に掛けられたはしごを登る。六・五階から始まった道は、更に下へ潜り、また地上階へと上がったりもする。


 少し前に通った隠し通路の壁を隔ててまた向こう側には道が広がり、果ては行き止まりのように見せかけて扉が仕込まれている。


 隔てる壁や柱の厚さや太さを見るに構造上の安定性は抜群だろうが、公開部分と外観との大きさのギャップから、その仕込みは見る人が見れば解るものなのでは、と道化師は手持ち無沙汰となっている脳内で思った。口には出さない。出した瞬間にそれは反逆と判断され、制裁が来るから。


 無論、モニタリングされている脳波パターンから思考は筒抜けだろうが、それが明確な不利益を与えるものでない限り思考の自由は許されている。読心系の特殊才能保持者の前では別だが。


 だが今は一人。多少不利益になりそうな事を考えても、それを伝える相手が居ない。


 疑問の答えは出た。先程、自らが使った方法の副産物と同じだ。


 つまり、光の屈折。


 夜霧の技術でなくともその程度は普通に機械化されている。


 遠目からは実際よりも小さく見え、近付いてもその巨大さから端を映す事は不可能。わざわざ端まで行く人間も居ないし、関係者以外立ち入り禁止のロープも張られている。−−関係者も何故立ち入り禁止なのか知らないが、機械関連の場所なのだろうと思考を放棄している。


 解ればなんて事ないトリックだった。


 またもや手持ち無沙汰となった脳内では、現在即実行可能なそれに対する二つの解決方法を採らない。


 一つ目は、特殊才能による道のショートカット。


 しかしそれは不可能であった。刻まれた知識の一つに黒井ダムに、現在主流となっている演算型特殊鉄板とコンクリートの使用が認められたからだ。


 一般的には埋め込まれた演算機能により外部からの衝撃を計算し、電気信号にて原子結合を操り対消滅させる。ダイラタンシー現象を応用した技術と知られているが、事実はそうでない。


 鉄板と名称にはついているもののその原材料は鉄ではない。外部からの衝撃を消滅する化学ゲル−緩衝材の一種−である。


 化学反応によって共有結合で架橋されたものであり、構造を壊さない限り溶けなく、化学的に安定である。


 木々の使えない事以外、骨組みに使われ、コンクリートと壁紙の間にそれを挟むだけしか昔からは変わっていないが、その効果は劇的だった。


 道化師の生み出す超高温でも科学的な原理を覆す事はできない。


 故に不可能。


 そして二つ目。移動速度についてだ。


 今道化師は徒歩で進んでいる。最短距離で進んでいるとはいえ走った方が速いのは事実。


 けれど上からの命令は『Day=Walkers』の殲滅。

 構造では、ホストコンピューターの在処から出口までは一本の道しかない。間違った道に隠れて道化師の素通りを待とうとも、彼女は熱源探知が可能だ。


 命令さえ従順すれば上も文句は言わない。


 だから道化師は一秒でも遅く、願わくばその時間で科学の外にある魔術で夜霧を欺いてくれないかと強く思う。


 彼女にできるのは、それだけだから。







 幾重の道を切り抜け、道化師は一際開けた大ホールに足を踏み入れた。


 奥の方にぽつんと置かれている巨大なパソコンが、ホストコンピューターか。


 その下に、ホストコンピューターと比べると余りに小さな人影が二十と少し。その三割ほどが子供だった。


 大人達は背に子供を隠し、八名が前に出る。男性が五人に女性が三人だ。


「道化師か」


 その内の一人が呟く。呟きが聞こえる程度には彼女も接近していた。


 諦観が混じっているように聞こえたのは、決して間違えではないのだろう。


「重層刃の紙吹雪、散り舞う姿は血飛沫と」


 その女性は紙吹雪を舞い散らせ唱える。軌道文言クイックスペルを。


 驚きはしない。道化師の存在を知っているという事は、かなり深くに存在する人物なのだから。


 他の七人も皆軌道文言を唱える。


 全員が、高位の魔術師だ。


 紙吹雪の刃が血を求め接近し、足元が波立つ。吸う息は酸素濃度が低下し、少ない酸素が身体を縛る鎖となる。針千本が紙吹雪の隙間を埋めるように襲い来て、空気摩擦が肌を焼く。重力はその重さを増し、熱が眼球の水分を蒸発させる。


