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ファクターズ  作者: 綾埼空
四話 勇魔降誕
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原視眼、二人

 四人の前に降ってきたのは、この世界には無い材質であしらわれた黒色のパーカーに白色のTシャツ、腰左の部分に木製のポーチを付けた藍色のジーンズをまとい、右手首に木の繊維で編まれたミサンガをはめた黒髪の少年−−久澄碎斗。


「あんた……」


 魔王の一撃を木刀一本で防いだ久澄の登場に、ユーキは呆気に取られたように呟いた。


「久し振りですね……ユーキさん」


 それに対し、久澄はいつもの調子で返した。


「さ」


 後ろで護られた四人の内誰かが何事かを口にしようとしたが、その気配をいち早く察知していた久澄が左腕を横に伸ばす事でそれを制する。


「話は後だ。魔王あれを止められるのはお前らだけなんだろ? ユーキさんは俺がやるから。そっちを頼む」


 有無を言わさぬ圧に、色々と思うところのあるユーディでさえ意識を魔王に向けた。


 久澄の背中は、それほどまでの気配を醸し出していた。


「さて」


 横目で四人を追っていたユーキの意識をその一言で自身の元へ向かせる。


「……サイト君、予定とは外れてしまったが、今誘おう。私達、身喰らう蛇の仲間にならないかい?」


「……………………」


 ユーキの勧誘に無言を貫く。


 だがそれが、肯定でなく否定であることは猿でも判る。


「何でだい? 君なら解るだろう、この世界の」


「どうでもいい」


 久澄はユーキの言葉を遮った。


「それがあんたの理由なんだとしたら聞く必要がない」


「……どうしてだい?」


「そもそも、だ。なんで俺を仲間にしようとしたんだ? 他にも候補は居ただろう」


「居たわよ……けど」


 そこで一旦言葉を切り、楽しげな笑みを浮かべた。


「みんな『死』が醸し出す闇の匂いと冷たい雰囲気を持っていなかった。魔導星のように自身の中で正当性を作って殺したわけでなく、その殺しを悪だと思っている者が出す匂い。それでいながら目的のためなら身内すら躊躇なく殺せる者の冷たい雰囲気」


「……成る程。じゃあそれを踏まえた上で仲間にならない理由をもう一度言う。どうでもいいからだよ。あんたの理由を聞いたところで俺の答えは変わらない。だから、どうでもいいんだ」


