それは在りし日の日常で
五月の青々しい風がカーテンを揺らす。
ある学校の一室。幼い声を聞きながら電子黒板と配布された資料を交互に見て授業を受ける生徒たちがいた。
窓際の席で視界にちらつくカーテンを鬱陶しく思いながら、久澄もまた普通の高校生としてその授業に耳を傾けいていた。
「生物というのは状況に適応しながら長い年月を生き抜いて気ましたぁー。かつて毛むくじゃらの猿人類であった私たち人間も、人間社会の発達と共に毛で身体を守る必要がなくなり、このように要所要所に少しづつ生えるだけになってますねぇー」
電子黒板のスライドが変わる。日本語に訳された数十年前の論文だった。
「昔ある仮説が立ち上がりましたぁー。人が持つ能力を突き詰めれば、おとぎ話のような特殊な力が使えるのではないかとぉー。数学や物理的観点で人は次元と言うものを認識できますぅー。ならば十一次元を捉え、Aという地点からBという地点に点移動できるのではないかとぉー。まあ、この仮説は『どのように人の能力を突き詰めさせるのか?』という命題を解くことができずに苦情の空論として処理されたのですがぁー」
また、スライドが変わる。絵で描かれた脳の画像と、注釈としてある一部分から一本赤線が伸び、それについての説明文。
「この街を造り出した夜霧のみなさんはこの二つを結びつけ思いましたぁー。人の行動は一部の特殊な例を除いてすべて脳を介して行われますぅー。その脳に『特殊な力』を発現させる器官があればよいのではないかとぉー」
赤線の指し示す場所をクレヨンに似てべったりとした赤で囲う。
「投薬と音波により脳に新たな器官を生み出すぅー。それが脳領域空間ですねぇー。その確立のためには魔術師の存在もあるのですがぁー……終わりですねぇー」
黒板の端で薄めの教科書を片手に佇む長身の女性は、そう区切って教科書を閉じた。表紙には日本支部の歴史、と書かれていた。
その動作に合せるように授業の終わりを遂げるチャイムが鳴った。備え付けの時計を見たわけでもなく、腕に貴金属の一切は着けていない。
「このままホームルーム始めちゃいますねぇー。昼の放送の通り、岬ちゃんに風魔くんお願いしますぅー。掃除当番は……のどちゃんに萌衣ちゃんですねぇー。よろしくですぅー。それではみなさん、さようならぁー」
飴玉を転がすような甘ったるい声に間延びす語尾を持った喋り方の主は、薄宙小詠。この公立・臥内高等学校一年二組の担任教師である。担当教科は生物。
女性にしては高い背丈をしているが、顔、体型、声がとても幼いというアンバランスさを有している。
また、先程行ったように体内時計が凄まじく正確ある。本人曰く、規則正しい生活を続けた結果の賜物らしい。
困った人を見過ごせない性格であり、損得無しで手を差し伸べる姿はまるで聖母のごとしと謳われている。その神々しさに当てられた者たちによる非公式のファンクラブが存在するほどである。
生徒たちの「さよならー」の声に押されるように片方をサイドテールにした黒髪を揺らして小詠は教室から出る。
本日のカリキュラムを終えた教室には、合間の休み以上の喧騒が生まれ出した。
久澄も帰りの支度を整えるべく鞄を机の上に乗せて――後ろの席の悪友から肩をたたかれた。
「クズミン」
「ん、なんだ猫屋?」
振りむき見れば寝癖跳ね放題の黒に黒の染色料を上塗りしたような濃い色の黒髪が目に入る。
猫屋計。ニャとかほざき、実姉が大好きでかなりの変態だ。
薄宙小詠ファンクラブの会員で、会員番号一番。曰く、二人目の加入者らしい。
なにやらにやにやと笑っている。
「きもいな」
心中を口にして、帰り支度を早めることにした。
「酷くニャいか!?」
非難の声が右横から飛んできた。大男がニャとかやっぱりキャラ付けとしてどうよ……なんて勘案しつつ無視を貫いていたが、
「はて?」
