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ファクターズ  作者: 綾埼空
一話 精霊眼
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二人の違い

 暗く冷たい部屋。存在しない研究室の室長、夜霧冷夢の手と運により、わたしは生まれた。


 冷凍保存されてきた優秀な人間の様々な遺伝子の掛け合わせ。ヒトでありながらヒトと全く違う創られ方をした異形。


 しかし、わたしは欠陥品であった。


 現在MGR社魔術側の代表である錠ヶ崎寧々の実力を越えているのが最低条件、過去、世界最強として記録され、現在逃亡中の九氷果を殺して及第点。


 だがその才がないと〇歳の頃に判断された。


 しかし、後続が生まれるまでは生かされる事となった。ただし、実験動物としてだが。


 そして不幸にも、後続が生まれる事はなかった。


 物心がつく前の赤ん坊の頃に外部から才能を伸ばす事のできる色々な器具を細胞に仕込まれ、まともな食事より、夜霧冷夢が作った薬剤や様々な生物の遺伝子を飲まされた、もしくは入れたれた経験の方が多い。


 言語能力を確立したのは五歳の頃。多種多様な知識を無理矢理詰め込まれ、自分が行われている事の酷さを理解して心が痛み以外を感じなくなったのは六歳の時。


 感情が失われた事も実験材料にされたが、一年も経たない内に興味が薄れたのか、殺処分が決まった。


 正直やっと死ねる、と思ったが、夜霧冷夢が考える殺処分とわたしの考えた一般的な殺処分は違った。


 夜霧冷夢は脳だけを摘出し、その脳へ様々な情報を送る。それによって生まれる反応をデータ化するための道具に変えるのが、夜霧冷夢の殺処分であった。


 その時遂に、わたしの心はなにも感じなくなった。


 そしてその日が訪れた。


 だがしかし、わたしを待っていたのは永遠の実験動物ではなく、魔術側という初めて自分が証明される場所だった。


 魔術側リーダー錠ヶ崎寧々が夜霧不変と夜霧来夏という夜霧を代表する二人を殺す事で夜霧新を脅し、夜霧冷夢を止めさせ、そこで造られたわたしは魔術側として保護された、という経緯らしい。


 そして錠ヶ崎寧々の魔術で記憶を別枠として封じ込める事でこれ以上の感情の破壊を阻止。


 だが生まれが生まれであるわたしが表に出る事はできず、裏である『マギ』に在席。


 夜霧冷夢にあのような扱いを受けていたため、自分の実力は極端に低いのだろう、と考えていたが、その逆、マギに居る全魔術師を倒してしまい隊長へ。


 事情を知らないメンバーから天才ともてはやされ、得意魔法である天災と掛け、異名が[天災]となった。


 そして九年の月日で、ようやく心の中で感情を示す事ができるくらいには回復したが、未だあの恐怖は忘れられない。


 最強の事象改変使いである錠ヶ崎寧々による封印なのだが、それでも多少の事で思い出されてしまう。


 その時は、絶対に感情をコントロールできない。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 感情の爆発によりアルニカを殺してしまった奈々美の感情なき瞳には、それが映った。


