久澄碎斗 Side1
この日に合わせたような夏本番の陽気の下。
久澄碎斗は体操着姿でクラスメートと共に学力にて五指に入る川上学園高校のグラウンドで、どうやっているのか、光の反射をものともしない彩度の大画面に流れるこの街の科学側の長−−夜霧新の演説を流し訊いていた。
彼の前に続いた校長先生の挨拶に疲れたせいだ。
周りを見れば同様の表情が多い。
教科書でいつでも見れる顔が動いている程度で、彼ら、もしくは彼女らの疲労は回復しないということだ。
と、
『−−ここに体育祭の開催を宣言いたします』
(終わった−−いや、始まったのか)
放送が終わると共に周りが動き始めたのを見て、久澄も自身の学校にあてがわれた教室へ足を進めた。
「まっ、Bブロックの優勝は川上学園なんだろうけれどな」
なんだかんだで定着してしまっているいつもの六人組に一人欠けた五人組−−久澄碎斗、風間瞬、夜霧萌衣、和ヶ原和、先導岬は教室の端を陣取り、今回の体育祭の行き先について話していた。
ちなみに、日本支部の体育祭は同型の全校が行うため、一校内で全学校が競技を行えず、三つ程のブロック分けがなされて、勝ち残った一校が決勝で同じく勝ち残った他校と競う、というシステムになっている。
「いやいや、まだ可能性はあるでしょ。AとCなんて名門中の名門がぶつかり合うから、それこそ優勝はどちらか、だけど。私達はなんとかなりそうじゃない?」
久澄の言に岬が反論しながら同じ学級委員の黒を基本とし、自称地毛だという朱色の混じった髪の少年−−風間集の方をチラッと窺う。
その意味に気付いた風間は、話を継いだ。
「やー、今季の川上学園はインテリが多いらしいからな。去年ならいざ知らず、今年は行けるかも」
おおー、と盛り上がるが、とある見落としを久澄がツッコむ。
「お前らな……川上学園にはあの人が居るだろ」
あの人? と皆なる中、萌衣だけが気づき、顔を歪ませる。
「鈴香赤音ね」
「ああ。去年の伝説は有名だろ。たった一人で優勝候補筆頭の嶺兎学園と戦い、中学の部優勝を収めた化け物。胡桃渚にも勝ったものだから、一時的にランク付けの変更が行われたくらいだ」
それに皆のテンションがみるみる落ちていく。
しかし、それに負けず岬は眼鏡を光らせ可能性を語る。
「それは決勝での話でしょ。鈴香さんの才能は予選向きでないのも、去年実証されたじゃない」
確かにそうだった。鈴香赤音の才能−−空実発火は実践向き。彼女自身、運動神経はいいものの、それは女子の中で、だ。
「じゃあ、勝てるの、か?」
不安要素を全て潰された久澄は、疑問系ながらもそう口にした。
話題が一区切りしたところで、ドアの開く音が響いた。
「皆さぁーん。座ってくださいー」
教師なのに生徒と同じ体操服に身を包んだ小詠が久澄と萌衣と和を除いた皆が見知らぬ少女を連れ入室する。
定席はないため、身近な椅子に腰を降ろす生徒達だが、その挙動には好奇心が隠し切れていない。
今にも爆発しそうな雰囲気に小詠は、てきぱきと口を動かし始めた。
「えー、はい。皆さん揃っているようですねぇー。あいにく猫屋君は外に住んでいらっしゃる家族の都合で今回は参加できないので、彼の分まで頑張りましょうー」
通常ならここで盛り上がりのいい相づちが上がるところだが、如何せん、小詠の隣に居る少女が気になりそれどころではないらしい。
それに小詠は苦笑いを浮かべつつ、教卓の前を彼女に譲った。
「この時期には珍しい、を通り越して異例ですが転校生さんですぅー。お名前をどうぞぉー」
軽く会釈し、彼女は黒板に達筆に名を書いた。
「酸漿奈々美と申します。本当は夏休み明けから登校の予定でしたが、教育委員会の方がわたしを早くクラスに馴染ませるために体育祭当日に手続きを併せてくださったので、このような時の転入となりました。
以後、よろしくお願いします」
ぺこり、と口にしながら頭を下げるは、名乗ったとおり酸漿奈々美。
体育祭という事を意識してか、長い黒髪は頭の後ろで団子状にまとめられている。感情のない瞳は相変わらずで、無垢な顔立ちと合いまり特徴的な雰囲気の容貌をしていた。
その服装はもちろん臥内高校指定の体操着。
どこか不思議な感じを醸し出す奈々美に呑まれ、彼女が面を上げてようやくクラス中が反応し始めた。
転校生への反応として普通なら観察や計るような視線が飛び交うのだが、
「よろしく!」「奈々美ねぇ……ななみん、て呼んでいい? てか決定。嫌がられても呼ぶ!!」「わぁー、綺麗な黒髪」「美しい」「いや、転校生にいきなり何言ってるのよ」「美しいものに美しいといって何が悪い」「悪いなんて言ってないわよ。ただアタシはいきなりすぎると」「我は美の探求者。そのような遠慮は出来ぬのだよ」「ぐっ、こいつ……」「いや、もう諦めなよ。アレは末期だから。けどあれね、美しい、というか可愛らしいわよね」「まあ、そうだけど……」
と、そういう黒いごたごたを面倒くさいと感じているメンバーばっかりなため、裏表なくフレンドリーな反応を返す。
そんな光景が意外だったのか奈々美は目を見開く−−を通り越して、若干表情が引きつっていた。
「はいはーい。そこまでですよぉー。時間もあまりありませんからねぇー」
ガヤガヤと未だに広がっていた好意的な声が小詠の言葉でピタリと止まる。
教師の鏡。彼女の信頼度の高さが垣間見える場面だ。
「奈々美ちゃん、適当な席に座ってくださぁーい」
目礼し、奈々美は喧騒とは少し離れた久澄達の集まる席近くの机へ向かい、椅子を引き腰を降ろした。
「どうも」
「ああ」
「おはよう」
「お、おはよう、ござい、ます」
知り合い衆は軽く挨拶を済ませ、小詠の話に耳を傾ける。
「えー、競技ですがぁー……一回戦目は玉入れ、二回戦目は綱引き、三回戦目は、棒倒し四回戦目はリレー、決勝である五回戦目は騎馬戦になっていますぅー」
そこまで行くのが当たり前のような口振りに、皆は頼もしさを覚えた。
「皆さんも知ってのとおり四回戦目以降からは、事前に一定数の選手を届け出ることになっていますぅー。なので指名された方々は、他のクラスメートの思いを背負って頑張ってくださいー」
指名されていた人達はそれぞれ反応を示す。そこには、萌衣や岬の姿もあった。
気負った感じや自信ありげ、平然としながらも背中に冷や汗を掻いているなど様々なリアクションを一通り眺め、小詠は自身の体内時計でその時が来たと感じ、嘯いた。
「さあ、体育祭の開始ですぅー」




