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ファクターズ  作者: 綾埼空
一話 精霊眼
69/131

行き先不明、それも日常

「−−てな訳で、精霊眼の原因は魔王にあるんだよ」


 朝食を囲み、開口一番そう告げた。


 昨夜、転移された先は門の前。


 そこに呆け顔のアルニカがウロウロしていた事から、あの部屋から転移するとここに辿り着くのか、なんて呑気に考えつつ合流。


 空間転移で自室まで跳び、説明は面倒くさくなったので、朝、適当に買ってきた食材を調理して、朝食中の会話として狙われた経緯を話す事にする、と久澄は布団も敷かず眠ってしまった。そのためアルニカもモヤモヤとした感を胸の内に持ちながら、眠りにつくしかなく、当たり前のようにベッドへ潜る。


 ちなみに久澄は渚の事はあまり気にかけていなかった。


 ある意味自分よりしぶとい気がするというのが彼の評価なためである。実際は大変な事になっていたのだが。


 そんなこんなで、久澄碎斗激動の一日は幕を閉じた。





「何がてな訳よ」


 結論に辿り着く材料が足りないため、アルニカのこの疑問は当然と言える。


 自分より魔が関わる知識が多い筈だから、既に結論に行き着いていると思っていた久澄なりの心遣いだった訳だが、悲しくも無駄で余計なものだった。


「はあ、つまり」


「なんで溜息よ」


 話の腰を折る余計なツッコミは、ある意味アルニカの個性とも言えるが、若干ウザいと思った久澄は溜息を吐きそうになり、止める。ツッコまれたら余計な時間を喰う。


「まず魔眼の呪いが発せられる条件からだけど、これは理、もしくは神格を持つ魔物を殺す、或いは殺しかけるまで追い詰めると自動発動するものだと思うんだ」


 曖昧なのは、データが少ないため、仮説の域を出ないからだ。


「森の理、破壊の理としての役割を持つブレイクさんを殺しかけたから俺は原視眼の呪いを受けた」


 左目に、軽く触れる。そこにある力を確かめるように(・・・・・・・・・・・・・・)。


「同じ理屈で、魔王の中核であった勇者、ファイを倒し、消し去った俺に迫った魔王もどきが左目にぶつかってきたのは、魔眼の呪いを掛けるためだった。

 ティラスメニアという世界そのものになりかける程の魔だ。それが持つ呪いは森の理として力が抑えられた呪いとは比べものにならないもの、の筈なのに原視眼と混ざり合ってしまった。

 その結果が神殺し、ができるらしい精霊眼とかいう魔眼になった。という訳だよ」


 煩わしいと感じて一気に語ってしまう。


 それにアルニカは、レタスを挟む箸を途中で止め、口をポカンと開いていた。


「…………その理論、ティラスメニアで語れば何かの賞をいただけたわよ」


 やっと口を動かしたと思ったら残念そうな声色。


「別に賞が欲しい訳じゃ」


 ない、という言葉は、しかし来訪者を告げる甲高い音にかき消された。


「どちら様ですか?」


 インターホンの映像部分を見ながら問う。


 だが返事も、映る筈の姿もない。


 不審に思いながらドアの前まで行き、外を窺うも、見えない。


 一応は学生寮なのでイタズラと考えるのは無理がある。


 警戒しながら扉を開く。


「……誰も居ねぇー」


「いえ、居ますよ」


「うおっ!!」


 扉の陰から感情の欠けた声が響く。


「……って、酸漿奈々美?」


「はい、酸漿奈々美です」


 ぬるり、という擬音が合いそうな柔らかい動きで姿を見せたのは、昨日戦いを繰り広げた筈の酸漿奈々美。


「何でここに……?」


 ゆったりとはしているが、また何かしらの嫌疑がかかって襲来してきたのか、そんな気持ち身構える久澄に、奈々美は両手を差し出した。


「引っ越しそばです」


 ガクン、と目に見えて姿勢を崩す。


「改めて。お隣に引っ越してきた酸漿奈々美です。女性特有のイヤらしい声が聞こえてもスルーでお願いします」


「どうもこれは丁寧−−じゃねー」


 呆れ混じりにツッコむ久澄だったが、奈々美がコテンと首を傾げてる様子から、ボケた訳ではなかったらしい。久澄は無表情だから判断が難しいな、とこの空気に馴染み初めて−−