 だが、その全てが道化師の前では意味をなさない。


 仮面は大きく息を吸い、自身の周りを発火させる。それにより身体を縛っている酸素が二酸化炭素に変化。さらには紙吹雪と針千本も燃え、溶ける。


 眼窩への注射よりはるかな痛みを伴う空気摩擦による熱傷と眼球の蒸発は、一切の苦悶を表に出さず、傷口に炎が這う。


 再生と同時に波打つ大地の流れに乗り足場を安定させ、体内に貯め込まれているカロリーを無理矢理燃焼。エネルギーを一時的に増大させ過重力場から脱出。


 前傾に跳んだ道化師は、身構える魔術師達に右手を横薙ぎに振るった。


 目に見えての変化はない。しかし彼らの身体には次第に水膨れや火傷が現れ始める。


「グッ!」


 遅れて、かみ殺された苦悶の声が届いた。


 それを横目に赤毛は跳ねる。そのままその足で奥の魔術師達へ駆け出した。


 『Day=Walkers』の主は子供にあるからだろう。幼き命を守る魔術師達の方が漂わせる殺気の質が高い。


 皆前の味方がやられた事に戸惑わず、すぐさま戦いの祝詞を唱えようと口を開く。


 が、それよりも速く赤髪は靡いた。


 左手を横に出す。そこから放たれるのはバーナーのように噴き出す炎だ。


 常時再生と加わり推進力を得た道化師は横に滑り、手の機動で孤を描くように子供達の後ろへ。


 大人が振り向き、子供が反応する前に壁を作る。透明な壁を。


 それに気付かぬ魔術師の一人がすぐに駆け寄ってきた。魔術を使わないのは、対象を中心とする術だからか。


 けれど、


「グゥゥ−−!?」


 不可視の壁に触れた魔術師の全部が焼け爛れる。衣服や皮膚が炭となり消え、爛れた眼球と共に血肉を晒す様子は、少なくとも子供に見せてもいい光景ではないだろう。


「いやぁー!!」


 その通り、悲鳴が突き抜ける。気の弱い子はそのまま昏倒したりしていた。


 全身の約四〇パーセントを火傷した魔術師の命は保たず、条件反射で引いた力をそのままに操り人形が糸を切られたように倒れた。


 動揺が生き残った魔術師達に走る。


 不可視の壁。その種は、最初の攻防の際に見せた謎の火傷と同じ原因である。


 透明な炎。超高温が故に不可視となったのではなく、本当に見えない炎。だから僅かな空気の歪みも見られず、魔術師は突っ込んできたのだ。


 発生したそこだけに熱を伝えるので、実際に触れるまでそこに炎があるなど分からない。


 それが道化師が宿す力の一端だ。


 圧倒的力を見せつけた赤き断罪者は、その口を遂に開いた。


「『Day=Walkers』。お前らに対しては裁判無用の処刑宣告が出ている」


 それは、この戦場を見れば明らかだった。


 その覚悟をした上で反旗を翻した魔術師達は、動揺をせず逆転の目を探し続ける。


 だが、遅い。道化師が動いた時点で、決着は着いていたのだ。彼らにできたのは、妥協し、最悪の終わりだけは迎えない事。


 しかし妥協しなかった彼らは思い知る。


 夜霧の闇を。


「お前達は当たり前のように受け入れているが、この状況、詰みだと思わないのか?」


「……何?」


 高圧的告げられたその内容を無視できないとばかりに魔術師の一人が反応する。


 他の魔術師達も視線は動いているものの、意識が道化師に向いていた。


「私を動かしている上は、『Day=Walkers』の殲滅を命じた。それは、上が判断した(・・・・・・)『Day=Walkers』だ」


 その意味を、瞬時に理解できてしまう程度には彼らの手は血で染まっていた。


 明確な形にするのを恐れて口にはしないものの、表情から認識したと判断した道化師は、追い詰めるように敢えて言語化する。


「この子供達もまた、『Day=Walkers』の一員と我々は判断した。掲げる目的であり、同行している者がまさか部外者だとは言わないよな」


「……その子達は家族だ。おれ達を追うお前ら闇に利用されないために、連れてきた。おれ達『Day=Walkers』の行動理念は子供達だが、『Day=Walkers』とは関係ない」


