魔王降誕
豪奢な装飾の外された巨大な建築物。銀の城の外観は、魔物を従えし王の居所としてはあまりに質素であった。
まるで、その城の主の存在こそが最大の示威であるかのように。
太陽の光を遮るそれは、今現在ティラスメニアに闇をもたらしている。
その内部。ただ一面平らで見通しの良い空間にて、勇者の鍵の使用を確認した外套を着込んだ人物は。
勇者の鍵の生成者は全四方の巫女。後付けの効果で世界から外れた『知恵の実』ハーツの視認が可能になっていたが、実際の役割は違う。
魔王と化す勇者を封印した空間への扉を開ける鍵。それが勇者の鍵である。
勇者が暴走し、魔王化しかけた因縁絡まるラウラ平原から浮き出た天現の城。
それは身喰らう蛇が魔法的に作り出した特別な空間であった。
天現の城の形は、かつてブレイヴァリに魔王と共に現れた城そのもの。つまり天現の城は魔王に縁深く、魔王の存在を安定させる効果を持っている。
王国側に居る内通者により王域監視システムの目をかいくぐり、天現の城の形成は整えられていた。
そして先の戦争によりラウラ平原が大量の血を吸った事で全ては整った。血は絶望の象徴の一つ。
後は魔王の封印が完全に解かれるのを待つだけ。
完全に魔王と化した勇者に『とある施し』を行えば役目は完了する。
外套の人物は、それを待つ間は、これから来る客人をもてなす事にしよう、と考え彼女らの登場を静かに佇み待つ事にした。
アルニカの空間移動にて天現の城内部への侵入を成功した五人はただ正面を見据えた。
彼女達が降り立ったのは魔王や外套の人物とは魔逆の方向。
だが、彼女達四方の巫女、全てを知る『知恵の実』には見えていた。
遠く、普通の視力では視認ができないほど遠くに『魔王』という存在が在ることを。
そして同時に、その近くには身喰らう蛇のマスターが居ることも予想がついていた。
だからアルニカはただ一瞬意識する。それだけで五人の存在は最初から無かったかのように消え、次の瞬間魔王の元へ存在を移した。
転移先に在ったのは黒い陰。そして白い外套姿。
視認、或いは情報通りであった。
会話は必要無かった。
勇者の封印が解け魔王と化す前に滅さなければならないから。邪魔になる障害はどんな手を使っても排除しなければならない。
しかし、
「やあ」
その一言だけで五人の少女の内、二人の動きが止まる。それを訝しんで残りの三人も一拍遅れて動きを止めた。
その情報が伝えられた時、ユーディ、もしくはハーツはそれを疑問に覚えるべきだったのかもしれない。
今考えればそれは余りにも不自然な話だったのに。
「久し振りと言うべき長さだよね? アルニカちゃん、ハーツそれにユーディ」
今この空間に勇者の鍵の力は無い。なのでハーツの姿を視れるのは、四方の巫女、或いは視ることに特化した『魔眼使い』。
外套の、目深に被られたフード部分を上げ、その顔を露わにする。
アンネにも引けを取らぬ白く透明な肌に白色の美しく長い髪。耳の裏で小さく結われている部分があるのが良いアクセントとなっている。顔に目を向けると、可愛いと表するより美人であると形容すべき整った綺麗な容貌が見て取れる。そして、両の瞳は白色に発光し、幾何学模様を浮かべる。
「ユーキ……」
ユーディが怒りや驚きの入り混じった声でその名を呼ぶ。
「絶望したかな? それとも、諦めてくれたかな?」
大仰に手を広げ、外套の人物――星妖精の空の原視眼使い、ユーキは高らかに笑った。
「なんでなんや……」
「なんで……ね」
問われたユーキは冷たい空気を発した。
それは彼女の雰囲気か、それとも氷魔法によるものか。
その答えは発した本人にしか解らない。だが、
「義妹一人救えなかった君に教える意味は無いと思うけど」
「…………っ」
ユーディは唇を血が出るほどに噛み締める。その一言で、彼女が本気であることは理解させられた。
それだけで、ユーディが『天修羅』として魔法を振るう理由は充分であった。
「全く、気が早いな。世界は君を中心に回っているわけでは無いんだよ。こんな風にね」
そう言いユーキは、陰を横殴った。
その衝撃によるものか、黒い陰に亀裂が入り、目の眩むような黒い光が姿を現した。
事情を呑み込めていない五人にユーキは、悠然と告げる。
「そちらにハーツが居る以上、この城がかつての魔王城を模していることは知っているよね」
そういっている間にも亀裂は広がるが、五人はその原因が解らない事には動けない。
「知っている人は知っているよね。身喰らう蛇の前マスター、彼女が異世界人だと言う噂があった事を」
アルニカの身体が小さく震える。
「最初は疑心たっぷりだったけど今ならわかる。彼女は異世界人だ。今はいなくなってしまって私がマスターをしているけど」
台詞こそ心酔した様子だが、彼女自身は至って冷静であった。
「彼女は言っていたよ。特定の儀式系魔法を強めるには関わりの強い象徴を立てるのが良いと。だからこそこの城。そしてラウラ平原に血を大量に吸わせた。
魔王に関わる象徴を全て集めたわけさ。その結果はこれだ」
ユーキが指差す先には、陰の外郭が剥がれ、止め処ない黒き光を纏った人型のナニカが存在していた。
「……ん?」
そこでユーキはあることに気付く。
