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ファクターズ  作者: 綾埼空
二話 体育祭
86/131

交差

 飛鳥は、姿を現した人物に対して驚きを隠せなかった。


 肩口で切られた黒い髪。練乳色の滑らかな肌。巫女の服は着ておらずとも、それが画像の女性−−結神契だと判断するには十分だった。


 飛鳥が驚いたのは、彼女が本当に現れた事と、その力。


 飛鳥はやはりどこかで、自分が狙われているなんて何かの冗談だと思っていた。


 自分を事の中心に導く事で、本当に狙われている誰かを救っているんじゃないかと、考えていた。


 しかし、この街に攻めてきた魔術師として紹介された契が、明確な敵意を向け、飛鳥では測れない程大きな力を見せつけられて、ようやく現実を認識し始めた。


 その感覚は誰に責められたものではない。中学二年生の感性としては、正しいのだから。


 同時に、それが致命的だったのも否定はできない。


 勝てる勝てないは別として、特殊才能を使ってでも本気で逃げようとしていたら、運命は変わっていたのだから。


「あなた、結神契さん?」


 今の飛鳥にできたのは、命の先延ばし。


 口の中をカラカラにしながら、それでも武道で鍛えられた喉から出る声はよく通った。


 契の方はどんな心境か。悠然と進めていた歩を止め、口を開く。


「ええ。私が結神契本人よ」


 敢えて含まれた敵意は方向性を持ち、飛鳥の精神に圧をかけた。


「……なんで、あたしを狙うの?」


 絞り出した内容は、詳しくは裂にも説明されなかった事柄。


 それに契は目を見張り、溜め息を吐いた。


「そんな事も知らないの? あなた、哀れね」


「なんで? 命を狙う本人から事情を訊くのは、普通だと思うんだけど」


「その事情を確かめなければいけない位置に立ってるのが、哀れだって言っているの」


 契は飛鳥の発言が時間稼ぎだと気付いていた。


 そもそもにおいて、契は飛鳥と対話を行う必要すらない。


 では何故か。


 知りたかったからだ。これから自分が消す人物の人となりを。


 殺せる事は、確実だから。


「私があなたを殺す理由は〈科学魔術〉を持つものだから」


 殺す、という単語が嘘偽りない口調で出され、飛鳥の心に棘となり、刺さる。


「このMGR社は、魔術と科学が組み合わさりできた場所。その裏では様々な摩擦があり、今の形に収まった。けれど、〈科学魔術〉の在り方は、表面上は落ち着いた現在の状況に石を投げ込む事になるの」


「それは……」


「理解できた? あなたの存在は、この世界に二度目の規格外同士の戦争を呼ぶこととなる」


 分かる? と契は告げ、


「第二次マジックサイエンスウォー。一度目は世界が変革された。二度目は、何が起こるのかしらね?」


 飛鳥は言葉が出せなかった。


 契に言われた全ての言葉は、彼女の圧により現実として認識できていた。


 だからこそ、口が動かなかった。


 あまりにも理不尽な話で、泣き出しそうになる。


「それに〈科学魔術〉なんて混ざりもの、私達魔術師が受け入れられると思う? それは言わば、宗教をごちゃ混ぜにしたような存在。娼婦や大淫婦の在り方の方が、可愛く見えるくらいよ」


