平和な一時
「悲しんでいる暇は無い」
ハーツが魔王を一時的に封印したのを視認した五人は、アルニカの魔法で城に跳んでいた。
沈んだ表情を浮かべる四人に、久澄はそう言い切った。
「ここでうだうだしているのがハーツのためか? あいつが稼いでくれた貴重な刻をお前らは無駄にするのか?」
返答がないため、訊ねる。
「そう……だよね」
アルニカを皮切りに他の三人も順々に顔を上げていく。
「魔王を倒すこと。それが私達に託してくれた、そしてハーツが現代まで生きた意味だもんね」
四人の目には、強い光が宿っていた。希望という名の。
「ここでいいんだな、アルニカ」
「ええ。王様はそこにいるわ」
それを確認した久澄は目の前の扉、ニブルドが居る王室の扉をノック無しで開いた。
目に入ってきたのは、正面にある高価そうな机に積まれている紙の束を淡々と処理するニブルドとその斜め後ろに控えるデーゲンの姿だった。
「頼みたいことがある。ニブルド」
時間が惜しいため、久澄はなんの説明も無しに本題を告げる。
それに驚いた様子もなく、ニブルドは紙の束から正面へ顔を移す。
「いきなりだね、サイト君。生きてたんだ」
「なんとかな。それより頼む。事情は話すから、協力してくれ」
久澄は礼儀に反しない程度に頭を下げた。
そんな久澄に四人は面を食らい、ニブルドは訊ねる。
「なんでそんなに積極的なんだい? 異なる世界から来た君が何故そこまで一生懸命になる」
デーゲンを含め、それを知らなかった三人の少女は疑念の声を上げる。
それにニブルドは、
「服を見てみなよ」
それだけを言った。
それを受け四人は久澄の服を凝視する。
ところどころ木の繊維で縫われているようだが、基盤となっている糸は見たことの無い、否、この世界には存在しない材質の物であった。
「ほんまに異世界人?」
「本当に異世界人」
頷きながら返す。
そんな久澄へ改めて、
「それで? 答えは?」
久澄はゆっくりと一回まばたきをした後、こう言い切った。
「悲劇を繋げる因縁。欲望に押し潰された勇者。その全てを、殺し尽くすため」
ニブルドは強く一回頷いた後、眼光を強くした。
「それは僕達ティラスメニア人にとっての考えだ。異世界人。君の目的は何なんだ。奇麗事が聞きたいんじゃない。吐き捨てるべき欲望にまみれた真実を、僕は知りたいんだ」
それを聞いた久澄は、数秒の沈黙の後、小さく息を吐いた。
「俺の答えを知りたいなら、四方の巫女と魔王のお話を聞いてからの方がいいと思う。
ユーディ、ハーツからの許可は取ってある。ブレイヴァリから連なる現在までの話をしてやってくれ」
「いつの間に? てかなんでウチが」
「許可は失踪していた三ヶ月の間に。ユーディなのは、世界を巡り、一番ハーツから話を聞いていたからだな」
そう言いながら久澄は部屋の端にある八人は座れそうな長椅子の一番端に腰を降ろした。
「長くなるから座らせてもらうな。お前らも、ほら」
親指で自身と逆端を差す。
四人はそれに従い、座る。
デーゲンに声をかけないのは、彼がニブルドの警護役だからである。
「じゃあ、語らせてもらうで」
ユーディが語り終わった頃には、彼女達、彼らの体内時計の針は昼の初めから、今は夜の真ん中を指していた。
それでもまとまった方だろう。
アルニカの空の操手の力とユーディの天修羅の力による映像なければ、夜は深まっていた頃だろうから。
「……成る程。全ての辻褄があったよ」
全てを聞いたニブルドは、話を聞いている間閉じていた目を開いた。
「魔王は四方の巫女でしか消せない。が、実力的、また魔王の系譜で倒せないと……。
けどそれなら、サイト君の出る幕自体が無いんじゃないか?」
当然の疑問。しかし、
「四人には見せたけど……俺が使用する五行三祿の自然色、その三祿式……まずは三祿について話す必要があるな。
ニブルド、紙と書くもん貸してくれないか」
立ち上がり、ニブルドの机の前まで行き言う。
その際、久澄の目に処理途中の紙の一枚、その文面が目に入り--
