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ファクターズ  作者: 綾埼空
二話 体育祭
87/131

夕闇の戦い

 天は今、橙と藍に二分されている。


 その下。


 突如として現れた久澄に顔面を蹴り飛ばされた契は、口の中が切れてない事を確認してからゆっくりと立ち上がる。


 そうしながら、二つの疑問を脳内で反芻してみた。


 〈聖人〉の自分が迫り来る気配に直前まで気付けなかった事。飛鳥に集中していたとはいえ、普通ではない。


 そして、もう一つ。


 自分を包む土煙を右手で薙払い、一番大きな疑問を口にした。


「あなた、飛鳥ちゃんの兄なの?」


 確かに、水城飛鳥には兄は存在する。


 しかしそれは、書類上の話な筈だ。


「そもそもよ」


 契が軌道を変えた手刀により抉られた左肩を右手で抑えながら、視線と意識は契に向け当たり前のようにそれを告げる。


「科学魔術なんて前人未踏なものが発現したんだ。名前がそのまんまな訳ないだろ?」


 初歩的なミス。決定的な、見落とし。


「こいつの名前は、久澄飛鳥。正真正銘俺の妹だよ」


 久澄は首を鳴らす。


 声は、彼の心を表すように平坦。それが逆に、人の本能に訴える何かを醸し出していた。


 それを証明するみたく、全くそのような意識を向けられていない飛鳥が震えていた。


 だがしかし、契は動じない。


 それが殺気ではなく、ただの怒りだからだ。


 まき散らさず、方向性を持っているのは、裏路地などに居る不良とは違うと評価できるが、そこまで。


 契の精神は、その程度では何も感じない。


 だが、相手がる気なら、応じざるを得ない。


 罪なき一般人には危害を加えない。もし立ちふさがられても、手傷は与えないがポリシーであり、力を持っている者の責任だと考えている契。


 だが、今飛鳥を救う事を躊躇してしまえば大きな苦しみと悲劇を生むことを理解しているため、止まらない。


 けれど、ますは対話を試みる。


 対話で済むならそれで良し、もし無理でも怒りというものは、そう長続きはしない。


 その思考は正しく、久澄のような人間によく当てはまる。


「最初に聞きたいんだけれど、あなた、科学魔術がどういうものか知ってるの?」


「……知らないな」


 会話に応じてくれた事により、契は内心で笑みを浮かべた。最低限の冷静さがあると判ったからだ。


「なら、教えてあげる――」






 契の話を聞いた久澄兄妹の反応は正反対のものだった。


 当人である飛鳥は、裂を信じたい思いと「〈科学魔術〉何で特異な才能が発掘されるのに偶然なんてあり得ない」という契の説に肯定できてしまうのと、自身の存在が世界の敵になる可能性に恐怖を覚え、それでも殺されたくない気持ちの矛盾に悩まされていた。


 対して久澄は、退屈そうに目を細めた。


 それに怪訝な視線を契は送る。


「全て正解だとは思わないけれど、馬鹿にできない説のはずよ?」


「ああ、すまん」


 久澄は普通に謝り、


「偶然は有り得ないってのには素直に肯定できないけれど、まあ夜霧だからな……一番有力な話だと思うよ」


「なら」


「で、それが?」


 被せられた言葉に、契は押し黙る。真意が理解できなかったからだ。


 久澄は続ける。


「そんなの、アス……飛鳥の命を奪っていい理由にはならないだろう?」


 愛称で呼んでしまっていたのに気付き、途中で二週間前に言われた通り真名に訂正する。


「だいたいさ、救ってやるって何だよ? 誰も望んでないよ。神は願われなければ存在できないんだろ? なら帰れ。ここにお前を信仰する奴なんか居ない」


「なら、これから飛鳥ちゃんには死より苦しいかもしれない現実が待ち受けているのよ。それを許容しろって? 妹を地獄の底に導くなんて兄として最低よ」


 久澄の言葉を見過ごせなかったのだろう。人間らしさの混じった声音で性急に告げた。


 契の言に久澄は自虐的な表情を浮かべた。


「言われなくても分かっているさ。俺は飛鳥の兄失格で、けれどこいつを見殺しにはできなかったし、生きたいって選択したなら、尊重させたいんだ」


 それに、と引き続けて。


「今起こる死より、未来に起こり得る生き地獄の方がいいって言ってるんだ。意識無意識は別にしてな。その先にどんな辛い事が待っていようと、それが選択した者の責任ってやつだ。違うか?」


