世界
一度説明した事はあったが、もう一度復習の意味を兼ねて地球について説明した後、寮に据え置きのHome Help Robot、通称オバチャンをゴキブリの死体蔓延る部屋に投下し、再び待つ事数分、「終わりました」という女性の音声を掛けられ五ヶ月振りの我が家へ入室した。
こもった空気を帰るためにベッド近くにある窓を開いた。
ベランダから沈む夕日と様々な色に輝く街を眺めた。
(……ようやく帰ってきた……ここから……)
「碎斗、なんか凄い点滅しているけど」
目的を反芻していた久澄の背に呼びかけ、アルニカ部屋の脇にある横が狭く縦が多少長い本棚の上にある固定電話を指差す。
確かにアルニカの言う通り、凄い点滅していた。それは、留守電を伝えるもので。
「−−なんじゃこりゃ!!」
百二十件。単純計算で一日二件だが、多分ここ最近はないだろうから簡単には計れない。
久澄碎斗、彼の電話番号を知っているのは、家ともう一人、担任の薄宙小詠である。
行方不明な事は家族には伝わっていないだろうから、この全てが小詠によるもの。
「……やべぇー」
あと二日で夏休み。逆を言えば、あと一日学校があるのである。
彼の性質上、小詠には心配をかけたくないため、学校を休むという選択肢は無い。
普段は優しいが、キレると雷を落とすギャップに耐えられるか。少し不安になってきた。
なのに、
くぅぅぅぅぅぅぅぅ。
可愛い音が鳴り響く。
「−−−−−−っ」
音源であるアルニカの方を向くと、顔を赤らめ下唇を甘く噛んでいた。
「ご飯にするか……」
今から気を張りつめさせてもしょうがない、と無理矢理前向きに考え、久澄はキッチンへ向かった。
幸いにして部屋は常温。表に出しっぱだった野菜でかき揚げくらいはできるだろう。
「そこ座ってて」
洒落たテーブルなどは存在せず、背の低いガラスの丸テーブルが一つ。その前を指差した。
「私も」
「いいから」
手で制す。あちらの科学は魔法の使用を前提としたものだ。百パーセント科学を操れはしないだろう。
なに、心配はいらない。家事は教えるし、久澄のスキルも調理実習でA、もしくは5を取る程度にはある。
他に使えるものがないか、冷蔵庫を漁ってみるが、肉や乳製品類、魚、野菜、全て客人に出せたものじゃない。全滅だ。
後でコンビニ行こ、と思いつつ、表に出しっぱだった野菜を洗うために水を出した。
ついでに調理器具も洗い、ボールを二つ用意し、両方に適度に水を貯めておく。
鍋に油を注ぎ熱している間に野菜を切る。
片方のボールに粉を入れ刻んだ野菜を投下。
油が適温になったのを確認し、お玉で野菜を掬い中へ。
その動作を繰り返し、キツネ色に揚がったのからキッチンペーパーの上に、それを数十とし、かき揚げは完成。
残った油は、漉しのついた再利用油入れに入れ、お湯で余分な熱を取ってからシンクへ。フライパンに再利用油を敷き、もう一つのボールに粉を入れ混ぜる。
ドロドロになった白濁色の液体をフライパンの上に円形になるように乗せ、焼く。
ソースをかければ食べられる、貧乏な学生の非常食だ。
待たされてから数分。並べられたのはどれも見たことのない食べ物ばっかだった。
こんがりと揚げられたらかき揚げは視覚で食欲をそそり、ソースの香りは空いた胃を刺激する。
「いただきます」
生唾を飲み込みながら箸を取る。
まずかき揚げを小皿に取り、一口。
「んんんっ〜〜」
パリッとした衣に甘い野菜。その味を適度に振られた塩が引き締めている。
次に焼き餅(仮)。
「んふぅー」
何もなければ水と粉の味しかしないが、ソースの強い味がそれをカバーする。さらにモチモチとした食感が口を飽きさせない。
パリッとモチ。
アルニカにとって、その二つの組み合わせは蠱惑的なものだ。
「言い反応するなー。作ったかいがあるよ」
言われ、今更ながらに顔を赤らめる。
だが手と口が止まる事はない。
久澄も箸を付け始める。念願のかき揚げだ。美味しくない訳がない。
そして皿はすぐに空になる。
二人とも小腹は膨れたようで、一応は満足顔を浮かべる。
