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ファクターズ  作者: 綾埼空
二話 体育祭
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水城飛鳥 Side4

「ここなんてどうです?」


 日本支部に来たばっかりだと言ったアルニカを連れてきたのは、三区の外れにある起伏の激しい芝山のある場所。


 桜の木々が多く、春なら美しい桃色を求め多くの人が集まるのだが、体育祭がある事もあってか誰一人として居ない。しかし、まだ八月。夏の強い日射しから人の身を守るくらいの葉の量があった。


「ちょっと待って……うん。いいかも。特にあそこなんか」


 目を少し細めたかと思うと、アルニカは来た事のないはずなのに慣れた様子で歩み出した。


「ちょっと、アルニカさん!?」


 空の操手の事を知る由もない飛鳥は、驚きを隠せない。アルニカが歩む方角は、飛鳥が一番良い場所だと思っているベンチがあるところだったからだ。


 そして一山越え、二山目の山頂で、アルニカは足を止め、背伸びした。


「んーんっ、見晴らしいいわね、ここ」


「ええ……まあ」


 二人の眼前に広がるのは、青い空と芝生の緑。さらにその奥の白や灰色、クリーム色の建物や流れる人の波。


 緑がある場所は多々あれど、人の手が入る事を許されている二つだけの土地のうち科学の最先端である日本支部にて、このように一部とはいえ街を見渡せる程の自然がある場所はここしかない。


 武術を嗜むためか、こういうありのままで落ち着ける空気を飛鳥は好んでいたので、入り口までは案内したのだが、


「あの、アルニカさん」


 合理的でない、私事の入っている質問なためか飛鳥の声は遠慮がちで小さい。


「なんでこの場所が分かったんですか?」


「ん? んー……」


 返答に悩むアルニカ。空の操手の事を話せる訳もなく、また魔術とはベクトルの違う魔法の話もできない。


「……勘?」


 結果出たのは、そんな疑問系。


「勘、ですか……」


 表情は動かさないものの、瞳に呆れの色が浮かぶ。


「まあ、いいです。分かるからって何がどうとかではないので」


「そう。なら食べましょ。実はバイトのお昼休憩で出てきただけで。これから忙しくなるそうだから」


「そうなんですか。では座りましょう」


 ベンチを指差す飛鳥。


 座り、アルニカは手提げカバンからタッパーを幾つか取り出し、用意してあるプラスチック製のマイ箸から二セット抜き、片方を飛鳥に手渡した。


「ありがとうございます」


「いーえ。さて、いただきましょう」


「いただきます」


 手を合わせる飛鳥を見て、アルニカはタッパーの蓋を開けた。


 二人の鼻腔を焦げた醤油の匂いが通り抜ける。


(いい香り……けど)


 飛鳥が嗅いだのは、また別な匂いだった。しかもタッパーのような密閉された容器から、香りが漏れるはずがない。


「もしかして……これかな?」


 疑問を表情に出していた飛鳥へ、ラップに包まれた白い粉を見せる。


 そこからは、何とも言えぬいい匂いが漂っていた。


「これです。けど、何です、これ?」


「野菜を乾燥させ、粉末状にしたもの。野菜に限らず食材の殆どは乾燥さしたら旨味が凝縮させるの」


 適度な温度、日射し、風で作られる乾物だが、空の操手の手にかかれば自宅でできる簡単料理の一つになってしまう。その力でかなり楽をしているのに奈々美に注意する。持っている才を使うのが日本支部とはいえ、何とも微妙な話だ。


「へぇ〜」


 そんな一つの日常を知るわけがない飛鳥は、素直に感心していた。


 変革の7日間にて理想の環境を手に入れた地球だが、科学や忙しく流れる毎日は変わらず尖っていき、次第に時がかかり美味いものより、短く簡単に食べられるものの方が好まれていったため、乾物産業はあまり活発ではない。


 そんな事情でスーパー等で見かけても、実際に注意して見たり嗅いだりするのは初めてで、興味が向くのも無理はなかった。


 その様子を微笑ましいと思いながらも、時間がないのは本当なためラップを開き、中の粉末をタッパー内の野菜炒めに振りかける。


「さあ、食べちゃいましょ。いただきます」


 手を合わせてから、アルニカは野菜炒めを口に運んだ。


 それに倣い、飛鳥も急いで箸を動かす。


「あっ、美味しい」


 処分ぎりぎりの野菜だからか少し苦味があるも、焦げた醤油の風味がそれを旨味に変えていた。それに運動をした身体に塩分は嬉しかった。


(けど、それだけじゃない)


 飛鳥は確かめるように、野菜炒めを再び一口。


 この野菜炒めには、噛んでいくうちに染み出る出汁のようなものがあった。それが一層美味さを引き立てる。


「凄いでしょ、乾物」


 飛鳥の思考を読み、アルニカは笑顔でそう告げた。


 本人は気付いていないが、飛鳥は感情が表(面)に出やすいため、考えを読むのは簡単だったりする。


「……はい。できるだけ料理はしますが、このような食材があるとは知りませんでした」


 しっかり飲み込んでから、飛鳥は感心したように言う。


 飛鳥が料理に関心のある人間だと知り、アルニカはそちらの方面で話を進めていった。


 久澄らへんなら「うざい」などと判断しそうだが、勉強家な飛鳥は逆で、むしろその話にめり込んでいく。


 タッパーが空になってからも話は続き、同い年だと知り飛鳥は驚愕したりと、有意義な時間が過ぎていく。


 楽しい空気では時を忘れると言うが、体内時計があるアルニカはしっかり時間を把握しており、お昼休みの終了が来たのを察する。


「さて」


 その一言で空気は壊れ、飛鳥も冷静な思考を取り戻す。


 他者の事を慮る性質から、すぐに時が来た事を察し、立ち上がる。


 片付けは終えられているため、アルニカもベンチから腰を上げた。


 と、そこで飛鳥のポケットからメールの着信を知らせる音が響いた。


「ごめん、ちょっと見るね」


 同い年という事で気軽になった口調で一言入れてから、飛鳥はスマホを取り出し、メールを確認する。


 差出人は、夜霧裂となっていた。


『大事な話がある。二区の研究所まで来て。冷兎には許可を得てる。

 返信はなし。メールも削除しないで』


 語り口同様性急な内容だが、裂からの連絡は、毎回特殊才能関連。しかも、電話やメールでは伝えられない何か。


「……ごめん、アルニカ。ちょっと行かなきゃならない所ができた」


「いいわよ。じゃあ、またね。たまにはバイト先に来てね」


 今日できた友達に手を振り、飛鳥は第二区へ走り出した。


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