と、違和感に気付く。
音源へと視線を走らせれば、猫屋がいた。そのまま身を捻って後ろを確認すると、猫屋がいた。
「うわ、猫屋が二人。きもさ倍増!!」
「酷い!!」
右の猫屋が呻く。後ろの猫屋は腹を抱えながら笑い声をかみ殺していた。
「つーことは、後ろのは風間か」
「はっは「やー、ご名答」
声が二重にぶれる。猫屋の声ともう一人、違う男の声に。
猫屋の姿が脱皮のようにして前に抜け落ち消えて、別の少年がその正体を露わにした。
風間集。先程呼ばれたこのクラス委員の男子代表である。
頭髪が特徴てきで黒色にまばらに地毛だという朱色の髪が混じっている。硬く見られるのが嫌だからと発言の頭にはやー、などと付けている。
こちらも薄宙小詠ファンクラブの会員だが、会員番号は五桁台である。
「相変わらず凄いな、お前の他人偽造。見た目だけなら完全に騙されるよ」
「やー、お褒めに預かり光栄。まあ、十分の時間制限とかあるから便利ではないけどなー。ランクも一だし」
他人偽造。簡単に言えば他者に姿を変えることができるという才能である。ただし、視覚情報として認識していることまでしか偽造はできず、普段露出しない部位などを見れば真偽の見分けはつく。逆に言えば、視認していれば骨格すら変えることができるのだ。
「特殊才能、か。羨ましいねー」
「やー、あったからって評価が低ければしかたがないけどな」
「ニャー。全くニャい俺たちからしたら、例えランク一でも羨望の対象ニャー」
「脳領域空間の発露すら見られないって……才能あるない以前の話だからな」
「やー、それはそれでレアケースだろ。寧ろ俺より実験費出てもおかしくないのに」
「ニャいのを改善するよりどんどん分母増やす方が楽だからニャー」
「大体お前、前例も被りもない『唯一無二』だろうが。それなりに貰ってるだろ」
窓際でぼやく男三人。いつも通りぐだぐだしているわけだが、今日はそれを引き裂く威圧感のある声が飛び込んできた。
「ちょっといいかしら、あなたたち」
「なに?」「なんですニャー」「やー」
振り向く少年ら。
視線の先には、黒ぶちメガネの奥で知的に光る瞳で彼らを汚物のように睨む少女がいた。
クラス委員女子代表、先導岬だった。
「邪魔よ。具体的には掃除の邪魔よ、おぶ……馬鹿ども。掃除担当の二人が掃除できないじゃない。風間以外さっさと帰りなさい」
言われて辺りを見渡せば、心底邪魔だと雰囲気で訴えかける少女が一人。もう一人は緩く笑いながら空いた場所に箒をかけていた。
「本当だ。ごめん、話し過ぎていた」
「口より行動」
「それはするけど……一つ質問いい?」
「なにかしら?」
「今さ、俺らのことを汚物って言おうとしたでしょ」
「………………全然そんな心にも思ってないことをいうわけないじゃない。聞き間違えよ」
「だよねー」
目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ、と久澄は感心した。
「じゃあ、行くわよ風間」
「やーぐへっ!」
気怠そうに歩む集の首根っこを掴み、岬は大股で教室から出ていった。
二人は静かに合掌した。
「じゃクズミン、俺も小詠先生に呼ばれているからここでばいならだニャ」
「今更かよ。先生待たせるなよ」
「全くニャ。女性に待たされるならともかく、待たせるのはよくニャいからニャー」
言い捨て、猫屋も廊下へと消えていく。
とても紳士的な言葉だが、彼が言うと卑猥に聞こえてしまうのは何故なのか。変態だからか。
「さて」
そう口にすることで区切りを明確にして久澄は自分の鞄……ではなく、掃除用具入れへ手を伸ばした。
「掃除手伝うよー」
そう言って箒を手にした瞬間、先程まで笑っていた少女が面を食らったようになり駆け寄った。
「あ、あの、久澄、くん、そ、掃除、手伝わなくても、大丈夫、だよ」