さっさと洗い物を済ませ、久澄はアルニカにお風呂を進める。ティラスメニアは水浴びが基本なので、最初はぬるま湯だ。
シャワーの使い方を簡単に教え、久澄は明日の朝食、アルニカの分の歯ブラシを買いにコンビニへ。
着替えは貸し与えたが、買いに行かないとな、とかなり気楽に考えつつ目的の物を購入。
脱衣場で着替えるように言っておいたので、帰ってきてバッタリ、なんて定番(?)は起こらない。
そして久澄もシャワーだけを浴び歯を磨いた後、アルニカをベッドへ、自分はこの時期は必要がないと奥の方に閉まっていた毛布を取り出し床で寝た。
こうして久澄五ヶ月振りの地球の一日は終了した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
−−とある一室。
椅子に深く座り込んでいる少女の前に、軍服に身を包んだ筋骨隆々の男性が休めの体勢で上層部から来た情報の内容を伝えていた。
「隊長。錠ヶ崎寧々様から出動要請が」
「……対象は?」
「久澄碎斗。能力ランクは〇。……! 精霊眼の覚醒者です!!」
「……そう。じゃあ、みんなを集めて」
男性の驚きは余所に、少女は事を進める事を命じた。
自分達は暗部の人間。存在しない者。禁忌を狩るべく作られた駒だ。
精霊眼という事例は初めてだが、少女の中には自分の存在証明を全うしようという意思の方が大きかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。久澄は七時にセットした目覚ましが鳴る十分前に目を覚ました。
慣れない地で気疲れしていたのであろう。アルニカが目覚める気配はない。
アラーム機能をオフにし、毛布を部屋の端に片付ける。
洗面所で音に気を付けながら歯を磨き、顔を洗い、寝癖を直す。
キッチンに向かい冷蔵庫に入れておいた弁当の内、安い方を取り、引き出しに貯めてある割り箸で手を付ける。
十分程で食べ終わり、箸と空き箱を捨て、メモに弁当の事と電子レンジの使い方を書いておく。
臥内高校指定の制服−−上は半袖Yシャツ−−に着替え、筆箱だけが入っている黒のスクールバックに小銭入れを入れ、静かに外に出た。
「さて、行きますか」
学校までは十五分。登校規定時間は八時四十分。
早めに行くのには考えがある。
簡単な話が、これだ。
歩いて十分程。幾人かの男女に囲まれた。
「風紀委員の者です」
代表者らしき赤髪の女性が風紀委員だという事を示すワッペンを見せる。
風紀委員とは、能力者を取り締まる警察のような者。
特例的に能力が使える立場にあるが、そのせいで良くない噂も流れる部署だが、目の前の彼女は例外と言える。
「ご無沙汰しています。鈴香赤音さん」
「久し振りね。四月の一件以来かしら」
久澄と赤音は、雷鳴事件の際に接点を持っている。
「それにしても、炎熱姫自ら出てくるなんて、異常な事態ですね」
ランク4の能力保持者は現在五人確認されている。
表向き順列は付けられていないが、様々な噂から民衆により二つ名と共にランク付けがされていた。
風紀委員長、鈴香赤音は第五位、炎熱姫の二つ名を持ち、『空実発火』という炎熱系才能保持者。
彼女が生み出す炎のエネルギーで、日本支部の学区一つを賄えると言われている。
「まあ、仕方がないですか。用件は二ヶ月についてで正しいですよね?」
「ええ。話が早くて助かるわ」
「二ヶ月間、俺は外に行っていました。ナノマシンは打ち込んである。カルテ等は、この学区にある大病院に行ってもらえますか」
「いえ、その必要はありません。関所に届けが出されていないのですから」
関所。中と外を分ける管理所で、全て機械で賄われているため目を盗んで外に出る事は不可能。
無論、一介の高校生である久澄に細工も不可能。
だが、
「何の事です?」
久澄は言っている意味が分からないとばかりに首を傾げながらズボンのポケットから白い紙切れを取り出す。
「それは!!」
「おかしいですね。ちゃんと二ヶ月前−−五月十五日の消印で発行されてされてるんですけど。まあ、機械ですから多少の故障はありますか」
久澄がヒラヒラと見せているのは、関所で外に出る際発行される許可証。