「いや、やっぱりいいや」
久澄は踵を返した。
「何でだい? 『ろく』という字を書いて説明してくれるんじゃないのかい?」
確かにそうだった。だからこそ、久澄は、あー、と言いながら視線を泳がし、きまず気に言う。
「俺は異世界人じゃん? つまり、この世界の字とかは解らないんだ」
「? じゃあ何でこの世界の言葉を話せるんだい?」
久澄は頬を掻きながら、顔をアルニカの方に向けた。
「この世界に来て初めて会った人間は、アルニカなんだ。ブレイクさん曰わく、空の操手であるアルニカに会ったから話だけはできるらしいんだ」
「ブレイクさん?」
その呼び名を知らないニブルドは訊ねる。
久澄はそれに、人の悪い笑みを浮かべた。
「ブレイクさん!」
大きな声で呼ぶ。すると、
「呼んだか?」
ぐにゃり、と空間が黒く歪み、久澄が落ちていったのと同じ空気を発する黒い空間から灰色の髪に緑色の瞳の男性が姿を現した。
「ぬ、主様!?」
アルニカが疑問の色を含んだ声で叫ぶ。
「アルニカ、久しいな。それと」
ブレイクはニブルドの方に姿を向けた。
「貴方が現ティラスメニア王か。お初にお目にかかる。私は森の理を務め、破壊の理を司る破壊神龍と言うものだ」
その自己紹介に、誰もが驚きの声も上げられず、口を無意味に動かす。
ただ一人−−久澄を除いて。
「信憑性は確かだろ?」
「……そ、そうだね……」
ようやく絞り出した声は、どこか呆れが含まれていた。
結局ブレイクの提案でアルニカに書いてから、説明を始めた。
「祿という字には神の恵みのおこぼれ、という意味があるんだ」
ティラスメニア語で書かれている祿という字を指差しながら告げる。
「三祿式はそのまま、神から力の一端を受け取る、もしくは奪い取る事で使える技なんだ。神の影響力は世界に広まっているからな。五行三祿の自然色で受け入れられるんだ。
基本的、神から受け取る形だから二式とかは無くて、例えば俺が使える三祿式の龍式は龍絶断だけ。
一端とはいえ神の力だからな。理に対する干渉力もある」
「じゃあ、魔王の光線を弾いたのも?」
アルニカが手を上げ、訊ねる。
「いや、あれは違う。木刀にブレイクさんの砲口の力を閉じ込めていて、それを放っただけなんだ。
本当は身喰らう蛇のマスター……ユーキさんに使うつもりだったんだけどな」
そう言って頬を掻く。
「まあ、サイト君が魔王と戦えるのは解った。けど、幾つか質問がある。あなたにもです、ブレイクマスタードラゴン」
「なんだ?」
「何故あなたが森創界から出ているのです? 森の理であるあなたは森世界から出れないはずですけど」
「魔王の降誕により、理が歪んだ。だからだ」
「……魔王からそんな影響が」
「ただし歪んでいるのは森の理だ。破壊の方はこの世界だけではないから特に意味がないのだ。だから人と魔物を傷つけられない理は変わらん」
「という事は、貴方という戦力の増援は望めないと……分かりました、ありがとうございます。
さて、次はサイト君だ」
「ああ。理由、だろ?」
「頼むよ。時間稼ぎは聞いてあげたんだから」
う゛っ、と痛いところを突かれたような呻き声を上げる。
「気付いていないと思っていたのかい? まあ、僕としては聞きだい話が聞けたからいいんだけどね」
久澄はニブルドを睨みたい気分に終われたが、話を語ったユーディの視線が痛すぎて行えない。
変わりに溜め息を吐き、久澄はその心中を吐露する。
「護るため、なんて大層なものじゃない。ただ俺は、目の前で起きる悲劇を止めたい。それだけさ」
久澄とニブルドが視線をぶつけ合う事五秒、ニブルドはやれやれと首を振りながら立ち上がり、久澄の前に立った。
「……いいだろう。君達しか居ないとはいえ少女や異世界人である者に頼るのは憤慨だが……現ティラスメニア王として君達に頼む。この世界を、救ってくれ」
頭を下げた後、手を差し出した。
代表して久澄がその手を握る。
それを見た四人も、
「任せてください」
「ウチらの世界でもある。心配するなや」