「違う違う。何でお前がここに居る」


「貴方を捕獲できなかった罰として、マギを首になったので」


「それはご愁傷様に。それで? ここは学生寮だ。アパートやマンションは他を当たった方がいいぞ」


「……ああ、語り忘れていました」


 語り忘れていたのかい、という盗み聞きをしているアルニカの声が聞こえてきたが気にしない方向にする久澄。それを見た奈々美も合わせる。


「罰としてマギは首になりましたが、寧々さんが来るまでの時間稼ぎの点が評価されて追い出される、もしくは殺される事までは避けれたみたいで……そんなフリーのわたしに寧々さんが『久澄碎斗の監視よろ』と言ってこの場所に必要機材全部送ってしまったので」


「……流石に世界のトップ。それじゃあ、学校も?」


「入学した事になっているらしいです。一年二組に」


「ほんと何でもありだな……」


 そんな相手に立ち回れるのか、と若干久澄は不安になってきた。


「……そういえば、ATMの方はチェックされましたか?」


「ん? いいや。何で?」


「寧々さんが謝礼として百万円を入れたそうなので」


「! 百万!?」


 何に使おうかとすぐに思考し始める。それだけ聞けば醜いが、その使い道が日常雑貨にしか向いていないのを見ると、一概にそうとも言えなくなってしまう。


「少なくてすいません。本当は一千万円だったのですが、寧々さん曰わく『精霊眼がほんとだったから九百万円私の懐に入れでも問題なし』って言って」


 その言葉に、久澄は錠ヶ崎寧々にまつわる一つの都市伝説を思い出した。


「なあ、錠ヶ崎寧々さんは相当な守銭奴で、集めたお金も銀行に一切預けず、自身の魔術でロックした金庫内に入れているって聞いた事かあるんだけど」


 思い出そうとしているのか、コテン、コテンと首を何度も傾けて「ああ」と、


「その通りですね。個人資産は全て金庫に詰めてますよ。お金を守りたくて封印魔術を身に付けたそうですよ」


「まじかよ……ちょっと幻滅し」「嘘ですけどね」


「え?」


「金庫云々はあってますが、封印魔術を身に付けた経緯は嘘です」


 冗談の分からない人ですね、と付け加え、未だ久澄が受け取らないざるそばを足下に置いた。


「わたしは引っ越し作業があるのでこれで」


「あっ、ちょっと待てよ」


 そばを持ち上げながら久澄を言葉をかける。


「? 何でしょう?」


「引っ越し手伝うよ。お前の魔術はそれ向きじゃないだろ」


「何言っているんですか?」


 昨日比喩ではなく命のやり取りをしたばかり。この疑問も当然と言えた。


「何って……まあ、善意?」


 もちろん嘘である。MGR上層部との繋がり。そして隣の部屋・・・・の住人という二つ打算がありの発言だ。無論、表面には出さないが。


「……なら、よろしくお願いします」


 疑惑は拭われていないが、それでも損得を考えた結果だろう。頭を下げた。


「んー、じゃあちょっと待ってて」


 久澄は部屋へと戻り、そばをテーブル上に置き、朝食をかき込む。


「そば食ってていいよ。だから洗い物よろしく」


「んっ、りょーかい」


 久澄の異例な行動の裏にはいつも何かしらの正当性があると知っているアルニカは、間延びした声で送り出した。


「お待たせ」


「早食いは身体に悪いですよ」


「それは満腹中枢の話だろ」


 特に重苦しい空気もなく会話をしながら奈々美の部屋へ。


「ふむ」


 久澄の部屋の二倍はあろうかという洋室にベッドと洋タンスが一つ。段ボールが二つ。


 寮は基本的に無料で住めるが、プラス幾らか出すことで女子寮と同じ広さの部屋を選べるのだ。


「やはり広いな……酸漿の荷物が少なすぎるせいかもだが」


「必要最低限です。では早速、本当の目的は何ですか?」