 責任、という単語に魔術師は弱い。それを一身に背負いながら、戦っているから。


 口を閉ざす契の代わりに飛鳥が、


「いやいやお兄ちゃん。あたしだって自分がどんな状況下に置かれているのか、今初めて知ったから」


 と、反論したが、


「けれど死にたくないだろ?」


 兄のこの言葉に封殺される。


 そして十秒程経ったか。ポツリと、諦観した表情で契は呟いた。神の力か、小さき声は小さき声として二人の耳にしっかり届いたが。


「平行線ね。ボクは飛鳥ちゃんを救いたい。君は地獄に送り込む」


「まあ、間違ってはいないな……そう簡単に自分の意見は曲げられないし」


 その答えに契は両手を手刀の形にする。


 そして、魔術師として名乗りを上げる。


「結神ち」「知ってるよ」


 と、全てを言い終わる前に、一瞬で距離を詰めた久澄が契を再び蹴り飛ばす。


 ふぅ、と息を吐く久澄の左目は異質な雰囲気をまとっていた。


 つまり、原視眼。


「おいおいこれはガキのじゃれ合いじゃねえんだ。魔術師てめぇのやり方に合わせるわけないだろ」


 久澄は詰まらなそうに吐き捨ててから、


「飛鳥、逃げとけ」


「けどあの人、瞬間移動使うから」


 神々が遍在する事を利用した移動法を、飛鳥は瞬間移動と捉えていた。


「瞬間移動、ね」


 首を鳴らし、


「大丈夫。だから逃げろ」


 契の事を大した脅威と思っていないような声音に、飛鳥は逆らえず背を向け走り出した。羽も使って、文字通り全速力で。


 しかしその背に、契の突きが迫る。


 が。


「お前の相手はこっちだ」


 彼女の脇に、全体重を乗せた久澄の拳が刺さる。


 飛鳥は一瞬だけ振り向き、見る。


 兄の両目が紅く光っている事に。


 だが足を止めるわけにもいかず、飛鳥はそれを意識の外に追いやった。


「堅いな……」


 飛鳥が逃げていくのを横目に、久澄は契への評価を口にした。


 実際にはどんなものか知らないが、感覚的には砂の詰まったドラム缶を殴っているようだった。


 拳をぶつけても蹴ってみてもびくともしない。どころか、衝撃が返ってきて逆にダメージを負わさせる感じ。


 さらに左手は、肩が抉られているため上手く動かない。


 分が悪いのは否めない。


 冷静に判断していた久澄の視界に、蠢く影が入る。


 優先順位を変えたのだろう。ゆっくりとした動きだった。


「何で追いつけたの? 朱雀を内包する羽ですら反応できなかったのに」


「朱雀云々は知らないが」


 さも当然に、


「一瞬で見つけ、一瞬で追い付けばいいだけだろ」


 今回は飛鳥の元へ向かうという確証もあったしな、と心の中で付け加えた。


「成る程ね……」


 評価を改めるような口調の契。その雰囲気が変化する。


 何か神聖な感じから、親しみのある人間らしさへ。


「乖離したか」


 呟かれた声は、鋭敏になった久澄の聴力でなければ聞き取れない程小さいものであった。


「紙を結んで神と契り、紙を千切って神と結ぶ」


 結神契の祝詞。


 足元から人型の折り紙が螺旋状に舞い、黒い残滓となり、やがて存在が消滅する。原視眼でも視れないくらいに、消える。


 そして再び、契の気配が変質する。


(神との契約系……神道か? 事象改変使いの括りでいいよな)