 契は飛鳥を精神的に追い詰めにかかる。


 もう見定め終わった。


 どんな冒涜を抱えていようと、中身はただの中学生。


「反吐が出る」


 殺意の感情を込め、吐き出した。


「あなたは自分の価値を知った。この世には、生きている事が罪なんていうのもあるのよ」


 無感情に述べた後、歩を再開する。


「だから、死ねよ」


 右手に力を込める。突けば槍のように貫き、薙げば刃のように斬るために。


 だが。


 ポツリ、と感情の漏れる音がした。


「……うる……さい」


「何?」


「うるさいわよ! ごたごた口上を並べて。あたしは魔術師じゃないから、そんな事情知らないわよ!!」


 人は理不尽を前にして、三つの『選択』を余儀なくされる。


 見ているか、受け入れるか、抗うか。


 飛鳥は自分で『選択』し、抗う事を決意する。


「あたしは、欲しくてこの才能ちからを手にしたわけじゃない。私利私欲のために使った事も、ないわよ!!」


 飛鳥はその能力の希有性から、特殊才能を使う事を制限され、彼女を〈科学魔術〉保持者だと知る人物も、数少ない。


 けれど、それがなくとも飛鳥は、自分の才能に溺れたりはしない。


 自分の目的は、自分の『手』で叶えると決めているからだ。


 飛鳥は自分で『選択』する能力に欠けている。


 だが、一度『選択』すれば、覆さない性質をこの街に来る際に獲得した。


「生きている事が罪? そんなのは、受け入れない!!」


 飛鳥はいつの間にか、拳を強く握っていた。


 その手に意思が宿っている限り、飛鳥は何かを諦めたりはしないだろう。






 飛鳥の感情を聞いた契は、飛鳥の瞳を見た。


 絶望を知らず、可能性に満ちた輝く黒の瞳。


 それは、良い事だと思う。


 けれど、


『あたしは、欲しくてこの才能ちからを手にしたわけじゃない。私利私欲のために使った事も、ないわよ!!』


 飛鳥のその言葉が、何度もリフレインする。


「私だって」


 それは、契が思考して口にした言葉ではない。


 つまり、本音。


「本当はこんな力は欲しくなかった」


 飛鳥は困惑の顔を見せていたが、止まらない。止まれない。


 引き金は、引かれてしまったのだから。







 結神契の奥深くには、一つの過去が封じられている。


 家族の死。


 魔術界は一枚岩ではない。どんな状況に置かれても、それは変わらなかった。


 水仙蒔華に付いていた結神家に生まれたのが、〈聖人〉であったのが、一つの摩擦を発生させた。


 結神家は、神の力を引き出せる事から、高い地位にあった。


 武力、権力共に兼ね備えた結神家を疎ましく思う勢力は沢山存在していた。


 実際に手を下したのは、ローマ教皇。その、右腕。


 十五年前、五歳の頃だ。自我が芽生え、それでいて親への愛を強く向ける年頃。


 契の目の前で、ローマ教皇が右腕〈夜〉が、両親を惨殺した。


 契は〈夜〉の鎖で柱に縛られ、見ている事しかできなかった。


 ヒトの形ではなくなっていく両親が殺されるのを、傍観しているしかできなかった。


『これは警告だ』


 中性的な声色。


『〈聖人〉。お前がその力を我らが不利になるように扱えば、大切なものを奪い、お前の精神を折りにかかるというな』


 例え特殊な家に生まれていようと、五歳。普通はそんな声なんて耳に入らないはずなのに、明確に記憶に刻まれた。


 事象改変により、心へ直接ダメージが行く事を防がれているのだ。


 そして〈夜〉は、両親を惨殺した結神家本拠、結神神社の本殿を燃やし尽くす。


 自分が生まれ育った家と両親が燃えていくのを見ても、契は傷つけなかった。


 それを悲劇と呼ばず、なんとするか。







 契に起きたフラッシュバックは一瞬で、しかし自身の感情を揺さぶるには充分な時間であった。


「さっきも言った通り、この世には、在るだけで許されない事柄があるのよ! 私利私欲で使っていなかろうと、関係ないの!!」


 並々ならぬ気迫に、飛鳥は数歩、後ずさる。


「許してもらう必要はないわ」


 何かを絶ち斬るように、目の前の空間を斜めに薙ぐ。


「目一杯怨みなさい」


 左半身を前に、右手は腰の横に引いた。


「死ぬときまで抗えるのは、幸せな事なんだから」


 −−私には、できない事だもの。


 内心で自虐気味に呟いた後、足に力を込める。


 挙動は、一瞬。


 それで、終わり。







 対話の終了を表す戦闘態勢。


 武道家の目でそれを見て飛鳥は、交戦は免れない事を悟る。


(なら……!!)


 飛鳥の特殊才能は、炎熱系。


 しかしランク4には、レベル2が存在する。


 飛鳥のそれが〈科学魔術〉。


「あなたの事情なんて知らない! だから、あたしはあたしの事情で抗う!!」


 そして、『それ』は起きた−−







 力を込め、今にも跳び出そうとした契は、『それ』を見て動きを中断する。


「嘘……でしょ?」


 目を見開いた契の瞳に映るは、炎を纏う飛鳥の姿。


 ただし、その炎が問題だった。


(有り得るの、そんな事?)


 だが目の前で起こっているのは事実。


 そこに在る『現実』と有り得ないという『常識』。二律背反する感情を含みながら、『それ』を叫ぶ。


「まさか、朱雀の顕現!!」


 朱雀。南方を守護する聖獣。四神の一つ。


 朱雀の姿をした炎は、飛鳥の右肩、肩甲骨部分に収束し、鳥の羽の形をとる。


 そして。


 赤き片羽が、襲い来る。







 時は遡り、四時半。


 久澄碎斗は階段を経由せず、直接飛び降り路上に着地する。二階だからこそできる芸当だ。


「チッ、どういう状況だ?」


 二区といえば日本支部の中枢である一区に近い事もあり、簡単に事故が起こらないような造りになっている。


 それでなくとも、あの倒壊の仕方は外的要因が絡んでいるように見えた。


(どうする……二区を見に行くべきか? いや)


 自身の平穏のために原因を確かめるべきか悩んでいた久澄の頭は、もっと簡単な方法を導き出す。


 学生寮の方に向き直り、入り口から入り階段を駆け上る。


 そして、この街の裏側に通ずる隣人の部屋のインターホンを鳴らした。


「……あれ?」


 しかし、帰ってくる声はなかった。奈々美へ押し付けた元同居人のも。


 奈々美が昼に話した事からアルニカはバイト先に居るだろうと予想する。実力的にも心配していなかった。


(なら二区に向かうか。裏路地使って一時間くらいか)


 まだ日もあるという事もあり、安全性が高く、時間も短縮できる。そう計算し、久澄は二区に向かい走り出した。




 奇しくも、水城飛鳥とすれ違う形で。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 とある通話があった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 二区に辿り着いた久澄は、ビルとビルの隙間にできた陰に身を潜めていた。


 理由は、同じ顔の女性達が独特の気配を醸し出しながら表通りを彷徨うろついていたからだ。


(何だあいつら? 攻撃を仕掛けてくる気配はないけど……無駄に圧力かけるな)


 全方向にまき散らされているはずの圧力は、全く意識を向けられていない久澄の胃にも重みを与えていた。


 それに一人一人の戦闘能力。


 一対一でギリギリ。二人三人となれば勝てないと断言できた。


(見つかったら、捕まる、よな)


 二区に来てみても、大本の原因は突き止められなかった。


 ならば一度四区に戻り、その時々に応じて何かあれば応戦を、なければそれでよい。


 後手に回っている自覚はあるが、それが久澄の限界であった。


(いつまでもここに居たら面倒くさくなるだろうしな……賭も必要か)