「……見破られてた?」


「下心まる見えです」


 久澄は少しうなだれたくなる。


 ただ、要件を振ってきてくれたのはやりやすいな、なんて考えられる程度には余裕のあるお願いだった。


「まあ、簡単な話。アルニカをここで預かってほしいんだ。必要な品は俺持ちでいいから」


 深すぎず、礼をする。


「……いいんですか? それは貴方の意見であって彼女の意見では」


「構わないわよ」


 ドアからひょっこりと顔を覗かせるアルニカ。


 久澄としても、『空の操手』の力で聞かれているのを前提として話していたため驚かないが、それを知らない奈々美の心には驚きが生まれる。


「てかお願いしたいわ。あそこ狭いし、碎斗の匂いのせいで眠れないから」


 臭いではなく匂いだったのだが、言葉の上での違いなど分かるはずもなく、久澄は二度と女性を部屋に入れない決意を固めた。


 久澄の決心とは別に、奈々美のもろもろに対する動揺はそんな理由を並べられたところで消える筈もなく、首を縦には振らない。


 これでも駄目かー、なんて気楽に考えたアルニカは、最終兵器を使用することにした。


「大丈夫よ」


「?」


「私は貴女より強いから」


 過去、魔物、人間隔たりなく怯えさせたスマイルを向けられ、奈々美は本能の従うままに首を縦に動かした。









「−−というのが初日の報告です」


「天才も形無しね」


 〈塔〉の上層階。東に夜霧新。西に錠ヶ崎寧々という二大トップの部屋が最新鋭の科学と封印魔術のかけられた壁一枚で隔てたれ空間に、酸漿奈々美は報告に来ていた。


「というより……ますます読めないわね久澄碎斗君。それで、結局『生きている意味』とやらの答えは教えてもらえたの?」


 寧々としては、奈々美にマギを止めさせる理由などなかったのだが、以外に彼の最後の言葉に食いつき、様々な立場を偽造する上でマギであるのは支障があると感じて止めさせたのだ。


 正直なところ、久澄碎斗への監視は付ける予定であったし、マギ隊長、酸漿奈々美の脱隊は夜霧新につけ込ませる隙をなくせるので決して悪い話ではなかったのだが。


 奈々美は寧々の質問に、何度か首をひねり、「ああ」と今思い出したみたいな声を上げた。


「結局答えてもらえませんでした。ふざけて『寧々さんと結婚すること』と言ったら応援されました」


「嘘はいいから」


「バレましたか」


「ふざけた言葉は全部嘘でしょうに」


 首を横に振り、呆れを示す。


「ええ。本当は『マギとして役割を執行する』のが生きる意味だと答えました」


「まあ、そうなのかもね」


「正確にはそうだった、ですけれどね。『マギとしての立場を失ったお前の生きがいはなんなんだ? 今、死にたいと思わないってことは、他に何か理由があったんじゃないか』って言われましたよ」


「彼も難しい事を言うわね。まるで、奈々美の生まれを知っているみたい」


「まあそれについては否定できかねますが。どうやら私はかなり恨まれているようで、ヒントもくれませんでしたよ」


「なんで?」


「アルニカさんを殺したから、らしいですよ」


「あー、そうね。奈々美覚えておきなさい。この世には死んで喜ばれる人間と悲しまれる人間が居る。アルニカさんは後者だったって事よ」


「マギに回されてたのは前者と。成る程、勉強になりました」


 頷こうとして、彼女はとある事を思い出した。


「そういえば、水仙蒔華の方に動きがありました」


「! どんな!?」


 寧々は身を乗り出し訊ねる。これは、それ程の情報だ。


「水仙蒔華が抱える神の子の力の一端を振るえ、世界に四人しか実在を許されない終始の聖痕保持者である聖人の一人、結神契ゆいがみちぎりが日本支部へ向かっているそうです」