「視なさい!!」
「は、はい!」
心理系才能保持者であろう女性が駆け寄る。
肌が触れないように気を付けながら許可証を渡す。
「……確かに。五月十五日に関所にて発行されています」
昨日、あの医者の手で受付に回され渡された袋の中身がそれだった。
五月十五日、久澄が居なくなったのを聞きつけた医者がかなり高度なシステムを築いている関所のコンピューターにハッキングを仕掛け発行。敢えて直接渡さず、受付に回す事であの場で下手な取り決めをするのではなく、都合の良い時に貸しを使えるようにしたのだ。
嫌気が差すが、このように役に立っているため素直に憎めない。
「……念のため、採血を要求しても?」
「構いませんよ」
迷わず腕を差し出す。
「……お願い」
覇気のない声。その行為が無駄なのは分かっているのであろう。
昨日打ったばかりなので普通なら血中からナノマシンが採集されてしまうが、久澄は血を操作して既に外に出している。
蚊の口より細いが売りの注射針で血を軽く取られる。
「……それでは」
気疲れした様子で、鈴香赤音は姿を消した、否、久澄を囲っていた全員が姿を消した。
空間移動系才能保持者の力であろう。
「五分は取られたな」
ティラスメニアで鍛えられた体内時計で正確な経過時間を告げながら、登校を再開した。
七時三十分。臥内高校一年二組に辿り着いた。
席替えをしている可能性があるので鞄は後ろのロッカーの上に置き、同階にある職員室へ足を向ける。
臥内高校では、教師は七時三十分までに通勤、八時から朝の会議、という運びになっている。
二回ノックし、入室。
「失礼します。一年二組の久澄碎斗です。薄宙先生をお願いしてもよろしいでしょうか」
久澄碎斗、という名前に教師陣が驚きの反応を見せる。
二ヶ月も行方不明になっている生徒は有名なのだろう、と呑気に物事を理解した久澄の前に、女性にしては背が高いが、顔、体型共に幼い女性が歩んできた。
「くーずーみーくぅーん」
声も幼い。
「すいません先生。連絡もとらずに外に出てしまい。急な用事だったので」
雷が落ちる前に最低限の情報を伝えきる。
「外、ですかぁ〜」
「ええ。何かの手違いで関所が記録ミスをしたみたいで。一応風紀委員にもその件は伝え、容認を得ました」
正確にはまだ貰っていないが、実際に視させてください、と言われない限り誤魔化せるだろう。あの様子だと、もう関わってはこないと予想できるので、そこまで不安がる必要はない、と考えている。
「ああ、それについては大丈夫ですぅ〜。風紀委員の方から連絡が来たのでぇ〜。ただ二ヶ月。留年したくなかったらぁ〜?」
ゾクリ、と久澄の背中に嫌なものが走る。
「補習ですぅ~!!」
定時前に集まってきたクラスメートに事情を説明しながら朝を過ごし、一時間だけの一学期終業式を終え、遊びの誘いを断り、久澄は補習の席に着いた。
「さてー、いきますよぉ~」
教鞭を執るのは薄宙小詠先生。担当教科は生物だが、補習では担任教師が駆り出される。
今の学校は授業全般機械任せなのだが、この学校は初代校長からの伝統で生徒と教師のコミュニケーションに重きを置き、一世代前のこの方法がとられている。
「ではまず現代社会からですねぇ~。教科書の一二〇ページを開いてください~」
この時代の教科書は、自然保護の観点から特別な場合を除いた木材の伐採を禁じられているため紙でなく、ディスプレーに内蔵されているデータとなる。 言われたとおり、久澄は教科書内蔵ディスプレーをスライドし、一二〇ページを開く。
一二〇ページから一二五ページまでの題は『夜霧の始まり』。
始まりは二〇一二年に起きた小国に対する大国の殲滅作戦だという。
そこから派生した大国と大国の戦争。
そこで発生した死の灰を一人の天才が払った事から全ては動き出した。
その天才は、『全ては見えた』という言葉と共に、世に一つの成果を解き放った。
それは、細胞を人工的に活性化させ再生のメカニズムを早め、寿命が尽きるまで再生を繰り返させ一匹からとれる物の量を増やす(野菜にも細胞はあるためこれに当てはまる)というものである。