 この街に張り巡らされていると予想している未知のテクノロジー、萌衣から聞いた夜霧冷夢の話により使用を封じていた血と魔眼。


 だが冷静に考えれば、〈塔〉でかなりの立ち振る舞いをしたのだ。


 魔眼に封印漏れがあるかどうかも、洋頭を脅した時点で奈々美を通じて分かられている。


「………………」


 久澄は左目に意識を半瞬向けると同時に、心臓に眠る血の力を全身に巡らせた。


 またしても半瞬後、久澄の両の瞳が紅く光り、左の目に異質な雰囲気がまとわる。


 数百、数千と繰り返した動作は慣れたもので、空気中の電子を電気信号へ変換する作業は一瞬だ。



 五行三祿の自然色、雷の式、一式、雷駈。



 十五メートル程の背があるビルの屋上に跳び、そのまま四区を目指して跳躍し始めた。








 直線距離で進める屋上経由のおかげで四区にある自宅前まで約三十分で着く。


 五階建ての他校学生寮の屋上から飛び降りる。


 膝を曲げ、衝撃を吸収して着地。


 血と原視眼を解き正面を向くと、そこには一人の少女が佇んでいた。


「酸漿か」


「はい、酸漿奈々美です」


 いつもの遣り取り。しかし、雰囲気が違うように感じられた。


「久澄さん。少し、お話しが」


「……この状況についてか?」


「そうです」


 二人の間に流れる空気が張り詰めた。


「それで?」


「久澄さんは、〈聖人〉という存在を知っていますか?」


「ああ。まだ習ってはないが、教科書に書いてある文は読んだな」


「なら結構。この状況は、その〈聖人〉の一人、結神契により起こされています」


 奈々美の言葉に、久澄は目を見開いた。


「〈聖人〉って完璧な魔術側なんだよな。それがこの街を攻めてしまうって事は……」


「戦争になります」


 流石の久澄でも直接表現を避けた単語を、奈々美は淀みなく口にする。


「ですが、流石の上層部も、そこまでは望んでいません」


「……夜霧新、がじゃないよな」


 確定する口調には、疑惑の感が滲み出している。


「いえ、夜霧新、錠ヶ崎寧々両名がです」


 奈々美は、久澄の言をきっぱり否定した。


「先程、連絡がありまして。この争乱を利用して、どうにか魔術界をこちら側に引き入れたいそうです」


「だが〈聖人〉だろ? 科学と魔術の線引きを考える限り、動けるのは『マギ』の方々だけだろうけど……失礼ながら実力が足りない」


「冷静な判断、ありがとうございます」


「それで(・・・)?」


 いきなりの方向変換に、奈々美は首を傾げた。


「それで、とは?」


「何故俺にそこまで話した? 俺が知りたかったのは、この状況の原因だ。上層部の思惑なんかじゃない」


 奈々美は真剣な眼差しはそのままに、笑みを浮かべた。


 まるで、その答えに自力で辿り着いた事を思惑通りと感じているかのように。


 しかし、返しの言葉はない。


 まるで、決定的な一言を待つみたく。


 久澄の目が、奈々美の真意を計るために細まる。


 だが、笑み以外は全て、いつもの酸漿奈々美であった。


(このままじゃ埒があかないな……)

「分かった、乗ってやるよ、酸漿奈々美」


 シニカルな笑みを浮かべ、久澄は首に手を当てた。そのまま首を横に傾け、鳴らす。


「俺に、何をさせたい?」


 その言葉に、奈々美は笑みを引っ込めた。


「〈科学魔術〉というのはご存知で?」


「ああ。二重才能デュアルアビリティーと並んで難関とされている、けど理論上は発現するとされている特殊才能と魔術の雑種強勢だよな」


 久澄も笑みを引っ込め、自身の知識を開示する。


「正解です。なら、その発現者が居る事は」


「……知らない。居るのか?」


「はい。二ヶ月前に第三位の少女とだけ発表がありました。新たな可能性として期待されています」


 今の時勢に珍しく、ネット関連の機器を所有していない久澄は、奈々美から得た貴重な情報を脳に刻み込んだ。


「ですが、まあ、私は意外と深い位置に身を置いていまして、その人の名を知っています」


 ここからが本題とばかりに、奈々美の声のトーンが一段階落ちる。


「そして今回、結神契−−魔術側の狙いが彼女なんです」


 その話の流れに、久澄は先の展開を先読む。


「まさか、俺にそいつを救えと?」


「ええ。お願いします」


 奈々美が頭を下げる。折り目正しいとは言えないが、真摯な様子が伝わる礼であった。


「断る」


 だがその程度では、久澄の心は揺れない。


「言っておくが、俺は戦闘狂いでも自殺願望者でも、ましてや物語の主人公でもないんだ。身近な事を手伝うのはいい。だが、生死が関わってくるなら別だ。目的を達成したく、尚且つ助けたいなら、錠ヶ崎寧々さんを出せ」


