二話 序章
木々。その一本一本がまるで生きていることを喜んでるかの如く青々と茂っている。
その中で一組の男女が歩みを進めていた。
「ねぇ、もし元の世界に戻る方法を探したいなら直接王都、もしくは王都領地のプルフェスタに向かうべきだと思うよ」
少女が一本一本が宝石のよう輝く金色の髪を靡かせ語りかけてきた。
「そうなのか?」
「ええ。だって世界の中心よ。蔵書数も半端じゃないわ」
慎み深い笑みを浮かべ答える。
「へぇ〜、そうなんだっと」
言葉を不自然に切ったのは目の前に魔物が居たからだ。
しかし、
「何構えているのよ。あの程度ならもう襲ってこないわよ」
同行者の少女は落ち着いた様子。
何故なら、
「もう、主様の影響は無いのだから。昔のような平和な森よ」
魔物が、この世界が狂暴化した事件は解決されたからだ。
今、恥ずかしくも武器である木刀を構えている少年によって。
その少年の姿は特に特質したものは無く、無理矢理に絞り出すのなら感情を写さない冷たい瞳をしている点のみ。
「昔のようにね……か」
少年の記憶にはその平和な森とやらは存在していない。
記憶喪失、では無い。
少年は異世界人だからだ。
何故森に居るのかを説明するには約二時間前に記憶を巻き戻さなければならない。
−−二時間前−−
何故か起きてまもなく村長宅に連行されていた。
悪いことをしたつもりはない。
まさか昨日アルニカと一緒に居たことがあの老人の怒りに触れたのか。
そんな事を考えつつ連行されていた。
一階に投げ捨てられていた本は何時の間にかに片付けられていた。あの量は一日二日では片付けられないと思うのだが。
二階に連れて行かれ拘束が解除された。
連行してきた人は解除するなり外に出て行った。
普通に呼んでくれれば来るのにと思いつつ待つこと数分。
階段を上って老人と男性が現れた。
「待たせたのぅ」
「いえ、おはようございます。村長、ブレイクマスタードラゴンさん」
「そんな堅苦しい名で呼ぶな」
言ったのは男性の方。
「ブレイクでよい」
「分かりました。昨日振りですブレイクさん」
「ああ、そうだな。どうだ左目は」
「今のところは何も」
ブレイクは「ふむ」と頷き口を閉ざした。
「今日此処に来てもらったのはあれじゃサイト。村を出て行く件についてじゃ」
「はぁ、一応今日にでも出るつもりですが」
「うむ、止めはせん。お主にはお主の世界があるものな。ただ少し同行者を付けさせてはくれんか」
「同行者……ですか」
「来てもよいぞ」
階段を昇る音が響く。
「何、何で私連行されているの。ちょっと」
金髪の少女アルニカが長身細身のモデル体型な女性に担がれ連行されてきた。
割れ物のように丁寧に降ろす。
「ご苦労じゃった」
それに女性は軽く一礼し、出て行った。
「ちょっとお爺ちゃんどういうこと」
「何、儂の目下の悩みを解決しようかと思っての」
「目下の悩み?」
「アルニカ、お主は世界を知らなすぎる」
「知っているわよ」
「知識で、じゃろ。じゃがよくない。それだけでは駄目なんじゃ」
「そういうことですか」
余りに予想通り過ぎて思わず口に出してしまった。
「すいません」
「いや、よい、続けてくれ」
「つまりアルニカを同行者として連れていけという話しですよね。そうすれば世界を見てこれる」
「正解じゃ」
「けれど自分にはメリット無いじゃないですか」
「いや、ある。お主、無駄だといい地図帳を見なかったじゃろう」
「……貸していただければ」
「貸すと思うか?」
「思いません……」
「えっ、ちょっと。話しが見えてこないんだけれど」
今まで置いてかれ気味だったアルニカが口を開いた。
村長がやれやれといった感で告げる。
「じゃから、お主はサイトと一緒に世界を廻ってくるのじゃ」
これが嘘偽りのない経緯。
反論は悉く潰され二人とも仕方なく同行しているという感じだ。
「それに王都に行けばギルドもあるし」
「ギルド?」
「知らないの? 依頼を受けて世界を飛び回る、貴方の目的に合いそうな話なのに」
「知らなかった。そんなのがあったんだ。」
「うん。王に認められたギルドなら国家秘宝級の物品の閲覧も許されるし。勿論、本だってある」
「じゃあ、有名どころに入れば」
「話しは早くなるわね。けれど最近は……」
ふと、憂いを含んだ暗い表情を浮かべる。
「どうした?」
「最近そうゆうギルドが潰される事件が起こっているの。だから有名どころは新しいメンバーを入れることを拒絶しているの」
「そうなのか。なら友好的なギルドを探すしかないな」
敢えて前向きな考え方をする久澄に、似合わないと思い笑いかける。