始まりの天才は自身を夜霧新と名乗った。事実日本国籍でその名は登録されていた。
その一ヶ月後、夜霧を名乗る二人の天才が現れた。
片方は、光合成のメカニズムを機械に応用することに成功したと発表した夜霧不変。夜霧新の妹として国籍登録されている。
そしてもう一人は、人の顔、形をしながらも不気味の谷感じさせない容姿をし、人の身の回りのことを全て違和感なく賄えるHHR(HOME HELP ROBOT)、通称オバチャンを開発し、夜霧産で唯一今現在でも活用されている(身の回りの全てを任せているわけではない)機体を生み出した夜霧来夏。国籍上では夜霧新と夜霧不変の母に当たる人物として登録されている。
この三人が人間を完全に悪い方向に進めてしまった。
食べ物が一匹(幾つか)から一定期間補充できるなら個人で何匹(幾つ)か食糧を確保−−乱獲しておこう。
植物が光合成をしなくても酸素を生み出せるのなら木は刈り取り別の物に加工、森は新たな土地に変えてしまおう。
自分たちが何もしなくても(生理現象以外は)賄ってくれるなら通常生活を行わなくてもいいや。
そして当たり前のように人間至上主義は形成され、世界の八割もの人間にその思考は芽生えた。
その頃、幼稚園児に相当する年齢の子でも知っている『常識』の一つに危険なことはなことは人間以外にというものがあった。(当時はオバチャンが勉学、道徳含め何でもできたため何処かに通わせる必要がなかった……道徳に関しては机上の知識だけでは理解できるものではないので意味をなさなかっのだが)
後の人々はその時代のことを科学は最高、人間は最低の時代−−闇黒期と呼んでいる。
行き過ぎた科学は魔法と変わらないとはよく言ったものだ。なんせ魔法のように人々を支配していったのだから。
しかし三年後−−染まってない人間の約半分が姿を表したことで事態は急激に変化した。(もう半分は森の奥地等、自然と共存する民族である)
その人らは魔術師と自身らを表した。
影に生き、時に政治の裏で助言、時に忍者として実際に表舞台に関わった、世界を裏側から観る者であった。
最初、科学サイドはその存在を批判した。しかし科学サイド−−夜霧−−が生物の原理を掴み操れるのと同じく魔術師サイドは世界の真理の一端の力を知り使う者であった。
そして相容れない二つの対立は始まった。
魔術師サイドの要求はこうであった。
『これ以上地球が壊されていくのを観る者としては見逃せない。あなた方がこの状況を修復できる技術を持っているのは解っていたため、あえて止めはしなかったが……つい先日世界が悲鳴を上げた。なのでこれ以上は壊すのではなく直すのにその力を使ってほしい。
――魔術師現地班リーダー錠ヶ崎寧々−−』
それに対する科学サイドの答えは最悪の行動で返された。
結果を受け取るため一時的な拠点としていた北極。其処を爆撃したのである。
話し合いの余地はない。魔術師サイドはそう判断せざる負えなかった。
二〇一五年、マジックサイエンスウォー。科学と魔術の戦争が開幕された。
そして、その戦争はまさに科学と魔術の戦争と呼ぶに相応しいものであった。
科学サイドは何でもできるが売りのオバチャンを戦いに使い魔術サイドを数と性能で押した。
一方魔術サイドは地球に埋め込まれているという魔術を様々な媒体を通し発動、オバチャンを撃退していった。
しかし、此処で使われた魔術はファンタジー等に出てくる魔法とは異なっていた。
曰わく、地球の力−−天災。
曰わく、世界の力−−事象改変。
これが魔術である。世界にある科学では操りきれない力。そしてそれを使うのが魔術師であった。
それは科学サイドにとっては大きな誤算であり(何故ならファンタジーに出てくるような力ならば科学的に解明、攻略ができると踏んでいたため)戦いを方向不明の泥沼化へとさせるものになった。
始まり、約十分後、戦いの場はお互い安定した地面を求め少しずつ南下していった。