 久澄の意見に、奈々美は顔を上げる。


 その表情に、変化はない。


 昼に奈々美は告げたが、この二人の思考回路は似ている。


 だから、ここで断られるのは確定された事実として予見していた。


 だが奈々美の上の人間。そして彼女の知的興味・・・・のために、引き下がるわけにはいかなかった。


 なのでジョーカーを切る。


 奈々美が持つ手札の中で、今最も効果のある言葉を。


 口にする。


「水城飛鳥。それが第三位の少女。つまり、〈科学魔術〉保持者です」


「あ? 何?」


 ズボンのポケットの中から、一枚の紙切れを取り出し、久澄に見せる。


 この街において、現在はまだ、最暗部に置かれているべき情報が写された紙だ。


「……冗談だろ?」


 そこに書かれた文を見て、久澄はその感情を吐露した。


 流動的な事柄をありのままに捉えられる彼の精神も、確証が持てない情報を前にすればそのような感情を持つ。


「冗談だと思うなら結構。ですが、その間に手遅れになっても知りませんよ?」


 奈々美の言葉に、久澄は不快感を覚えた。


 その方法に納得してしまった自分自身へだ。


 その感情をさらに広げるように、奈々美は次なるカードを切る。


「実は、我々は少し前から結神契が水城飛鳥を殺しに来ることを知っていました」


「何だと?」


「無論、何もしなかったわけではありません。わたし達が体育祭に勤しんでいる間に、『マギ』と結神契との接触はありました。結果は判断された通り、敗北」


 奈々美は敢えて久澄の怒りの混じった声色に反応せず、淡々と続けていく。


「それを受け、彼女の才能を発掘した夜霧裂氏が水城飛鳥を保護。しかし攻め込まれ、水城飛鳥を保護場所から逃がした。それが二区のビル爆破の真相です」


 久澄の知りたがっていた真実。だが、彼は首を横に振った。


「違う。それも知りたかったが、今はどうでもいい。俺が現在疑問に思っているのは、何で飛鳥をそんなギリギリまで放置していたのかだ」


 決定的な疑問を久澄は口にする。してしまう。それが奈々美の狙い通りだと知らずに。


「来るのが分かっていればもっと前から保護しろよ。〈科学魔術〉は新たな可能性だ。〈塔〉に匿わせる事も出来ただろう?」


「ええ、可能でした」


「なら!」


「けれどそれは、わたしには関係のない事です」


 奈々美のその言葉に、久澄の思考は白く染まる。


 認識はできている。彼の精神はそうなっているからだ。


 だからこそ、認識できているから、久澄は言葉を紡げなくなった。


 確かに奈々美には関係がない。だが、それとこれとがどう関わりがあるのかが理解できない。


 そのための、空白。


 それに滑り込むように、奈々美の『本質』が久澄の心を揺さぶる。


「人間の多面性のお話をしましょう」


 まるで童話を読み聞かせるみたいに、奈々美の口調は穏やかだ。


「人間には幾つもの顔があります。外用、中用、自分の裡に秘められた本質。両の手では数えられないくらいに」


 久澄には、その語り声が、何か禍々しいもののように思えてきた。


 しかし、奈々美の口は止まらない。


「その例に則れば簡単です。わたしとあなた。出会って二週間程しか経っていないのに、互いの全てを知っているはずがありません」


 今更ながら久澄は、こんなところで立ち止まらず、話を聞いた瞬間一目散に飛鳥の元へ駆けていくべきだった。


 だが不可能。既に呑まれているからだ。


 今の奈々美には、久澄すら呑ませる独特の雰囲気がある。


「先程わたしは、以外と深い位置に居ると言いましたね。これは誇大ではなく、現実的な意味で、一定の価値を夜霧や上層部に示せれば、わたし個人の意見を通せる程深く、重要性のある地位に居るのです」


 奈々美が言う地位とは、外部に居る情報源から得た情報を流す事で建築されたもの。


 それらを知らず黙って聞くしかない久澄の耳に、〈風紀委員〉や〈警備隊〉の行動音が届いた。


 ようやく四区にも人手が回せたという事だ。


 その音により、久澄の意識は奈々美以外にも向くようになった。


 そこで気付く。


 一瞬の動揺の隙を突き、事象改変にて意識を誘導されていた事に。


「酸漿、お前は……何がしたいんだ?」


 久澄は、根本的な理由を問いかける。


 多面性の話は理解できていた。


 同時に、奈々美はこうも言っていたのだ。


 −−わたし達は似ている、と。


 けれど、今の奈々美は、久澄に理解できなかった。


 矛盾が起きている。


 果たしてその疑問の言語化は正しかったのか。


 答えは、奈々美の表情を見れば明白。


「何がしたい……ですか」


 そこにあったのは、心底嬉しそうな笑み。奈々美のような性質の人間が決して浮かべる事のできないはずの感情である。


 久澄は、夏の日差しに熱せられた身体が、一瞬で冷えるのを感じた。


「わたしは『可能性』が見たいのです」


 告げる声音が、大きさを増す。


「人間に造られたわたしは、人間とは呼べません」


 無感情ながらも自虐が含まれた言葉に、久澄は否定の綺麗事を返せなかった。


「だからこそ、知りたいのです。人間の可能性を」


 奈々美の言葉の端々に、狂気が混じり始める。


「ヒトとは、どこまでやれるのか。その結果がどんなものであろうといいから、分かりたいのです。例え、その過程で誰かが死のうとも」


「酸漿」


 奈々美のその言葉は、久澄にとって聞き逃せるものではなかった。


「まだあなたには教えていませんでしたが、既に水城飛鳥と結神契の殺し合いは始まっています」


 戦いではなく、殺し合いと言ったところに、奈々美の本質が現れている。


「さて、間に合いますかね? あなたお得意の裏路地、屋根上を使おうと、四区と彼女達の居る五区の間にある距離は大きすぎます」


「酸漿!」


 興奮する口調な奈々美を、怒気の混じった声音で遮る久澄。


 だが、終わらない。


 成り損ないでも、ヒトの知識欲は無限だから。


「見せてください。あの時、〈塔〉にまで乗り込み、あまつさえ死者を生き返らせた久澄碎斗という人間の可能性を! さあ! さあ!! さあ!!!」

「酸漿奈々美!!」


 久澄は、その名を叫ぶ。


 彼は勘違いしていた。


 酸漿奈々美という人間を。自分との関係性を。


 奈々美は、闇に生まれ、闇に生きし人間なのだ。


 この街の−−夜霧の底は暗すぎる。


 その身に刻まれし記憶のはずなのに、救いと希望を知り、魔術師を圧倒する程の力を取り戻したがために、油断していた。


 だから、足下をすくわれる。


「……………………」


 沈黙の後、久澄の怒りが一つの形を取る。


 その拳が、握られた。


 そして−−





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 飛鳥は生死をかけた戦闘とは無縁の存在である。


 しかし、同時に武道家。


 先手を取る重要性を理解しているのだ。


 跳んだ飛鳥は、契の一メートル程手前に着地し、上体を捻る。


 その動きに羽が連動し、また羽自体も伸縮運動を行い、縦に薙ぐ動きとなる。


 契はどうにか驚愕を抑え込み、硬直した身体に回避行動を命じる。


 肩口を狙われた攻撃は、しかし上体を反らす事で避けられる。


 だが幾らかの遅れは否めず、上がった服の隙間に見える肌が軽く触れた。


 出血はなかった。超高温の火が圧縮された羽は、鋭い斬れ味を誇りながら、傷を一瞬で灼く。


 さらに、


「っ……!」


 浅い傷でありながら、〈聖人〉である契の表情が苦悶に歪んだ。


 朱雀の力を封入された羽には、傷を付けた対象の霊格−−魂そのものへダメージが通る。


 それに長年の経験で勘付いた契は、後方へ大きく跳び、コンテナの裏へ隠れる。


(チッ、そこに在る以上は認めざるを得ないわね。朱雀の別称は朱鳥。朱鳥は飛鳥時代の元号の一つ。魔術のルールは満たしているみたいね。私みたく直接的でないのは科学の手が入っているからか……っ)


 冷静に考えをまとめていたところに、爆音が入り込む。


 飛鳥がコンテナを壊したのだ。


 爆発したコンテナから様々な鉄片が飛び散るも、飛鳥は羽を盾のように動かし身を守る。〈聖人〉である契は、鉄片如きでは傷を負わないが、服が傷付くと面倒なため、その場から駆ける。


 その間も思考は続く。


(朱雀は南方を守護するもの。南側を背にしている時は力が上がるはず。……彼女が今向いているのが北だから力が上がっている状態ね)


 朱雀は一つの神。


 だが、神の子の力を一部しか使えない〈聖人〉の契が対等に戦えている。


 今の飛鳥は契から見て、その力を十全に発揮できていない。


 飛鳥は無意識どころか、意識的にも殺しを躊躇しているからだ。


(一回殺っちゃえば、次から意外とすんなり行けるんだけれどね)


