生誕祭
「んっ」
少年の意識が覚醒する。
少年の目は二日ぶりに光を取り込み景色を白く写し込んでいる。
身体を包む感覚に違和感を覚える。あの七日間では味わえなかった布団の感覚だ。
七日間より前までは当たり前に慣れ親しんできた感覚に少年の頭にある考えが過ぎる。まさかの夢落ちかと。
しかし微かに左手に感じる温もりがその考えを否定する。
億劫だが左に首を動かすと、其処には可愛らしい少女が居た。
きめ細やかな金色の髪。寝ているのか目は閉じられているが顔のパーツの一つ一つがその少女の性格を表すように優しさを醸し出している。その少女の名はアルニカ。
死ぬはずであった少女。
少年はその姿を見て意外感を覚えたがすぐに安堵の表情を浮かべる。
少年の視線に気付いたのか少女が目を覚ます。
「んっ……。あっ、碎斗。目を覚ましたんだ」
その顔は、碎斗と呼ばれた少年の自意識過剰でなければ歓喜の表情を浮かべているように見えた。
遅れて気付く、この少女が自分を名前で呼んでいることに。
こちらの意外感を知らずに少女は当たり前の用に言葉を続けた。
「碎斗、左目痛まない?」
言われて気付く−−さっきから言われて気付くことが多い−−、左目が何かに包まれ、見えないようにされている。
「これは……」
「覚えていない? 主様の呪いを左目に受けたこと」
呪いかどうかは分からないが黒い固まりを左目に受けたことは覚えている。
アルニカが二日前から今日までの経緯を教えてくれた。
呪いを受け気を失った後、ミヤを中心に村の男衆が乗り込んできたという。自分の行動に感化され来たらしい。
生憎戦いは終わっていたが倒れていた自分をここ、病院に運んでくれたらしい。二日間は眠りっばなしだったらしい。
「それで主は?」
「それなんだけれど……」
「そこからは私が話そう」
割り込んできたのは灰色の長髪と緑色の目が特徴的な男性であった。
「誰……ですか?」
予想はついていた。
「まずはお礼を言うべきだね。ありがとう、私を止めてくれて。私の名はブレイクマスタードラゴン。この世界の主だ」
言葉の上では上から目線だがその口調から罪悪感が滲み出ていた。
「……説明頼めますか?」
「勿論だとも」
その口から語られたのは驚愕の事実であった。
「一ヶ月前に私の前に謎の男性が現れたんだ。その男の力なのか理性と命を左右どちらにも見える手により掴まれて仕舞っていた。一ヶ月間にあったのはアルニカ・ウェルミンを喰らうという本能のみ。君が私を倒してくれていなかったら今頃は……。改めて感謝する」
「いや、いいですよ。それにしても左右どちらにも見える手か……」
それは気を失う前、左目が写した光景を思い出す。
「その左目……」
「えっ!?」
「いや、その左目見せてくれないか」
「いいですが……」
右目でアルニカに包帯を取っていいか確認する。彼女は首を縦に振った。
ならと包帯を解く。
「……これでいいすか?」
右目同様、いや、右目以上に光を取り込んでこなかった左目は最初こそ白い世界しか写さなかったが今は普通に風景を写していた。呪いをぶつけられたなんて考えられない程に。
「ふむ、まだ症状は出ていないみたいだな。しかし私もまだ本能を掴まれていたからな。何が出るかは分からん」
「予想はつかないんですか」
「無理だ。所持している呪いが多すぎて見当が付かない。だが魔眼化にはならないように祈っていてくれ」
「分かりました。あと、もう一つ訊ねたい事が」
「何だ?」
「暴走時のあなたに攻撃した際、動きが一瞬止まっていましたよね。あれが何故か、心当たりは?」
「ふむ」
ブレイクの意識が内側に沈む。
だが数瞬で思考は終わり、口を開く。
「その時の私はそうだな……容器の許容量以上に注がれた水だと思ってくれ。自然の摂理に従えば下へ流れ落ちてしまうものの、他の大きな力で抑え込まれてるが故にその形を保っていられるな」
久澄は黙って耳を傾ける。アルニカも同様だ。
「だがその水もただの水ではない。破壊と森。二つの理の力を含んだものだ。抑えつける力と微妙な力関係を築いていた。他から刺激が与えられれば私の意識が一瞬勝つくらいのな。だから止まっていたのは、私の意識が表層に出ていたからだ」
その理論にアルニカは絶句しているものの、久澄は既に納得していた。全ての辻褄が合えば、納得を示して当然である。
「色々ありがとうございました」
「止めてくれ、こちらが礼を言われては対応に困る」