長期戦に持ち込めれば魔術の性質上、科学サイドに軍配が上がる筈だった。だが勿論、魔術の性質なんて科学者が知るはずもなく、また逆に科学サイドにも無限にオバチャンが存在するわけでもなく、その高性能さから安易な大量生産もできないので大量投入もできないままどちらが早く倒れるかの消耗戦になるはずだった。
しかし戦いは予想外の要因で始まってから約十時間で終わりを告げた。
ソレは突然介入してきた。
ソレは隕石であった。
その隕石が北極に落ちたのである。
変革の石、アルファ。後にそう呼ばれることになるその石は、北極を中心に紫色の謎の障煙を世界中へ一瞬で巡らせた。(視認は誰もできていない)
勿論、科学サイドも魔術サイドも戦争どころではなかった。
その障煙は結果七日で晴れることになるのだが、その七日間はその時代を生きていた人間の『罪』を表面化することになったのである。
その障煙が原因と思われる電子機器の故障。それは科学に全てをゆだねていた人間達には大きなダメージを与えた。
その時、人々は普通を奪われたことで明らかな恐怖を感じていた。
終わりの見えない地獄、後に振り返ると七日間の悪夢。少ないとは思う。しかしそれは結果として知っているからだ。終わりが解らない状況下なら自分も恐怖はしていた。
だがこれだと不自然な点が出てくる。
何故、人は外に出て行かなかったのかである。
紫色が毒々しく見え吸いたくない気持ちは理解できる。だがどんな物にも隙間はある。コンクリートであろうと木材であろうと。勿論、心情的に家の中に居ることで守られている気になるのは分からなくもない。しかし世の中には自分から毒を取り込みにいく世間的異常者もいるし、知的好奇心から様々な実験を試みようとする人もいる、もしくは軍事関係者ならガスマスクという手もある。しかしその行動はなかった。
詰まるところ人間には二つの外に出れない精神的理由があったと予想できる。
一つ目は、人の心の弱体化。
始まりから今までどんな人間であろうと最低でも半年は外に出ず基本的なこと、危険なことは全てモルモット(人間以外)にやらせていたのである。そのため人は自分が少しでも危険だと思えることはできなかったのだ。
二つ目は自分達が犯していた罪に対しての恐怖だった。
その罪とは……人間以外に対する差別意識−−モルモットという言葉、扱い方である。
どんな最低な人間であっても自分が被害に会えば気付けるであろう罪、否、被害に会わなければ向き合うことのなかった常識。
つまりこれを天罰と捉えたのだ。死にたくない。そんな生物としての生存本能が−−この場合は身勝手な我が儘としか見れないが−−出てくるのにまたしてもそう時間はかからなかった 。
そして絶望が蠢く。
五日目になると食べれる食料は底を尽き始め(元々自身で飼っていた家畜の多くは外に繋ぐ場合が多いためこの短期間で尽き始めたのである)益々死に対して敏感になっていった。
そして七日目。世界が爆発し、悲鳴をあげた。
正確に言うと障煙が爆発を起こし人間以外の生物達が歓喜の悲鳴を上げたのだ。
そして世界は変革していた。
まず目に付いたのは剥き出しになった大地とそこに堂々と並び生える木。澄み渡る空と水(海や湖)。飼っていた家畜の逃走痕。そして規則性のない人間の消失。
一週間前は約七十億人いた人類が変革直後は三分の一減った五十七億人。
これが地球サイドの原因不明の変革。(障煙との因果関係は実証されていない)
次に人間サイド。
変革された世界。全人類がそれを確認できた時、まるで全てが分かっていたかねようなタイミングで放送が入った。
其処には夜霧新ともう一人各国民の大半が知らない女性が立っていた。
夜霧新は、今の現状が地球規模で起きていたと告げた。
そして夜霧新と共に立っていた女性が口を開いた。彼女は錠ヶ崎寧々と名乗った。
その人物の名に世界中の人々が二重の衝撃を受けた。
魔術師の現地班リーダーである錠ヶ崎寧々。その存在にも驚いたが、世界の敵である魔術。それを使う魔術師が科学のトップたる夜霧新と並び立っていることに驚きを隠せなかった。
夜霧新は、錠ヶ崎寧々を始めとして多くの魔術師と手を組むことを発表し、その理由となる映像を流した。隕石、識別名をアルファとされた、それの姿を映した映像を。