「……なんのために」


「最近発現した科学と魔術の複合児ハイブリッドである第三位、水城飛鳥を殺すためらしいですよ」


 その情報に、寧々は思わず目を見開く。


「あの人は戦争でも引き起こす気!!」


 奈々美は首を振った。縦に。


「肯定ですね。内部分裂の話も表に出ているようですし、その隙にMGR社を滅ぼしてしまおうと考えているみたいです」


 寧々は苛つきを口にしないために頭を掻きむしる。


「分かった。それは夜霧新にも告げ、暗部で内々に処分するわ」


 暗部は存在しないもの。結神契を追い出せれば戦争は回避できる。


「いえ」


 だが珍しく、寧々の最善の策に意見する。


 視線で先を進めるよう告げた寧々に奈々美は静かに口を開く。


「久澄碎斗さんを使いましょう」


「何を言っているの?」


 言葉に、小さい怒気が混じる。


「久澄碎斗はランク〇。この街の正式な戦力として認められるのはランク1、つまり才能が発現した者のみです。だから」


「そうじゃない」


 的外れな言葉の羅列に業を煮やし、途中で口を挟む。


「ランク〇だからこそ、久澄碎斗はなんの力も持たない一般人だ。今回は聖霊眼の力で立ち回ったとはいえ、あれは例外でしかない」


「ふむ、前提が間違っていますね」


「どういう意味?」


「まず第一に。寧々さんの魔術は、精霊眼の力の全てを封印できたわけではありません」


 寧々が向けた視線と発した沈黙は、それが既知の事実だと告げるものだった。


「では第二です」


 力の漏れがあると知りながら、それでも久澄を『一般人』と評したのは、結神契がそんな力では立ち向かえない存在だと知っているからだ。


 そして『一般人』としたのは、彼のもう一つ、或いは二つの力を知らないためだと悟った。


 だから告げる。世界の闇の一端を。


「彼−−久澄碎斗は、『恐苛』の力を振るう者です」


 寧々の目が、目に見えて見開かれる。


 結神契の情報を教えられた時より大きな衝撃を受けているのは明白だ。


「ただ異質ではあります。恐苛憑きでも恐苛交じりでもありません。無論、恐苛そのものでも。しかし、恐苛としか思えない力で戦っていました」


 奈々美の脳内には、紅く光る瞳や血液を爆散させようとなお立ち上がる久澄の姿が流れた。


 それは一瞬。すぐに振り払う。


「副次物の力を人の身で使役するものか」


 彼女は恐苛を副次物と表す。その意味を奈々美は知らない。


 だがそれは奈々美の知れる事でもない。


 だから寧々は、自ら口にした名称が誰かに謎として受け止められるのを知りながら、気にせず、自身の内に散りばめられたピースを再確認する。


 神をも殺せる精霊眼の力を、十全ではないとはいえ、それでも寧々の手が出せないに領域に晒されながら、正気を保っている少年。


 そんな彼は、恐苛と呼ばれる副次物の人外の力を人内にて振るうという。


 久澄碎斗は、あの夜霧新が作った唯一の例外。魔術サイドに付け込まれる隙になると分かった上でここに入学させた男。


 もしくは、付け込ませる事が目的か。


 判りうる限りで既に久澄碎斗は、胡桃渚、水城飛鳥、鈴香赤音、酸漿奈々美、錠ヶ崎寧々、夜霧新というこの街の『特別』と濃い、薄い関係なしに接点を持っている。


 表に居ながら、その特異性は特質な事だ。


「……認識した」


 そう口にする事で久澄という存在がどれほど希有なものかを理解した。受け入れた。


 このような立場に居ると、無理矢理受け入れなければいけない事象が多々ある。だから、慣れているのである。


「久澄碎斗という存在について、あなたの情報源はなんて言っているの?」


 寧々は奈々美より立場は上だが、その情報源は知らない。


 誰かを知らない事が、情報を受け取る条件だからだ。


「今は気にかける必要はないと」


「そう。それで、情報源は実のところ誰なの?」


 これは初めての問いかけ。


 条件は知らない事であり、訊ねる事ではない。


 無論、冗談で問うたわけではなく、本気のものだった。


 これから質のいい情報が受け取れなくてもいい。だがそれでも、MGRでも掴めていない真の意味での魔術サイドリーダー、水仙蒔華の動向を知り得ている存在は驚異であり、もし対等な協力関係にあれるのならそれ程よいことはない。