「精霊眼」


 再びその名が口から漏れる。


 それに内蔵されている力は確かに神という概念を殺せるのではないか、と思わせるものだった。まさに魔の眼。


 だがあれを魔眼として見ていいのか、という疑問も脳裏をよぎった。


 久澄が開いた左目。その瞳には−−




 −−何も変化はなかった。




 魔眼には基本的に紋様と呼ばれる魔力の塊が宿る瞳に描かれる。


 異質な魔眼使いと呼ばれるとある男も、両の瞳に紋様を宿していた。


 そもそも魔眼の力の源である紋様がなければ、一体あれ程の力はどこから出ているのか。


 しかしそんな疑問に答えが出る筈もなく、久澄に変化が起こった。







 久澄の左目は、正確には潰れていなかった。


 左目に眠る精霊眼の力が、現界するための接続部分である左目を守ったのだ。そしてそれにより覚醒。


 全てはあの鈴の音が伝えてきたような事柄に従った結果。


 そして世界が壊せそうな程の力が全身を巡った。


 世界の全てを視る事のできそうな力。


 しかしそれを振るう事はしなかった。


 解っているからだ。それを振るえば循環の蛇でも再成できないような『死』が訪れると。


 だから久澄は、その力を原子を視て、操るだけの最弱の魔眼−−原視眼のレベルに落とす。


 そして、



 五行三祿の自然色、雷の式、一式、雷駈。



 空気中の電子を無理矢理体内の電気信号に変え、その身の身体能力を強化する。


 それは血の力と合い交わり、人間から一歩逸脱した力を現す。


 彼我の距離は二十メートル。普段なら三、四秒かかるが、雷駈の力を足に全て込めた現在の久澄は、前に跳躍する事で一瞬で詰める。


 しかしそれは、奈々美を狙ったものではなかった。


 その横−−アルニカを回収して、再び二十メートル程の距離を開ける。


 互いの間合い。だが久澄は、奈々美から視線を外した。


 チャンスだと魔術を使おうとしたが、叶わなかった。


 久澄が精霊眼としての力を全て解放したからだ。


 無色の力の流れは、アルニカを包み込んで−−消えた。


「何を……?」


「俺の精霊眼の力は、運命への改変力」


 アルニカを救えた久澄に怒りはない。


 だから、理解の追いついていない奈々美に教えるように呟く。


「だからその力を使い、アルニカが死んだという運命を改変し、なかった事にした」


 奈々美はおののく事しかできなかった。


 脳と心臓。この二つを破壊された生物を救う技術は、今現在のMGRにはない。それはつまり、最強の事象改変使い、錠ヶ崎寧々でも不可能であるのを指している。


 さらに久澄が言った運命への改変力。それは、運命という決まった事象に干渉し、ねじ曲げるという事。そんな力は、神にしか持てない、人の身に宿される可能性がある事態が禁忌なのではないか。


 先人が行き着いた答えに辿り着いた奈々美は、小さく、しかし確かに拳を握り締めた。


 それを見た久澄は、首を横に振った。


「止めよう。結果は分かるだろう?」


 分かっていた。だが奈々美の拳が開かれる事はない。


「……そうか」


 それを見た久澄は、電子を操り、アルニカの神経に軽く電気を走らせた。


「びりったー!!」


 奇妙な声と共に、ぼんやりアルニカの意識が覚醒する。


「ほら、空間転移使え」


 あろうことか、何も認識できていないアルニカの身体を上へ放り投げた。


「えっ!? うわわっ」


 アルニカの姿が空中で消える。


 この場所を上手く分かっていないアルニカがすぐに戻って来る事はできない。


 奈々美が言ったのだ。この場所は普通では入れないと。


 ならば、多少の時間、彼女の空間認識にも引っかからない場所にあると考えるのが妥当。


 そして、その時間で全てを終わらせる。


 久澄は、精霊眼を原視眼の力にし、雷駈を使用した。





 その全てを見ながら、奈々美は魔力を練っていた。


 奈々美が与えられた役割は、精霊眼保持者、久澄碎斗の捕獲。


 自分が唯一自分として存在できる場所に与えられた命に背くわけにはいかない。


 まるで存在証明のように、酸漿奈々美は勝ち目のない戦いの狼煙を上げる魔術を振るった。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 十秒で準備運動を終えた渚は、記憶を頼りに〈塔〉の内部を駆けていた。


 だが、ここまで駆けて誰とも遭遇しないのは、逆に不気味に感じた。


 まるで、胡桃渚と夜霧冷夢を確実に会わせるために、〈塔〉に居る者達が何らかの理由を付けられ中には居ないかのように。


「……………………」


 それを思考してしまった渚は立ち止まり、引き返そうと考えた。


 このようなチャンスはなかなか、もしくはもう訪れないものかもしれないが、それが全て夜霧により導かれたものなら、危険この上ない。


 後ろ髪引かれる思いを感じながら、渚は背を向けた。


 しかし、


「あら」


 悪意は既に渚を冒していた。


 痩せぎすな体型に、色彩が抜けたような白い長髪。瞳は死者のような淀んだ鈍色で唇は青白く、乾燥した不健康そう。そんな要素を揃えながら、それでも美人だと思わされる白衣をまとった長身の女性。


 渚が振り向いた先に、夜霧冷夢は歩んでいた。


「渚ちゃんじゃないか」


 その声は冷たかったが、同時にそれとは違う、おおよそ生物にかける要素が皆無な色を持っていた。


 いや、持っていたというのはそれの正しさを表していない。彼女の声には感情が失われている、といった方がいい。


 しかしそれは、久澄や奈々美のとは違う。あらゆるものを造り、壊し、崩し、切り、繋ぎ、砕き、潰し、治し、溶かし−−というあらゆる実験を繰り返してきた夜霧冷夢には、人間も埃も変わらなく平等なものでしかない。