「……そうなっちゃうね」
しかし流石に失礼だと感じたのか、表情筋をフルで使い笑みを抑え込んだ。
少年はその努力に気付いてはいたが、特に思うところも無く、不自然にならないように言葉を続けた。
「ああ。それにしても後どれくらいで着くんだ?」
「分かんない。まずは森を抜けて、その後に街道を進んでやっと着くからね」
「そんな遠いんだ」
「嫌になっちゃうわよね全く」
会話することもなくなり沈黙が始まった。が、この二人には気まずい沈黙は存在しない。
気付いたのは、日も傾き始めた頃だ。
「思ったんだが、俺がそこら辺走り回ってその後アルニカの事お姫様抱っこして行けば速いんじゃないか?」
あの力の原理は簡単に説明してある。
それにアルニカは恒例(?)の赤面をし、頭を振った。
「何考えているのよ。そんな恥ずかしい事出来るわけ無いじゃない」
「このままじゃ一生着かないよ。なら恥ずかしくても」
しかし久澄は、真面目な表情を作り正論を返す。
「うぅー、分かったわよ。準備してきなさい」
渋々な感は強かったが承諾を得て、久澄は全速力で走った。
心臓の動きが早まる。血が巡る。
徐々に人としての限界を越え始めたためアルニカの元へ戻る。
「準備できたよ」
アルニカにとっての絶望の宣告をする。
「分かったわ。じゃあ荷物頼むわね」
長旅になるだろうと渡された木の繊維で編まれた剣道袋のようなバッグ。
自分のと合わせ肩に掛ける。(因みに木刀はアルニカに持ってもらう)
背中と膝下辺りに手をかける。
「じゃあ、行くぜ」
久澄は駆け始めた。
常識だが心臓は緊張でも動きが早まる。
運動による負荷と緊張が掛け合わされたら一体どうなるのか。
その結果この方法を始めてから一分足らずで一蹴り十メートル進めるまでになった。なっただけで、アルニカが居ることを考え、実際は五メートル程しか進んでないが。
「こうゆう落ち着いた時にこれを体感すると気持ちいわね」
俺は遊園地のアトラクションか何かかというツッコミは心の中だけに留め、久澄は一蹴り一蹴りに集中した。
一蹴りを一秒と考えると一分で三百メートル進んでいる計算になる。
更に走りでなく蹴りなので体力をあまり使わない。
その計算で行くとフルマラソンを約一四〇分で走り終わる計算になる。
何が言いたいかというと久澄は実際に一四〇分間駆け続けたと言いたいのだ。
其処まで駆けやっと森の出口が見えてきた。
一つの世界の名を冠するには狭い距離だな、と思った。
アルニカは眠っている。木刀は魔法を使っているのかアルニカに引っ付いていた。
今日は此処でキャンプをとることに決めた。
流石に身体と心臓が限界だ。
キャンプセットは預かっている。
それを決して馴れた手つきとはいかないが、危なげ無く二人分組み立て寝ることにした。
ご飯を食べる元気は久澄には残っていなかった。
木漏れ日がテントを照らす。
当然か、まず目を覚ましたのはアルニカであった。
余談だが彼女が早く寝てしまっていたのは昨日は強制的に起こされていたからである。
アルニカは自分が寝ている場所を見て今までの事を認識する。
(そっか……私寝て)
起き上がり魔法を解除した。
アルニカは着替えを始めた。
木の繊維で作られた膝までのパンツに同素材のカーディガン。
カーディガンの内側から木の槍を取り出し、テント脇に置かれたカバンの中から今日着る予定のコート、短パンを取り出す。
其処で気付く。荷物の中からテントを出したという事は衣類諸々を見られたという事だろう。
「………………」
少しの思案の後、しかし、彼ならば大丈夫だろうと思う。見たところであの感情の読みとれない瞳は動かないだろうと思う。
そんな誤解をしたまま着替えを始めた。
「……!」
嫌な寒気を感じて久澄は飛び起きた。
「……何だ今の」
恐怖を覚えつつ立ち上がる。
「っ痛!!」
と、同時に足に激痛が走る。
これがあの力の代償。必要分休まずに行動を始めると使った分のダメージが帰ってくるというもの。
「さて、どうしたものかね」
耐えられない痛みではないが隠し通せるか。
「碎斗、起きてる?」
このタイミングで、良く通るソプラノの声色。
「……起きてない」
少し考えた結果、彼は意味のない否定で一秒でも時間を稼ぐことにした。
「何よ、起きてるじゃない。って何で立っているの?」
謎の否定にツッコミながらテントの中に入ると久澄が直立姿勢でいた。アルニカから見れば謎の光景である。
「いや、何でもないよ。どうするこのまま進むか? それともご飯食べるか?」
「ご飯ね。昨日から食べてないし」
それは同意見であった。