 久澄はそのように当たりをつけた。


 その前で、契は大仰に手を広げた。


「ルールは守るものだよ、お兄さん」


 久澄は不意打ちを行わなかった。先程とは違う、危うさのようなものを感じたからだ。


 契は、告げる。


「結神契。渾名は[聖神子]。いざ尋常に、参る!!」







 契の姿が消え、背後に人間の原子構造が現れる。


「チッ」


 迫り来る貫手を右手で掴み、それを軸に逆の貫手をかわしつつ背後へ。雷のニ式、雷刃を纏った手刀を振り下ろす。


 普通の人には見えない雷刃だが、神殺しの権能を一時的とはいえ内在させる契に視えない筈がないのに、その手を受け止める。


 傷は、付かない。


「なら」


 切り替え、雷の三式、雷絶を発動。


 三式は原子構造を分解する技なため、頑丈さは関係ない。


 振り抜いた右手を切り返し、斜めに斬る。


 契もこれは耐えられないと感じたのだろう。


 神の性質を利用した移動法を使わず、前に跳ぶ事でかわした。


 だが、それで逃す久澄ではない。


 既に発動されている雷の一式、雷駈を足に回し、跳躍。


 差を一瞬で詰め、勢いそのままに突く。


 しかし、それは誘いであった。


 契はそれを予見していたかのように振り向き、雷絶の纏われていない手首を掴み取る。


 そして防ぐ事が叶わない左側へ薙ぐ一撃。


 久澄は反射的に土のニ式、土鎧どがいを使用し、ダメージを骨折に留め、さらに足下に震脚。それにより土の三式、土破つちわれが効果を見せる。


 崩れゆく地面。驚く契の一瞬の隙をつき彼女の左腕を蹴り上げ、掴まれていた右手を解放する。


 後、久澄は再び右手が使えなくなるのを恐れ、原視眼にて空気の足場を創り地上へ。


 契も音速で空気を蹴る事で空気の壁を創り、それを踏んで久澄とは逆側に出る。


 穴一つを挟み相対す二人。


 張り詰めた糸のような緊張感と危うさが流れる中、久澄は思考の整理を行う。


(さっき、結神契は瞬間移動を使わなかったな。多分、時間がないと考えているからか)


 仮にもここは敵地。一時間半以上も騒ぎを起こしてまだこの場に居られるのは〈聖人〉故だろうが、限度があるのだろう。


(って事は、倒せなくても時間さえ稼げば一時的とはいえ退けられるか)


 先の攻防で自身の敗北を悟っていた久澄には光明であった。


(それまでどうやって時間を稼ぐかだが……)