「そうか。けれど『Day=Walkers』は幾つかの家族が集まって構成されていると調べはついている。故に我々としては、不本意ながら子供も『Day=Walkers』と認識せざるを得ない。魔術師である事には変わりないしな」


 平行線だった。どちらが正しいかなど、観測者の立ち位置が変われば変移する。


 だが道徳や人権を考えるならば、今も震え、道化師を畏怖の目で見つめる幼年の子供達に危害を加えるのははばかられる。


 けれど、そんな法則など関係ない。


「断罪の刻だ。自らの犯した罪の重さを知れ」


 道化師は左手に生み出す。鮮明に燃える烈火を。それは刃の形を保ち、断罪の剣となる。


 道化師の思いは、仮面に隠れて窺い知れない。


「死ね」


 一言だった。


 それを合図に剣は振るわれ--、


「アァァァァァァ!!」


 魔術師達が全員、血走った目を見開き突撃してくる。


 彼らの振るう神秘の力の源は巡り、循環し、還る。

 それを一瞬で幾度も行う彼らの身体は耐えきれず、ところどころから鮮血が噴き出していた。


 原料となる命も一瞬で多量も消耗されれば体力だけで済まず、やがて尽きるだろう。


 けれどその代わり、この世に大きな事象をもたらす魔術が放たれる。


「道化師ォ!!」


 怒りの砲口とともに、不可視熱の壁さえ超えて天の災厄や事象の改変が道化師を貫く。


 一人の少年の犠牲で済んだ。決して喜ばしい事ではない。初めに死んだ両親に顔向けできない。


 けれど、それでも守りきった。



 −−そう、思っていた。



「気付かれていると思っていたんだがな」


 ゆらりと、立ち上がる影。


 仮面や身体。どこにも傷一つ見受けられない。


 否。正確に言えば傷口を舐める火の波が、受けた損傷を再生させている。


 後に残るのは、赤ん坊のようにきめ細やかな白い肌。


 服が破れ、締まっているものの女性らしい姿が露わになり扇情的ではあるが、道化の仮面が全てを台無しにしている。


「そん……な。有り得ない! いや、理論的には有り得ても、それを成功させるなんて!!」


 その声には、夜霧に対する恐れが多分に含まれていた。


 炎。それを記号とし、再生を起こせる原理を、彼らは知っている。知っていなければ、おかしい。


「魔術と特殊才能の両立だと!!」


 先程言われたように、理論的には可能である。


 特殊才能は脳に新たな機能を追加し、そこを通す事で人の才能の終着点を現界させる。


 魔術は体力、その消費率をある程度超えると概念的には命。科学的に無理矢理変換するなら細胞を消費して世の中の理をねじ曲げる。(正確には細胞の減少は確認されてないため、科学的な表し方は間違っている)


 その二つはお互いに不干渉であり、それ故に両立ができる。


 だが、問題がある。


 現在公式発表されている特殊才能保持者ランク4は四人。四人が四人、ランク4を発現させたのは年齢的に見て小学生の間だ。その事から、幼いうちにでも特殊才能は極める事ができると判断された。


 しかし魔術は違う。そもそもにおいて、終着点がないのだ。


 それを理由に、自らの実力向上を散漫とさせる特殊才能の介在を魔術師は許さず。


 自分の力に溺れ、暴走した特殊才能保持者を罰するために存在する魔術を習おうとする学生は居なかった。居たとしても、特殊才能の修練不足を理由に教師陣から止められる。


 MGR社の目的はあくまで北極の謎を解く事。魔術を研究したりするのは経過でしかない。


 だから、魔術と特殊才能の両立はあくまで可能かであり、その域で留まっていたはずだ。


 なのにまさか、という気持ちが現実を見る目にフィルターをかけていた。それも、ランク4に匹敵する特殊才能の規模と、単純であるが故に利便性の高い炎のシンボルである再生を携えてなんて。