なので痛む足でカバンの元へと歩いた。
(バレては……ない)
その安堵は決して表には出さず朝ご飯用に渡されたパンを一つ取り出した。
かじる。
「んっ、美味い」
アルニカは律儀にいただきますを言ってから食べ始めた。
二人ともマナーとして食事中に口を開くことは無かった。
なので会話が始まったのは食後、各々がテントを畳んでいるときであった。
「碎斗、着替えるならこれからは森世界の服を着ていて」
「何で?」
「碎斗が今着ているソレ、私たちの世界には無い素材で作られているものなの」
久澄は自分の格好を改めて見る。
昨日から着替えていなかったため着ているのは白シャツに黒パーカー、それに暗い青色のジーンズ。ブレイクマスタードラゴン戦でボロボロになっていたため幾らかこの世界の素材で直されているとはいえ、やはり異なるものは目立つだろう。
「りょーかい。じゃあこいつらは元の世界に帰れる方法が分かるまで封印だな」
「お願いね。
さて、今日中には街道は抜けなきゃね」
「ん? どうして?」
「流石に街道にテントを張るわけには」
「その街道ってそんなに使われているのか? 森に人が居るの見たこと無いんだけれど」
「あれだけが森世界じゃ無いとゆう事よ」
「どういうこと?」
「私たちの暮らす森は主様の暮らす森創界と呼ばれる場所なの。
あの村のみんなは主様を奉る一族の末裔。だから人が入ってこないのよ。
森創界とは別に存在する普通の森にある村ってより街なんだけれど其方に行くためにあの街道は使われているの」
「成る程」
成る程と言ってみたが何か引っかかる感じがした。
「じゃあ行きましょう」
お互いにテントは畳み終わっていた。
「そうだな。そういう事情ならさっさと行きますか」
「うん。あっ、あとこれ」
アルニカは木刀を差し出した。
「んっ、ありがとう」
二人はバッグを担ぎ森を、森創界を出た。
街道と王都−−に続く道−−を繋ぐ橋に差しかかった時久澄、アルニカ一行は存在していたのかという−−と久澄は思っていた−−者に出会っていた。
「これって居るんだ」
「一応、絶滅危惧種よ」
「やいやい、何ブツブツ言ってるんだ」
「「そうだ、そうだ」」
二人は山賊に絡まれていた。
リーダーっぽいのが一人とその部下、いや、この場合は子分二人と言うべきか。
「持っているもの全て置いてってもらおうか。もちろん今着ている衣服類もだぜ」
常套句だなと思った。全くを以てステレオタイプである。徒手じゃなく鈍器類を持っていて、あいつが女じゃなく男なら。ついでに子分たちも女。
女山賊、少しマイナーだな。
「アルニカ、めんどいから片付けておいて」
事実はこの足では戦えないから。
「良いわよ。さてあんたらの正体は分かっているのだけれどどうする逃げるなら今の内よ」
事情を知らずに(でなければ困る)了承したアルニカは山賊の方へ目を向けた。
「はっ、そんなはったりにだまされるわけ無いじゃない。森世界の日和見共がそんな事分かるわけ無いじゃない」
「あらそう? 正規ギルドながらバカやっているギルドの一つ、女郎蜘蛛さん?」
その答えに山賊たちに分かりやすい動揺が走った。
「な、なんで」
「分かったのかって? 簡単よ。貴女たちは新聞に取り上げられる程度には有名人」
と其処で山賊たちは照れ始めた。
その表情に呆れたのかアルニカは声のトーンを和らげた。
「その特徴は女性三人組。逆にこれで分からない人が居たら大笑いね」
「ふ、ふん、少し詳しいからって偉そうに。だからどうしたって言うのよ」
照れに呆れたのに気付いたのか、表情を引き締め強がった。
だがアルニカは冷酷に事実を告げる。
「新聞に乗る程よ、懸賞金が懸かっているに決まっているじゃない。一万エル、小遣い程度にはもってこいよね」
アルニカは笑った。目が凄く怖い。
「「「ヒィー」」」
「どうする? 今の内よ?」
「すいませんでしたー」
「「でしたー」」
山賊たちは逃げていった。
何だったんだあれは。
「ふぅ、疲れた」
「何で戦わなかったんだ?」
これは純粋な疑問。
「……私が睨みを利かせただけで逃げ出す連中が何故今まで国からも賞金稼ぎからも捕まっていないか分かる?」
「……分かんない」
「バックに大物が居るのよ。裏ギルド、三傑の一つ、不可解な門」
「裏ギルド……不可解な門?」
「裏ギルドに関しては向こうで落ち着いてから話すわ。先を急ぎましょう。この橋を越えたらすぐだから」
「あと少しか……もう一踏ん張りだな」
そして橋を渡り始めた。
二人は気付いていない。この一歩が世界の命運を変えたことに。
運命との邂逅はすぐ其処に迫っていた。




