久澄碎斗 Side2
グラウンドに集まった学生達の頭には、様々な色、模様の三十二種のハチマキが巻かれていた。
それには理由がある。
競技は学年ごとに違うが、一学年でもクラスは八〜十存在する。
なのでまず、学校側で学年ごとに代表を決めておく。
MGR日本支部の高校の数は九十六。なので三つのグループに分け、三十二のブロックを作るのだ。
後は簡単、一対一のトーナメント方式で戦う。のだが、それだと一回戦は玉入れを十六試合見せる事となる。
外部から来た人でも、それでは飽きてしまう。
ので、まず第一回戦、玉入れは自陣地内の玉を全て入れ終わるのが速かった上位十六校が勝ち上がれる方法を取っている。
これならば見飽きる事は無いだけでなく、初試合という事で気合いの入った学生達の手に汗握る戦いまでもが大迫力で観戦できるのだ。
重要な玉入れのルールは、『人を傷つけない』「玉や玉入れを傷つけない」『玉入れを動かさない』『決められた陣地内からでない』『玉の多く入ったクラスの勝利』の五つ。
つまり、他校への工作もありということだ。
だが普通にそれを行うならば、ルールの四に引っかかる。
なので一つ、この街にしかない特殊な方法を使う。それは−−
「まもなく玉入れを開始します。所定の位地に着いていない生徒は、速やかに向かってください」
メガホンに乗ったよく通る女教師の声が、ただでさえ体育祭の会場に選ばれるくらい広いグラウンドを有する川上学園高等部に響き渡る。
お互いの玉が混ざり合わないように、距離を取られた白線内に集まる三十二校一学年代表。
だがどの場所も、一つだけ共通していることがあった。
人数差があるとはいえ、外を向き白線ギリギリに並ぶ生徒達。彼ら、或いは彼女らは皆、共通の特殊才能を持つ。
久澄の所属する一年二組もそう。その才能を持つ全てではないが、それでも半分の萌衣を含めた五人の生徒が外に身体を向け、白線に並んでいる。
「定時になりました。これより第一回戦、玉入れを開始いたします」
透き通る声と共に空砲が打たれる。
その音は、緊迫した静寂な空気の中でよく響いた。
静から動へ。気合いの声を上げながら、各学校の生徒達が動き始めた。
「さあ、行くわよ」
クラス委員長であり、リーダー格の岬の言葉と共に響いた轟音を耳にし、臥内高校一年二組も例に漏れず、その作戦を実行する。
「外界要因。妨害始め」
玉を投げながら、岬はそう命じた。
すると、臥内高校の周りにある学校の生徒が投げた玉が空中で止まり、地に落ちた。
「チッ、来たぞ。サイコキネシスだ!!」
誰かが叫んだ通り、萌衣達の特殊才能は念力系才能、つまりサイコキネシス。
特殊才能の使用は自由。これが普通の体育祭と違うところ。
しかし、条件は他校も同じ。
「ふっ」
空気を吐き出し久澄の放った玉は、他校で見た光景と同じ、空中で止まり、地に落ちる。
だがそれは想定内。
彼らがリーダーである岬の作戦はこれからだ。
「萌衣さん達、もういいわ」
岬の言に、妨害をしていた念力系才能保持者は一斉に内を向く。
そしてその才能で、玉を籠へ導き出した。
念力系才能の妨害組といえど、その利便性から全てを外に回すのは不可能。
妨害ならもう一つ、風力系才能があるが、それはランクさえ変わらなければ同系統の風力系才能で相殺できる。
そして一年二組の周りにはランク1までの風力系才能保持者しか居ないため、彼らの中の風力系才能保持者でも対応できた。
冷静に考えれば簡単な作戦だが、今まで受け継がれてきた『常識』を逆手に取った作戦で、見事臥内高校一年二組は第一次通過を遂げた。
その様を見ていた周りの学校、さらにそこから伝染し、全ての学校がその方法を使用したのはいうまでもない。
「いやー、勝った勝った。先導さまさまだな」
次の学年に場所を開けるため、グラウンドの端に退場する一学年。
第一次通過という事で一際脚光を浴びた臥内高校一年二組生徒は、皆笑顔で作戦立案者、先導岬を褒めちぎっていた。
「あんなの褒められる事ではないわ。体育祭を何も考えずにこなしているからいけないだけ。ただ単に常識で攻めただけ」
表情を全く動かさないまま、冷ややかに告げる岬。
それを聞いた久澄は、内心で同意を示していた。
彼がこの体育祭に参加するのは二度目だが、競技に対して立てられる作戦に無駄が多いと感じていた。
特殊才能という力を十全に扱えていないというか、その存在に浮かれてると表すべきか。
ただ一つ彼に断言できるのは、特殊才能という人を殺める事さえできる能力を持ちながら、皆脳天気すぎる、という事だ。
そんな思惟を頭の奥に押し込み、久澄は次の競技について口を開いた。
「それで先導。綱引きはどんな作戦でいくんだ?」
それに、クラス全員の意識が岬に移る。
「観客の事を考えると、私達の作戦は地味すぎるかもしれない」
それは前置きであり、注釈。
「けれど勝つためよ。仕方ないと割り切って」
それに異を唱える人物は居なかった。
誰もが担任である薄宙小詠に優勝の二文字を捧げたいのだ。
クラス全員の意志が共通のものだと確認できた岬は、淡々と説明を始めた。
「今回の鍵は……和ヶ原さん、あなたよ」
「え、えっ?」
指を差された和は、オロオロと視線を忙しく動かす。
「な、なんで、わたし、が?」
「簡単よ」
指はそのまま、人の悪い笑みを浮かべる。
「あなたが持つ希少な特殊才能。それが十全に活躍できるからよ」
皆が和の特殊才能を思い出し、頷く。本人も理解したようだ。
「わ、わかった。まか、せて」
小さくも芯のある声。
「いいわ」
瞳を和から移し、岬はグラウンドの方を見る。
既に二年生は終わり、三年生も残り数校の枠を競い合っているところだった。
玉入れは言うなれば前座。その決着は速くて当然。
繰り広げられているのは、臥内高校の才能保持者ではできないような才能のぶつけ合い。しかしそこには、先程臥内が見せた玉入れの方法を基礎とした新しい作戦が多々見受けられた。
その頭の回転に舌を巻ながら、それでも岬は表情を崩さない。
数瞬も経てば競技は決着を迎え、アナウンスにより三年生は退場。
体育祭実行委員が念力系才能を使用し、玉入れを片付けると同時に、綱引きの綱が用意される。
アナウンスは変わり、一学年を呼び出すもの。
岬は皆を先導してグラウンドに入場すると共に告げる。
「特殊才能はランクだけではない事を魅せるわよ」
初めて、或いは一年ぶりに特殊才能を目にする観客の歓声の中では、一人の声など掻き消される。
だがそれでも、確かにクラスメートの覇気は上がった。
そのように、岬は感じた。




