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ファクターズ  作者: 綾埼空
一話 空色の瞳をした少女と理を司る龍
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死と不条理

 色々な可能性を考え朝村長宅にお邪魔し朝ご飯を頂き(生誕祭以降の食事は村長に頂いていた)、本に目を通してから昼間にミヤの家へと向かった。


「遅かったわね」


 出迎えた姿は暗い灰色を基調としたタンクトップと工事現場のおっちゃんが穿いているようなダボダボのボトムだった。


「まぁ、ちょうどよかったわ。お昼まだでしょ。一緒に如何かしら」


「まだですが……えっと」


「形だけの遠慮はいいわ。あたしは話しを聞く席を持ちたいと言ってるんだけど」


 それが分かっていたから否定的な態度をとっていたわけだが、ミヤがあまり好意的でないことがここで不都合を呼んだ。


「分かりました。ご馳走になります」


 断れる言い訳を見出せなかったため招かれることにした。


 ミヤのしてやった顔に久澄は苦笑いしか返せなかった。






 ガッツリと肉を昼ご飯に頂き(世界の属性によって食べれる物が限られるわけではない)、自然と三日前の話しになった。


「で、君の左手は何なの?」


「何と言われましても……。言うなれば生物にある力、そこに生じる無駄を整理する力し、力を無駄のない力を循環させ純度を高めるとしか言えませんね」


 正確に言えば循環のウロボロスの力なわけだが、そこまで説明すると不都合が生じて仕舞うため口を閉ざしておく。


「何でそんな力を宿しているのよ」


 やはりこんな質問が来る。


「さぁ? ほぼ生まれつきですし」


 だがこう答えるしかない。実際に嘘もついていない。


 やはり疑うような目つきで久澄を窺うが、無表情を貫いているため諦めたように、


「一応理解したわ。じゃあ、こっち来て。頼まれた物渡すから」


 ミヤが立ち上がったのに倣い久澄も立ち上がり後に付いてった。


 一度外に出て家の脇を通り裏手に出る。


 めんどくさいことをと思った。


 まるでこちらの心情を読んだかのようにミヤが答えを語ってくれた。


「家から向かうにはあたしの部屋を通らなくちゃいけないから」


 成る程、信用されてない。


「少し待っていて。今取ってくるから」


 そこから一分ほど店前で待つと奥から木刀を抱えミヤが出てきた。


「はい。これ。良質な部分が少なくてこれくらいの長さになっちゃったけれど」


 イメージに似合わない言い訳はあくまで真摯に仕事に打ち込んだからでる罪悪感か。


「いや、十分ですよ」


 長さは久澄の足元から腰の辺り。八十センチ弱だろう。本音を言えばあともう少し欲しかったが仕方がない。運が悪かったのだ。


「でも、自分お金持っていなかったんですけれど」


 一分の間に気付いた事実。


 しかし、


「いや、お代はニカが払ってくれたから」


 ニカというのはアルニカの事だったか。


 しかし何故と疑問が浮かぶ。


 多分気紛れだろう。それ以外に理由が思い浮かばない。


 しかしそれは久澄の勘違い。


 お代を払っていったアルニカに事情を訊いていたミヤは気の毒そうに久澄を見つめていた。


 その視線に、遂に久澄は気付くことはなかった。







「おい、そんな物をもって何処行くつもりだ」


 人間、新しい物を手にしたら試したくなるものだ。


 なので森に行き試し斬りをしに行こうとしたが村の出入り口である門でクネルに呼び止められた。