 久澄の答えに笑みを引っ込め、冷酷で無機質な表情を表す。


「……そう……なら」


 ユーキは背中に吊ってあった競技用のバトンのような鉄の棒を右手に取った。


「貴方は敵。殺す」


 臨戦態勢に入ったユーキ。


 それを見た久澄は木刀を上に投げた。


「なに?」


 攻撃をするには絶好の好機。しかしそれを簡単に良しとするには、彼女の中での久澄の評価は高すぎた。


 そんな自身の心の内には気付かず、表情と気配は変えずに、無意識の内に問う。


 しかしそれに言葉は返さず、無表情で右手を手刀の形に変えた。


 そして、一呼吸もなく自身の左手を肩から切り落とした。


「えっ?」


 仮にも臨戦態勢に入っていたユーキの口から間抜けな声が漏れる。


 切り落とすのに雷刃を使っているのは視れば解る。だが、その行動の意味が解らなかった。


 さらにユーキの両眼は、久澄の左手から漏れ出る透明な蠢くナニカを映した。


 しかし、ユーキの眼がその正体を理解する前に、久澄の右手が次なる行動を起こす。


 血に塗れたその右手が自分の心臓を貫いた。


 久澄は感じていた。砕ける肋骨の感覚、確かにある命の音。それを、貫く一瞬に感じながら突き刺す。


 −−そして久澄碎斗は、封印した恐怖の力を解放する。








 たった一息の間の出来事であった。


 左腕は既に服ごと再生されており、透明なナニカを視ることも感じることもできない。


 だがそんな事はユーキの意識に反映されていなかった。


 何故切り落とされた筈の左腕が再生されているのか。


 何故心臓を貫いたはずなのに生きているのか。


 そして何故貫いたはずの胸も再生しているのか。


 何故久澄の両の瞳が紅く染まっているのか。


 この四つがユーキの意識を締め、永久に答えがでないであろう疑問を頭の中で反芻させていた。


「原視眼」


 さらに言う必要の無いそれを唱える事で、存在を誇示するかのようにその名を口にした。


 大きな力通しがぶつかり合っているのか、キィィィィィィンという甲高い音が鳴り響く。


 それに呼応して、久澄の左目が黄色く発光する。それは、紅と緑の混ざった色。


「なあユーキさん。あんた、俺達が拾得している五行の名前を知っていて正式名称を口にしていなかっただろう」


 まるで意識の隙に入り込むようなタイミングでそれを投げかけた。


「五行三祿の理は、勇者が勇者足り得たある資質に由来した理殺しの技。

 だが俺達が習得しているのは−−」


「五行三祿の自然色」


 久澄が全てを口にする前に、ユーキがその真実を口にする。


「始まりは勇者の五行三祿の理を崇めたある原視眼使いらしいわね」


「ああ。しかし行ってみたからこそ気が付いた。五行三祿の理を再現する事は『不可能』だと」


「だから創られた式は理に比べて大きく劣っている。それを五行三祿の理と呼ぶのは余りにも忍びなかったから、原視眼の能力と元々あった式に色をかけて五行三祿の自然色。

 まあ、式は式だけど」


「まあ、あんたらがティラスメニアの賢者を殺したせいで、知っているのは俺達だけになったがな」


 やれやれとばかりに久澄は肩を竦める。死んだ賢者の中には、彼もお世話になった老人も居るはずなのに悲しむ様子がない。


 久澄としては、ああ、死んだのか、と割り切ることも可能であったが、今回は割り切らず、内に一時だけ湧き上がる感情に身を任せてみる事にしていた。



 湧き上がる感情は−−怒り。熱血的怒りではなく、触れるものを凍らせるような冷たい怒り。


 目つきの変化にてそれを悟ったユーキは、残念そうに首を横に振った。


「駄目だねー。怒りは戦闘にて無駄な動きを生むと教えたじゃないか。

 けど、まあ、君がその気なら来なよ。私の恐ろしさを思い出させてあげる」



 五行三祿の自然色、雷の式、一式、雷駈。



 星妖精の空、二人の原視眼使いが駆け出す。








 ユーキ対久澄の対決。


 師弟の関係上、ユーキの方が有利だと思われたが、実際は違った。


「−−−−くっ」


 ユーキの口から忌々しげな声が漏れる。


 久澄の蹴り上げが顎を掠めたためだ。


 蹴り上げ上に上がる力を利用してバク転を行う事でユーキの軸足を狙った雷刃をかわす。


 久澄の着地を待たずユーキは原視眼を使用し岩の塊を生成し久澄の元へ降らせた。


 久澄は膝を柔らかく使い低い態勢で着地すると、腰に掛けてあるポーチから一つの小瓶を取り出し投擲。


 割れた瓶の中に入っていたのはただの水。


 しかし岩は崩壊を起こした。



 五行三祿の自然色、水の式、三式、水食すいしょく



 岩にまとわり付いた水と反応し加水分解を起こす技。


 着地時に姿勢を低めて溜まった力を利用し跳躍、雷絶を纏わせて斜め斬り上げる。


 しかしそれをバトンに防がれる。


 雷絶は三式の分解技。


 五行三祿の自然色は一式より二式、二式より三式というように下位の技より上位の技の方が絶対的強さを持つ。


 バトンが分解されずに防がれたという事は、理由は一つ。四式が使用されたという事だ。



 五行三祿の自然色、土の式、四式、土嚢。



 原子の結合を外側から急激に力をかける事で極限まで圧縮される技。


 そして、


「−−−−−−−−っ」


 久澄は雷駈をフルに活用して木刀を引き戻し、後ろへ大きく下がる。


 だが木刀の触れていた一部が消失した。


 土嚢は原子の縮膨を司る技。


 そもそも、土の式とはそういう式である。原子の縮膨を操る。それが土の式。


 内側から無理矢理膨張させられた原子結合は分解を起こし、木刀の一片が消滅したのだ。


「四式まで使うなんて……背に腹変えられずと思わせるくらいには追い詰められたらという事ですかね」


「……………………」


 この無言は肯定を示すもの。


 五行三祿の自然色、四式にはその強力さと引き換えにリスクがある。


 四式を使用してから原視眼を解いた場合、一週間の五行式の使用不可。


「ユーキさん。少し貴女の疑問に答えさせてもらいますよ」


「……?」


「俺が原視眼を初めて使用した際、驚いてましたよね? 何でこんな早くって」


「ええ……」

(気付いていたのね)


