精霊眼
久澄は至る所に貼られ、立てられた案内図を見ながら、複雑な〈塔〉の内部を走り回る。
こんな事をするのは、できるのは夜霧新くらいだろう、と考えながら久澄は今回も利用されてやる、と思った。あの夏休みのように。
とそこで、久澄は『マギ本拠』と書かれたプレートのある部屋を見つけた。無論、開く。
そして、一瞬の浮遊感の後、白い密室に出る。
(転移系才能の応用か)
冷静に考察しながら、目の前に居る、もしくは寝台の上に拘束されている二人の少女を瞳に捉える。
「なんで……ここは普通じゃこれない……というよりここは〈塔〉」
表情の変化はないが、口調から驚きが聞いて取れる。
久澄としては、その動揺を利用しない手はない。単純明快、攻撃を仕掛ける。
初めて交戦した時と同じ、右の拳を振るう。
奈々美は舌打ち混じりに地震を起こし壁を作る。
それがくる事を予想していた久澄は、右の拳を止め、左で小さなフック。
それに奈々美は手首を掴み、久澄を回す。
(あ、合気道)
舌を噛む恐れがあるため口にはしないが、今のはそれに属する何かだ。
「酸漿奈々美。渾名は[天災]」
口調は既に落ち着いている。
「天は地に落ち、地は天に昇る」
起動文言。しかし前回からあまり時間は経っていないため、大きいのはこない。と予想した久澄に、突き上げる地震の振動が走る。
体内にある液体が弾ける。
久澄碎斗は、死を迎えた。
『ライフ、オートスタート』
『血管の断裂による大量出血を確認』
『宿主の寿命を二年分を使用し、血管、血液の再成を行います』
『能力発動−−コンプリーション』
『恐苛、循環の蛇、モード再成を完了します』
『オートエンド』
久澄の意識領域下で一瞬にして走った機械的音声は、そのとおり久澄の身体を再成する。
失われた血管と血液が新たに構成され、血管外に出た血液は消滅する。
血液によって紅くなっていた肌も次第に白さを取り戻し、日本人らしい黄色い肌になる。
それに奈々美は心に動揺を表す。
今のMGRの技術があれば条件しだいで死者から情報を引き出す事は可能だ。
さらにここはMGR社本拠地。時間の経過という条件はクリアされている。
だから殺したのだが、再成−−奈々美の目から見たら再生−−した。
そんな特殊才能もなくはないが、久澄碎斗はランク〇。
そんな動揺の隙に、久澄は再び駆ける。
奈々美は自分と久澄との直線上に地割れを起こす。
それを久澄は横に跳び回避。さらに前へ跳ぶ。
駆けるのと遜色ない速さ。
久澄は掌底を奈々美の顎目掛け打つ。
奈々美はそれに再び手首をつかもうとしたが、久澄が掌底を捻り、逆に手首を掴む。そして外側へと捻る。
痛みが走る。外側に捻じられているのを利用し、外側に身体を回して、その途中で足を頭に当て、振動にて脳を破壊する事を考えたが止めた。
それでは死んでしまう。どちらにしても再生されてしまう、と考えたのだ。
だから奈々美は再生しようのない胃への振動にてねじる力を弱めてもらおう、と考えた。
右の手の平を胃へ。そして振動。
不規則で有り得ない動きが久澄の胃を襲う。
急激な吐き気。だが、来ると分かれば耐えられた。
絶対の自身から現れる安堵の隙を突き、久澄は右手の平で掌底。
だが奈々美も素人ではない。すぐに気付き防御の姿勢をとろうとする。
久澄にとってようやく掴んだチャンス。逃すわけにはいかない。
「人口魔術師!」
だから久澄はそれを口にした。
奈々美の動きは止まり、久澄の右が顎に突き上げるように入る。
とっさに上へ跳び威力を殺したが、脳が揺れたのは痛い。
それに、彼は関係者以外に知ってはいけない事を知っている。
触れてはいけない過去を、知っている。
それは、感情の欠けている奈々美から怒りに近い何かを引き出す。
「−−−−−−−−−−−−−−−−」
奈々美が久澄にも聞こえない何かを呟き、後ろへ−−拘束されているアルニカの元へ跳んだ。
そして、魔術を振るう。
脳と心臓を壊され、
あっけなく、
彼女の知らない所で、
久澄の目の前で、
アルニカ・ウェルミンは命を落とした。
「…………ぇ」
久澄の喉から声になっていない音が発せられる。
認識はできている。ありのままに受け止めている。
だからこそ、久澄碎斗の中に感情が生まれる。
「……また、なのか……また俺は」
護ろうとした人が、再び目の前で失われていく。
しかも今回は、関係のない人間が。
「ふざ……けるなよ!」
ぽつりと、感情が漏れ出る。
「ふざけるなよ! 久澄碎斗!!」
その感情は自身に向けられる。
怒り。それは久澄の現せる感情の中で二番目に危険なもの。しかしそれと同時に、この事態にどうすれば対処できるか、彼は思考を巡らせていた。
その時、リン、と鈴が鳴るような音が久澄の脳内で鳴り響く。
「……ああ、そうだよな」
その音が、久澄の感情を冷ましていく。
内蔵された意味は久澄の中で消化され、違和感を覚えず彼は実行する。
久澄は、自分の左の人差し指と中指で左の眼球を潰した。
酸漿奈々美はその光景に理解が追い付かなかった。
突然自分に対しキレ始めたと思ったら、次の瞬間にはいつもの冷たい感じが戻り、左目を潰した。
「なにを?」
この言葉が口から出るのは必然と言えた。
だが−−理解させられる。
久澄碎斗の周りに溢れ出る力の奔流。その質から。
「精霊眼」
タラリと、冷や汗が流れる。
神に仇なす者が受ける呪いである魔眼。神が作り出した呪いであるながら、この世で唯一人の身で神を殺す矛となる失敗作。
目を潰す事が覚醒の条件のように、それは目覚めた。
「……理不尽も不条理も俺は認めない」
スッと久澄の目が細まる。
「だがな……それ以上に俺はお前を認めない。酸漿奈々美!!」
潰れた筈の左目が開く。
そこには−−