「えっと、これの調子を確かめに行こうかと」


 焦げ茶色の木刀を目線の高さに合うように持ち上げた。


「馬鹿がお前。アルニカならともかくお前みたいな素人を送り出すほど役目を果たしていないわけではないんだが」

「サボっているとは考えていないんですが……必要なことなので」


「それでも無理だ。俺の役目は村のみんなの安全を守ること」


「自分は村人でないですし、村のみんなには受け入れられてませんよ」


「俺の主観だ。大体今はそれも関係なしにアルニカ以外村から出せんよ」


 互いに一歩も引かない言い争いに、そろそろ時間の無駄だと感じたため、久澄は切り札の一つを切った。


「魔物の凶暴化ですか? 主の狂乱による影響の」


 クネルの顔に、分かり易く動揺が走ったのが見て取れた。


「……なんで知っているんだ」


「村長から訊き出したんですよ。その程度の実力はあります」


「曖昧な言い方だな」


 久澄は無言で目をそらした。


「……分かったよ。ただし戦うより逃げることに拘れよ。あと村から絶対に離れすぎるな。これが守れるなら行ってもいいぞ」


「ええ、もちろん」


「分かった。森に入ったら村長の眼は届かない。本当の意味で自分は自分でしか守れないからな」


 渋々といった感でクネルは身体を逸らし、道を開いた。


「分かってます。誰でも自分の命は大事ですから。引き際は分かっていますよ」


 聞く人が聞いたら不機嫌になりそうな事を言い久澄は森へ足を踏み入れた。






 久澄は走っていた。


 何かから逃げているわけではない。先頭前の準備運動兼魔物探しをしているのである。


 魔物の出現場所に当てはあった。


 三日前アルニカは足手まといを抱えていたため魔物が出にくい道を歩いていた。なら逆にアルニカが歩きそうにない道を選べば高確率で出てくると考えられる。


 心臓の鼓動が早まり血の巡りも早くなる。


 聴覚が研ぎ澄まされより遠くの声が拾える様になる。


 視力が上がり遠くをより鮮明に捉えられるようになる。


 嗅覚が鋭敏になり森に広がる様々な匂いを嗅ぎ取れるようになる。


 味覚が鋭くなり空気中に含まれる味が味蕾を刺激し始める。


 触覚は敏感になり大気の流れすら肌で感じ取れる。


 全身の筋肉は徐々に最適化され遂に人の限界を超え始めた。


 人外の存在の血をその心臓に宿す久澄はそれを巡らせることで一時的に人の限界を超えることが出来る。


 そして研ぎ澄まされ聴覚は確かな移動音を聞き取り、其方を異常な視力で見る。


 其処にはシュンシュンとは別の、全身がカクカクしているロボットみたいな魔物がいた。


 木刀を改めて握り直しその距離−−約五二〇m−−を約二十秒で詰め木刀で叩きに行く。


 魔物もその手を此方の頭に向かって伸ばそうとしてきていた。しかし遅い。


 此方の腕に軽い衝撃が襲ったのと同時に名前の知らない魔物は吹き飛んだ。


 木刀には傷一つない。今の状態の力に耐えうる木刀に満足感を覚え、久澄は用が済んだとばかりに帰路についた。






 遂に今日も久澄とアルニカの邂逅はなかった。



 アルニカの死まであと一日。






 まだ夜も明けない内に久澄は門近くの木の陰に隠れていた。それでも村からは百メートル程離れていたが、用心に越したことはない。


 本当は村の中で待ち伏せていたかったがクネルさんが来てしまったら昨日のようにはいかないだろうし、何より村の中では村長の眼がある。老人は早起きだ。なのでこんな時間から森に出ているのである。


