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ファクターズ  作者: 綾埼空
一話 精霊眼
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潜入

 自室に戻ってきた久澄は脱衣場に行った。


 そこで汗で濡れた上着を脱ぎ、洗濯機へ。スボンは掴みがあるハンガーに挟み、後日クリーニングに出す。


 シャワーで汗を流し、すぐに着替える。


 ティラスメニアの最硬鉱石である黒絶対鉱石ブラックオリハルコンと現在地球の軍隊でも使われている刃や銃弾を通さない−−衝撃は通す−−素材の複合で編まれた黒いシャツと、限りなく黒に近い青色のジーンズを穿く。上にはコーデュロイシャツに似た上着を羽織った。上着には前を留める留め具はないが、どういう理屈なのか、どんなに動いても前がヒラヒラとなる事はない。


 これはティラスメニアで魔王になりかけの勇者−−自称勇魔−−戦で着た服。


 様々な猛攻に晒されたが、糸のほつれ一つない。


 さらに全体的に黒いため、夜間目立たずに動くには適している。


 防御面はこれで大丈夫だが、流石に修学旅行の思い出である木刀ではゴキブリは殺せようと、戦闘には使えない。


 だから今唯一の攻撃力である左目−−に宿る魔眼に意識を傾ける。


 しかしうんともすんともいわない。


 魔眼ごとに発動の仕方が違う、とは聞いた事はないが、精霊眼というのが関係しているのは間違いない、と結論付け、久澄は一連の動作を止めた。


 そして腹が減っては戦はできぬ、とばかりに帰路の途中のスーパーで安売りしていた弁当とおにぎりを口にかき込み、胃を激しい運動を阻害しない程度に満たす。(最終的に吐けていないから、今胃に物を納めようとあまり変わらない)


 時計を見ると二十時ちょい。予定の時間まで三時間ある。が、三区離れた一区まで行くには、歩きでそれくらい。(バスが出ているのは二区から六区までで、そもそも二十時を越えたら学生はバスに乗れない)


 準備不足な感は否めないが、久澄は立ち上がった。







 久澄碎斗に協力を頼まれた胡桃渚は、二十時を回る前に寮を出た。


 彼女が才能を使えば歩く必要も、こんなに早く出る意味もないのだが、十九時からの食事の席に着き、それから女寮長による二十二時の見回りまでの間に出なければならなかった。


 だがそれは、外付けの理由。


「人口魔術師製造計画か……」


 自分と関係ないのは十分理解している。しかし、それで見捨てられる程感性が欠落している訳でもない。


「まあ、成功例が一人で、今は凍結なのは……救われた話よね?」


 自虐的に呟いた後、頭の中で何かが引っかかった。


 人口魔術師製造計画について引っかかっているのだから、それにまつわる知識を全て引っ張り出す。


「……もしかして科学魔術に発現した第三位が現れてから凍結って事は……長年かけても成功例が一名しか出なかった人口魔術師の製造を止め、科学魔術に移ったって考えられるわよね」


 その可能性に行き着いた渚は大きく舌打ちした。


「夜霧冷夢」


 渚は自身が復讐すべきその名を、忌々しげに口にした。







 二十二時三十分。二人は一区の南口に辿り着いた。


「予定より三十分早いぞ」


「それは先輩もじゃないですか」


「女性を待たせるのはいけないと思って早めに来たんだよ」


 軽口を叩き合いながらも、二人の顔に笑みはない。


 名実共に科学、世界のトップである夜霧、そしてアルファの襲来以来科学と手を組むことにした魔術師が居る塔。一区は他区より狭いとはいえ、その全てを占める黒い塔に二人の意識が向けられていた。


「さて、まずは南口を開けないとな」


 塔へと続く四方の門は科学の最先端である夜霧製の電子ロックで守られており、門同士を繋ぐ白い壁も久澄の服にも使われている素材をグレードアップさせた衝撃吸収材が使われているため破壊は不可能。壁の上には普通では見えない致死電力の電気網が敷かれており、下には条件発射である追尾弾が仕込まれている。


 まさに鉄壁の城壁。しかし、日本支部で造られたランク4の手にかかれば穴が出来上がる。


「電子ロックを解除するのは後が面倒だから、上を消してちゃいますね」


 彼女は電気才能所持者。さらにその中でもランク4。


 ランク4になるには実力の他にもう一つ、条件がある。


 それがレベル2。才能を努力と生来の才能により伸ばした結果、一部の者が手にする可能性のある才能。


 本来持っている特殊才能の延長線上にある特殊な才能ちから


 胡桃渚は、そのレベル2から才能名を磁化変換としている。


 本来電気的性質を持たず、通さない物を磁化させ、電気的性質自体を変換する能力。


 科学では理論説明ができないもの。それが科学と魔術が混ざることで生まれた産物。


 人が一人、しかし余裕で入れる穴に渚は空気中にある陽子や電子、酸素自体をそれに変換して磁石の同極同士が反発する力を使いゆっくりと飛び、久澄は鬼人化を発動、サーカスの火縄芸のように穴へ跳び込んだ。