 粘っこく絡みつくような重さは消えない。逆説的にこれが消えてしまえば、次の戦闘が始まってしまうという事。


 始まってしまえば、もうこのような状況は訪れないであろう。


 久澄は、契の出方を窺う。


 すると彼女は、笑みを浮かべていた。重大な事を発見したような、笑み。


 そして、結神契は言語化する。


 指差して。


 久澄碎斗の根幹を。


「あなた、人を殺せないのね」







 振り返れば分かり易い。


 五行三祿の自然色。この技は基本的に、殺しを前提とした技術である。


 三式など良い例だ。人に向けて原子分解を起こせば、どうなるかなど訊ねるまでもない。


 この戦闘でだってそう。


 雷絶を使えど急所は狙わず。


 土破は地面に使い、契にはぶつけなかった。


 全ては三年前の夏休み。


 ティアハートという女性を殺した事が原因である。






「だから?」


 自分の決して消えない傷。忘れてはいけないトラウマを、契に言われるもなく久澄は自覚していた。


「俺が人を殺せないからって、お前を倒せない理由にはならないだろう?」


「そうね」


 笑みを引っ込め、肯定をする。


「けど、殺せないと分かっていればやりようはあるのよ」


 契の姿が消失する。


 と同時に左側から契が現れ、回し蹴りを放とうとしていた。


 久澄は身をねじり、その勢いのまま右手を横に薙ぐように応戦。右手には土鎧をかけてあるため、カウンターを入れられても肉がひしゃげる心配はない。


 しかし、契はそのまま久澄の右手を受け入れ、足は二つに分かれた。


 それに構わず彼女は軸足を回し、回転。


 その勢いで裏拳を叩き込む。


 頸椎を砕く一撃。


「ッ」



 五行三祿の自然色、水、土混合式、水鎧すいがい



 水魔の特性である衝撃吸収と土鎧の炭素の超硬質化が合わさった水鎧を挟む事により、表面上の衝撃により北側に吹き飛ばされるだけで済んだ。


 北側は飛鳥と契の戦闘影響が少なかったらしく、無事だったコンテナを幾つもぶち抜きようやく止まれた。


 水鎧は極小の範囲にしか使えず、土鎧により衝撃を弱めるが、特性上鉄と鉄のぶつかり合いのようなもの。僅かながら臓器が揺さぶられた。


 それだけでは循環の蛇の再成は発動しない。だが、その力は久澄にとって、できれば頼りたくない力でもあった。


 だからこの状況に納得し、全身に走る鋭い痛み、吐き気、倦怠感を無理矢理押さえ込み、久澄は立ち上がった。


 しかし、舞い上がる土煙の向こうから弾丸のように来る契を視、横に転がり回避。その際、未だ動く右腕を庇い左から転んだので、左腕に激痛が刺す。


「はあ、はあ……」


 立ち上がり距離を取るも、疲労と痛みから景色は歪み、原視眼も維持できる状況でなかった。体質である鬼神化は解けなかったが、これで万が一にも足止めを続ける事は不可能に。


 契の足を再生する生々しい音を聞き、久澄は一息で胃の底に溜まった吐き気を押さえつける。


「――ッ」


 地を強く踏み、蹴り出す。同時に契も動いていた。


 第一接触は拳と拳。


 鉄をも貫く威力を秘めた両者は、しかし契の方に軍配が上がる。骨こそ砕けていないが、ところどころ筋肉の断裂をしている。


 だが、意識は鈍く、脳内からは興奮物質でも分泌されているのか、不思議と痛みは遠のいていた。


 続けて契の上体を狙い右足蹴り。


 対応しようと腕を挟むが、その数センチ手前を通り過ぎる。


 本命は蹴りにより捻られた腰の横。先程振り抜かれた拳だ。


 手刀に変え、返す刀で再び上体を。


 雷絶は纏われていないが、足を飛ばされての条件反射であろう。左腕を挟まず上体を逸らし回避した。


「――!?」


 目を見開く。


 契はそんな久澄の開いた腹部へ、スピード重視のつま先をめり込ませる。


 柔らかいものが潰れるような音がした。


「ぐ……ぐぐ」


 尾を引いて、久澄の呻き声が響いていく。


 そして数百メートルも先のコンテナの裏に落ちた。


 まともな受け身もとれず。


 指一本も動かせないどころか、今自分が地にあるのか空中を跳んでいるのかすら分からない。


 喉に粘っこい液体がつまり、呼吸ができなかった。


 臓器類がめちゃめちゃになっているのは、闇が広がる微かな意識の中で感じられていた。


 こういう状態を条件に発動する循環の蛇の声が脳内に響かない。


 死の淵に立った宿主を寿命を引き換えに再成する力だが、一線を越え、死の側に足を踏み入れてしまったら、能力は発動しないらしい。


 潜在能力顕現化実験の時もそうだった。


 死の感覚に浸っていた時に、循環の蛇は目覚めなかった。


 つまり、ここで終わり。


 結局駄目であった。


 強者には、勝てない。


 未練は沢山あるが、それを脳内に反芻する力は。


 もう、残っていない。



 そして久澄碎斗は、瞑目した。







 ――はずだった。


 暗闇の中、焼けるような痛みを感じた。


 それは肌から内面へ、広がっていく。


 痛いという事は、生きているという事。


 鉛のように重かった瞼が急に軽くなり、開く。


「なっ!!」


 まず目に入ったのは、自分の右手であった。


 ただし、赤い炎に包まれた(・・・・・・・・)。


「生きてる?」


 真上から、聞き覚えのある声が降ってきた。


「あす……か……か」


 何かが詰まっているかのように動きにくい首を無理矢理上げると、声の主−−飛鳥が右肩甲骨に生やした赤い羽を自分に触れさせているのが見れた。






 飛鳥はコンテナがある広場から脱し、五区の表通りまでしっかり逃げ出していた。


 羽を消し、建物の陰から表を窺う。


 一人の特徴のない女性が眠たそうに欠伸をしていた。


 作戦が決行されてからかなり時間が経っている。


 彼女達の目的は街を襲い日本支部を牽制しながら、自分と契の戦闘を邪魔させないのが目的だと飛鳥は睨んでいる。ので、四区からはともかく、五区のような重要度の低い場所はもうやる事がなく暇なのだろう。