 因みに今の久澄の服装は村の人たちと同じ木で編み込まれた服である。


 昨日家に帰ったら「サービスよ」というメモと共に五セット置かれていた。どれもサイズぴったしで何時計測されたのか不思議であったが。


 朝はあまりお腹が空かない人間なので空腹には今のところ耐えられる。


 だが退屈には耐えられない。


「暇だ、暇すぎる」


 空はやっと白ずんできた。


 かれこれ一時間待っていた久澄にとって此処から青空を待つのは苦痛である。


 できることなら右手に収めた木刀を振っていたいが相手は人間。どんな予定外が待っているか分からない。


 なのでそんな目立つことも出来ないのである。


「眠い、暇だ。暇だ、眠い」


 今唯一出来るのは感情の発露。


 其処で村から一人の男性が出てきた。


 眼を細めて見ると、それはクネルであった。


「どこに行くんだろう?」

 そんな疑問を口の中で呟いたが今は関係ないことと判断した久澄は木の陰に深く隠れた。






 白から青へ色を変えた空から日が出始めた頃、枯れ葉践むような音が聞こえた。


 其方を軽く覗くと目標のアルニカであった。


 久澄は此処からアルニカに近づくなんてことはせず、この距離を保ち平行線で尾行を開始した。


 百メートルであれば常人でも何かがいるくらいは分かってしまうため斜め後ろから足元に気をつけ木の陰に隠れながら移動をしていた。


 実は久澄のポジショニングは賭けの要素が強い。正確には何処にいても見つかる可能性が等しいのである。


 この世界の森は基本的には人工的な部分がない。つまり整えられた道が存在しないのである。普通の森ならそれは当たり前の事なのだが。


 何が言いたいのかというと向かう方向が一方通行になるのだ、右に曲がったら其処から元の道−−左側−−に曲がる事は普通ない。


 つまり此方に曲がってこられたら基本的には終わりなのである。


 だがしかし賭けにイカサマが付き物というか抜け道があるというか。


 村長が所有している文献の一つにその事が載っており理解していた久澄は、斜め後ろで隠れやり過ごそうと考えていた。


 しかしそれは杞憂であった。


 アルニカは久澄が居る方向とは逆の向きへ歩き始めた。


 此処からが本番。気紛れで後ろを向かれ見つかる可能性もなきにしもあらず。


 距離は維持しながらも一つ一つ慎重に隠れながら進んで行く。






 そんな事をしながらどれほど歩いただろう。 


 途中何度も見たことある奴や初見の魔物にアルニカが絡まれていたため日はもう西へと傾き始めている。(魔物は全て倒していた)


 其処で久澄は足を止めた、否、止めるように本能が命令した。


 全身に刺すような気配を感じる。背中から嫌な汗が流れる。


 これはこの世界の主が発する『氣』なのだが、其処までは知らなかった久澄は戦慄した。


 アルニカは慣れた足取りで進んでいく。


 だが久澄は頭では動こうとしても身体が動かない。


 余程の事がないかぎり見失うことはないため焦りはないが、氣に当てられたら状態では否応なしに心臓の鼓動が早まる。


 腕の血管が浮き出るほど血が巡る。


 力が上がることにより全身が、脳が本能を超越する自信を身に付ける。


 小さくも確実な一歩を踏み出した。


 次第に氣にも慣れてきて久澄は四、五回深呼吸をする。この距離なら聞き取られないだろう。


 焼け石に水ではあったろうが多少心臓の動きが弱まった。


 そしてまた一歩進む。嫌な感じは強くなっていると感じてはいるが分かっていれば耐えられると割り切った。


 視力にも限界がある。見失わない内に徒歩を再開した。







 周りが暗くなってきた。太陽が沈んだわけではない。日が射さないほど木同士が重なり合っているのである。


 混じっている血の関係上、夜目は効く方だが限度というものがある。 


 流石に見失ってしまうため再び百メートル程に距離を詰めた。


 嫌な感じ−−氣−−が強くなっている。


 目的の場所に近いということなのだろうが、何度か意識が飛ばされかけている。


 そんな中アルニカは悠然と歩き続けている。


 もう魔物は出ていない。エンカウントしていないだけなのかここには居ないのか。予想では後者だが。


 アルニカが左に曲がる。視界に入らないように木に身を隠す。


 そのまま奥へと進むのかと思われたが数歩進んだ先で膝を折った。


 目を細めよく見るとアルニカの少し前に岩が置いてあった。小さくはない。しかし大きくもないその岩には真新しいミサンガが掛けてあった。 


 ミサンガで思い当たる人物は一人。


(墓ってことか)


