協力者
久澄はアルニカにより顕現されたままの神話級武装を自室に置き、人間のスピードでとある所へ向かっていた。
既に日は傾き、夕焼けが空を染める時刻だが、多分居るであろう。
学校が集う第四区に例に漏れる事なく存在する公立臥内高校の寮は、女子寮と性別関係なしの寮に分かれている。
まあ、公共では女子の方が丁寧に扱われるのは未だに変わらぬ常識なのでとやかく言うつもりはないが、とにかく久澄は女子寮に向かっていた。
女子寮は二百メートル先にある。つまり、人間スペックで駆ける久澄には三十秒かかる距離だ。
今はたった三十秒を争う場面ではない。
リスクとリターンを計りにかけて、久澄は鬼人化で駆けるのを止めた。こんな事でまたしても風紀委員に目を付けられるのは御免だ。
だが向こうでの経験により、久澄は予定より六秒速い二十四秒で息も荒げず女子寮に辿り着いた。
自分が暮らす外からでも侵入できる寮とは違い、無理矢理でなければ決して中に入れそうにない女子寮に、久澄は正当として自動ドアに反応してもらうのを待ち、中に入る。
エントランスと外を分ける小部屋にあるインターホンに教えられた番号を入れてからコール。
数秒後、
「どちら様?」
どこか冷めた女子の声が返ってくる。
「久澄碎斗だ。萌衣」
「……入って」
抑えられてはいるが、それでも滲み出る真剣味に気付いたのか、理由も聞かず萌衣は、夜霧萌衣は自動ドアを開いた。
夜霧萌衣はその苗字の通り、夜霧に連なる者である。
しかし、彼女が抱える特異体質から人体実験を執行されそうになるも、姉共々逃げ出し、一年前まで外で暮らしていた。
姉−−夜霧舞華は恐苛と呼ばれる久澄の血の力と左手の力の元となっている現象を狩る事で生計を立てており、三年前、久澄碎斗ともぶつかった。
久澄はその時、確かに一回舞華を殺しており、その事が原因で萌衣は久澄を怨んでいて、MGR社日本支部に入る彼を追いかけるように夜霧が在する街へ、同じ高校である臥内へ入ってきた。(同じクラスなのは偶然だが)
そして四月。萌衣が久澄を殺すために実行したのが雷鳴事件の始まりだ。
今でこそ、表向きは友好的に見えるが、腹の底では復讐心が煮えている、と久澄は思っている。
実際はもう復讐心など存在せず、久澄に対しては他の男子より近しい位置に居させてはいるが、友達未満、という地位を楽しんでいる傾向にあった。
そんな互いの考えを知らぬまま、扉は開かれた。
通されたリビングは、彼女の髪や瞳、雰囲気のようなクールな内観。
久澄としてはそんな所より、プライベートな彼女の自室に興味があったが、今はそんな時間まではなかった。
「で、帰ってきて早速、あんたは何に巻き込まれているの?」
幸いにして、話題は萌衣から切り出してくれた。
「よく分からないけど、何か魔術師に狙われている」
萌衣はこの時、わざわざお茶を出す空気じゃなくて良かったと思った。
でなければ、対面に座する久澄に口に含んだ茶を吹きかけていた可能性があったからだ。
「あんたね」
五年前まで夜霧に在していた萌衣なら魔術師に狙われるという事がどういう事か、大体予想ができる。
「なあ、酸漿奈々美という名に心当たりはあるか?」
限られた情報から一番真実に近いと考え発した一言。だがその一言は、萌衣の顔を白くさせた。
「萌衣?」
久澄の心配を余所に、萌衣は口を開く。
「ねぇ、人口特殊才能保持者製造計画、いえ、アビリティーチルドレン計画って噂は知っている?」
「ああ、二十五年前から上層部が行っているっていう都市伝説か。それがどうした?」
ここまできて萌衣は言うのを迷っているようだが、久澄はその様子から悟った。
「まさか……本当の事なのか?」
「え、ええ。十五年前にファーストチルドレンとなる少女が生まれた、いや、造られた、と言うべきね」
空気が冷たく、重くなる。