 そんな感じなら何とかなるかも、と感じるも、飛鳥は今駆けてきた道を振り返った。


 未練があるわけではない。あの状況では、自分が居ない方が良いと理解しているからだ。


 だが、理解と納得は違う。


 それに、どう考えても兄に勝ち目はない。


「選択するなら、今しかないか」


 幸いにして、特殊才能の起点となる脳は少しではあるが休まっており、ちょっとだけならば再生の力を使う事もできる。


 傷付いた兄を、多少癒せる。


 それにより、自分が命を救われた時のように何かが間に合うかもしれない。


(そういえば……裂さん遅いな……)


 上層部に救援を頼むと言っていたが。


(まあ、二区もそれどころじゃないだろうし、助けも多分足止めされてるんだろうね)


 自身を納得させる理由を考え、飛鳥はひとまずの安心を得る。


「……なら」


 飛鳥は来た道を戻る。



 その場所を、目の色が変わった式紙が見つめていた。







「何……を?」


「説明は後。私にはここまでしかできないから」


 囁き声で、飛鳥は羽を久澄から離す。


 身を包んでいた赤い炎は消え、灼くような痛みも引いていく。


「再生の力を絞って絞り出して、傷の再生もできなかった。ごめん」


「……いや、いい。命を救ってもらえたからな。ありがとう」


 死者を生き返らせられてしまう再生の炎。久澄は初めて〈科学魔術〉の恐ろしさを理解し、また精神的に幼い中学生が宿しているのに、途轍もない不安を感じていた。


 だがその思惟は頭の片隅に追いやり、久澄はコンテナからはみ出ないように上体を起こす。


「……よし、お前も見えてなさそうだな」


 飛鳥の羽は、少ない力を圧縮し小さく広がっている。


「つっても、バレてそうだけれどな」


「な、何を言ってるの?」


 一人で話を進めてしまう兄に、飛鳥は小声で訊ねる。


 そりゃ、と久澄は耳打ちする。


「えっ!? そうだけどそれは」


「しー」


 ただでさえ通りやすい声が驚きにより上擦ったので、久澄は人差し指を立て自分の鼻に当てる。


「その回復ってか再生か。それもう少し使える? 具体的には、表面上だけでいいから骨くっつける感じで」


「え? あ、うん、それぐらいなら」


 返答に左腕を指差す。飛鳥はそこに羽を当てた。


 灼ける痛みと骨が無理矢理伸びる激痛が腕を占める。


「はい、終わり。けどあくまで応急措置で、激しい動きをしたら折れるからね」


「了解。まあ、一応だから、さ」


 腕をぶらぶらさせてみる。ポキポキと鳴るも、過不足なく動いた。


「よし。じゃあ作戦通りに」


「うん」


 飛鳥の返事を横目に、コンテナから契を覗く。


 未だに、あの神々しい雰囲気は健在だ。余裕の表情で、悠々と迫ってきていた。


 久澄は決死となり、コンテナの裏から駆け出した。


 あるのはその身一つ。右目は紅く全身には雷駈を巡らせ両腕には雷絶をまとわせる。


 勝利を確信しているのか、或いは障害を確実に潰そうとの考えなのか、契は真正面から受ける。


 致命傷を受けないように防戦気味になりながら、それでもその時を狙いしまして攻め続ける。 


 やがて契の不思議な雰囲気がなくなった。


 一足。大きく飛んで距離をとる。


「たく、以外と抗われたわね。けど、虫の息だし」


 久澄の耳に、契の独白は届く。


「紙を結んで神と契り、紙を千切って神と結ぶ」


 神殺しの権能を得る祝詞が唱えられる。


 白い紙が、回りながら契の姿を隠していく。


 魔術は既に発動され、中断はできない。


 数秒で距離を詰め、右の拳を振る。


 風を切り、それはまだ紙の到達していない腹部へ導かれる。


 だがそれより速く、契の平手が側頭に打たれた。


 久澄の身体が落ちる。


 しかしその後ろから、羽を極限まで濃厚で薄い攻撃特化に変えた飛鳥が飛び出した。


 久澄は放った手刀を契が上体を逸らしてかわした際に見た。下腹部に、灼けた切り傷があるのを。


 飛鳥によるものだと考えるのは、難しいものではなかった。


 そして、契を傷付けられる羽が、振るわれる。


「なッ――」


 飛鳥は驚愕に染まる契の顔を、 


「――んて! 知ってるわよ!!」


 見ることはなかった。


「神はどこにでも在るって言ったでしょう! あなた達の作戦なんて全部聞こえているのよ」