それを人型と表するには、幾つかパーツが足りなかったのである。
封印の解けた魔王には、両腕と両目が存在していなかった。
(少し早まったかな……)
それでも、ユーキは構わなかった。
例え両腕両目が無かろうとも、それが『魔王』であることには変わらないから。
ユーキは外套の内側に潜ませていた小さな鎖を手に取る。
「魔封じの鎖」
それだけを呟くと、手にある鎖が伸び、魔王の身体と魂を縛った。
「さて、魔王様には一旦静観をしてもらおう。説明は終わりだ。邪魔者である四方の巫女はこの場は退場願おうか!!」
ユーキの白い光を発する両目が更に強く輝く。
「やらせるか!!」
ユーディの声が響き、四人は迫り来るユーキに戦闘態勢に入った。
五行の理、雷の式、一式、雷駈は、五行の中で使い勝手が一番良い技ではあるが、名前負けしている部分は否めない。
雷駈はあくまで肉体の電気信号に働きかけるのみ。
通常より速く動けはするが、肉体自体が強化される訳ではなく、雷の速さである光速は勿論、高速にまで達する事はできない。
久澄碎斗という異例の存在であろうとそれは変わらない。彼の心臓に眠る血の力は身体の強度を人間のそれより強化する。が、どんなに強化しようとも、それが肉体であるかぎり様々な障害が高速、光速への道を遮る。光速などと言ってみたところで、それは比喩表現でしかないのだ。
しかし、実際に光速の域にまで達しているユーディの天体砲撃の光の線は彼女に当たらない。
用は使い方。見せ方である。
駆ける速さに強弱を、それも両極端、静と動を組み合わせる事で見ている側からしたら大きくタイミングをずらされると同時に、静からの動では目がすぐに追いつかない。
静と動。オフとオン。それが極端にできるのが雷駈の強みである。
そんな話をユーディが知らないはずが無い。その証拠に先程からユーキの静を狙っての攻撃ではなく、動の先を狙っての攻撃である。
しかし、それすら躱される。
これは純粋にユーキの力。幾百もの戦闘により培われた経験、勘。更には、生まれもっている戦闘センスと言うべきもの。
それらの要素が全て、光速を越える要素となっている。
その行き先にニーネが差し込む。彼女が使用したのは空気を震わせ、そこに絶対命中と絶対衝撃を与える不可視の一撃。
しかし、ユーキの原視眼には酸素の振動が映り込む。原子を操り振動の流れる先を変える。が、伝播が途絶えることはなかった。
「――チッ」
それを視たユーキは、忌々しげに舌を打つ。
世界の理に干渉する四方の巫女の魔法。震えさせる空気が無いのなら、ある部分に振動が届けばよい。そう考えたニーネは、自身の拳に絶対振動を加えていた。
反則的魔法。それが体現の魔女が操る絶対魔法である。
一瞬、ユーキの動きが止まる。
一瞬あれば天体砲撃の光はユーキを穿つ。
ユーキは自身を横ばいに殴りつける爆発を起こした。
「――――ッ!」
鼓膜を撃ち抜く炸裂音が響く。衝撃に転げまわるもすぐさま四肢で地面を掴み取り、身体を硬化させる土の二式・土鎧を解きニーネの元へ駆ける。
その行く手をアルニカが作る空気の壁が遮る。
原視眼で解こうとしたが失敗。空を扱う事に関しては、空の操手に適わないと身を持って悟ったユーキは別の方法を試みる。
袖部分に隠し持っていた暗器の一つ。小型のナイフに雷の三式、雷絶を纏わせ、空気の壁を切り裂いた。
裂け目から飛び出るユーキにヒーナの分解糸の壁が待ち構えていた。土鎧を再び纏い前方へかかる力を殺す。
後方へと跳びつつ分解糸で守られていないユーディへ雷絶を纏ったままのナイフを投擲する。ユーディがそれを天体砲撃で蒸発させる。
「ああもう! しょうがないわね」
ユーキはこの現状に鬱陶しさを感じ、外套を脱ぎ捨てた。
顕わになった背中に鉄の棒が吊られていた。
右手を背中のそれに伸ばす。拘束具が付加された雷絶によって切断され、抜き取られる。
同時に彼女の後方。魔王に異変が起きた。
パキンッ! という鎖の切れる音。
「う、うそ……でしょ……」
茫然と信じられないものを見たかのように呟く。
それは現実であった。
鎖での封印が解けた魔王の前に黒い光が集まる。
それは龍族最大、しかも破壊の理であるブレイクマスタードラゴンの砲口と同列の力を感じさせ−−。
そして−−放たれる。
行き先は近くに固まりあっている四方の巫女、そしてハーツ。
決して速い訳では無い。だが、彼女達はかわせない。恐怖に、身体が動かないため。
音が消え、風景が吹き飛び、理を無視した現象を起こす攻撃。無論当たれば死は免れない。
だがその光には、死んだ方がましだと思ってしまうほどの恐怖−−絶望が凝縮されていた。
矛先を向けられていないユーキですら動けないのだ。
誰も五人を救うことはできない。
――筈だった。
天元の城。その上部の一部が砕かれる。
そして、それを起こした原因は雨のようなスピードで降ってきた。
今までの人生を振り返れず、過去に犯した罪に後悔する事もできずに、ただ目の前の絶望から逃げるために瞼を閉じようとしていた五人に見えたのは、黒い影。
その黒い影は、両手に持つ剣を一振りし、絶対の破壊を相殺する。
絶望に目を瞑っていた少女達がその眼を開く。
瞳に映ったのは−−冷厳と木刀を構える、久澄碎斗の後ろ姿だった。




