別離、そして
四方の巫女は、魔王と互角に戦っていた。
久澄とユーキの戦場に魔王の攻撃が届かなかったのがその証拠。
それは魔王が完全覚醒していないのと、過去魔王と対峙した事のあるハーツの指揮と四人が上手く連動しているからである。
最初に使ってきた黒い光はハーツ曰く、封印されている際に溜まった汚れのようなものを吐き出す動作に似たものだから、もう使ってくることは無いらしい。
それを聞いた四人は、比較的落ち着いて戦闘を行っていた。
万全であろうと、流石にアレは止められないと理解している。
とはいえ、彼女達は攻めきれずにいた。
魔王の系譜。その言葉が彼女達の行動を制限する。
だが、光明は意外なところからもたらされた。
「私に考えがあるの」
戦闘の邪魔にならないタイミングでハーツが告げた。
「倒さずに、弱らせて」
彼女が言ったのはそれだけ。
四人はそれに従うことにした。聞く余裕と他に手が無いのが理由である。
そして、目的を持った四人は、持っていない時とは異類の力を見せる。
「天体落星」
宙から魔力の塊である星そのものが降り注ぎ。
「絶対空砲」
空気振動の強化版、爆発による爆風すらも直接的な攻撃となす百の爆発と嵐が吹き荒れる。
「分解砲」
分解糸を十センチ程の球にまとめ、手を上から下へ動かし魔王に向かい放る。
「空冷氷礫」
冷めた空気で凍らされた空気中の僅かな水分が小さな礫となり魔王の存在を抉る。
そう、存在を。
人々の裏切りによる絶望で形作られている魔王に肉体は存在しない。
だからこそ普通の魔法では攻撃を当てることができず、魔王討伐に四方の巫女が選ばれたのだ。
その法則通り、魔王の身体が抉れる。薄れる。
だがすぐに、その姿は戻った。
世界には溢れているのだ。裏切りによる絶望が。
しかし四人は諦めない。絶望と同じ、いや、それ以上に世界には希望もあると知っているから。
「はぁはぁはぁはぁ」
その片息は誰のものか。
「弱らせ……切れない」
アルニカが嘆くように呟く。
「……強さっていう言葉の次元が違う」
ニーネが冷静にそう断する。
彼女達は気付いているだろうか。それが、倒せるという希望に裏切られ、絶望している事で発している事に。
そしてそれが今、魔王の封印を解く力となっている事に。
気付いていない。気付けない。
誰もが追い詰められた時の自分の心なんて理解できないから。
このままでは四方の巫女が倒されるのは時間の問題。
止められる立場のハーツですら絶望しているのだから、もう止められない悪循環となる筈−−だった。
「情けないな」
緊張感の無い声。
その主−−久澄碎斗が戦場に駆けつけた。
「碎斗!!」
その存在だけで、彼女達の中に希望が湧く。
「そんな声で呼ばれてもな。俺にできるのは−−これくらいしかないぜ」
雷駈を使い駆ける。
「だあ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!」
吼える。すると折れた先をユーキの作り出した石で補った木刀が緑色の光を発する。それだけじゃない。久澄の身体も同色に光り出した。
久澄は上に跳び、ただの攻撃が効かない筈の魔王の存在を『両断』した。
「五行三祿の自然色、三祿式、龍式、龍絶断」
破壊の理であるとある龍の一撃と同じ意味、同じ破壊力を含んだ一撃。
「お前ら! たたみかけろ!!」
久澄の怒鳴り声に反応して、四人は魔法を顕現する。
星の光が細かい線となり降り注ぎ、連続的な爆発が両断された魔王の体内から起こり、薄く平べったい透明な糸が肉塊であった魔王を細切れにし、細切れの魔王を空気の圧力で一ヶ所にまとめる。
そこまでしても、魔王は生きていた。絶望、闇が蠢いている。
「ハーツ!!」
押さえ込んでいるアルニカが時間が無いと言外に急かす。
「ええ−−!」
ハーツが全速力で魔王の元へ飛んでいく。
その途中、アルニカの後頭部を人差し指で一回小突いた。無邪気なウインク付きで。
「−−えっ……?」
そしてハーツは、魔王に突撃していった。
空色の光が、天現の城を包む−−。
かつてハーツが長い命が必要だったと言った時に久澄は、では何故『生命の実』を選ばなかったのかと訊ねた事があった。
『生命の実』になれば永遠の命が手には入る。あれはそういうものだ。
しかしそうすると、ハーツが欲しいものが手には入らなくなってしまうのだ。
ハーツの欲しいもの−−知識が。
彼女は無知で居られなかった。
どうすれば理を騙せるか。
どうすればこの運命に巻き込まれ生まれる四方の巫女達の負担を軽くする事ができるか。
どうすれば魔王の系譜を止められるか。
自分達の物語はバッドエンドで終わった。けどせめて、せめて生まれてくる四人には幸せを、ハッピーエンドを掴み取って欲しかった。
だからハーツは知識を求めた。無知で悲しみを繋げてしまったのだから、せめて有知で喜びを生む手伝いをしたかった。
それだけを考え彼女は人を止め『知恵の実』に成り、五百年を過ごしてきた。
折れそうに、潰れそうになりながら、それでも彼女は進むことを止めなかった。止まらなかった。止められなかった。
止めてしまえば、そこから動く事ができなくなってしまうのが分かっていたから。
けど、ある時人恋しくて、勇者の鍵に細工し、自身の姿を一定空間内常人の目にも映るようにした。
来たメンバーは一人−−カヤだけ。
それでも楽しかった。そして、この世界を真の意味で守りたいとも考え始めた。
だから世界に対しての干渉もして、魔を滅す魔法を使用したり、様々な人間を見て回った。
そこにはティラスメニアもブレイヴァリも関係ない人間達が必要な営みをしていた。
当たり前の事。だがそんな事でもハーツの歩みを進める原動力となっていた。
ファイは、人間が憎いと言った。なら私は、人間を愛そう。それがハーツの座右の銘。
ハーツ・フェアリーという女性は主人公にもヒロインにもなれない。
その証拠に、ブレイヴァリでの主人公はファイ、ヒロインはアーティナ・オルネットだった。
彼、彼女達はその配置で途中までパッピーロードを歩んでいたのだから。
彼女は幸せを演出するための名脇役なのかもしれない。
だが脇役にだって思いはある。考えはある。身体がある。誰かを守りたい、救いたいと思い、考え、行動してはいけないなんて理は無い。
脇役でもいい。幸せになれなくともいい。
けど、それでも。彼女の中には譲れない一線があり、失いたくない大切なものもある。
それを守るためなら、自身の命も惜しくない。怒られるかもしれないが、主役とは違い、死ぬ選択ができるのは脇役の唯一勝る特権だよね、とハーツは呑気にも思った。
今とこれから。実際に対峙してみて解った事も含めて必要になる情報、知識はアルニカに託した。
(あとは!!)