 ユーキは内心で臍を噛んだ。


「それには一つ、理由があるんですよ」


「……?」


 ユーキは思わず興味を持ってしまった。


 それもそうだろう。誰だって例外に理由があるのならば知りたくなる。


 その人間の心理を利用し油断を誘った久澄は、引っ掛かったユーキへ言葉を続ける。


「俺は昔、人を殺した事があります」


「……………………」


 無言を発する。思うところはない。彼女の世界では殺しが当たり前すぎるから。


「その事で自棄やけになっていた俺は、あろう事かもう一人、女性を傷付けた。彼女は今も植物状態」


 その台詞に感情は宿っていない。


 だから彼女は久澄が嘘を語っているのではないかと思い始めてきた。


 だが、


「その二つで俺の中の人間性みたいのが壊れてしまったみたいで……ある機会に精神状態を見てもらった時、その先生に言われたんですよ」


 そこからが真実だと直感で悟ったユーキは、耳に神経を集中させた。


「君のものの見方は達観とは違う。俯瞰しているのとも違う。言うなれば、流動的な現実をありのままに捉えている、と」


 流動的な現実をありのままに捉える。それが人間のなせる技なのか。


 例えば、目の前で自分の大切な人が意味の解らない理由で殺されたとしよう。そして殺した人物は何の咎めも受けない。


 それを理不尽と人は呼ぶが、許容はできるだろうか。


 答えは否である。人間が人間的な感情を持つ限り、決して許せるはずは無いのだ。


 しかし、久澄碎斗は違う。


 流動的に流れるその出来事に関して『必要性』が無いと判断すれば、怒りも憎しみも悲しみも抱かない。


 そういう意味では、過去に犯した二つの罪を背負いきろうとする行為は、彼に残った最後の人間性なのかもしれない。


 間違っていた。誤解していた。ユーキはすぐにそう考えた。


 久澄あれが誰かと思いを共有して進むことなど有り得ない。何故久澄あんなのが人間として扱われ、社会に溶け込めているのか理解不能だった。


 だがそれでも、久澄の言葉は真っすぐに耳に入り込んできていた。


「この性質から、原視眼に五行三祿の自然色はまるでパズルにピースをはめ込むようにできていきましたよ。

 ここまで言えば簡単ですよね」


 ぞわり、とまるで全身の毛穴が開くような感覚に襲われる。


 変化があったのだ。普通の目には見えない、原視眼でしか視れない変化。


 久澄が右手に持つ木刀。その刃から剣先の周りを透明な焔が包んでいた。



 五行三祿の自然色、火の式、四式、火焔かえん



 分解を含む超高温の焔で全てを焼き切る技。


「四式−−!!」


「ええ、『視せてもらいましたから』」


 当たり前のように告げる久澄。しかしそれがどんなに『異常』な事か−−。


「ふふふっ」


 だからこそ、ユーキは笑い声を上げた。


 それに久澄は警戒する。本能的に或いは直感的に解ったからだ、ここからが本番だと。


「いいわ。出し惜しみは無しよ。五行三祿の自然色の一端。君も掴めていない本物の力を見せてあげるわ!!」










 ここが天現の城でなければ自然は死んでいただろう。


 四式のぶつけ合いはそれ程までに強大なものだった。


 『自然』の名を含める技だが、決して自然を守るわけではない。


