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ファクターズ  作者: 綾埼空
四話 勇魔降誕
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宵闇に騙りし聖女

 暗闇に支配されたとある教会の一室。首の落とされた神の像の前で幾人かの人影が居座っていた。


 そこに、新たな訪問者が現れる。


「こんにちは、皆さん」


 若い女性の声が響き渡った。


「何の用だ」


 長椅子の上に寝っ転がっていた男が、体制をそのままに訊ねる。


「私のこの世界での用はすんだので。貴方に貸した『手』を返してもらおうかと思いまして」


「嫌だに決まっているだろ」


 男は当たり前のように告げる。


「困りましたね。『お姫様』、貴女からも彼に言ってくださいよ」


 女性は、神の像の切断された首の切り口に座る女性に話しかけた。


「欲しい物があるなら奪い取れば」


 話しかけられた女性は、適当に返す。


「一応わたし、『最強』何ですけど」


 最強という言葉に、飾り気も鯱張った様子もなく、まるでそれが当たり前のように言う。


「どうぞ勝手にー」


 しかしそれでも、彼女は適当に返した。


「はぁ、一応話し合いの末、納得してもらってから返してもらおうと考えていたんですけどね……」


 女性は心底面倒くさそうに右手を振った。それは、目の前を飛ぶ虫を払う動作に似た気軽さだ。


 それだけで、男性の内側から『左右どちらにも見える手』が乖離する。


「おっ?」


 その現象に、流石の男性も俯瞰していられなかったのか、腹筋を使い起き上がった。


「本当の所有者は一応わたしなので。結び付きが強いんですよ」


 疑問の気配を発する男性に、女性はそう説明した。


「それでは、お元気で」


 明日も会う友達と別れるような気軽さで、女性は立ち去っていく。


 しかし。


 その瞬間、この空間を支配する『闇』が蠢いた。


 闇は鋭き槍となり無防備な女性の背中に迫る。


「原初の火は凍らされ、世界の終わりは訪れる」


 まるで、詩の一節を口ずさむようにそれを唱えた後、



 −−世界が凍った。



 正確には、空間を支配する闇。そこに内蔵される力が。


九氷果いちのくひょうか。魔術ランク旧一位。異名は〔氷姫〕。曰く−−」


 儀礼的にそれを口にしていく。



「世界最強」



 その言葉は、その名を真の意味で持つ者にしか出せない重みを醸していた。



 そして女性は、この教会から出て行った。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「あはっ、ほんき出しているのに負けてるの」

「ださーい」


 九氷果が出て行った後、男とは逆側の長椅子に座る二つの小さな人影が、我慢できないとばかりに大きく震えていた。


「いいんだよ。お前ら『姉妹』には解らないだろうが、自分が本気を出しても勝てないような強い奴が居るのが嬉しい奴だって居るんだ」


 楽しそうな雰囲気を醸し出す男。闇で見えないが、その顔には残虐な笑みが張り付いているのが容易に想像できる。


「ふぅーん」

「わたし達より強い人にあったことないからわからないや」


 申し訳程度にそう言った後、少女達は手に持っていた人形で二人だけの世界に入り込んだ。


「お前らは……。『姫様』、『計画』が成就すればああいう強者とも戦いまくれるんだよな」


 少女達のぞんざいな対応に呆れたような視線を向けた後、恭しさの全くない口調で像の上に座る少女に投げかけた。


 だが姫様と呼ばれた少女は気にした様子もなく、


「そうねー、『計画』が成就すればね。世界は広いから、あれ以上はなかなか希少だけど、例えばニブルド級はわんさか居るでしょうね」


 ニブルド、という単語に姫は、先程九氷果が出ていった扉の近くの壁に身体を預けている外套をまとった中肉中背な影が小さな反応を示した。


「そういえば、君、いや君達は彼とそれなりの縁があるわね」


 少女は自分が座る像の下に目を向ける。


 そこには一人、線の朧気な男性が控えていた。


「それは『姫様』もでしょう」


 視線に気付いたのか、男性が告げる。


「まあね。といってもわたくしの縁と言うより、『彼ら』が作り上げた因縁と言うべきだけど」


 彼ら、という言葉に外套が反応を示す。


「『姫様』はいつ、あいつらを殺すんだ? 知識も実力もある老人どもは厄介だろ」


「んー……向こうで『樹』が生えたらからかな」


「そういえば」

「彼女が『果実』の回収をしていたけど良かったの?」


 今まで二人のみの世界に入り込んでいた少女達が『姫』の方に目線を向け、訊ねる。


「ああ。『知恵の実』はこの地で用意されてしまったからな。『生命の実』は向こうでやってもらうさ。あんまり『魔』を使いすぎるとあいつに怒られてしまう。素体も向こうの方が確率はあるだろう。

 それに、向こうとこっちは同一線で繋がっているから向こうで生えた『樹』は、こっちにも効果を及ぼす」


 話し終わった『姫』は、よっと、という声と共に像から飛び降りた。


 暗闇の部屋を見渡し、結局言葉を発しなかった二人の仲間に目を向け、聞いていることを確かめた後、大仰に腕を開いた。


「さて、この地での魔王と勇者、巫女の戦いの再現は終わった。こんなに手際よく行ったのは、彼女とユーキに感謝すべきだね」


 『姫』は左奥の壁側に座る女性の影――ユーキに目を向ける。


 ユーキはそれに気付かず、脇腹を愛おしそうに指先でなぞっていた。


 『姫』はそれを気にせずに続ける。


「ニブルドのお陰で勇者の暴走もなぞることができた。彼女も果実の回収をしたから近い内に『樹』の精製を始めるだろうね」


 『姫』はまるで、この場が舞台のように演技がかった声色で言っていく。


 そのせいか、この場に居る全員が彼女にスポットライトが当てられていないのが不思議に思っていた。そんな気配を彼女は発している。


「どうやら『死の管理者』もこの地に居たようだし、世界を覆う馬鹿げた運命は、わたくし達に味方しているよう」


 彼女は笑みを浮かべる。本当に嬉しそうに笑みを浮かべる。


「彼が来てくれた事で神を守る理は壊れた、否、殺されたわ。だからやりましょう、この地の法則をっちゃいましょう」


 『姫』は開いていた両腕を閉じ、右手を目の前に差し出した。



「さあ、この壊れた世界を――再生しに行きましょう」

第一部・四方の巫女ーー完


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