 契の考えは、逆説的に一回目の重たさを物語っている。


(誰かにやらされたとかじゃなく、感情に任せてでもない。あくまで意識的にの一回目は辛い、か)


 契の初めては、確実に悪人認定されていた。それに当時は、誰でもいいから人を殺してしまいたい精神状態でもあった。


「まっ、私には有利に働くだけだし」


 そう結論付け、コンテナの陰から姿を現し、そのまま別のコンテナの表面へ跳躍。


 コンテナの表面を凹ませないように力加減をしながら、再び別のコンテナへ跳ぶ。


 それを繰り返し、ひし形の形に動いていった。


 徐々に速くなり、高速に近いスピードに囲まれた飛鳥の動体視力は、契の姿を見失い、身動きがとれなくなる。


 それを狙っていた契は、死角に入り、飛鳥に向かいコンテナを蹴る。


 ダイヤモンドをも貫く貫手。


 人の身を易々(やすやす)と抉る突きを左胸に向ける。


 スピード的にも、タイミング的にも回避は不可能。


 それで終わり−−のはずだった。


「っ! −−−−っ!!」


 飛鳥の意識の隙を付いたのに、彼女が背に持つ朱雀の羽が契の手を遮るように縦へ地面に刺さる。


 そのまま手を突っ込めば、手が灼ける以上に、魂が傷付き、意識を保てなくなるだろう。


 なので契は左に身体を捻り壁となった羽を回避。


 受け身を取りながら地面に転がり、そのままコンテナの陰へ。


 しかし契の姿を捉えた飛鳥が追撃。コンテナを切断。


 だがその裏には既に契は居らず、彼女の姿は上空に。


 遅れて気付いた飛鳥は上を向く。


 そこには空中かかと落としを行おうとしていた契が。羽をぶつけ対抗しようとする。


 横薙ぎの動きは、羽の横を通らせないための考えだろうか。


 だが、それが狙い。


 契のかかと落としは羽の手前ギリギリを通り、地面にめり込んだ。


 それを支えに契は突きを入れる。


 飛鳥の瞳はようやく契を捉えたところ。


 しかし、またしても羽が行く手を阻む。


(やっぱり)


 手を引き、後方に跳びながら、契は自身の脳内で疑惑が確証へ変わったのを感じる。


(あの羽は意思のようなものを持っている。それに水城飛鳥には、熱探知能力が備わった)


 そのため飛鳥の意識外にあるはずの攻撃を防いだり、一瞬の動揺もなく上空に居た契の姿を追いかけられた。(高速の動きには、感覚はついていけないようだが)


 それに、位置取りも上手かった。


 羽の特性を生かし、常に南方を背に立ち回っているのだ。


 これら全て、武道で鍛えられた感覚。


 厄介だと、契は正直に思った。


(なら−−)


 契の衣服の間などに仕込まれた小さな折り紙が、魔力を通され宙に浮く。


 その感じに不味いと感じたのだろう。飛鳥は迷わず跳躍。


「紙を結って神と結ぶ」


 しかし、何万と繰り返され、実戦でも使われた祝詞は人間の限界の速度で紡がれ、飛鳥が追いつく前に完了する。


 折り紙は輪を作り、結ばれていく。そこに大きな力が宿り−−そのまま契へ流れていく。


 神結び。結神家が結神家たらん魔術が、もう一つの用途で用いられる。


 〈聖人〉の力にプラスし、神の力の一端が宿る。


 ちなみに、〈聖人〉としての先天性の力では魔力の量が多いわけではないので、魔力を解放するための起動文言を必要としない。


 後に外付けとして魔力を高めれば必要となってくるが、契の場合は結神の祝詞という血縁に依存する魔術が存在したので、それ以外の魔術を習得する器が足りず、魔力そのものを異常に上げる必要性はなかった。