「力なきものは蹂躙される。それが私達の間にあるルールだ」


 道化師は振るった剣を消失させた。


 少年は恐怖から気を失っているものの、傷一つついていない。


「明確な反逆をしていない限り、魔術師なんて貴重な存在を殺すわけないでしょう」


 言い、不可視の壁を可視の壁へと変化させた。赤き炎がその袂を分かつ。


 それを黙って見送る魔術師達ではない。事象改変を行える魔術師が傷口を改変し、出血を抑える。


 そして駆け出す。その表情には、希望を得た笑みがあった。


「お前の特殊才能は、不可視の炎が熱を持ち、可視の炎が熱を持たないのだろう! 気付かないと思ったか!! −−ア゛ッ!?」


 炎に触れた瞬間、先に不可視の炎へ触れた魔術師のように倒れ込む。


 それを見た他の魔術師達は制動をする。が、津波のように押し寄せた炎に呑まれる。


「単純だな。この程度のミスリードに気付かないなんて」


 彼女の特殊才能は、可視と不可視。その性質を持つ炎を生み出せ、熱の附与を選択できるものだ。


「お前……まさか……」


 奇跡的に喉が爛れていない魔術師が、何かに気付いたように呟く。


 だが、決定的な解が口に出されるより早く、道化師が言葉を落とす。


 炎の向こうで。


「この子供達は夜霧冷夢に渡される。果たして、無事でいられるかな?」


 隔てる壁よりはるかに苦しみをもたらす地獄の業火に匹敵する言葉に、魔術師は最期の灯火を燃やして叫ぶ。


「ぶざけるな! それでも人間か、この傀儡かいらい!!」


「………………」


 それが、悪意や怒り以外の意味を以て告げられた言葉ではないのは理解している。


 ただそれでも、道化師を黙らせるには充分な効力が存在した。


『ご苦労。「Day=Walkers」の殲滅を確認。荷物を迎えに空間転移が跳ぶ』


 前触れもなくインカムから声が流れ、前触れなく一人の少女が現れる。


 道化師はこの藤色の髪をした少女を知っている。『風紀委員』の本部勤めで、委員長の補佐をしている少女だ。


 彼女の力で、両親の死に精神が受け入れる事を拒否し、意識をブラックアウトさせた子供達が跳ばされていく。


 それを嗤いながら見つめる道化師は、不意に言葉を漏らした。


「この後の実験は?」


 空間転移の少女から訝しげな目線を向けられるが、気にはしない。


『本日は終了だ。後始末は他がやる』


「なら、歩いて帰っても?」


『……構わないが。仮面だけは外していけ』


 声音の不信が警戒に変わらぬうちに、道化の仮面を外して目の前の少女に手渡す。


「外へ跳びますか?」


「いい。歩かして」


 業務的な声に俯きながら返して、赤髪の少女は歩き始める。


 灯りも生み出さず、ともすると壁にぶつかりながら不安定な足取りで、けれどしっかり進んでいく。


 九十度の斜面から落ちても、骨折箇所は炎に舐めとられ、再生する。


 魔術師戦よりはるかに肉体を傷つけながら、少女は水なきダムへ到着していた。


 雫が頬を伝う。


 雨が降っていた。


 まだ小雨だが、しんしんと強さを増している。


 それを確かめるように、赤毛が天を仰いだ。


 髪は物理法則に従い後ろに流れ、その尊顔を露わにする。


 凛々しさの中に幼さを残した顔。


 道化師−−否、鈴香赤音は、感情の宿らぬ空虚な瞳で鈍色の空を見つめる。


 彼女の頬を伝っては落ちる雫は雨か。それとも−−。


 雨は、降り続ける。


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