 むしろ逆。自然への悪影響は計り知れない。


 四式はいわば自然災害の縮小版のような現象だから。



 五行三祿の自然色を四式まで修めた者は、基本的雷駈以外の下位の式は使用しない。


 四式まで昇華した五行使いは雷駈を基本とし、それプラス四式の使用。二重、三重使用は当たり前の世界。


 目まぐるしく変わる戦闘にただ視るだけの原視眼、人間の動体視力が追いつくわけはなく、自然と雷駈を脳にも使用し始める。


 一、二手先が見れる世界。


 そんな中で勝負を決めるのは、結局戦いの根幹とも言えるものである。つまり、地力。この戦いはどれだけ五行を操れるかによって決まる。


 火の四式・火焔で斬り下ろす。しかしユーキは後ろに下がる事でかわした。


 振り下ろされた軌道に透明な火の尾が描かれる。その尾がユーキに向かい爆発を起こした。


 だがユーキは水の四式・水魔を使い爆発を水で飲み込ませ、その水を久澄に向かい跳ばす。


 そしてユーキは親指に人差し指を乗せ、両者に起こる摩擦力を利用し音を鳴らした。


 すると水に閉じ込められた爆発が解放される。筈だったが、久澄が使用した闇の四式・虚影によりその存在自体が闇に包まれた。



 −−そして、二人の思考は一つに重なる。



 五行三祿の自然色、雷の式、四式、雷迅。


 ユーキは剣道で言う上段のようにバトンを頭の上に構え、久澄は担ぎ技のように肩の上で構えた。


 お互いの武器に薄く黄色いものが纏わる。


 そして−−一直線に駆ける。


 この時、久澄は雷駈を全て脳に使い、身体に巡る血の力に身体制御を任せた。


 世界がゆっくりと流れていく。


 見えてはいるのに身体が追い付いてこない。


 そんな感覚を冷静に受け止め、久澄は剣を頭目掛けて斬りかかる。同時にユーキもバトンを頭に目掛けて振り下ろす。


 狙う場所と構えと武器を動かした時間。それらが偶然重なり二人の武器がぶつかり合う。


 ユーキはバトンをはじかれ、久澄は−−



 バギィィィ!! という音と共に木刀が真っ二つに割れた。


 最初に認識したのは雷駈を全て脳に使っている久澄。その半瞬後にユーキが認識する。


 −−勝った。もう一回振り下ろせば殺せる。


 それは久澄への得体の知れぬ恐怖から先走った思考で、確かに事実だが、同時に油断でもあった。



 そしてその気の緩みがこの戦いの結末を決める。



 割れ飛んだ木刀の先を視覚した久澄は、反射的にその破片を左手で掴んで、がむしゃらに腕を動かした。



 木刀の先は、無防備に開けられていた脇腹に、まるで吸い込まれるように刺さった。


「−−−−−−ぅ」


 刺さったのは僅か。しかし、確かなダメージになっているのは確かだった。


 脇腹を抑えながらゆらゆらと後ずさるユーキ。


「はははは……」


 苦悶の表情を浮かべながら空虚な笑い声を浮かべる。


「まさか、こんな偶然があるなんてね。遊びは終わりだ、と言いたいところだけど、潮時みたいだ」


 そう言い残し、ユーキの姿が掻き消えた。


「空の遺産か? まあ、今はあっちか」


 久澄は頭の雷駈だけを解き、奥−−魔王と四方の戦場へ目を向けた。


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