 肘を柔らかく使い前転をして衝撃を殺す。


「相変わらず、凄い身体能力ですね。なにかの特殊才能何じゃないですか」


 前転と同時に鬼人化を解いているため、五月十五日より前までの知識しかない渚には通常の状態での行動にしか見えないだろうから、あながち冗談でもない口調だった。


 ただ、そんな事で時間をかけている暇のない二人は、会話を続ける事なく駆け出した。






 天を貫くが冗談や比喩ではない大きさの〈塔〉。


 間近で見てみると、その凄さが、或いは禍々しさが分かる。


「先輩」


「なに?」


「今思い出したんですが、〈塔〉は入り口が特定の人物−−つまり日本支部代表の夜霧新と錠ヶ崎寧々、どちらかの許可がなければ入れないから難攻不落、絶対の建物だと聞いた事があるんですが」


「まあ、あっているな。公式にも非公式にもそこは変わらないって萌衣が言っていた」


「じゃあ、どうやって入ろうとしていたんですか?」


「そりゃ、見れば分かるだろう?」


「分からないので教えてください」


 〈塔〉の目の前、二人は呑気に、とは空気的には言えないが、それでも平常の声色で言葉を交わしていた。


 理由は二人の目の前、〈塔〉の入り口が開いているからである。


 それに罠だという考えはできても、開いているんだから進もうとした時に渚が口を開いたのだ。


 そして渚の疑問に久澄は喋るかどうか悩んだように頭を掻いた。


「……まあ、簡単な話、夜霧新が開けたんだよ」


「頭がおかしくなったんですか?」


「ちゃんと聞けよ。酸漿奈々美が言った事に『〈塔〉で待っている』というのがあって、それが夜霧新からだったんだ。て言う事は、夜霧新はいつでも俺を〈塔〉に入れられる準備ができている、という事だ」


「……先輩、夜霧新と知り合いなんですか?」


「……互いの顔を知っている、程度の関係だよ」


 それだけでは何も解決しないのだが、渚は何となく触れてはいけない気がして会話を止めた。


 どうでもよくなったのが実状であるが。


(まあ、この関係も私が夜霧冷夢を殺すためのものでしかないしね)


 渚は一瞬、目の奥に殺気をよぎらせた。








 入ってすぐにあった三つの階段のうち、二人は右を駆け上っていた。


 立て札でマギと書いてはれば進むだろう。


 そして辿り着いたのは大ホール。


 ただし、軍服に身を包んだ十名程の人間が居る、だが。


「悪いが、ここを通すわけには」


 筋骨隆々の男が言い終わる前に、電気を纏ったゴム弾が男に迫る。その隙に久澄は鬼人化にて常人の二倍の速度で駆ける。


 男に迫ったゴム弾は、しかし掻き消えた。


(事象改変か)


 その名の通り事象を改変する力。有るを無いに変えるのは代表的な事だ。


 事象改変は、その者が持つ改変力より上の事象を起こす事でしか破れない。


 だがホールに辿り着いた時点で渚に耳打ちされたのとおり奥に進む。


 二人にあるのは信頼なんかではない。


 ただ互いの力を客観的に見た結果、そうする事が最善だと感じただけ。


 その考えを表すように、魔術師達は動かない。否、動けない。


 今魔術師一人一人とその輪郭に合わせるように空気は正の電気的を持っている。


 二つは反発しあい、行動を許さない。


 渚は手加減をしているため、あと数秒で事象改変により破られるだろうが、久澄はその数秒で魔術師達の間を抜けていく。


 これで渚は自由に動ける、と笑った。


 どんな方法を使おうと、人の承認を得る、という単純なやり方なため、〈塔〉に入る裏道はなかった。


 だが、どこか〈塔〉に入れる事を前提に話している久澄を見て、渚はこの話に乗った。


(まあできれば、酸漿奈々美って人にも会ってみたかったけどね)


 〈塔〉に入ってから、二の次と偽ってきた醜い感情が表を侵食し、遂には第一の理由と化していた。


 それを理解していながら、改める事をしない。


 渚が縛ってから五秒、全員の拘束が解ける。


 本当はもっと強めのにして、もしくは気を失わせても構わなかったのだが、何事にも準備運動は必要だろう。


 渚の周りに持ってきていたゴム弾全弾が浮かぶ。それも、先程とは別物と思えるくらいの力を宿して。


 歯噛みする魔術師達に、渚は無慈悲に宣告する。


「さあ、蹂躙よ」


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