 そこで、もしくはその近くにあのミサンガは落ちていたのだろう。


 そんな予想を久澄が立てたと同時にアルニカが立ち上がり此方を向いた。その行動に合わせ木の枝が跳んできた。それは左頬を掠めた。


「そろそろ出てきたらどう」


 バレていたということか。


 冷静に考えると思い当たる点が出てきた。魔物を眠らせるでなく倒していたのは尾行している存在に気付いていたからだったんじゃないかと。


「何時から気付いてたんですか」


 確認はする。


「最初からよ。そう森を設定してあるもの。じゃなかったら、襲われている貴方を見つけることもなかったわ」


 人ならざるものの声を聞く。まるで巫女のようだと思った。


「ストーカーさん、武器を取りなさい。そのためにお代を払って上げたんだから」


「成る程、気紛れってわけではなかったんですね。けれど待ってください、話をしましょう」


 アルニカはニーンの墓から離れ、久澄の三メートル程前に歩み寄った。彼女の顔は、不快感一色に占められている。


「何よ。ここまで人の心の内を詮索されて不機嫌にならない方が難しいのだけれど」


「気付かれていたのですね。こっちには訊きたいことがあったので、手違いがないように情報を集めていたんです。だから深いところまでは訊き出していないつもりですが」


 その言葉に大きく一回舌を打った。


「……それは言い訳って理解しているのよね」


「解っています、すいません。けれど、どうしても訊きたい、いや、確かめたいことがあるんです。それさえ確かめさせてもらえたら、あなたの要求何でも飲みますから」


 何でも、の部分に反応し、一瞬で損得を計算する。


「……訊きたいことって?」


 結果、彼女の中では得の部分が利益になるとでて、この言葉を発した。


 それに久澄は、大きく息を吸い、真顔で訊き始めた。


「アルニカさんは、この世界のため、村のみんなのため、そしてニーンさんのために死ぬのに抵抗はないんですか」


 久澄の目線は一切の韜晦とうかいを許さぬもの。


「ないわ。全く」


 アルニカは生物として難題とされるそれに、表情も動かさず即答した。


 久澄は先の質問でそれらが本心だと判っていたが、何が引っかかるものを感じていたので、それを見極めるため似たような質問を続ける。


「死ぬのが怖くないんですか」


「怖くないわ。貴方何を訊いてきてるの?」


 似たような、というより、同じと言うべき質問の羅列に流石に不愉快になってきたのか、苛立ちを乗せ、逆に聞き返してきた。


 久澄は理性より本能を優先させ、死ぬことに対しての無恐怖以外の思いを聞こうと考えている。そのため、久澄は唯一手元にある切り札の情報を切った。


「あなたはニーンさんの死を、自分の責任と捉えているんでしょうが、それは違います。ニーンさんの死はあくまで……自己責任なんですから」


 その言葉を言い終わった瞬間いつ抜いたのか、木の枝が久澄の眼前で止められていた。


「あまり知ったような口を利かないでくれるかしら。さもないとこの枝が貴方を貫くことになるわよ」


 だがその行動に久澄の表情は動かない。


「ニーンが死んだのは私のためを思っての行動の所為。私が彼女を殺したのよ」


「違うだろう。どう考えとも悪いのは主だ。殺したのも主。ニーンさんが動く原因を作ったのも主だ」


 久澄の口調は、何時の間にか崩れたものとなっていた。


「違うわ。悪いのは私、主様は悪くないわ」


「違くない。普通に考えろ。どう考えたって主が全ての原因だろ」


「けれど、それじゃあ……だって私を殺さなきゃこの世界は滅びる。それで話を訊きに行ったニーンが……」


「馬鹿がお前。話をねじ曲げるな、現実を見ろ。話を聞いた限り、主はアルニカ・ウェルミンを差し出さなきゃ森世界を滅ぼすと言ったんだんだろ。滅びる何て言っていないぞ」


「けれど今じゃその意味はあまり変わらないじゃない。私が生け贄にならなきゃ森世界が滅びる。これに変わりはないはずよ」


「大きく変わるさ、滅びると滅ぼすじゃ」


「どういうことよ?」


「つまり滅ぼされるなら主を倒しても大丈夫ってことだ」


「……はあ? 何言っているのよ。相手は世界よ。舐めているのかしら」


 流石に驚いたようで返答に一拍遅れてしまっていた。


「……舐めてない。正論を言ったつもりさ」


 それにアルニカは呆れ顔を作り上げた。


「ならその意見の穴をついて上げる。

 主様はこの世界の理、この世界で起きるすべての現象は主様が管理していると言っても過言ではないわ。