本気で困った顔をしブレイクマスタードラゴンこと主は病室を出て行った。
「……本当に何とかなったのね」
去っていく主を目で追っていた頭に小さめの声が響く。
「諦めなければ何とかなるとは考えていないけれど諦めなければ可能性は残る。そういうお話だったんだよ」
「ねぇ、疑問なんだけれど……何で碎斗はあんなに逃げる事を糾弾したの?」
その台詞に、久澄は思考を一瞬過去へ戻した。
「……何となくだよ」
が、すぐにそう言い布団を被った。
「そう。……じゃあね、おやすみ」
その姿を見て会話は続行不可能だと思ったのかそう言葉を残し病室から出て行った。
アルニカの言うおやすみの意味を久澄は知らない。だからこそその言葉に従い眠りについた。
一方のアルニカは病室のドアの前で訊けなかった疑問を小さく口にした。
「じゃあさ、碎斗。何であんなに苦しそうに、自分に言い聞かせるように説得してくれたの」
次に顔を合わせた時にそれが訊けるかアルニカにも分からなかった。
「ん、激しい動きさえしなければもう退院しても大丈夫ですよ。けれど異常な回復力ですね」
久澄はそれに苦い笑いを浮かべるしかなかった。
「そういえばお金は……」
再び目覚めてから思い立った事実。
「大丈夫ですよ、村長から貰っていますから」
「そうですか」
お金の借りは怖いよな、と感じながら相づちを打った。
「ええ。そういえば今日は何の日かサイトさん、知っています?」
「いえ。何かあるんですか?」
異世界人である久澄が此方の世界の詳しい事情など知っているはずもなくこう返すしかなかった。
「あっ、そうですよね、知らないですよね。実は今日はアルニカの誕生日何です」
その顔は言葉通り嬉しさに満ちあふれ、自分には少し眩しい気がした。
「……嬉しそうですね」
「それもそうですよ。迎えることが出来ないと思いながらも諦められずバレないように準備を進めてきた行事ですからね」
意外感は無かった。あれ程愛されているのだ準備くらいあって当然だろう。
「だから貴方には村の皆が感謝しています。アルニカを救ってくれてありがとうございました」
「いえ、自分は。アルニカが頑張った結果ですし」
それは事実だ。アルニカが一緒に戦ってくれなければ今この場に自分は居ない。
「それではお世話になりました」
一礼した後、病院から出ると、村が輝いていた。装飾もそうだが、何より準備をしている村人たちが輝いていた。
それを見てある決意を固めていた時、名も知らない人に声をかけられた。
内容は無論、アルニカ関連だ。
それに誘発されるように様々な人が駆け寄ってきた。
皆アルニカの件でお礼を言ってきた。それに作り笑いを浮かべながら思う。自分はそんな褒められた人間ではない。
まるで昔の自分を見ているようで危なっかしかったから助けただけだ。そう思わなかったら見捨てていた。
——褒めないでくれ、感謝しないでくれ。
そんな心境の久澄を救ったのは突如現れたミヤだった。
「ほらみんな、サボらないで。感謝はいつでも出来るんだから今は夜に備えて」
村人みんなが顔を焦らせ作業に戻った。
隠れてやっていたとはいえそれでは効率が悪かったのだろう。
「たく……。二日振りだねサイト君。少しつき合ってくれないか」
「……はい。ありがとうございました」
「何故君が礼を言う。感謝すべきはって大丈夫かい? 顔色が悪いよ」
「大丈夫です。少し馴れない環境におかれ疲れただけです」
「そうかい」
それだけ言いミヤは口を閉ざした。
久澄は左腕を見る。肘から指先まで巻かれた唯一の包帯が現実を突きつける。
「……俺は感謝されるべき人間じゃないんです」
自分で言っといて脈絡がなさすぎだろうと思ったが、ミヤは疑問符を浮かべながら肩を竦めた。
「? 何を言う。君はアルニカを救ったじゃないか」
「それは自分の都合で……」
「それでも君はアルニカを救った。これは事実だ」
「……そう、ですかね」
「無償で命を懸けてまで他人を助ける人間は居ないさ。それは君もよく理解しているだろう」
「わかっています」
「ならいいじゃないか。どんな負い目があろうと君は村のみんなから見たら感謝すべき存在なんだ。無論、私を含めてな」
盲点をズバズバと刺されまくれ、もうどうでもよくなってしまった。
「ははっ、悩んでるのが馬鹿らしくなってきましたよ」
「それでいいさ。善意であろうと何であろうと素直に受け取ればいいんだ。それがヒーローだと思うぞ」