 一瞬速く飛鳥に近付き、へそ下に拳を入れた。


 飛鳥の表情は絶望に染まり、彼女の姿は契の瞳には映らない。


 紙は黒く成り、そこに溜められたら魔力がパスを通って爆発的に流れてくる。


「神に抗おうなんて無駄なのよ」


「本当にそうか?」


 下から、声がした。


 黒い紙により見えないが、それは確かに久澄のものだ。


 しかも。


 光が差し込んだ。


 固く握り締められた彼の左手が、紙を打ち破ったからだ。


 骨が上げる悲鳴を響かせ迫り来る。


 彼らの話していた作戦になかった予想外の出来事であるが、対応は可能だった。


「砕けろ」


 言葉を体現して手の骨を砕くために、契はその手を受け止める。


 久澄の左手を、受け止めてしまう。


「――ッ!?」


 その瞬間、体内の魔力が暴走した。


 循環の蛇の再成と並ぶ能力である循環。


 外部からの魔力供給により不安定になっていたところへ強制的に整理、増大させる力が働き、増えた魔力に身体が対応できず暴走。


 内部からの生命力の爆発という巨龍すら耐えられない痛みに、契の意識は明滅し、倒れた。


「本当の作戦は、最後まで隠しておくものだよ」


 息も絶え絶えに、久澄は吐き捨てた。







 契に意識がないのを確認してから、久澄は飛鳥の回収に向かった。


「おい、生きてるか?」


「う、うーん……」


 終わった事が信じられないのだろう。瞬いていたが大した怪我はないらしい。


「おかしな話だな。〈聖人〉なんだろ。この程度の損傷で済んでるなんて」


「それは私が、〈聖人〉の中でもスピードにたけているからだよ」


 久澄の疑問に、答える声。


「結神契! 何で。気を失っていなかったのか?」

「不本意ながらさっきまで落ちていたわ」


 ダルそうに答えるが、かつて暴走していたとはいえブレイクマスタードラゴンを沈めた痛みだ。


 なのにすぐに目覚めたとは。


 あまりの化け物っぷりに言葉も出なかった。


 契は背後まで寄ってきたが、ダメージはでかいためへたり込む。


「はあ……この勝負私の負け。悔しいけれど認めざるを得ないわ」


 しかし言葉とは裏腹に、契の顔には余裕な笑みが浮かんでいた。


「だ、け、ど。戦いは私の勝ちよ」


「何?」


 その台詞に、満身創痍ならが身構える。


「さっき、逃げた飛鳥ちゃんを追うように式紙達に命令を出した。そして飛鳥ちゃんは現在ここに居る。さて、今のあなた達に勝てる、いや、逃げ切る事はできるかしらね」


 久澄兄妹は顔を見合わせ、逃げようとする。


 だが、


「遅い遅い。五区の表通りからここまで大した距離じゃないわ。第一陣は、すぐそこまで来てるわよ」


「くそ」


「ど、どうするの?」


「…………」


 沈黙。それは雄弁にこの状況に対する策がない事を語っていた。


 静まり返る空間に、契の嬉笑きしょうが響き渡る。


「作戦とは、失敗した先まで考えて練るものなのよ」


 圧倒的な力を持ちながら、それでも油断せず不慮の事態にも対応できるように練られた策。


 そこに結神契の本当の力を見た気がした。


 そして久澄兄妹は動けず式紙達の到着を待つ事しかできない。


 が。


「………………」


 幾ら待てど、そのような影すら見えない。


 契の方を向くと、表情をあからさまに焦らせていた。


「何で!? I班、J班応答しなさい」


 魔力の糸を使った独自の連絡でも取っているのだろう。


「A班からH班!」


 だが表情を見るかぎり、返答はないようだ。


 と、そこで契は顔をしかめた。


「E班? どうなっているの。報告して」


 通信にノイズが走っているのか、通信が繋がったにも関わらず契の表情を厳しいままだ。


「あっ……!!」


 通信が途切れたようだ。


 まともな報告が得られなかったようで沈んだ表情の契に追撃を仕掛けるように、四区の方角から爆音が伝わってきた。


 耳をつんざく音に、三人は痛みと疑問を覚える。


「何……が……?」


 耳朶を抑えながら、久澄は呟く。


 耳鳴りが響く頭を捻り、可能性を思い浮かべていく。


(結神契の式紙の線はこいつの反応からしてないとは言い切れなくても、薄いと考えられる)


 まず浮かんだ可能性を潰す。


(ならなんだ……?)