『知恵の実』に成る事で得た術式を自身の全存在力を代償に使用する。
今の彼女一人では魔王を倒す事は疎か、傷付ける事もできない。
それでも、封印が解ける日を延ばすことはできる。
時間さえあれば、彼女達はこの悲劇に幕を降ろす事が可能であろう。
だからハーツは振り向かず、前を見る。
そこには小さくまとまった黒い塊が在る。
「もう少しの間眠っていてね」
それを手のひらで包むように触れ、自身の中に包容する。
彼女ができるのはここまで。あとは−−
「一生『無』の中か……」
『知恵の実』に成った彼女に普通の死や輪廻転生の輪は廻ってこない。
「一人は……嫌よね」
口にしてみたものの、その運命は変わらない。なのに−−。
ハーツの上、無しかない空間に亀裂が入る。そして、
「やあ、ハーツ」
三人の少女達が降ってきた。
「元気にしてたか、ハーツ」
野性味溢れる美人−−ニヴァリスがハーツの頭を撫でる。
「おはよう? こんにちは? こんばんは? まあ、いいや。お久しぶり、ハーツ」
大人びた雰囲気のある少女−−ディヴァリアが地に立つハーツの身体を前から抱きしめた。
「あのバカは元気そうだった? ハーツ」
最後に、尖り帽子と不思議な民族衣装のような服をまとう少女−−アーティナが後ろから抱きついた。
「みんな……なんで……」
全存在力を使い切り『知恵の実』としての力をもう持たないハーツは、触れられても状況が読み込めない。
「なんでって……ねぇ」
ハーツの疑問に三人は顔を見合わせる。
「四方の巫女は世界を祀る。確かに魔王は世界かも知れない。けど、天空にはその世界の種を蒔いた神様が居る」
アーティナがハーツの耳元まで顔を持って行き、説明していく。
「まあ、結果はどうであれ、世界を祀り、成長させてきた私達に感謝って事で恩典で、死人である私達の願いを一人一つずつ叶えさせてくださいって言ってきたの」
「……アーティナが言わせたんじゃ」
ディヴァリアがぼそりと真実を吐露する。がアーティナは空虚なスマイルで無視し、説明を続ける。
「だからハーツが天界に来れるようにって頼んでみたんだけど……あの爺さん理が邪魔をするとかで無理だと言ってくれたの」
何が神様よ、と吐き捨てるように言う。
「だから逆に、私達がハーツ側に行けないかと頼んでみたのよ。そしたらあっさり承諾したのよ」
「じゃあ……」「しかも」
ハーツの台詞を潰しアーティナは強引に進める。
「ハーツを呼べない変わりに、勇者を、ファイが死んだ際にはこの無空間に送り込んでくれるんだって。いいおじ様よね」
目をキラッキラさせながらアーティナはそう締めくくった。
「てな訳で」
「私達、ここで死後の生活を楽しむことにしましたー」
呑気な口調で二人は言った。
「け、けどそれじゃあ!」
彼女達は次の人生に行けることなく、永遠に何もないこの空間に居なければならない。それは、嫌だった。
しかし、
「もういいんだよ、ハーツ」
ニヴァリスが優しく頭を撫で回す。
「結果貴女に全部背負わせる形になっちゃったしね」
ディヴァリアは右手をハーツの左頬に優しく当てた。
「そんな事は……ないわよ」
ハーツは俯いてしまう。他の三人も辛いことをしてきたのは理解している。それでも、俯いてしまった。
だがそんなハーツにアーティナが、
「だいたいさ。私達はそれぞれあの五人での関係を気に入っているからここにいるのよ。そんなに嫌がられちゃ……傷つくじゃない」
アーティナは背中に片手を当てながら横で囁いた。
三人の気持ちに、思わずハーツの目尻に涙が浮かぶ。
「泣ける内に泣いときなさい。これからあのバカを叱って、泣けないぐらい楽しい永遠を過ごすんだから」
「……泣ける内か……流石、経験者の言葉の重みは違うわね」
うっ、とアーティナは目をそらす。
ハーツは言われた通り泣いた。三人に抱かれながら、溜まった全てを吐き出すように。
三人は、そんなハーツにかける言葉を決めていた。
一言。
「「「お帰りなさい」」」
ハーツは涙を流しながら、それでも笑顔を浮かべて。
「うん。ただいま!!」