 そのため、戦闘では一歩速く出れる。


 じしんを媒体に神と契を結んだ役目を終えた折り紙は、焼き切れ風に舞う。


 その風である契は、そんな滓には目もくれず、目の前の光景に対応する。


 迫る朱雀の羽を高速で横に逸れ、かわす。


 そして飛鳥が着地したところで、その足場を蹴り剥がす(・・・)。


 契が地面を踏みつけると、そこから前方の半径五メートルの地面が乖離したのだ。


 土砂利コンテナと共に宙に舞う飛鳥。羽を動かし、南方を背に軌道修正しようとしているところに、真横まで跳んだ契が高速の蹴りを入れる。


 使用状態の羽では自動反射の壁として反応できないようで、そのまま直撃。


 肉がひしゃげ、骨の砕ける音が響き、飛鳥の姿が消える。


 次の瞬間には、遙か彼方のコンテナにめり込む少女の影が見受けられた。


 様々な要因が絡みついているが、単純な死が思い浮かばされる光景である。


 契も、疑いようのない手応え、否、足応えを感じていた。


 危なげなく着地し、自然界に暮らす民族をも越えるであろう視力で飛鳥の姿を見る。


 契の瞳には、見るも無惨な、女の子だったものが映し出されていた。羽は、無論消えている。


 契はその姿に目を瞑り、黙祷をする。


「ぅぁ」


 だが、契の耳にほんの微かな、それこそ瞼を閉じる事で他の器官の感覚が敏感になっていなければ気付けない程小さな呻き声が届く。


 眼瞼を開くと、そこには、赤き炎に身を包まれた飛鳥の姿が。


 そして。


 契の感情に驚きが去来している間に、その炎は消え、同時に、飛鳥の傷も消失する。


 まるで、先程の光景が見間違えだったように。


 だが制服に付いた決して少なくない血液の跡が、それが現実だったと教え込む。


 一体何が、と思っていると、再び赤い片羽が右肩に顕現する。それは少し縮まっているように見えた。


 そして、熱気が契の肌を刺し、太陽の如き光が目に入る。


 それが感じられた上空に目を向けた。


 そこには、抜け落ちた羽の形をした赤き刃が、契目掛け迫っている光景があった。


 しかも、高速や音速でも物事を捉えられる目を持つ契でも、認識できない程の数で。


 契が視界に収める空中の全てを覆う赤は、一種の神聖さを宿していた。


 羽が小さくなっていたのは、このためだろう。


 一枚一枚が霊格を傷付ける羽に囲まれ、しかし契の表情に余裕は消えていなかった。


「ちょこざいよ!!」


 吼え、空中を蹴り回す。本気で。


 外側から見た契の行動は、ゆったりとしたもの。


 だが、逆。


 あまりにも速すぎて、遅く見えているだけだ。


 実際には、高速を超える音速にて、空気をかき混ぜていた。


 空気にも摩擦はある。


 だが、それを可能にするには、様々な弊害が存在するはずだ。


 例えば、物体が音速に近付けば近づく程生じる空気の壁。


 だが、それすらも契は力で無理矢理蹴り飛ばし、混ぜたのだ。


 その結果、空気の流れは契の思い通りになり、羽は彼女を避け、見当違いの場所に刺さり、そこを灰とする。


 無機物であろうと、お構いなしだ。


 そこに何か、違和感を覚えたが、それを明確な形とする事は叶わなかった。


 何より、別の案件が目の前にある。


(水城飛鳥が生き返った? −−いや、まだ死んではいなかったから、再生したか)


 再生となれば、納得できた。


 広義において『火』とは、再生の意味を持つ。これは、様々な宗教でも受け入れられているため、契も遍在する概念として承知できたのだ。


 ただ、そういう普通を見せられ、契の顔が不快そうに歪んだ。


 胃の底から湧き上がる気持ち悪さ。そのような感情を持ちながら、それでも頭は冷静に回る。


(再生するなら、即死まで追い込む)


 明確な作戦を再設定した契の行動は、速かった。


 彼女の姿が消える。


 否、駆けてきていた飛鳥横へ残像も残さず、目にも留まらぬ速度で跳んだのだ。


 そして背中めがけ、蹴る。


 空気の壁を壊しながら進むその威力は、全ての臓物を外へ抜き出すものだろう。


 飛鳥が背を向けるのは右、つまり東。


「朱雀が守護するは南方。そこから離してしまえば力は半減するのよ」


 ドップラー効果を起こしながら確証を含む口調で契は断ずる。


 南を背に守っていた時でさえ、ただの〈聖人〉と同等だったのだ。神結びの混じった今の契を、東を背負う飛鳥が勝てるはずもないからだ。


 そう−−そのはずだった。


 契の蹴りに合わせるようにほぼ同じスピードで振るわれた羽。だが、契は軌道を変えない。


 今の彼女の足には、事象改変が纏われているからだ。


 現在の契が出せる改変力ならば、弱体化している朱雀の力を弾き、その肉体へ届く。


 音速と音速。それは、一瞬にも満たぬ時間で、接触。


 結果は、火を見るよりも明らかだった。


 片方は俯きその相貌を伺わせず、もう片方は苦痛のためか顔を嫌な汗で濡らし、崩壊させていた。


 前者は、飛鳥。後者は、契。


 止まった契へ追撃を仕掛けようとする飛鳥。


 それに気付いた契は痛みを無視し、空中に舞うを手で取りながら後方へ。その距離は、五百メートル。


 まだ無事なコンテナの裏に身を置き、湧き上がる疑問を横にどかしてベルトの裏から小さな文字の書かれた指と同じくらいの長細い白紙しろがみを取り出す。そして、回収した足を灼き切られた傷口に押し付け、白紙をそこに触れさせた。