「いや、大丈夫だよ和ヶ原さん。やりたくてやろうとしてるだけだし」
彼女の名前は和ヶ原和。自然な黒髪が後ろは肩下まで、前は目が隠れるような長さまである。そしてその前髪から少し覗き見ることのできる目は常にオドオド、キョロキョロしていて、加えて垂れ目のため実際にそうなのだが気弱に見える。日本人形に似た少女だ。
「で、でも、悪い、し」
「いいんじゃないかしら本人がやりたいって言っているんだから」
遠慮がちに返答する和の声に割って入ってきた声の主は夜霧萌衣。もう一人の掃除担当である。
群青色の長髪を後ろでまとめた、ポニーテールスタイルである。目は大きめでありながら辛辣さを兼ね備えた切れ目。どこか冷めた色の青をしている。
「大体さ和ちゃん、悪いのはこの人を含めた三人組何だから手伝うのが道理ってもんよ」
「で、でも、萌衣ちゃん、わたしたちが当番なんだし……」
和は弱気なのに意外と頑固なのは周知のことだ。
このままでは今日一日、この言い合いは終わりそうにないので原因を作った本人が割って入ることにした。
「いや、和ヶ原さん、今回は萌衣があっているよ。女子二人ってことは箒だけなんだろうけれど、それでも机運んだり大変だろうから。それにただでさえ俺達のせいで時間がかかっちゃってるからさ」
「いや雑巾もよ。しかも前後ろ両方」
萌衣の言葉に怪訝な目で訊いた。
「それって……お前ら小詠先生に何したんだよ」
それに萌衣は顔に手を当て、嘆くように告げた。
「呆れた。あんたたちじゃ無いんだから何もしていないわよ。それに私の才能忘れたの」
何もしていないと否定しようとしたが、何時もいるメンバーが、と思い止め萌衣の才能について頭の中で検索することにした。
そしてその思考は四月の才能測定へ繋がった。
そこで見た彼女の才能は、
「そうだ思い出した念動力だ。四月の才能測定でランク一だった。成る程そう言うことか」
夜霧萌衣の才能は物質に触れずに三次移動を行うことの出来る念動力。
その才能を使い机を運ぼうとしているのだ。
「まっ、そう言うことよ。と言っても一度に運べる重さは十キロで、しかも目に見える物しか運べないからランク一なんだけれどね」
しかしそれを右横で聞いていた和はぶんぶんと聞こえてきそうなので勢いで首を左右に振った。
「う、ううん、す、すごいよ萌衣ちゃんの才能は、力、強くて」
「全然凄くないわよ。私からしたら和ちゃんの才能の方がよっぽど凄いと思うわ」
「ん、そういえば和ヶ原さんの才能見たことないな……どんなのなの?」
「わ、わたし? わたしの才能は、人形使い{ネクロマンサー}ラ、ランクは、一です」
「そう、人形使い。この力の凄いところは無機物ならなんでも操れることなのよ」
いつも冷静沈着な萌衣が若干興奮気味に言っているのが引っかかり、久澄は頭に浮かんだある疑問を口にしてみた。
「萌衣は人形使いの才能が欲しかったのか?」
それに萌衣は目を露骨に逸らした。
「う、うんまあちょっと事情があってね。欲しいかなぁ? なんて思ったことがあっただけよ」
「ふむ……和ヶ原さん、何で萌衣が人形使いの才能が欲しかったか知っている?」
その言葉に萌衣が「ちょ、久澄!!」と言うがが時すでに遅しで和が、にへらと頬を緩める。
「じ、実は、萌衣ちゃんお、お人形さん、を集めるのが、趣味で、人形使いの、才能があったら、一緒に遊べるのにって」
その話を聞き少し横に目線をずらすと顔どころか耳や首まで真っ赤にした萌衣がいた。
しかもどこか冷めたような萌衣の目も恥ずかしさを表し和以上にオドオドしている。
その姿は今までの冷静な女性のイメージを崩すくらい少女だった。
そのため見ていたら少しからかいたくなってしまう久澄少年。
「……萌衣ってお人形遊びが趣味なのか?」