 思考は巡り、巡らせ、巡られる。


 様々な仮定を繰り返しては潰しを繰り返し、ついに久澄は一つの答えを導き出した。


「まさか!?」


 口角が、小さく上がった。


「あいつ!!」







 時は少し巻き戻る。




 ――第四区。日は傾き始め、天は橙と藍に二分されている。


 その下では、争乱が巻き起こっていた。


 同じ顔の無個性な女性達と各々〈風紀委員〉や〈警備隊〉と書かれたワッペンを付ける大人子供。


 〈警備隊〉を名乗る大人は、黒色の警棒を持ち応戦、〈風紀委員〉の子供はそれぞれの特殊才能を持ってテロリストに立ち向かっていた。


 だが、この戦いでは、誰一人として傷ついていない。


 あの〈炎熱姫〉ですら、赤子の手を捻るようにあしらわれているのが現状だった。眉根を寄せ、頭痛にあえぐようにしながら戦闘を行っている。


 そんな戦火の中、一人平穏に身を置く少女が。


 酸漿奈々美である。


 彼女が『上』から受けた名はあと一つで終了する。


「さて、この無意味な争いを終わらせましょう」


 無感情に独白し、ズボンのポケットを弄る。


 そこには、絶対にポケットから抜けないように事象を改変された一つの機器がある。


 改変を解き、それを取り出す。


 奈々美の小さな手にもすっぽりと収まる小型携帯端末。


 それは、この世界でただ一人にしか通じず、だからこそ傍受も乗っ取りもできないように作られた携帯だ。


 飾りのボタンは無視し、唯一本物の九を押す。


 コール音は響かず、その人物の元へ通じた。


「やあナナミン。元気かい?」


 気が抜ける程気楽な語り口の男性。夜霧新である。


「新さん。ご挨拶は抜きでも?」


「うん、構わないよ」


 質問はないものと扱われ、逆に訊かれても、彼はあっけらかんとした感を崩さない。


「というより、今回も僕が頼んだんだしね。キーちゃん僕の言う事聞いてくれないし」


「まあ、それが天然魔術師と科学者の溝かと」


 奈々実は淡々と告げる。


「では、報告です。錠ヶ崎寧々の説得に成功。要求はこの関係性の維持。つまり、何もありませんでした。

 次に現在の状況を。結神契の式神が一区を除く全ての区にて現出。死者怪我人等は出ていないようですが、器物損害は酷いものです。〈風紀委員〉、〈警備隊〉が対応に当たっております」


 現下の状況を手短に最低限報告した。


 耳元から新の「うんうん」と頷く擬音の言語化が聞こえた。


「成る程ね。碎斗君は結神氏の元に間に合いそうかい?」


「まあ間に合うでしょう。わたしが教えた座標に〈炎熱姫〉とパートナーである空間転移系の少女の力で送ってもらっていましたから」


「へぇ〜、合縁奇縁……は少し違うけれど、えにしなんてどう繋がっているか分からないものだ」


 新は楽しそうに告げた。


「なら、投下するか。実戦は初めてだけれど、上手く行くといいな……」


 電話の向こうで、行動音が小さく聞こえてきた。


「……第二位のを投下するよ」


「了解しました」


 そこで通話は終わる。


 それすなわち、この戦いも終了するという事だ。


 携帯をポケットにしまっていると、地上が暗闇に染まった。


 皆が不審に思い、戦闘を続けながらも空を見る。


「なっ!」


 誰かが驚愕の声音を上げた。


 それを皮切りに、戦いの動きが止まる。


 それ(・・)は、西の方に落ちようとしていた夕日を遮るように佇み、その巨体を示していた。


 その形とあまりの大きさに、誰もが一つの幻想生物を思い浮かべる。


 つまり、龍。


 巨龍が如く天を支配するそれは、飛行船だった。


 識別名『ドラコフライ』。


 とある機械を輸送するためだけに生み出された化け物。


 スピードは亜音速を超え、それでいて内部への振動は九十八パーセントカット。摩擦熱を動力源に変える変換装置を持ち、動き続ける限り止まる事はないという矛盾に近いシステムを実現している。