 ミチミチ、と生理的に受け付けられない生々しい音が出、修復不能だったはずの足が元通りに。


 両足で地を踏み、考えをまとめる時間を稼ぐため、音速で北側へ一キロ跳んだ。


 戦場と平和のギリギリの境目にあるコンテナの陰に息を潜め、契は性急に思考を始める。


「半減してあの力なの!?」


 飛鳥に熱探知能力がある事を鑑み、感情を脳内で回すのではなく、言語化をする。


 絶対的な自信を持った攻撃の結果、理解不能な現象で足を跳ばされた心理的恐怖から、契の考えはしどろに。


「いや、朱雀の翼は火。火が司るは右方。彼女の右肩から出ている。右肩と右方を掛けて……違う。そもそも中国の五行と四大属性を一緒にする事自体が間違った話で……でも」


 歯をカチカチと震わせながら、契は一つの疑問を反芻する。


 それは、細かい羽と化した霊格殺しの刃の時。


 あらぬ方向に刺さった羽は、石を灰にしていた。


 だが、石を灰にするにはかなりの高熱を要する。


 飛鳥が生やす朱雀の羽から、そんな温度は感じられなかった。


 もしそれ程の熱を持っているのなら、飛鳥が耐えられるはずもなく、もし飛鳥が何かしらの庇護にあっても契が接近戦に持ち込めない。


 例え、あの羽の状態でその温度まで上がったのだとしても、やはり契が感じる。


 なら、何故か。


 可能性が、一つだけ。


 八百万と呼ばれる概念がある。


 神道−−伊耶那岐命イザナギノミコト伊耶那美命イザナミノミコトで知られる日本神話の考えだ。


 万物には神が宿る。


 この通り、川の流れから山の脈動。道端に落ちている石ころ(・・・・・・・・・・・)にまで神が宿るとされている。


 そして、飛鳥の羽は、霊格そのものにダメージを与える。


 それが神格にまで上がろうと、朱雀自身が神なためおかしくはない。


 だが、朱雀在する中国と八百万の日本とでは、領分が違う。


 神話圏が違えど効果は発揮するが、通常・・の場合では日本では日本の神話が優位に立つ。そういう風に、世界はできている。


 なのに、あの羽は分裂した状態で一瞬に神を滅ぼした。神格が違うとはいえ、それは恐れるべき事だ。


 もしそれらの考えが事実だとしたら−−。


「〈科学魔術〉は、最悪全世界の敵足りえる」


 国境や宗教関係なしに滅ぼせるのはもちろん、八百万の考えを無理矢理引き出し、どんな厳重に守られた場所ですら壊す。


 魔術だけでなく、科学すらも敵とする。


 その在り方に、吐き気を覚えた。


 と、そこで殺気・・が肌を刺した。


 長年の経験から、左へ低く流れ跳び、コンテナから離れる。



 次の瞬間、先程まで契の居た場所を巻き込んだ横薙ぎの一線が走った。


 飛鳥が追い付いてきたのだ。その顔は、未だ俯き見えない。


 それよりも。


 契は攻撃ではなく、飛鳥を視界に収めながら跳躍し、逃げる。


 そして、今なお向けられる殺気に違和感を覚えた。


「何で彼女から殺気が?」


 考えのまとめ易さから、言語化はそのまま。


 契の疑問通り、飛鳥から殺気が出ているのはおかしな事だ。


 殺気とは、殺す気と書く。そして、本当に人を殺した者にしか殺す気など形にできない。


「………………! まさか!!」


 契の中で点と点で散らばっていた事象が、その事で一つに繋がった。


「これが科学の混じった魔術の成果!? 世界に対する冒涜であるし、何より彼女を大きく汚す行為よ!!」


 そして、怒りを含み、天に吼える。


(今の彼女は、羽に操られている状態……いや、羽の意志が気を失っている水城飛鳥の代わりになっているのか)


 既に考えはまとまっているため、それは脳内で。


(再生したのはあくまで肉体だけで、意識は未だに闇の中)


 冷静に、されど熱く、並べていく。


(そもそも、中国側である朱雀に八百万が引っ張れるはずがない。何かなければ)


 的確な理由を。


(それが彼女ってわけね。水城飛鳥は武道をやっていたわ。神棚でも何でもいい、道場に神道に繋がる何かがあれば、無宗教である彼女を染める事ができる)


 契の考えを簡単にイメージするなら、飛鳥は無色で神道は有色だ。そして神話の力とは、目に見えない形で漂っている。


 だから道場に何かあれば、毎日のように顔を出している飛鳥むしょく神道ゆうしょくに染まってしまうのは自然の摂理。


 もし飛鳥が神道以外の宗教を信じていれば、それは色の混ざり合い。飛鳥が信じていれば信じる程、身にまとう色は濃く、他を寄せ付けない。信仰が薄ければ呑み込まれ、心持ちはどうであれ力は神道に寄るのだ。


(彼女はあくまでアダプター)


 契はそこで口を開く。決定的な言葉のために。


「〈科学魔術〉とは、魔術の良いところだけを無理矢理引っ張り、一つ神格の中に詰め込んだ、全てに対する冒涜」


 そう、全てに、だ。


 つまり。


「水城飛鳥ですらパーツに過ぎない。彼女は……被害者だ!」


 その答えが正しければ、全てがひっくり返る。


 本当に〈科学魔術〉は偶然飛鳥に発現したのか。


 全部、手の平の上なのではないか。と。


 だが、事前の情報が違う契の思いは別のものだった。


 −−この戦いには、正義がない。


 −−お互いに守りたいものすら、用意されていた。


 −−夜霧によって。


 それは最早、戦う意味がない事を示していた。


 ここで飛鳥を殺そうと、また次が出てくる。


 だが、もう引き返せない場所まで、情勢は動いている。


 互いに矛を収める理由はあれど、権利がない。


 だから。


「−−ふぅ」


 立ち止まり、息を吐き出す。


 そして唱える。結神契が結神契たる祝詞を。


 敵地なため明かす事の躊躇われた、本当の力を。


 紡ぐ。


「紙を結んで神と契り、紙を千切って神と結ぶ。」







 強大や広大なわけではなかった。ただそれは、全身を裂くような感覚の力の奔流だった。


 それに、炎火の中に沈ずんでいた飛鳥の意識は覚醒した。


「何……が?」


 奇妙な感覚に、飛鳥はすぐに目で見て、眼で視る。


 視力としては捉えられなかったが、熱探知能力にて三百メートル先に結神契が居るのを視認した。


 そして、自分の置かれている状況を目と触覚を使い確かめる。


 まずは己が身。白色のセーラー服は鮮血に染まり、赤色の奇抜なファッションとなっている。傷口こそ再生の火にて塞がっていたが、その代償に羽はスカスカにである。外面は取り繕っているが、内面に包容する力はないに等しい。もう再生は、できない。


 そして不幸にも、今の自分は南に相対していた。


 南の守護を担当する朱雀は、南を正面にした途端、力を半減させる。


 万能、故に外法扱いされている〈科学魔術〉だが、一つの制約が存在するのだ。


 それは発現者に全部依存すること。


 飛鳥で言えば、朱雀、火、赤、彼女の染まっている宗教がそれに当たる。


 全てを司れるわけではないのだ。


 確認をし終え、再び契を視る。


 そこには手にあたる部分で繋がった人型の白い折り紙が契を囲うように彼女の足元から幾つも現れ、螺旋を描き彼女の姿を隠していっていた。


 そこから発せられている力−−魔力−−に、無意識のうちに一、二歩後ずさる。


 その間に人型折り紙は、まるでメリーゴーランドみたいな回転を起こし始めた。


 渦巻くそれは嵐を思わせ、数秒経つと静止する。


 そして、人型折り紙は黒く染まり、崩れ落ちた。残り滓すら消え去る。


 飛鳥は当惑を隠せなかった。あれ程感じられてた力が消えたからだ。


「あら」


 ただ。


「目覚めちゃったの?」


 何かが違った。


「ボク(・・)の事、認識できているか?」


 具体的に何が違うかと問われれば。そう。


「結神契だよ」


 全てが−−。






 一人称こそ変わったが、契の性別が変化したわけではもちろんない。


 スレンダーながらも、出るところは出ている。


 けれど、雰囲気というのか。それから女性らしさや何か当たり前の在り方が消えていた。


「魔術のルールって知っている?」


 その声は艶めかしく、普通の声量なのに飛鳥の耳によく届いた。


「けど確か、この街では高校生から魔術師について扱うんだっけ? なら知らないか」


 契が自己完結した通り、この街では高校生になりようやく魔術について扱う。


 中学生である飛鳥は無論学んでおらず、朱雀や自身にまつわる神話については自主的調べた結果だ。(戦場に出される事は想定されておらず、夜霧裂からは何も教えられていない)