この言葉に萌衣はただでさえ大きい目をこれでもかというくらい見開き、更に顔を赤くさせ驚くべき口調で言葉を発した。
「違うもんお人形遊びが趣味なんじゃなくてお人形集めが好き何だもん。だけどもし人形使いの才能があったらなぁ?程度であってね……大体和ちゃんこれは二人の秘密って言ったじゃない」
そう言って萌衣は俯きぽろぽろと涙を流し始めた。
少しやりすぎた。
まさかの一面に驚きつつも、引き際を間違えたことに冷や汗が垂れる。
「悪かっ……」
謝罪の言葉を口にしようとしたがそれは最後まで口にすることができなかった。
何故か。それは和が他人の言葉を無視しておどおどと、しかし力強い口調で謝罪の言葉を口にしたからだ。いつもの性格からは考えられない行動だった。
「ご、ごめんね、萌衣ちゃん、ちょっと、だけ、からかいたく、なって……」
和は頭下げようとした。
しかしそれを狙っていたかのように急に萌衣が頭上げた。
そこには泣き顔などなく満面の笑みがあった。
「うっそー! 大丈夫だよ。そんな昔のことで傷つくほどやわな精神はしってませーんだ」
「え、えっ、えっ」と言いながらオロオロと状況が呑み込めてない和ヶ原さんの下へ萌衣は「とうっ」と飛び上がり抱きついた。
そしてそのままああだこうだど二人でじゃれ始めた。
「……えー」
急激な状況の変化に久澄は心が覚めていくのを自認した。
この二人の仲の良さにはついて行けなかった。
諦めることにし、自分の荷物を持って教室を後にする。
今のあの二人には彼の声など届かないだろうし、掃除は萌衣が言っていた通り手伝わなくても才能を使えばすぐに終わる。
そう才能を使えば。
鞄を担ぎ直し、開いている左手を開閉してみた。そして深い溜め息。
廊下に差し込む西日に目を細めながら、外を窺った。
そこには、天をも貫きそうな巨大な黒の〈塔〉がそびえ立っている。
日の光に瞳が侵され、視界が白く染まってようやく久澄は目を離した。
二階分の階段を降りる。
下駄箱で靴を履き替えながら、ふと猫屋は帰ったのだろうかと思い確認した。
そこには上履きが収められており、そこから目を離して帰路へ進む。
昇降口から出るとうっすらと高い音が聞こえ、聞き覚えのある声に嘆息する。
「まだじゃれ合ってるのかよ、あいつら」
掃除はいつ終わるのだろうかなんて頭に浮かび、自身の責任の所在はどこへやら。裏門へと足を向けた。
自宅である学生寮の途中にある商店街へ、久澄は足を運んでいた。夕ご飯と明日のお弁当の材料を求めてだ。
もう少し外れれば大型のスーパーがあり、そちらの方が格安ではあるのだが、知る顔があればできるだけ顔出しする程度の協調性は持ち合わせていた。
商店街に店を構える人々は、商品による収益が主でないため、本当に人付き合いではあるだが。
入り口近くに開かれた八百屋。
夏野菜の少ない品が並ぶ奥で店主の女性はレジに座っていた。
「姐さん、お久しぶりです」
「三日ぶりだね、碎斗くん。計は一緒じゃないのかい?」
「いえ、あいつの方が先に学校出たんですけど」
「たく、どこほっつき歩いてるんだか」
嘆息する女性――安城冷夏。
さばさばしながらも清潔感漂う黒髪を後ろでまとめ、日に焼けた肌は化粧っ気がない。黒真珠のように深く、強い色合いの黒の瞳をしている。
猫屋の下宿先の請負人でもある。
「まあ、いいや。色々とあるんだろう。それで、今日は何を買っていくんだい?」
「そうですね……」
頭の中で冷蔵庫の中を確認し、今日と明日は野菜コロッケと野菜の掻き揚げにしようと決め足りない物を買い足した。
「まいどー」
「ありがとうございます。猫屋にもよろしく言っといてください。学校で一緒でしたが」
「了解。今後とも仲良くしてやってね」
商店街を出て、家路へと戻る。
今夜の献立の工程を暇つぶしに考え、五階建て学生寮の三階にある自身の部屋にだどり付いた。