ここから後は普通に対応するつもりだったのだが、聞き慣れない単語が耳をついたため思わず聞き返す。
「待って、ヒーローって何ですか」
「知らないのか? 君は小さい子供たちからニカを救いに来たヒーローだと思われているのよ」
もう常識とばかりに語るミヤに頭を振る。
「知りませんでした。けれど何で?」
「ニカは贄となる緊張から口調こそあれだったけれど元々は面倒見の良いお姉さん口調が多かったからね。子供たちからは大人気。それを救ったとなればヒーローになるのは当然じゃないか?」
「……頭が痛くなってきました」
「病院に戻るかい?」
「いえ、大丈夫です」
それにしても何だか今日は押してくるなと疑問に感じた。
その疑問が伝わったのかミヤが答えた。
「何、警戒する理由が減ったからね。本来の感じでしゃべらしてもらっているよ」
「そうすか」
その後は無言が続いた。
そしてミヤの加工屋の前で止まった。
「少し待っていてくれ」
そう言い中へ入っていった。もう恒例行事だ。
一分程経ち、中から一本の木刀を手に出てきた。
勿論、その木刀はミヤに加工してもらいあの戦いでも使われたものだ。
「所々損傷していたからね。新しく仕立て直させてもらったよ」
「ありがとうございます」
「どう致しまして。あっ、お代は結構よ。それが私なりの感謝のしるしだから。つまりサービスよ」
「サービスすか。そういえば服もありがとうございました」
「いえいえ、元々あれはクネルに作るよう頼まれたから」
「そうなんですか」
「そう。お代もあいつが出して。だからお礼はあいつに言って」
「……何か棘のある口調ですね」
「あっ、うん。何かさ、あいつ信用ならなくて。多言はしないでね。ただの感覚だし」
「わかっていますよ」
それに彼にきな臭さを感じているのが自分だけでないと知れたし良かったと思う。何だか彼は都合が良すぎるのである。
そんな事を考えながらもう一度お礼を言い家へと向かった。
満月と星星のみが世界を照らす刻限に、魔法の幻想的な光が放たれる一角があった。
「では今回の主役のアルニカの登場です」
司会はクネル。
クネルに呼ばれ、用意された壇上に上がり照れくさそうに頬を掻きながら笑みを浮かべた。
「えっと、こんばんわ」
その言葉に今居る中の八割方が盛り上がり始めた。何だか有名アイドルの公演を見ているようだ。
「え、え、あ、みなさん楽しみましょうね」
言い終えた後一段と盛り上がりを見せた。嬉しいのは分かるが完全に飲まれたアルニカが可哀想である。
俺は今村のはずれに居る。
今行くと面倒なことになるからだ。
アルニカの挨拶が終わってもイベントは続いていく。
「では次にサプライズ企画。ミヤさん、前にどうぞ」
「え!? ミヤ姉?」
「うむ、アルニカ。私から誕生日プレゼントだ。受け取ってくれ」
木箱が渡される。
「何? 開けてもいい?」
「構わないよ」
「じゃあ、……えっ!!」
箱の中身はミカンガであった。
(へぇ〜気が利いているね)
久澄は純粋に感嘆の念を持った。
「まぁ、生き延びた記念ということで」
「……ありがとう、ミヤ姉、大事にする」
「いや、ミサンガ何だから大事にされても」
そこで村人たちが笑い始めた。
久澄もである。
「では、アルニカの生誕祭を開始します」
祭りが始まった。
皆が笑い、アルニカも幸せそうにしている。その光景を見れて満足だった。
久澄は木刀を右手に、少し遠い村の門へ歩みを進めた。
(さて、早く元の世界へ帰る方法を探さなきゃな。俺は元の世界でやらなくちゃいけないことがあるんだから)
目的の文献は村長宅に無かった。なら別の地域に向かうだけだ。
だからこそ気付かなかった。たまにアルニカが誰かを探すように目を動かしていたことに。
そしてミヤだけはそれを見逃さなかった。
ミヤは近くに居た男性にある頼み事をし、村長の元へ歩み寄りとある事を頼んだ。
村長は快く承諾したのを確認し、ミヤが置いてあったメガホンを手に取った。
「みんな訊いて」
その声に皆が意識を集中させた。ただならぬ気迫を感じたからだ。
久澄は考え事をしていたためメガホン越しのミヤの声は届いてない。
「気付いていると思うけれど、この祭りにサイト君が参加していないの」
それに村人は、そういえば、と声を上げ始めた。
「村長に視てもらったところ、村の外に出ようとしている」
そこまで言ったところで割り込む声があった。
先程頼み事をした男性だ。