そこには俄には信じ難い現象が映っていた。
それは宇宙の塵、他隕石を消して進む隕石の姿だった。次いで、北極に衝突し障煙を吐き出す石の姿がぶれる画面に映った。その後すぐに、画面は真っ暗な者へと移り変わった。
打ち上げられた人工衛星と北極の定点カメラからの映像だったという。
錠ヶ崎寧々は魔術的に見て、アルファ全てを原初へと還元させるものと断じた。仮説として、地球にはびこる害を断罪するための槍であると付け加える。
害。科学は間違っていると否定した魔術師の口から出たその辛辣な言葉に多くの人々が反感を覚えたが、口に出すことはできなかった。
故に、と夜霧新は世界を在るべき形に戻すためお互いの力を必要とし、手を組むことを決定したと告げた。
夜霧新の言葉に多くの人々は不信感を抱いた。
世界を実際に壊してきたのは夜霧ではない。しかし、その切っ掛けを与えたのは事実。だがやはりその感情を明確な形で表に出した人物はいなかった。
そうして、世界を在るべき形にすることを目的とした機関、MGR社の設立は宣言された。
そして、変革は行われた。
MGR社は一年後−−二〇一六年にイタリアへ、サルデーニャ島に本部を設立。
既存の夜霧産は前述通り、オバチャン以外人道的理由から封印、撤去され、新たな技術『マジックサイエンス』による地球への害を極限前抑えた電子機器が開発されることにより、旧文明の遺産は全て撤去された。(旧文明末期の約九割は夜霧産が関わっていた)
また、MGR社が中心となり各国に呼び掛け色々な場所に容赦なく生えた木々による家の倒壊等で出た過去の犠牲を整理し、最低限、人がまとまって暮らせるような都市を作るため整備を行った。
ここまでに二年。
各国も一、二年たった頃から元々存在していた国としての機能が復活し、落ち着いて世界を見渡せることになった頃、MGR社が各首脳陣、研究者に対して会合を提案した。
名実共に世界のリーダーと目されていたMGR社の発言を無視する国は現れず会合はイタリアの本部で開催された。
そこではまず今の地球で起きた変革について話された。前述した変革は省き新たにここで判ったことは二つ。
一つ目はオゾン層復活や地球温暖化の弱体化。
二つ目は人間以外の動物の大量繁殖である。
そして、この二つを含めた数々の変革からアルファはどこまで地球を戻したのかという命題にぶつかった。
アルファが魔術的な代物であれば、魔術師に調査をしてもらえばわかることが多いであろう。そのためには北極の調査へ踏み込み、実物を手に入れることが必要だった。
一ヶ月後、まずはオバチャンによる調査が開始された。(これにはモルモット的な考えはなく使える物は使おうと考える道具的思考である)
しかし、これがMGR社初の失敗となった。
未だ障煙に囲まれている北極。(このことからアルファと障煙の因果関係が実証されていた)
其処に踏み入ったHHRはしばらく進んだ後内蔵された発信器からの反応を停止させた。
影がうっすらと浮かぶ外側に置こうとそれは変わらず姿を消したため、滞留する障煙にも還元の力があることを証明するに終わった。
魔術も効力を発揮する前に還元されてしまった。
全てのファクター、鍵である筈のアルファを調べる術をなくした人類は初めて足止めを食らったのだ。
しかし、普通は相容れることのない科学と魔術。この二つが交わった力は足止めに甘んじることを許さなかった。
失敗から四年後の二〇二二年、今から五十九年前、日本の旧二十三区の四分の一を使いMGR社はとある目的の元、初の支部を作った。
現在の技術でも魔術でも駄目。ならば、第三要素に賭ければどうかと。
それが後に特殊才能と呼ばれる人間の極地の一つであった。
現状において解決の糸口はまだ薄いとされている。
それでも今年の四月、大きな発表がなされた。
多重才能計画の頓挫により代替案として出された二重才能と双璧を成して難題とされていた科学魔術。その保持者が発掘されたのである。
初にして唯一の科学魔術保持者。第三位の少女。情報は、それだけ。情報規制が敷かれているのである。