おおよそステレオタイプ通りのマンションの間取りと同じ作りである学生寮の一部屋。台所に野菜のはいった袋を置き、壁際にくっ付く樣に置かれたベットの上に鞄を投げ、事務的に着替えを始めた。まだ少し肌寒い五月に合うように下に黒に限りなく近い藍色のジーンズ、上は白の半袖シャツに黒のファスナー付き春もののパーカー。
着替え終わった後、キッチンに掛けてある暗い青色のエプロンを付け、いざ始めようと動き出したところである黒い物体が目に入った。
かさかさと蠢くそれは。
人のいる場所に寄り添う黒きG――通称ゴキブリである。
「うへ、ついに出てしまったか。コイツ一匹いると三十匹住んでるっていうもんな……薬買いに行くかぁ」
近くに立て掛けてあった木刀(中学校の思い出の品)で叩き潰し横倒しにしたゴミ箱へ木刀でゴルフのように打ち入れた。
木刀をティッシュで拭いつつエプロンを外し、対ゴキブリ殺虫剤を買いに行くためベットの上に投げ捨ててあった鞄の中から、財布を取り出しドアへ向かった。
「はあ、面倒くせー」
この時のドアが何時もより重く感じられたことは言うまでもない。
「何か忘れている気がするんだよな」
近場のスーパーに薬剤を買いに来てふと思った。
財布を覗き見るがポイントカードは挟まれており、所持金も薬剤を買うには充分である。
特に忘れ物もなく、気の所為と自分に言い聞かせそれを頭の隅に置き、レジに物を通した。
金額キッチリ、ポイントカードも忘れず、このまま何もないはずだった。
しかし、外に出て一人の少女が人の悪い笑みを浮かべながら仁王立ちでいる姿を見てそれが命取りだったと今更ながらに後悔した。まさか忘れ物ではなく忘れ者だったとは。
忘れ者の女子中学生――胡桃渚。
「こんな所にいらっしゃったのですね、久澄先輩。……最っ低ですね」
絶望がやってきたと内心臍を噛むはめになった。
下手すればタメ口より失礼な敬語を形式的に使うこの少女から逃げた。
その理由は彼女がこの街を代表する五人の内の一人だからである。
この街では特殊才能の応用性と有用性の高さによって〇から四までの五段階でランク分けされている。
四までたどり着くのはかなり希少な、『唯一無二』以上に有用である必要がある。
と、そこで思考を遮る現象が起こった。
『電気を纏った』ゴム弾が右の頬を掠めたのである。
「いたいけな女子中学生を誑かしておいて逃走なんていい度胸してますね」
「いやぁ、お嬢様。今日も一段と機嫌が悪いようで」
軽口を叩きつつも内心は冷や汗ダラダラだった。
あれがレベル二である。胡桃渚は特殊才能の中でも比率の高い電撃使い(エレクトロマスター)
『磁化変換』それは世界に存在する電子の性質を変換する力。そして今のは絶縁体に電気を『纏わせ』磁石のように扱う力『磁化砲射』(ガウスキャノン)。
一見、電子使いなら誰でもできそうなことだが他の特殊才能保持者では電子を絶縁体の周りで結び付けその電子を引っ張ることしかできないし、その強度は軽く息を吹きかけた程度で離れてしまうくらいのものである。
これによって渚は、ポピュラーな電撃使いにて二人目のレベル四に認められたのだ。
さて、そんな人物に何故追いかけられる羽目になったのか。久澄は、彼女を見て連想で思い出していた。
「悪い! 買い物付き合う約束忘れてた!」
「忘れてたんかい。あぁ、嫌だ嫌だ頭も残念性格も残念……最っ低ですね先輩」
「もうさー、ランク三の、『電子の暴女』様が、ランク〇に絡むの止めにしない? 疲れたしさ」
『電子の暴女』とは、彼女の二つ名である。
彼女のような有名人と縁を持ったのは、ただなし崩し的にいつの間にかだらだらと関係が続いた結果である。お互いに、理由があった付き合いがあるわけではない。
「うるさい。約束は約束よ」
「いやさ、家にゴキブリがでて全て殺すために……ほら広範囲殺虫剤をかっていたんだよ」