 だがそれが不可能なのは理解していた。正体を隠しているという事は、明かせない事情があると考えるべきだ。


 それを解っていて、後の利便性を捨てても知りたいという気持ちを感じ取ったのか、奈々美は一回頷き、告げた。


「九氷果です」


 その答えを聞き一瞬思考を停止させ、次には大きく溜め息を吐いた。


「明かせないという事ね。わかった。もういいわよ」


 それは奈々美の冗談だ。


 九氷果いちのくひょうか。MGRや魔術師が指名手配している女性。


 まだ科学と魔術が交わらなかった頃。魔術師の世界には序列付けが存在していた。


 選ばれるのは十名のみ。あとはその他として扱われる。


 彼女が序列入りしてから彼女の離反までの十年間、九氷果は第一位を、世界最強の座を守り続けてきた。いや、現在でも世界最強は彼女のものだろう。


 魔術師序列元一位にして、聖人ランク第二位。さらに天災と事象改変、その両方の属性兼ね備える魔法を操る者。


 そんな彼女だからこそ、考えついてしまったのかもしれない。



 神殺しなどという突拍子のない事を。



 魔術師側がそれを許すはずもなく、彼女は追われる身となった。


 しかし今まで、彼女を捕まえられた者は居ない。


 そして酸漿奈々美。彼女は、九氷果を捕まえるための兵器として生み出された。


 そこに協力関係が生まれることは、万に一つもない。


「わかりました。ではこれからわたしは『けーき』と言うものを食べに行くのでさようなら」


 退室命令の出された奈々美は、軽く一礼し、背を向けた。


 そしてその姿が見えなくなったところで一言。


「私も行ったら面白い事になるかしら?」


 寧々にとって真面目に呟いた一言だったが、残念無念世界がそれを許さない。


「はあ、お仕事かったるい」


 彼女にしては珍しい本音は、しかし闇に溶け込み虚しく消えていった。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「なに、俺って信用ないの?」


 夏の日差しにアスファルトの道は焦がされ、蝉の鳴き声が耳に煩い夏は、学生に夏休みの感を持たせる。


 渚との(一方的な)約束を守り夏場に暑苦しくもケーキバイキングの誘いの連絡を回したのだが、集まったのは三人。


 一人は無論、胡桃渚。


 もう二人は、


「あのねぇ、夏休みなのよ。普通は予定入っているに決まってるじゃない」


「萌衣、ちゃん、それ、じゃあ、私達が、普通じゃ、ない、みたい、だよ」


 冷たく言い放った萌衣に、日本人形のような黒髪の合間から目をオロオロ動かしながら独特のリズムで、それでも芯のある声音にてツッコむのはクラスメートの和ヶ原和わがはらのどか


「って言ってもさ、和ちゃん。私達もアイスケーキバイキング行こうと計画していたところに奢ってくれるときたらね。それに……」


 チラリと渚に視線を移す。


「久し振りね、渚」


 話しかけられ、明後日の方を向いていた渚は向き直り、一礼する。


「お久しぶりです、萌衣さん。元気そうで何よりです」


 失礼さが欠かれた普通の敬語。


 萌衣が和を渚に紹介し、女子三人は勝手に目的地へと歩き始めた。


 久澄は空気を読み、幾分後ろからついて行った。







 四区は学生のテリトリーであり、その分ニーズも値段も学生用に合わされている。


 夏場人気のアイスケーキバイキングは、六十分食べ放題で二千円。


 コストパフォーマンスはどうなっているのか久澄は考えていると、目的の場所に辿り着いた。


 店内に入ると、適度な冷房の冷たい風が火照った身体を冷やし、四人の身体を一瞬、震えが襲った。


「いらっしゃいませ。四名様でよろしいでしょうか」


 白と黒の店指定の制服を身にまとった顔立ちのよい男性店員が、席案内のために確認する。


「いえ、もう一人連れが」


 と、言ったところで、先程四人の通った扉が開かれ、日差しの熱が店内に入り込む。


「ちょうどよかったみたいですね」


 初見とは違い、ラフな格好に身を包んだ奈々美の姿を確認し、久澄は「五名で」と店員に改めて告げ、入り口から少し離れた席へ案内された。






 アイスケーキバイキング。


 無論、アイスなため、その形を保つには零度以下でなければならない。


 だが店内自体を零度以下にするわけにはいかず、典型的ではあるが、スーパーマーケットのアイスコーナーでよく見るような、長方形の箱の中に冷気を充満させ、アイスを溶かさない、という方法が取られている。