アビリティーチルドレンについては都市伝説だからこそ許される内容ばかりであり、実際にあるのだとしたら、情報規制の徹底されている裏側では、もっと非道い事を行っていると考えるべき。
だが少なくとも、今の久澄にはそれは関係なかった。
「そのアビリティーチルドレン計画が何なんだ? 俺が会った酸漿奈々美は確かに魔術師だったぞ」
起動文言に渾名。それだけでは理由としては薄いが、少なくともあの現象は魔術によるものだ。
「そう。酸漿奈々美は確かに魔術師。ただし、造られた、ね」
「あっ……」
「人口魔術師製造計画。その唯一の成功例」
「魔術師がそれを?」
萌衣は首を振る。横に。
「夜霧よ。先月現れた科学魔術使いのランク4が現れるまで、夜霧は続けていた。お陰で内部分裂が大変な事になっているらしいわよ」
科学魔術使いについての情報や内部分裂については興味深かったが、今は話を先に進める事の方が重要度が高いと判断し、話題を続ける。
「それで……酸漿奈々美の今は?」
それは、所属を訊ねるもの。
「詳しくは知らないけど、少なくとも五年前は魔術師だけで作られた暗部組織『マギ』に所属していたわ。あんたを狙ったという事は、今もそうなんでしょうね」
「ありがとう」
これで酸漿奈々美についても、居場所も判明した。
立ち上がり立ち去ろうとする久澄の背中に、正確には半袖シャツに萌衣は孫の手を引っ掛けた。
「う゛ぐ」
突然喉が締まり、蛙の鳴くような呻き声を上げる久澄。
そんな久澄を一瞥もせず、萌衣は机の上にあるメモ用紙にある事を走り書いた。
「んっ」
「…………」
謝る様子がない事に微妙な視線をぶつけながら、久澄は差し出されたメモを受け取り、見た。
「こいつは」
「ああ、知り合い? 以外だけど話が早いわ。その子も裏に関わる者。何に、かはプライバシーの関係で言えないけど。戦力は必要でしょ」
「けど」
「あら、少なくともあんたよりかは強い、でしょ?」
問われ、一言も返せないのは肯定の証。
「私の名前を出せば話くらいは聞いてくれるわ。そして酸漿奈々美の話をして。そしたら協力してくれるから」
「……ありがとう」
断言する口調に不信感を覚えながらも、久澄は次こそ本当に立ち去り、メモに書かれた人物の元へ駆け出した。
そしてただ一人となった萌衣は、
「久澄。奈々美ちゃんも私みたいに救ってあげて」
過去を思い出すと共に、その願いを呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私立嶺兎学園。
小学校から高校までエスカレーター式のその学校の中等部。
その校門前に一人の少女が居た。
性格を表すような強気な容貌。五月には肩甲骨の辺りまで伸びていたが、今は腰まで伸びた才能を示すような黄色に近い金色の髪。
日本支部が誇るランク4の一人。第四位・磁化変換、電子の暴女の二つ名を持つ少女−−胡桃渚は学校敷地内にある寮の外に出ていた。
意外かもしれないが、彼女は形のよい顔付きはしているが、異性からも、もちろん同姓からもモテた事がない。
一般に当てはめた女子より強気ですぐ行動に移す性格。
男子からしたらハッキリと分かり易く、女子から見たら男子より頼りがいがある、として両性から『良い友達』の立場を得ていた。
「待ってください、胡桃先パイ」
なのでこのように、外まで追いかけてくる存在は珍しいのである。
声の方向を向くと、予想通り、黒のポニーテールが跳ねていた。
「アスちゃん」
クリックリの黒い瞳が渚を捉える。
一見すると可愛いだけの少女だが、武道系の部活を掛け持ちする超スポーツ少女。しかも実力は一流ときた。
今年の四月。中等部一年に入ってきた少女。
名は水城飛鳥、と言うらしい。
今年の五月から関わりを持ち、彼女の明るく礼儀正しい性格からすぐ打ち解けた。