まるで証明のように右手に持っている袋を掲げた。
だが胡桃はその右手を見ようともせず俯いたまま震えていた。
「ねぇ、今ゴ、ゴキブリって……言った?」
言ったとも、と言おうとしたが、胡桃の姿と口調を見聞してとある予想がたったため口にしてみる。
「まさか……天下の『電子の暴女』がゴキブリ恐いんですか」
バチバチっと弾けるような音が渚の感情ぬ呼応するように鳴り、身体に青白い電気が纏われた。
「ゴ、ゴ、ゴキブリが嫌いで何が悪いんですかー!!」
悪いなんて誰も言ってません。そんな声が口に出せないほど事態は速く動いた。
数十メートル後ろにいた渚が弾かれるように此方に向かってきていた。
視覚できたときにはもう彼女の雷のように攻撃的ながら自然な金髪が眼下に迫っていた。
「えっ、嘘だろ死……」
最後まで言い切れず突っ込んできた胡桃に吹き飛ばされた。
ガッッシャーンという音が鳴り響く。
「ふぅ。やっとお話できますね先輩。あんなに走ってたんですから生きてますよね」
今のは身近な空気中の電子を片方に変換し自身の体の周りに変換したのと逆の性質を纏わせ反発する効果で突っ込んだのだ。摩擦で身が傷ついていないのは体の周りに纏わせている電子を硬化しているからである。
吹っ飛ばされた先で外傷は全くなく起き上がった。
「痛っつ! 分かったよ降参降参」
両手を上に上げ降参のポーズを執った。
しかし、災難は終わらなかった。
「しかし凄い音でしたけれど……大丈夫でした」
「何か硬い物に当たったみたいで凄く背中が痛い」
と二人して後ろを見ると女性が倒れていた。
「……人か? その割には硬かったが……まさか」
ある程度予想がついたが胡桃は今にも泣きそうな声で、
「嘘……あたし人を……どうしよう……」
と言った。胡桃の姿に、その罪悪感の五パーセントでも向けてくれないかな、と思わなくもないが、それどころではない。
「違う胡桃。これはオバチャンだ。逃げろ!」
胡桃は、落ち着いて女性を見る。
姿形は人のそれだが、着ている服が古くに外国から持ち込まれた白と黒の地味な侍女服であった。今の時代、平時からそんな嗜好品を身に着ける人物は皆無だ。
「えっ? あっ、ほんとだ……って久澄先輩てめー何にぶつかっているんだ!」
明るさを取り戻し、逆ギレをされたが反論する時間が惜しい。
何故ならオバチャンは街の清掃係(手に持った箒でもう片方の手に持つ塵取りから内部に吸い込まれ燃やされる)。この街で浮かないように見てくれは十五、六歳となっている。
ここからが本題、オバチャンに危害を加えると内部から小さいオバチャン、通称チーバーが出てきて追いかけて来るのだ。そしてそれに捕まると最低でも再教育として美化委員、風紀委員より一ヶ月ずつ放課後を潰され終わってももう一ヶ月は監査が付いてしまうのである。
それは『個人的理由』により避けたい。勿論、理由がなくても避けたいが。
お互い別々の道に別れ進む。
チーバーは小さいながらスピードが速く油断すれば追い付かれてしまう。
胡桃の才能を使えば簡単に逃げきれるが自分は『無才能』なので逃げる手段は走りのみ。
「こんなことなら胡桃と一緒に逃げれば良かったな」
左右に分かれている道の左を選択していまいそこで思い出す。この先は高さ二十メートルはある壁による行き止まりだと。
しかし、後ろにはチーバーが迫る。
(くそっ!! 折角いい感じに血が回ってきたのに。行き止まりじゃ……ってあれ? 道がある)
何故か行き止まりの筈の所には曲がり角が存在していた。しかもその道はまだ日があるというのに暗く不気味であったが。
「……まっ、進むしかできないよな」
後ろにいるチーバーに意識を向けつつ曲がり角を走り始めた。疑問は感じながら。
――そして久澄碎斗は五月十五日、日本支部から姿を消した。