「魔術師が使役する魔術は、自分の名に縛られる。鍵鑰けんやくの錠ヶ崎寧々が鍵と錠の魔術を使うようにね」


 語りながら、契の意識は自分に向いていないように飛鳥は思えていた。


「名は体を表す。これが全ての真理さ」


 それ故、人口魔術師である酸漿菜々美は契に魔術の方式を無視した存在と表されていたのだ。


「そしてボク、結神契は神と結ぶ事で神の力の一部を引き出す事ができ、幾ばくかの代償と引き換えに神と契り、神の魂−−つまり神の力である擬似神格をこの身に降ろす事ができるんだ」


 そして、と一息分挟み、


「紙を媒体に神と結び、擬似神格を降ろすパスを創るのだが、それをボクは無理矢理千切る事ができる。その際には、神殺しの権能−−本物の神格を一時的とはいえ宿す事が可能なんだ」


 それが結神契の扱える魔術。


 しかし神と言っても、様々な宗教がある事から解る通り、それこそ八百万存在する。


 それに、幾ら魔術界においての特殊体質である〈聖人〉であろうと、神を受け入れる器には限界がある。


 いけて、神の眷属の眷属の神格が限界。


 だが、それでも人の上位に在る事には変わりない。


 飛鳥の疑問への答えは単純だ。渦巻いていた力は、契の血肉となり、そこに在るのが当たり前のものへ変化していたのだ。それでも、魂である霊格は神格へと昇華したため、雰囲気が人のそれとは変わって感じられたのである。


 また、神というのは見た目で性別を判断できない存在であり、両性として描かれる事も少なくない。だから契は、どちらとも取れる一人称を使い、共通点を作り出し存在を安定させているのだ。


 契の説明から、そこまで辿り着ける程の知識と頭脳が飛鳥にはあった。


 そのため、契の説明がどれくらい重要な意味を持つのかも理解できていた。


「何で? 何でそんな大切な事を説明してくれたの!?」


 飛鳥自身届くとは思っていないが、それでも叫ばずにはいられなかった。


 実際にその声量は、百メートル先にギリギリ響く程度のものだった。


「そんなに声を荒げなくても、聞こえるわよ」


 しかし契は、言葉通りうるさいと感じているように耳を塞いだ。


「簡単な話よ。この戦闘を見聞きしているであろう誰かさんに宣戦布告するため」


「?」


 飛鳥は理解できず疑問符を浮かべる。


 だが契自身、飛鳥に向けて語ったつもりはなかったので無視する。


「それじゃあ、始めますか」


 あくまで平坦で、ありふれた日常を過ごすような声音。


「ボク達は、地球に巡る・・・・・・を利用するがために全てから忘れ去られる事を良しとした存在だ」


 次の瞬間、何が起こったかと言えば、契が消失した。高速で移動したとかでなく、その存在が。飛鳥の熱探知でも確認できず、羽も標的を見失い所在なさげに蠢いていた。


 契が呟いた言葉を体現するように、世界から忘れ去られたみたく。


「けれど、それでは駄目なんだ。のらりくらりと世界に溶け込んでいるようじゃ。責任は負えない」


 としかし、いきなり前方に契らしき体温が生まれ、その人物に飛鳥は蹴られる。


 ただ、その蹴りは殺しに来ているものではなく、ふわりと軽く、転ばせるようなものだった。


「何が……?」


「八百万の神々が分かり易いかね」


 飛鳥の呟きに、契は憐憫の目で見下ろしながら答える。


「神はどこにでも居る。だから、どこにでも在れるんだよ」


 さて続きだ、と契は優しげな表情を崩さずに囁く。


「この状態になったんだ。名乗らせてもらうよ」


 罪を背負うために、と薄く笑みを浮かべ、


「結神契。渾名は[聖神子]」


 契は右手を掲げ、その手を手刀の形にした。


「あなたは可哀想な子。だからおこがましいかもしれないけど、今のボクは神様だから、君を救わせてもらう」


 その行動から想起される救いに、何も分からず、けれど本能的に嫌だ、と飛鳥は口にしようとしたが、全身が震え声にならなかった。


 けれど諦めきれず、最後の反抗として、飛鳥は拳を強く握り締めた。


「せめて……痛みなく安らかに逝かせてあげる」


 そして−−


「さようなら、飛鳥ちゃん」


 −−鮮血が、舞い散った。


 景色が大きな流動をしていく。


(ああ……)


 これが、自分の選択の結果なんだと理解させられる。


 涙は零れなかった。二度と思い違いなどしないように、現実を受け止め、刻み込むように。


「そう……だよね」


 飛鳥は過去を思い出す。


 いつだってそうだった事を、何故忘れていたのか、いや、あまりに当然だったがために意識すらしていなかった事実を。


「そう……だったよね……」


 息も絶え絶えに、掠れた声でそれを口にしていく。


 世界は非情だ。ちっぽけな人間の抵抗など、大きな力の前では無意味だと嘲笑われるくらいに。


 だからみんな選択をしない。


 自ら選び、頑張って頑張っても、先には何も無いと思い知らさせれているから。


 だが、それでも。


 抗う事に意味はある。


 それにより、ヒーローや主人公が駆けつけてくれる程、世界は優しくない。


 けれど、確かに生きているという爪跡は残せるのだから。


 その傷跡は波紋を呼び、一つの結果を導き出す。


 世界は無情で、涙を流して見る事から逃げ出したくなる時もある。


 それでも飛鳥は、訪れた現実に、涙を流さなかった。流す必要がなかった。


 飛鳥の心は今、温かな喜びに満ちているから。



 あの平穏だった日々のように、手を伸ばせば届く位置にが現れてくれた事が嬉しかった。


 世界は残酷かもしれない。


 けれど、それでも飛鳥はしっかりとした声で言える。


 希望はある、と。


 だから飛鳥は叫ぶ。その当たり前だったその言葉を。


「お兄ちゃん!!」


「ああ、遅くなった、アス」


 彼−−久澄碎斗は、飛鳥を安心させるような優しくも力強い笑みを彼女に向けた後、正面に向き直る。


「さて」


 その表情は、見る者をこごえさせる程無機質で。


「どこの誰だから知らねえが」


 その声音は怒りを共に。


 飛鳥の一番信じる者が、彼女を背に護るように立ち、冷たく宣言する。


「お前、人のに手出しといて、ただで済むと思ってないよな?」


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