それ自体にも大きな才能が必要で、特殊才能が脳を経由して現界する確かにそこにあるものにあるのに対して、魔術は魂という概念を精神というこれまた概念と練り現象を現界するため、その二つを処理する脳が必要なのである。
第三位を除いて皆、二つを処理しきる容量がないのだ。
詰め込み過ぎた感はあるが、社会学の補習は教科書を読んで終わった。
他教科は教科書こそ持ち込んでもよかったが、テスト方式で補習が行われた。
兎が踊りながらカステラを進めてくる頃には、全ての科目を終えた。
「まあ、これくらい理解してれば夏休みの宿題レベルなら解けるから大丈夫ですねぇ〜」
「ありがとうございますー」
あくび交じりに小気味良く肩を鳴らす久澄に、小詠はスプーンを差し出した。
「あー……実技はいつもどおり無評価でお願いします」
「けどやってみないと分かりませんよぉ〜?」
「分かりますよ。一年間も居てランク〇なんですから」
「才能は人それぞれですからねぇ〜」
といいつつ、スプーンはひっこめた。納得してくれたみたいだ、と感じた久澄は新たに夏休みの宿題が詰め込まれた自身の鞄を取った。
「じゃあ、先生。また体育祭予行の時に」
「はーい。さよならですぅ〜」
家に辿り着いた久澄は、鼻につく良い匂いに眉を潜めた。
確かに家にも多少の金銭は置いてあるし、服類も洗濯はしていない。だが、まだ何も教えていないはず。
そんな久澄の思考は、キッチンに目を運んだところで裏切られた。
「あっ、お帰り」
キッチン、というか熱で食材を調理するコンロの前に立つのは、木の繊維で編まれた上に白いTシャツを羽織り、下に黒の短パンという、カーディガンが足りないが、跳ばされてきた際の服装をしているアルニカの姿。
彼女の右手にはフライパンの柄が握られ、左手に持つ菜箸は調理中の食材を焦がさないために、フライパン内でせわしなく動かされている。
帰ってきたらキッチンにて美少女が料理をしている。男の理想を体現したような光景だが、久澄の脳内には疑問が巡っていた。
彼女唯一の服をまとっているという事は、テレビ台として使っている引き出しの中からお金を取り出し、外に繰り出したのだろう。
しかしアルニカは地球人ではない。金銭の価値も解らなければ、食材の売っている場所も解らない。
鍵も持っていないのだ。彼女の性格からして、そんな不用心を許容できるはずもない。
それにコンロ。一般に売られている物だから操作は難しくないが、それでも用途に分かれて多数存在するボタン。そもそもコンロという物を知らないはずなのに操っているという事実。
だが次の光景に久澄は、彼女の魔法の応用の高さを思い出さされる事となった。
水切りにある平皿と箸二人分が一人でに動き出す。フライパンの中身−−肉野菜炒め−−も宙に浮き、平皿の上に丁度半分ずつ盛り付けられる。
極め付きにはフライパンと菜箸にこってりへばり付いた油までもが分離し、流しへ導かれた。
「お待たせ」
平皿と箸は既にテーブルの上だ。
全ての事象の謎が繋がった。
彼女は空間視野にて金銭を発見し、幾らか持って行き外へ。鍵は空気の圧を使い回し施錠。店の場所も空間視野にて適当に見つけ、お金の事は店員でも聞けばいい。彼女はどっからどう見ても外国人なのだから。
コンロについてもおおかた説明書を見つけ読み込む事で操ってたのだろう。
空の操手は万能だな、と思いながら、久澄は食事の席に着いた。
「いただきます」
一口。
「……………………」
今度から料理は彼女に任せよう。そう思わされた。
洗い物はアルニカが空気を挿み油や菌だけを分離して処理してしまうので水要らず。水道代が浮くな、という連想からお金の事を考え始めた。
所持金は約三万円。光熱費などの費用は毎月二十日にATMから自然に引き落とされるので大きく減る心配はない。
研究協力費は毎月一日に支払われるため、後八日、生き残ればいいため一万円あれば二人で暮らせる。
後の二万円。必要経費として使っても良いだろう。
「アルニカ、買い物行こう」
「うん。いいけど、何の?」
「お前の服。流石に一着だけだと無理があるからな」