 だがその用途は、あくまで運送。


 本命は中に居る。


 それは『ドラコフライ』から降ってきた。


 その数は、五。


 『ドラコフライ』に比べれば米粒のような大きさ。


 銀色の精練されたフォルムは移動に重視をおかれ、様々な箇所に穴が開いていた。


 地上に着地したそれは、すぐさま行動を開始した。


 一体は四区に留まり、残りは二体が三区方面へ、もう二体が五区方面に向かう。


 制圧された区を取り戻しに行ったのだ。


 そもそもMGR社日本支部の設立目的は、北極の謎の解明であり、特殊才能の発掘はあくまで課程でしかない。


 発現した才能は多角的なアプローチをし、その可能性を探らなければならない。


 これはその一つ。


 レベル2という才能中の才能を現したランク4才能の機械化。


 『Rise Above』。


 超越の名を関した計画名である。


 この計画の成果は、この街では誰も気付けないが、すぐそばにある。


 夜霧冷夢が広げるクローンでの情報網だ。


 それを支えているのが第四位、胡桃渚の『Rise Above』である。


 そもそも、同じ細胞から造られるクローンだが、脳波が全く同じなわけではない。あくまで似ているだけだ。


 さらに、人間の脳は電波の送受信機能は備わっていない。


 無論、それらを叶える装置は発明されている。


 が、どれも電気を通しやすく頑丈な鉄製品が少なからず扱われてしまっているのだ。


 それでは何の知識なく一般人として街に出すとき、様々な場所にて異常が発見されてしまう恐れがあった。


 そこで〈磁化変換〉。


 電気を通さぬものでも磁化させられるこの才能は、金属以外での電波の送受信を可能にした。


 それを脳内に入れる事で、クローン達は無意識のうちに総括である夜霧冷夢に街の情報を伝えているのである。


 現在実用化に漕ぎ着いているのは第四位と第二位、由麻静波ゆましずはのみ。


 そして今回は新の宣言通り、由麻静波の才能が使われた『Rise Above』の投入。


 由麻静波のレベル2は〈波形粒子砲〉と呼ばれ、粒子単位の物質を波状の形で放つ砲である。


 その結果、不可視の攻撃にて、普通では届かない奥底にある遺伝子レベルで傷つけられる事となる。


 それが、目の前で起こっている現象。


 穴は砲口となっていて、そこから波形粒子砲が放たれる。


 たった一機にて結神契の式紙−−式神化は既に解けている−−は一方的に殲滅され、形を保てなくなってゆく。


 他区でも少しすれば始まるだろう。


 警戒する事も止めていい状況に、奈々美は一つの情景を思い出す。


 あの後−−久澄碎斗が拳を握り締めた後の。






 久澄は目を紅く光らせ、拳を振るった。


 ただし、奈々美へではない。


 その背後に気配を消し迫っていた式神に対してだ。


『?』


 奈々美は訳が分からず純粋に疑問符を浮かべる。


 久澄は面倒くさそうに告げた。


『お前に怒りをぶつけてどうする。起こってしまった事にキレるのは時間の無駄だろ?』


 それは正論だった。


 だけど、彼程の実力者ならば自分を殺してからでも充分に間に合うはずだ。


 そして久澄は飛鳥が襲われている場所の情報を訊ねてから、〈炎熱姫〉の、正確にはそのパートナーである空間転移系才能保持者の居る戦場へ駆け出した。





「何でなの?」


 自分と彼は、境遇は違えど帰結したところは一緒だった。感情の動き方でそれは間違いないと判断できた。


 けれど、違う。


 この精神の在りようを抱えながら、何故背反する行動をできるのか。


 分からない。


 奈々美は久澄碎斗という人間に、心の底から興味を覚えた。



 その『感情』の行く先を、奈々美は知るよしもなかった。







 −−そして、今。


 先の爆音により、契が生み出していた式紙は全て消し終わったようで、音は止む。


 久澄と契の戦闘中に現れた『ドラコフライ』は『Rise Above』を回収し、とこぞへ消え去っていった。


「悪いが、ここはお前にとって敵地なんだ。俺達だけで戦っているわけではないんだよ」


 完全な敗北に俯く契へ、久澄は言葉を落とす。


 戦いが終わった。


 空は、月光り星星輝く暗闇に支配されていた。


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