「はぁ、はぁ、ミヤさん、確かに服が畳まれて、木刀は置かれていませんでした」
村人にアルニカの時とは別のどよめきが走った。
「大体の人は気付いたわね。あいつは村から出て行こうとしているのよ」
どよめきは最高潮に達する。
「だからみんなにはあいつを捕まえてきてほしいの」
皆は合わせたわけではないのに同時に頷いた。
「あいつは門の方に居るわ。みんな頼むわよ」
その言葉と共に一斉に駆け出した。勿論、アルニカも。
しかしそんなアルニカをミヤは呼び止めた。
「何で? ミヤ姉!!」
「貴女には捕まった彼にこれを渡してほしいのよ」
「これは……こんなの」
「感謝のしるしだとおもって軽く渡しちゃいなさいよ」
その手に渡されたのはアルニカがミヤに貰ったのと同じミサンガであった。
流石の久澄であろうと大勢の人が押しかけてきたらどうしようもない。
簡単に言えば捕まると言うことだ。
「な、何するんだよ」
この非難の声は見方によっては正しい。
ただ世の中は大体多数決で決まってしまうものだ。
誰からともなく上がった非難の声に久澄は黙らされた。
「ミヤさん、連れてきましたぜ」
久澄を取り押さえている男性が言った。
「ご苦労。さて、サイト君。何故逃げたのかな?」
「逃げたつもりは。けれどもう自分が此処にいるのはよくないかと思いまして」
「では君はアルニカを傷つける事がいいことだと?」
「いや、何でアルニカが傷つつくんですか?」
アルニカにはかなり傷つけることをしたはずだ。喜ぶならともかく、傷つくなんて。
しかし久澄のそんな疑問はこの場では解決することは無かった。
何故なら、
「ミ・ヤ・姉、余り調子に乗るなー」
キレたアルニカに魔法で吹き飛ばされたためだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、全く。碎斗もだよ何で一言も無しで」
「まあ、……性格上?」
「何で疑問形なのよ。私はまだ貴方に感謝の言葉を言ってないんだから」
「いや、いらないよ。そんな褒められた事をした訳じゃないし」
「うるさい!! 貴方の主観の話は聞いていません。私が感謝したいと思ったから言うんです!!」
主観の話、この中のどこかでクネルが笑っている気がして気分が最悪になった。
無論、顔には出さないが。
「碎斗、ありがとうね。これお礼の印に」
手渡されたのはミサンガ。
よく見ると彼女が左腕に付けているのと同じ品だった。
受け取っていいものか、とアルニカの方を見ると不安そうにこちらを見つめていた。
どうやらそういう空気らしい。
「えっと、ありがとう」
受け取りギプスの取れた右腕に付けた。
「うん、どう致しまして」
笑顔で言った。
何処からか冷やかしの声が上がる。
アルニカは顔を赤らめたが−−こういうところは乙女らしい−−久澄は無表情になり、
「じゃあ、俺は行くな。ミサンガありがとう」
アルニカに背を向けた。
冷やかしの声は自然と無くなる。
ここでこの村での全てが終わる——筈だった。
三日前までのアルニカなら此処で引き留めることが出来ずに立ち尽くすことしか出来なかっただろう。
しかし今は違う。久澄に死の運命を殺してもらい生まれ変わった存在だ。弱いままでは……いられない。
「ちょっとまって」
久澄の左手を取った。
薄く包帯が巻かれているからかあの感じはしない。
久澄は振り返る。流石の少年でも驚きを隠せなかった。
何故ならアルニカは照れながらも満面の笑みでいたからだ。
アルニカは軽く顔を赤らめ伝えたい思いを口にする。
「私は貴方とこの祭りを楽しみたいわ。貴方に救ってもらった命を貴方と一緒に感じていたいわ。だから今日だけでいい、今日だけでいいから、碎斗、まだ、ここにいて」
久澄は本当に驚ていた。あんなに絶望に浸っていた人間がこんな笑みを浮かべることが出来るのかと。
その笑みは眩し過ぎた。だが同時に見ていて落ち着く笑顔だった。
この笑顔を見ていると焦らなくても大丈夫な気がした。
「……そうだな。分かった、俺で良いならお供させていただきます」
久澄は振り返り彼女の右手を空いている右手で取った。
村人からは冷やかしでなく拍手が飛んできた。
「じゃあ、楽しみましょう」
「そうだな」
幻想的な光の一番強い場所へ二人は歩み出す。
久澄はこの拍手と笑顔を見て思っていた。今だけはこの平和な一時を、アルニカ・ウェルミンの成長を祝う祭りを楽しもうと。
そう、思った。