とはいえ、最近は久澄碎斗と書いてストレス発散器と読む少年をぶっ飛ばしていないため、ストレスが溜まりきっている。
だから鬱陶しい、とまでは思わなくとも、せめて自由な散歩は邪魔しないでほしいとは考えていた。
彼女は実に気遣いができる人間で、一瞬でもそのような感情を含んだ表情を見せれば、すぐに退いてくれる。
だから渚は罪悪感を覚えながらも、表情を動かす。
しかし、飛鳥の目は渚を見ていなかった。
飛鳥の視線の先を追うと、
「久澄先輩」
かなり遠くから走ってきたのか、半袖ワイシャツの下に着込んでいる黒シャツが見えるくらい汗を掻いた久澄の姿が見れた。
彼は一瞬渚を見たが、一緒に映る位置に居た飛鳥を見て目を見開く。
「アス……なんで」
その呼び方は、彼女が認めた者にしか許していないもの。
渚が飛鳥を見ると、不快そうに顔を歪めていた。
「碎斗、あんたをぶっ飛ばしに来たのよ!!」
怒りのこもった怒声と共に、飛鳥が駆け出す。
渚にとっては跳躍した状況で付いていけず、止めるという選択肢が思い浮かばない。
その間に飛鳥は距離を詰め、掌を向ける。
当たりどころが悪ければ内臓を痛める程ではないにしても、骨折は免れない一撃。
だが久澄は、迫り来る掌、ではなく、手首を掴み、捻る。それにより追撃を防ぐ。
とっさの防御にしては最良と言えよう。
ただ久澄の顔に浮かんでいたのは、予想通り、というものだった。
「アス……いや、飛鳥。もう一度聞く。なんでこんな街に来たんだ」
「あんたの考えを改めさせるためよ!!」
表情は苦痛に歪んでいるが、言葉の覇気は強まった。
「……そうか」
久澄は手を放す。
「殴れよ。それぐらいで俺の考えは変わらないけどね」
目を瞑り、決して防げず、避けられないようにする。
「甘く見るんじゃないわよ!!」
飛鳥は背を向け立ち去った。
その目に涙が浮かんでいたのは、渚の気のせいか。
久澄の方を向くと、飛鳥の背中にヒラヒラと手を振っていた。
「……どんな関係?」
本当は怒るべきなのだろうが、渚はそんな事では怒れなかった。
「まあ、色々あるんだよ」
久澄の声色に、渚は追及を止める。
「そうですか。それにしても二ヶ月の間どちらに? 逃げ出した、という事ではないですよね」
敬語を使いながら内容は失礼。相変わらずな喋り方に、ああそうだったな、と思い出す。
「夜霧萌衣の紹介できた」
「萌衣さんの」
口調に真剣さが表れる。
二人の関係が気になりながらも、久澄は萌衣に語った事、萌衣に語られた事を要点をまとめて告げた。
人物魔術師製造計画のところで表情を暗めたのを久澄は見逃さなかったが、これとは関係ない、と割り切り話を進めた。
そして協力を頼み出ると、
「いいですよ」
即答。迷いが一切ない。
「いいのか? 相手はMGRだぞ」
「だからですよ。萌衣さんに聞いたんですよね。私も闇に生きる人間だって。MGR社にはそれなりに思うところがあるんですよ」
最後に小さく「それも飛びっきりの恨みがね」と囁いたのが常人より高い聴力を有する久澄には聞こえたが、聞かない事にする程度の分別はあった。
「行動は今夜にしたいんだが、大丈夫か?」
夕日も既に西の空へ消えている。
「大丈夫ですね」
「じゃあ、二十三時に第一区南口に全ての準備をして集合で」
「解りました」
渚は来た道を戻る。
その背中に今かけておくべきか、と思い、
「ありがとうな、胡桃」
それに渚は振り返り、
「そう思うんでしたら今度、ケーキでも奢ってくださいよ」
再び歩み出す。
それが渚なりの冗談だろうとは分かっていたが、敢えて久澄は奢ろうと決めた。
胡桃だけではない。アルニカや萌衣、なんなら和ヶ原さん、猫屋、風間といういつものメンバーを誘ってもいい。できたらアスも。
幸せな一時を思い描き、久澄は自宅への帰路を歩み始めた。