 しかも私が一度もかなわなかったニーンですら殺された相手。どうにかなるはずないじゃない」


「それは……そうだな」


 その説明のあまりの規模に、一瞬飲まれてしまう。


「興が削がれたわ、戦うのは無し。面白い意見ではあったけれど、私の認識は変わらないわ。ニーンは私が殺した。死ぬことが……せめてもの贖罪よ」


 その言葉を聞いた久澄の表情が変わった。呆れ顔。しかし瞳には、確かな怒りが浮かんでいた。


「お前……そこまで現実を見れていなかったのか」


 我慢の限界だったのか、怒りで顔を赤らめたアルニカが反論をする。


「私が現実を見れていないってどういうことよ。まさかニーンの死から逃げているなんて言わないわよね!」


「そうとは言わない。ただ自分の責任から逃げている」


「責任って、ニーンの死に対する責任? それなら向き合っているわよ。その結果ニーンの大好きだったみんなを、世界を守るために死ぬことを決意したのよ」


「死ぬことは逃げることだ。苦しいから何もない無に落ちようと、死を決意する。けれどそれは逃げだ」


「苦しい? 私が? 適当なこと言わないでくれるかしら。私は彼女のためならこの命だって惜しくない」


「それが逃げなんだ。現実にそんな割り切れる奴は居ないんだよ。誰かのためなら自分の命は惜しくないって奴は居ると思う。けれどそれは不条理を許せるってことではないんだ」


「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい。あんたに私の何が分かるの!! 私の決意を踏みにじらないで」


 カッとなったアルニカは魔法を唱える。


 ニーンと研究している時、なかなか帰ってこないニーンを探しに森の中に入り主様の氣に当てられ狂暴化した魔物と戦う時、何度も数えられないくらい何度も使ってきた魔法のプロセスを組み立てる。一瞬でそれは完成した。あとは撃ち出すだけだったが、


「気付けよ。お前の決意は周りを傷つけるだけなんだ。それにその決意通りに動いているなら何で泣いているんだ、お前も心の何処かで感じていたんだろう、こんな不条理は嫌だって」


 頬をなでる。其処には確かに流れる温かい液体があった。


「そんな事は……」


 だがあくまで否定の言葉を並べる。


「いい加減正直になれ!! そんな方法じゃあるのは最悪の終わりだけだ」


「正直になれだって……笑わせないで……そんな権利、私にはないのよ」


 消え入りそうな声と共に魔法を撃ち出す。


 しかしそれを止めるように久澄はアルニカの突き出された右手に触れた。左手で。


 魔法を生み出すプロセスの中に精神力を練るという工程がある。


 アルニカには久澄に触れられた瞬間何かが流れたように感じた。


 そして練った精神力が爆発した。


「ち、力が……押さえられない、何で……?」


 そして疑問は解決されぬまま、意識は切断された。


 久澄は倒れ込んだアルニカの身体を背中で受け止め、おぶった。


 何故倒れたのかは分かっていない。しかし伝えたいことは伝えた。最後の一言に対してはまた少し文句はあるが。


 久澄はニーンの墓を一瞥し、来るときとは逆向きに足を進め始めた。


 静かに進み続けると、やがて闇に閉ざされた森を抜ける。月明かりが目にしみた。


「責任から逃げるな、か……」


 そんな無責任なこと自分がよく言えたと思う。言うだけなら簡単だが自分の過去を考えると本当によく言えたものだと思う。


「俺は……死ねなかったのに……」


 それでも、と前置きを入れ、


「どんなに無責任でも目の前で間違えそうな人を俺は見捨てられないや」


 空に浮かぶ月を見据え、言う。


 全くをもって偽善者だなと自嘲してしまった。



 ◇ ◇ ◇ ◇




 結局はくだらない幻想だったのだと久澄は思い返す。


 約束を守ることをせず、彼女をまもり切ることもできなかった。


 誰かを救う。その誰かは――誰でもいいのだと糾弾された。


 誰かを救いたいという思いだけがあり、その人を救いたいという自分の思いがない。英雄を幻想しているだけだと。


 それでも、みんなを救いたいという思いは間違えなのか。その懊悩が消えることはなかった。


 何度取りこぼしても、その思いが間違えだと、思えなかった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 村に帰り一番でぶん殴られた。殴ったのはミヤ。