「ああ、そう言えば」


 そのシステムに頭を巡らせていた久澄は、頭の活性化により別の事柄を思い出し、言語化した。


「アルニカ、バイト受かったんだってな」


 顔を斜め前に座る奈々美に向けているため、他の三人は反応しない。


 そして三人とも、自分が知らない固有名詞が出ようと、それを無闇に訊く程礼儀知らずではなかった。


「ええ、社会、というより日本勉強という感ですけれどもね。今日のこの時間はシフトが入ってしまい、来れないことを残念がっていましたよ」


「ああ、聞いたよ」


 それはなんとなしの事実確認だったため、会話はそこで終わる。


 それを狙って、隣の席の萌衣が指先で二回、久澄の太ももをつつく。


「ちょっとお花詰みに……」


 そのタイミングで席を立ったので、久澄は秘密の話があるのだと判断し、少し遅れて席を立った。


 客や店員の居るホールからは死角になる程奥まった位置にあるお手洗い。


 そこには男子用、女子用、障碍者用の他に従業員のみが立ち入れるロッカールームがある。そこの扉が数ミリ開かれているのを視認し、久澄は念のため音に気を付け、その中へ立ち入った。


「電子ロックを破るのは、犯罪だぞ」


「つい最近、似たようなことをやったあんたには言われたくないわ」


 真面目な話の前座に軽口を叩き、二人は向き合った。


「それで、ご用件は」


「注意をね」


 トイレと偽っている以上、話は早めに切り上げなければいけないと、さっさと口火を切った久澄に対し、萌衣は比較的ゆったりとしたリズムで話し始めた。


「色々調べさせてもらったわ。まさか、精霊眼保持者になってるとは思ってなかったけど」


「俺も認知してなかった事実だよ」


 肩を竦める久澄に、萌衣は苦笑いで返した。


「魔眼に恐苛。こんな異常を二つも抱えたあんたの存在が知られたら、面倒な人物が動き出すかもしれないから」


「面倒な人物?」


 反復する久澄に「そう」と頷く。


「夜霧冷夢。夜霧史上、最も凶悪な性質を持つ科学者。人口魔術師計画を始め、最近の様々な実験には彼女が関与している」


「それで?」


「彼女の目的は不可能を可能にすること。臓器が定位置にしか在れないと言われれば臓器を動かし、人を造れないと言われれば造り出す」


「いかにも夜霧らしいが……いや、夜霧らしくないのか」


「ええ。夜霧は基本、自分の欲のためには動かないからね」


 話が逸れた、と萌衣は軌道修正する。


「彼女が今、手がけているのは不死身の人間を造る実験なの。あんたのは寿命の先送りでしかないけれど、貴重なサンプルには違いないでしょ」


 久澄は一瞬、左手に意識を落とそうとしたが、とあることに思い当たり、それを口する。


「もしかして、お前とお姉さんさんが夜霧を脱した理由って」


「お姉ちゃんが宿している恐苛は不死鳥だからね。完全ではないにしろ、理想形ではあったから」


 頷きと共に返す。


「あのお姉ちゃんが夜霧を脱しようとまで考えた相手。けどその脅威は、物理的な戦闘能力ではない」


 萌衣の姉−−夜霧舞華には比喩でもなんでもなく、ミンチにされた記憶のある久澄は、確かに戦闘能力以外の要因が絡まっているに決まっているよな、と呑気に考えていた。


 しかしそんな思考は、萌衣の一言が凍りつく。


「気を付けなさい。夜霧冷夢は、どこにでも居る(・・・・・・・)」


 その言葉の意味を久澄が理解する前に萌衣はさらに続ける。


「夜霧冷夢は姿形、性別全てを変えた自分と脳波の同じクローンを街に住まわせてる。彼女の脳は司令塔の役割を果たし、クローンから同型脳波を利用し送信される情報を受け取り、実質、この街の全てを理解している。さっき案内してくれた店員が夜霧冷夢かもしれないし、隣の席の外人客が夜霧冷夢かもしれない」