「……了解です」
「このヒーナにお任せを、兄様」
気負った様子もなく、それが当たり前のように返答した。
「で、俺に聞きたい事があるんじゃないか?」
ティラスメニア王・ニブルドとの交渉を終えた久澄達は明日に行われる事となった対魔王会議に備え、また夜もいい感じに深まっていたため、久澄に与えられた一室で食事をとっていた。
四人に与えられている部屋の方が広いのだが、一応男性である久澄を上げるには、若干ハードルの高い状態になっているらしく、しょうがなく久澄の部屋に集まっていた。ちなみにブレイクも食事こそとらないが、同室に滞在する予定だ。
だが食べ物の味が微妙にしか解らないぐらい視線を感じていた。
そのための一言だ。
「うん。気になることが二つ」
「何だよ。別に聞かれて困る事は……無いはずだが?」
「じゃあ、碎斗が落ちていった黒い空間。あれって結局何だったの?」
その質問に久澄は、部屋の隅にある窓から外を眺めているブレイクの方を見て、視線で変わりに答えてくれ、と訴える。
視線に気付いたようで彼らの方に向き、説明を始めた。
「サイトが異世界人なのは知っているか?」
それはアルニカ以外の三人に向けられた言葉
先程聞いていた三人は、それぞれ頷く。
「ふむ。彼がどこから来たかは分からないが、来たときに空間の歪みみたいのがあってな。それを応用したのだ」
「けどその時、主様は狂暴化中じゃ……」
「ああ。だがどうやらサイトが渡ってきた空間の歪みは何かを破壊して成り立っているようでな。破壊の理の方が記憶していたんだ」
「ちなみに、俺が降ってきたのとブレイクさんがさっき現れたのは、それを使った空間移動な。なんだかんだで声の届く場所にいたしな」
派手な現れ方しやがって、と久澄は肩を竦める。
「成る程ね。じゃあ、二つ目」
アルニカは久澄の左腕と心臓の当たりを瞳に映す。
それに久澄は、嫌な確信を覚えた。そしてそれは、現実のものとなる。
「なんで胸を貫いたり、左腕を切断したのに再生してるの?」
久澄は目を逸らす事はせず、逆にアルニカの瞳を捉えた。そしてシニカルな笑みを浮かべる。
「お前、みんなが戦闘に集中する中で一人、後ろ向いてたのかよ」
皮肉を吐いて話題を逸らそうとする作戦。しかし、
「外れ。空の操手の力は、一定空間内の全視覚もあるの。『戦闘のため』に視野を広げたら視えたってだけよ」
戦闘のため、に比重を置き笑みを浮かべる。それに久澄は本日何度目になるか分からない溜め息を吐いた。
「はぁ、分かったよ、誤魔化さない。アルニカは知らないだろうけど、戦争前、俺はニブルドに頼んで潜在能力顕現化実験を行ったんだ」
その結果暴走したけど、と付け加えた。
「暴走自体は私達が止めたから……あっ!」
何かに気付いた表情を浮かべる。
「そういうこと。まあ、回復能力自体は最初だけの特典だったけど」
そう言い久澄は原視眼を使用してから爪に雷刃を宿し、腕の皮膚を軽く切った。
紅くどろりとした液体が腕を伝い手へ。止まる気配は無い。
「あの実験で俺が手にしたのは、準備運動無しであの血の力をフルに使える、というもの。アルニカには説明したけどあの力は心臓が核になっているから、敢えて大量出血を促す必要があったんだよね。一種の儀式みたいなものだよ」
「じゃあ、左腕を斬り落とす必要性は?」
「ユーキさんの集中力を乱すため」
久澄は即答する。その早さにアルニカが唖然とするぐらい早く。
「……じゃなきゃ勝てないからさ」
だから久澄は落ち着いてそう付け加えた。
それは事実だった。彼女が隠し持っているであろう三祿式の存在を考えたら、思わず背筋に嫌な汗が流れる。
内面的な致命傷ならともかく、身体の欠損までは直せないから。
だが取り敢えず追及はこないし、二つの質問に対する回答も終えため、久澄は食事に戻った。
代わりに、食事を終えたユーディが声を上げた。
「じゃあ、ウチからも一つ、ブレイクさんに訊いていい」
「なんだ、南の巫女」