 埃に感情を込めて話し掛ける者は居ないように、夜霧冷夢は人間を人間として認識していながら、それでも価値観が変わらないため、感情が混じる事はない。


 それは、自分が生み出した(・・・・・)少女に対しても変わらない。


「会いに来てくれたのか。嬉しいね、君は特別だから。また、実験させてくれよ」


 ゾクリと背中に悪寒が走り、膝が恐怖で振るえる。


「だがね」


 夜霧冷夢の肩が残念そうに落ちた。


 実験以外でここまで感情らしいものをこの女が出したのを、渚は始めて見た。


君達・・は新くんの計画に必要らしくてね。これ以上壊すと、ワタシが殺されてしまうのだよ」


 トボトボと、夜霧冷夢は渚の横を本当に何もせずすぎていく。


 渚は動けなかった。恐怖から安堵の振り幅が大きすぎて、脳が追い付かない。


「ワタシも死ぬのは怖いからね」


 しかしこの一言を聞いた瞬間、渚の中ではじけた。怒りが。


「夜霧冷夢ー!!」


 渚から放たれたのはゴム弾なんて甘い物ではなく、本物の銃弾。


 左右に敷かれた電磁力により、個人で電磁力砲に近い威力を発生させる。


 その速さは後ろを向いている夜霧冷夢にはかわせるものではなく、そのとおり心臓が穿たれた。


 しかし起こるべき大量出血が起きない。


 血はかなりの量、出ているものの、血液のポンプである心臓に穴空いたにしては少量。


「いっったいなー」


 苦痛に顔を歪ませながら、それでも夜霧冷夢は立ち上がる。


「ワタシの心臓がにあったら死んでたじゃないか」


 ヌラリ。そんな擬音が合いそうな振り向き方をする。


「まあ、生きているから万事オーケーだけどね」


 そのまま何も言わず、適当な部屋に入っていった。


 そこから特殊な手順を踏み、彼女の本拠である存在しない研究室に辿り着けるのだろう。


 本当は渚が知らないだけで、この〈塔〉にある全ての部屋から存在しない研究室へ行ける。


 運悪くその手順を自室にて行ってしまった者は、一生帰ってこれないと伝えられている。


 だがそんな事実、今の渚にはどうでもいい。


「−−−−−−−−−−」


 恐怖がピークに達した渚は、声になっていない悲鳴と共に、才能を使い全速力で逃げ出した。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「錠には鍵を、鍵には錠を」


 ガチリ、と鍵の閉まる甲高い音と共に久澄の動きが止まる。


 久澄が優勢だった戦いは、そこで終わる。


 久澄が鬼人化状態のみで互角である奈々美が、そこに原視眼を入れられて勝てる筈がないのだ。


「寧々さん」


 そして倒されかけていた奈々美の元へ黄色いボブカットの髪をなびかせ現れたのは、MGR魔術師代表、錠ヶ崎寧々。


「あんたが、錠ヶ崎寧々」


 動きを止められた状態で、久澄はその容姿と教科書の写真を比べる。


 夜霧内で夜霧新が研究するのは生物の細胞。


 その末、細胞の老化自体を止められるようになった彼は、有力者の中から望む人間にその方法を執行した。


 そのお陰で古参の夜霧、一部上層部の魔術師は老化を抑え、若い姿のままMGR本部や日本支部を管理している。無論、身体の機能も。


「奈々美、流石の貴女でも精霊眼の覚醒者には適わないわよ」


「……いえ、彼は……」


「知ってるよ。ただ精霊眼の力に呑まれてしまう。そういう意味だ」


 自分がかけたロックに久澄が対抗しようとしないためか、寧々は彼に意識を向けず奈々美と会話をしていた。


「まあ、てな訳で、マギに通達した精霊眼保持者の捕獲は終了だ」


「はい……」


 奈々美は理解していた。錠ヶ崎寧々自体が出てきたという事は、マギの手に負えると判断されたからだと。


「まあ、処分の方は後々に。まずは、彼だ」


 ようやく寧々は久澄の方を向いた。


「さて、君の精霊眼を封印ロックさせてもらおうと思うのだが」


「できるのなら、構いませんが。いいんですか、元々俺は殺処分の予定だったんですよね?」


「まさか精霊眼が個人で抑えられるとは思っていなかったからね。封印できるならそうするのが我々魔術師の正解なんだよ」


 成る程、夜霧とは違う、と肩を竦めようとして動かないのを思い出し、止める。


「ああ、封印する前に聞きたい事が」


「分かりませんよ」


 寧々の言葉が終わる前に久澄は答えを先回りした。


「いつの間にか禁忌指定された。いきなり精霊眼とか言われて困っているのはこっちなんですから」


「……そうかい」


 一瞬、韜晦を探ろうとする視線が送られたが、内心はどうであれ一応納得したようだ。


 そうして寧々は、虚空にまるで鍵を閉じるように手を捻った。


 すると全身を縛っていた力が左目に集まり、カチンッ、という金属音が鳴り響いたと思うと、漏れ出ていた力の奔流が消え去流。


「これで封印は終わりだ。実際にあったとはいえ、まともな理解も得させないままの攻撃の謝礼は後日、させてもらうよ。

 それじゃ、〈塔〉から出ていってもらいましょうか」


 トン、トン、ト、トトンとつま先で床を小突く。


 それは、この部屋に仕込まれている転移才能を応用した器具を発動するための条件だと悟った久澄は、言い忘れていた、という表情を浮かべ、奈々美に告げた。


「酸漿奈々美。お前は今、なんのために生きている」


「どういう意」


 味、と口にした時には、久澄の姿は消えていた。


 これでは永遠に答えを知る事ができない、と奈々美は思った。


 ただ嫌に頭に残る。


 生きる意味。そんなもの、自分にあるのだろうか? 初めてそれに疑問を抱いた。


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