水城飛鳥 Side3
街を歩きながら赤色の携帯を耳に当て、飛鳥は暫しのコール音を聞いていた。
「あっ、もしもし、裂さん」
「はいはい飛鳥。要件は?」
数回のコールの後、電話に出たのは、性急な感で話を進める低い女性の声。名は夜霧裂。飛鳥の才能発現者にして管理者である。
その語り口はいつも通り、慣れたものなので、飛鳥は焦らず要件を告げる。
「私の特殊才能、どこまでやっていいのかと思って。ほら、一応こういう行事向けの神経持ってるから、さ。みんなに押されて代表に祭り上げられて。無難なリレーの方にはしたけれど……特殊才能使わないのは変かなって」
「ふう、そうだね」
無駄を省く傾向のある裂には珍しく悩むような間が作られる。
それくらい、科学魔術とは繊細なものなのだ。
「まあ、普通に発火させたり爆発させたりくらいは許してもらえるだろう。そもそも、『羽』さえ出さなければいいんだよ。要件は以上?」
「うん」
と飛鳥が言い終わる前に、電話は切れた。
別に忙しい訳ではない。ただ、時間を無駄にしたくない、というポリシーが彼女にはあるのだ。
「……羽、ね」
右手で携帯をポケットにしまい込みながら、左手で右肩に触れる。
誰よりも自由を恐れる自分が、自由の象徴を手にしているなど何の皮肉か、と小さく笑みを浮かべる飛鳥。
なんて事のない話だ。彼女には小さき頃から自分で何かを選択する能力がなかった。
勇気ではなく、能力だ。
簡単に言ってしまえば、何を食べたいや行いたいなどの気持ちが希薄なのだ。
剣道だって親の勧めでやっているし、他部活も頼まれたから入部している。
やりたくない、という気持ちも希薄なため、それらは苦痛でない。
自覚症状があり、常識も弁えているので異常だと彼女は分かっている。が、それでもそれらは変えられない。
そんな性質を抱えるからこそ、彼女は久澄碎斗にこだわる。
幼き頃より彼は彼女の近くに居た。
飛鳥にとって彼の子供らしい我が儘や喜怒哀楽は、一つの物差しだった。
彼を見る事で、自分の中で人間らしさが形成されていく感じを覚えていた。
もし久澄碎斗という人間が居なかったら、水城飛鳥という人間は意思を持たない人形のような存在になっていたであろう。
それくらい飛鳥の精神は危うく、久澄碎斗の存在は大きかったのだ。
しかし、彼は三年前の夏休み。飛鳥が少し目を離している間に変わっていた。
常に何かへ怒っている。迂闊に触れられない雰囲気を出していた。
そして、彼が一番の人間らしさを発揮していた剣道を、自分の意思で捨てた。
飛鳥はそれに大きな衝撃を受けた。
が、決定的だったのはそこではない。
二年前の冬。冬休みが終わって少し経った頃。
彼は死んだ。
瞳からは感情が失われ、居るだけで空気を張りつめさせる程強大な怒りの雰囲気が鳴りを潜めた。
感情が、死んでいた。
そしてどうやったのか、親の反対を無理矢理押さえ込み、彼は春休みに日本支部の中学校へ転校していった。
無論、親は見送らない。父親は怒り、母親は泣いているのが彼女の記憶に深く刻まれていた。
だだ一人、その背中を自分で決め、追った飛鳥。
向かう背中が異様に、飛鳥の危機能力を煽ったのだ。
が、駄目であった。
ただ一言、帰れ、と言われただけで追う事を止めてしまった。
飛鳥にとってそれは当たり前の事。
だが、その選択が正しかったのか考え煮詰めていく内に、ふつふつと怒りが湧いてきた。
それは久澄碎斗に向けてなんてではなく、自分に対して。
気付いた時にはそれが心を満たし、選択した。
ぐらつく心を押し殺し、親を説得して中学二年生になる春休みから日本支部への入学を、幾つかの条件付きで取り付けた。
彼らもその判断は苦痛だったと、飛鳥は思う。
しかし理解しながら、それでも行くと飛鳥は決めたのだ。
そしてその通り、飛鳥は日本支部へ入り、平凡な中学校へ入学する、はずだった。
日本支部は転入者に対して特殊才能の発現を促す電波を頭に流す。
飛鳥の場合は春休みだったが、日本支部への転入の場合は長期休み中に訪れ、それを受けなければならない。
長期休みの間にどれくらい伸びるかを見るためだ。それに、発現できるなら早い方がよい。
その時の係りが夜霧裂だったのだ。
電波を当てられて次の日。手から火が出た。
それを裂に報告すると、早い事は別に特別ではないと言われ、また電波を流された。
その時−−それが起きた。
裂はすぐに寧々を呼び、それを見せた。
幾つかのデータから、それが『科学魔術』だと判明し、飛鳥の転入先は特別才能の秘匿性の高い冷兎学園中学校へと変わった。
そして実験−−DNAや脳波の計測等やら部活で時間を取られながら、久澄碎斗と似た特徴を持つ高校生と関わりのある渚に近付き、遂に約二週間前、二年振りに彼と再開を果たした。
その二年で色々あったのか、あの時感じた危うさは消えていた。
喜ばしい事だった。のだが、それでも怒りが消えるわけでもなく、何が解決したわけでもない。
「あっ……すいません」
再開が意外と心に響いていたのか。特殊才能から過去を思い出していた飛鳥は誰かとぶつかってしまう。
「いえいえ」
それは、決めの細やかな金髪をした少女だった。
「ほわ」
だがそれより、飛鳥の意識は少し下に向いていた。
嵐が過ぎ去った後の空のような色の瞳。
明確に、飛鳥の意識は吸い込まれていた。
「ふふっ」
「あっ……すいません」
笑われた事で意識が現実に戻り、再び謝る。
「いいのよ。それに笑っちゃってごめんね。昔、似たような反応をした知り合いを思い出して」
「いえ、大丈夫です……んっ?」
飛鳥の鼻孔を、何かよい香りがくすぐった。
それに伴い、彼女のお腹が可愛らしく鳴る。
「っっっ、す、すいません!!」
赤面しながら、三度目の謝罪。
だが飛鳥の目は匂いの元、少女の持つ少し大きめの手提げ鞄に向けられていた。
飛鳥の視線に少女は気付き、手提げ鞄を目の前まで上げる。
少し焦がされた醤油のような香りが飛鳥の鼻を刺激し、再びお腹が鳴る。
「これね、さっきバイト先で駄目になりそうな食材を使わせてもらって作ったものなの。お昼ご飯にって思ってたんだけど、多く作りすぎちゃって……よかったら一緒にどう?」
「いえ、流石に……」
見知らぬ他人から食べ物を奢ってもらうのは些か、と理性で判断する。
しかし本能は違く、腹の虫がまた鳴る。
目の前の少女はどうする、と目で聞いていた。
「……ご馳走になります」
ここで断る方が礼儀に反すると感じ、飛鳥は折り目正しく礼をした。
「うん。じゃあ……えっと名前聞いても?」
「水城飛鳥です」
「飛鳥さん、ね。私はアルニカ、アルニカ・ウェルミン。よろしくね。で、早速なんだけど……食べるのに良い場所紹介してくれない?」