「あんたはこの世界で唯一現存する龍の魔物だって訊いたんやけど」
「そうだな」
ブレイクはあんた扱いにも気にせず応える。
「けど魔物って魔法使えないやんか。なのになんであんたは人型になっているんや?」
久澄は、魔物って魔法使えないんだ、と評価を新たにした。
「これは魔法ではない。破壊の理としての力だ」
ユーディは身を乗り出し先を促す。
「人間は破壊を行うだろう? 私は、同種である魔物以外の破壊を行うものなら何にでも変化できる」
「じゃあ、例えば剣とかにも」
「無論」
ブレイクの身体が緑色に光り出し、次の瞬間、刀身九十センチ程度の両刃の剣が宙に浮いていた。
「ほらな」
剣−−否、ブレイクが喋る。
どこから喋っているのか分からない状態だな、と思っていた久澄の頭にある可能性が浮かぶ。
「なあ、ブレイクさん」
「なんだ?」
「その剣ってあなた自身ですから、場合によっては砲口級の破壊力を生み出せるんですか?」
淡々と、可能性の一つを潰すように訊ねる。
「ああ、可能だな」
その答えに、本日最大の音量と長さの溜め息を吐いた。
「じゃあ、あなたが剣として来てくれれば、魔王の一撃に木刀を使う必要は無かったんですね」
今更言っても、それにあの状況は予想できないと考えながらも言わずにはいられなかった。
「それは無理だな」
自己満足のために言った言葉が意外な方向へ向かう。
「……………………?」
「私を持ってみろ」
よく分からないまま柄を握り−−弾かれた。
「この世界には、神話級武装と呼ばれる武器が幾つかある」
久澄は無言で先を促す。
「名工の手で打たれた青絶対鉱石や未だ成し得られてはいないが黒絶対鉱石の武器やこの世界と向こうを隔てる聖域にある武器。お前らが知ってそうなのは……アーサーとかいう男が持つ『聖鍵・エクスガリバー』だろうな」
確か特記戦力として上がった人だよな、と思い出していた久澄の耳にユーディやアルニカの「あれ、神話級武装だったんだ」という声が聞こえた。
ユーディはともかくとして、アルニカが知らないのであれば有名な話では無いのだろう、と当たりをつける。
「まあそれらは、武器が使い手として相応しいと認めない限り持つ事は叶わないのだ」
言外に実力を認めていないと言われた形だが、久澄としては納得のいく形だった。
むしろ、あのような破壊力を平気で出せるブレイクに、持ち手として相応しい実力がある、と評される方が恐い。身の丈を越える力は、誰かを傷つけてしまうから。
話は終了。それを告げるようにブレイクは人型に戻り、一瞬久澄の耳に顔を近づけ呟く。
「お前が契約した『アレ』も神話級武装だからな」
「ぁ………………」
思わず驚きの声を上げてしまいそうになる。
性質上合ってはいるが、力の釣り合わないあるものに認められてしまい久澄の背中に嫌なものが走る。
だがそれも一瞬。ドアをノックする音で我に返った。
「どうぞ」
アルニカが入室を促す。
「失礼します」
扉を開け、恭しい礼をしてから入ってきたのは、多くの荷物を持って行くために開発された押し車を押すメイド服姿の少女。よくアンネにいじられている少女だ。
ちなみに彼女とアンネの関係も三ヶ月の間に進み、この前貞操の危機に見舞われたのは別のお話(無論アンネとしては冗談の域を出ないのだが)。
彼女が来たのは食器の回収のため。
だが久澄は肉の固まりを最後の一口として残していた。
すぐに皿の方に視線を向ける。しかし二つの異変があった。
一つ目は、皿の上にあったはずの肉が無い事。
二つ目は、視線を少し上げた先−−ユーディの口がもちゃもちゃと動いている事。口の動きが終わると、その細い喉がゴクリと鳴った。
「失礼しました」
久澄がユーディのそれを見ている間に全ての食器を回収し終えたメイドがドアを静かに閉める。
沈黙は一瞬。その一瞬で久澄は事を起こすかどうかを考え、明日から忙しくなるからな、と思い、行動を起こす事にした。
食べ物の恨みは怖いぞ、と言えるほど飢えた事もないが、敢えてその台詞から全てを始めた。