そんな訳で二人とも着替えず近場にあるチェーン展開されている女性物の衣類を扱うお店へ。
「あらいらっしゃい」
口調の割に声が低い。まるで男性のようだ−−ではなく男性のだ。
笑顔で出迎えてくれたのは、久澄に匹敵する背にいい筋肉の付き方をした男性。だがその顔には、幾らかの化粧が施されていた。
俗に言うオネエである。
「アワワワワワワー」
アルニカは初めて見る属性だから怯えているが、久澄は感心していた。
オネエとは、男性と女性の心を持ち合わせた新たな性。
つまり男性の目と女性の目でお客を見れるという事である。
さらに彼(?)の胸にあるネームプレートに書かれている『店長』の一文字。センスも一流という事だ。
「すいません。予算は二万円までで寝間着と外着と下着、一セットずつを見繕ってもらえませんか」
「あらー、彼女と同棲? 若い内からお盛んね」
アルニカは律儀に顔を赤らめたが、久澄はそれが白々しい冗談だとすぐに見破る。彼の服装は制服だ。
「いえ、彼女は外国から来た親戚で」
「そう。ごめんなさいね。寝間着と外着と下着で二万円……リスキーな事を言うわね」
「やっぱり女性の服はお金かかるんですね……じゃあ、寝間着は無しで」
そちらは久澄自身の服で今のところは代用すればよい。
「そう? ならギリギリ大丈夫ね。親戚さん、こちらにいらっしゃい」
呼ばれ、引け腰で歩み寄る。なれているのだろう、笑顔が崩れる事はない。
「じゃあ俺はお金卸してくるので、試着終わったら呼んでください」
「ATMはあっちよ」
室内商売のお店にATMが設置されているのは今や常識。(ただし店の内観を損ねないためにそれ専用の個室がある)
示された方向に久澄は足を向けた。
アルニカ・ウェルミンは美少女だ。スタイルもよく、多少の丸みはあるものの、それは女性らしさの範疇で収まるものである。
そんな彼女には、ダボっとしたファッションより、すっきりとした服装の方がよく似合う。
「変わった繊維ねー」
「民族衣装のようなもので」
オネエ店長の疑問を危なげなくかわし、試着室へと入っていった。
着替えるのには多少時間がかかるだろう。その間に久澄を呼んだ。
予想通り二、三分後にアルニカは顔だけをカーテンから表に出した。
それは服を見せるのが恥ずかしい、という気持ちからであるのは誰の目から見ても明白で、オネエ店長は無理矢理カーテンを開いた。
「あっ」
「へぇ〜」
久澄の口から感嘆の声が漏れる。
薄手の青色半袖。下着の線を見せないためだろう、上には通気性が売りの淡い水色を基調とし、黄緑色と白のチェックの半袖シャツが羽織られており、ズボンは雪のように白く膝上までの長さで全体をスッキリと見せている。夏場のこの時期に、目で涼しさを見せてくれる。
「ど、どうかな……」
顔だけでなく、耳までも赤色に染まっている。
「似合っているよ。無論お世辞じゃなくな」
顔色一つ変えず本音を言えるのは、久澄の強みだったりする。
試着した服をそのまま着る形で買い取り久澄達は家路を歩んでいた。
「………………」
ウキウキ顔のアルニカとは対象に、久澄はまるで周りを疑うような視線を走らせていた。
空は茜色にに染まり、いつもなら部活帰りの学生がかしましく帰宅しているはずだ。
だが、周りは閑散としている。
大通りを使っていないとはいえ、人の姿が全く見当たらない。
久澄は血を巡らせ嗅覚を強化する。
人の匂いが一つ。正面から。
「見つかりましたか」
気付いた瞬間、奥の道から感情の欠落した声と共に一人の少女が現れた。
日本人である事を強調する黒髪黒目。だが、肌を見せないように身に纏う服装まで真っ黒なのは、この時期にはおかしいだろう。
「天は地に落ち、地は天に昇る」
詩を口ずさむような口調。
「起動文言」
久澄は血を百全巡らせ、訳の解らないという顔のアルニカを抱え上に跳んだ。
そして、先程久澄が居た場所目掛けて地が割れる。
「酸漿奈々美。渾名は[天災]」
「――魔術師」
久澄はその正体を呟く。
「上層部からの命令で久澄碎斗、あなたを捕獲しに来ました」