 絶句する久澄の腕を萌衣は引っ張り、


「夜霧と戦うということは、そういうことよ」


 冷酷に聞こえる声音で彼の耳元に囁き、二人でロッカールームを後にする。


 久澄の耳に、扉の閉まる音が嫌に響いた。






「これはまた、珍しい光景……だよな」


 道中で頭を切り替えた久澄は、自席にて繰り広がるものに、珍しい風景を目にしたように呟く。


 驚きの原因は視線の先、テーブルに残っていた三人が和気藹々(あいあい)と喋りあっていることだ。


「そうかしら。私からしたら、当たり前。猫屋や風間が来ないと知って、この場は円滑に進むな、と思っていたわよ」


 久澄の呟きに反を論じ、萌衣は自然体でガールズトークへ入り込んでいった。


 『ガールズ』なため、ボーイである久澄が割り込めるわけもなく、若干の疎外感を心の内にしまい込み、残り少ない時間で五人分の元を取ろうとフォークを進め始めた。







 −−夕刻。


 仲良くなった女子四人組は、そのまま買い物へ向かうと言ったため、適当な理由を付け家に辿り着き、久澄はベランダで一息ついていた。


「はあ、明日は体育祭か……確か、酸漿も明日転入してくるんだよな」


 事実確認のように情報を口に出していく。


「体育祭の日に転入っておかしな話だよな。団体戦には出れないし……俺もだけれど」


 そう。練習期間中、この世界に居なかった久澄は、二人三脚のような誰かとバディを組む競技には出場できない。


 それはつまり、日本支部体育祭一の盛り上がりを見せる決勝にも出場できないことを指す。


「けどま、俺は無才能だし。そもそも決勝には川上学園が進むだろうしな」


 頭の中で夏休みの宿題と共に配られたトーナメント表を広げ、嘆息する。


「それより、も」


 これ以上は口に出すことはせず、内で処理を始める。


「あれ、碎斗?」


 だがそれよりも早く、隣のベランダから聞き慣れた−−アルニカの声が響いた。


 ベランダには家と家とを分ける壁があるのだが、そんなもの空の操手の前ではないも同然。


「ああ。どうだった、バイト」


 思考を一旦止め、久澄はアルニカとの会話を始める。大事な考えを遮られ、あまり苛ついていないことに、彼自身気付いていない。


「んっ、店長さんいい人だった。確か、安城冷夏さんって言ったけな」


「何だ、あの八百屋で働いているのか」


 知った名を聞き、久澄は苦笑いを浮かべた。


「てかあそこ、バイトなんか必要なのか? というより、お前の身分証明は……酸漿が?」


「早い早い。ちゃんと答えるから。まず身分証明、それは碎斗の言うとおり、奈々美ちゃんが色々工作してくれたらしいの。確か、空間移動系才能保持者ってことで。ちなみに学歴は高校中退だって」


 アルニカの説明は、どこか台本を読んでいるような違和感があった。


 それは、奈々美に説明された経歴をそのまま記憶をなぞり、口にしているだけだからである。


「それでバイトだけれど……店長によると、なんか一緒に働いていた人が行方不明らしくて。それで急遽、みたいな理由らしいよ」


「一緒に働いていた……」


 久澄の頭には、「ニャ」が口癖の黒髪の少年が浮かんだ。


(そういえば、学校にも居なかったような)


 意識していなかったため考えもしなかったが、探ってみても会った記憶が存在しない。


(姐さんをほっとくなんて……あいつらしくないな)


 重度のシスコンである少年の性質を思い浮かべ、多少気にする程度の認識で頭に留めておいた。


「それより、碎斗、大丈夫?」


 急な話題変換。心配気な声が久澄の耳朶を叩く。


「なにがだよ」


 それは本音。客観的にも主観的に見ても、今の自分におかしなところはないと久澄は判断している。


 だが雰囲気。纏う空気が先程しようとした思考を引きずり、いつもと違ったのは彼では気付けない。空の操手でないと解らないくらいの違和感だから。


 それはつまり、アルニカには理解できるということ。


 アルニカは、自身の感覚を確証に変え、問いかける。感じていながら決して踏み込めなかった一線を。


「碎斗、あなたは……何を抱えているの?」


 久澄の思考、動きが止まる。決して踏み込まれなかった一線が、越えられたから。


 しかしその事象すらも流動的な事柄。久澄の精神は、その程度では何も感じない。


 だからこそ告げる。無感情な声音で。


「何も。何らかの特別を抱えて俺は生きていないよ」


 それは真実。久澄は、アルニカのような『特別』を抱いて生きてはいない。


 久澄の過去は、世界でありふれた一つでしかない。少なくとも、彼の中では。


 アルニカはそれを誤解しない。


 久澄が無感情な時はいつだって、それが本物の言葉だから。社会に適応されるための仮面の心ではなく、数少ない素面の精神だったから。


「そう」


 だからそう言って、この話題を終わらせた。


 最後の一歩を踏み出せなかったことに公開する日が絶対に来ると、アルニカはなんとなしに予想した。


 けれどそれが、今のアルニカができる唯一のことだった。


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