「あんた、その子に何をしたの」


 口の中に血の味が広がるのを感じながら、あらかじめ考えていた嘘を吐く。


「森の中で木刀の最終調整を行っていたところでおびただしい数の魔物とアルニカ戦っていているのを発見してしまいまして。

 自分も戦いに入ったんで何とか大事に至る前に逃げ出しましたが、魔法の使いすぎみたいで倒れてしまいました」


「何故こんな夜遅くに帰ってきたの?」


「迷ってました。助太刀に入ったのがお昼を少し過ぎた時間で、戦い終わったのがその十分後くらい、そこから彷徨い続け今に至ります」


 ミヤは苦い顔をしている。自身が拵えた剣が悪い誤解を招くも、一人の少女を救った事実に複雑な思いを抱いているのだろう。


「ミヤさん、アルニカのこと頼めますか」


「それは構わないが……お前はどうするんだ」


「村長の所に行って食べ物貰います。朝から飲まず食わずで流石にふらふらしてきました」


「いや、今は行かないほうがいい。怒っているから」


「? 何でですか? この光景視ているはずじゃ」


 久澄は頭に疑問符を浮かべた。各方面から断片的に聞き及んでいた情報を整理した結果、村長はその目で何かしらの方法を使い村全体を見ているのだと判断していたからだ。


「あくまで眼だから会話までは伝わらないのよ」


「ではどうすればいいんでしょう」


 腕を組み、考えるふりをする。久澄の思考は村長を説得するに決定をしていた。


「……うちにきな。食べ物くらいなら分けてあげるわよ」


「いいん……ですか?」


「まあ、この子を助けてくれたから。村長にもあたしから話しをつけておくわ」


「……ありがとうございます」


「じゃあ先行ってて。あたしはこの子を家まで運ぶから」


「了解しました」


 背中に居たアルニカをミヤへ渡すし、言われた通りミヤ宅へ向かった。






 大した時間もかからず久澄はミヤ宅に辿り着いていた。


 久澄は、背中に残る生暖かい感覚と戦っている。


 服の上からでは目立たなかったが、おぶることで押し付けられた大きめのアレの感覚は幾分も経った今でも残っていた。


 どんなに感情希薄でも男子高校生。それなりに思うところはある。


 しかし、久澄は頭の中で興味ないと、ただそれだけを思い、割り切った。


 すると、久澄の中で背中の暖かさは『そこにあるもの』として扱われ、一切の興味を失った。


 これが久澄碎斗である。


 こういう時だけはこの性質に感謝してもいいなと思う久澄だった。





 そんなこんなで待つこと五分。


 ミヤが走って此方に向かってくる姿を見て心が痛んだが、表情にだけは出さないように努力した。


「お待たせのところ悪いけれどあと一分くらい待っててもらえるかしら」


「よろしくお願いします」


 その一分で食べ物を持ってきてくれるのだ、お願いしないわけにはいけないと頭を下げた。その礼の九割は嘘をついたことへの謝罪であった。


 一分と言っていたが現実は三十秒程で家から出てきた。


 その手に冗談みたいに巨大な骨付き焼き豚の固まりを持ちながら。身が剥き出しだった。


「これで今日の夜と明日の朝は乗り切れるわね」


「夜は分かりますが……朝には村長に頂きますよ」


「いや、今日はもう遅すぎるから話は明日しようと思っているんだ」


「そうなんですか。しかし朝からこれは……胃がもたれそうですね」


「何を言っているんだい? 豚焼き程度朝に食べたくらいで胃がもたれるわけないじゃない」


 不思議そうに言ってくる。演技ではなさそうだ。


 どんだけ胃が頑丈なんだろうと思いつつ、適度にお礼を言いミヤと別れて自分の借宅へと向かう。







 借宅に村長が待ちかまえているという最悪の現象は起きず、ベット兼椅子の台の上に腰をかける。


 肉の半分を無心で食い、食った側を壁に向け寄りかからせる。


 村に備え付けられた井戸から汲んできた水で口を濯ぎ、外に吐き出した後、身体に悪いと知りながらそのまま横になり目を瞑る。


 疲労が溜まっていたのか、久澄はすぐさま眠りについてしまった。




 今は一度目の嵐が過ぎ去った無風地帯。


 しかし、二度目の嵐はすぐ其処に迫っていた。



 アルニカの死まであと〇日

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