絶望の中でも希望はありて
「−−−−てな訳よ」
語り終えたハーツは、疲れたとばかりに机に腰を下ろした。(空の操手の力を失った影響で、現実のものへの干渉が不可能になったため、やはりふりなのだが)
「なんというか……」
「めんどくさい因果やな」
「……ユーディ」
アルニカの濁した部分をユーディが自身の考えで繋げたが、それをいつもより強よめの口調でニーネが窘める。
「いいのよ、面倒くさい因果に巻き込んでいるのも事実だし。それに、理解してもらおうとも、できるとも思ってないしね。あの過去は、私達五人だけの苦いものだから」
突き放すように聞こえるハーツの言葉。しかし四人はその言葉に理解を示した。
「まっ、他人の考え方なんか理解できないのは世の常やしな」
「……自分は自分。他人は他人」
「難しい事は解らないけれど……それが普通何だと思う」
「それが人間ってね」
うんうん、と頷く四人に一瞬呆けた表情を見せた後、声を上げて笑い始めた。
「ハハハハハ、そ、それもそうよね。言うのを躊躇っていた私って……ハハハハハハ」
「あの……ハーツ大丈夫?」
壊れたような笑い続けるハーツに若干引きながらアルニカは訊ねる。
「−−ハハハ……はぁはぁ、久し振りに笑ったから疲れたわ。大丈夫よアルニカ。逆にスッキリしたくらいだわ」
眼の端に溜まった涙を指で掬うハーツだが、彼女自身の言った通りその表情は晴れ晴れとしていた。
「……前向きになっているところ悪いけど、まだ聞くべき事が残っているで」
だがその一言で空気が一瞬で重くなる。
「予想は付いているとはいえ、答え合わせしないと気持ち悪いからな」
だがそれを敢えて無視し、ユーディは続ける。
「……ちゃんと言うわよ。系譜の事でしょう」
明るい表情を一転、ハーツは溜め息を一つ入れ、再び立ち上がった後、表情を無に変えた。
「−−魔王の系譜」
「「「「…………………………」」」」
四人は無言を発した。その無言は、予想の上をいっていたため理解が追いつかなかった事による無言ではなく、予想の通りだったために発せられた無言。
それを予想できる程度には、彼女達も自身の運命を理解していた。
逆に、その程度で無言になってしまうくらいにしか自分の運命を受け入れていなかった。
「これは、何故ファイが世界を怨んでいるのかにも関係しているわ」
ここから先は、予想を超える事実。
だから四人は、静かに耳を傾ける。
「魔王の系譜。それはブレイヴァリの王族が作り出した禁断の呪いよ」
ハーツの声と目が冷えていく。
「今じゃ信じられないだろうけれど、昔は異世界同士で交流があったの。技術の交流を主な目的としてね。ただ、それは一般人的な目的で、王族はそうではなかった」
次第に声からは感情が失われ、瞳には殺気に近いものが宿り始める。
「各国での正義度の高さ−−世界の脅威を屠る者がどれだけ居るかに重点を置いていた。そう、只の見栄の張り合いよ。けど……」
そこで言葉が切られたのは、ハーツが歯を食い縛るのを我慢でしなかったためだ。
そしてハーツからは実際には感じられる筈の無い殺気が放出されているように四人は錯覚した。それ程までに剣呑な目つきをしていた。
「小さな見栄でも当人達からしたら立派な誇り立ったのでしょうね。彼らは手を付けてはいけないものに触れてしまったわ」
そう、と一呼吸入れ、
「世界の脅威。魔王を生産し始めたのよ」
「魔王の……生産」
アルニカは絞り出したような呻き声を上げる。
「正確には、魔王を殺した勇者を魔王にする呪いね。真実を知っていそうな王族は全員殺されていたから多分だけど」
誰に、とは口にしなかった。
個人的な感傷が関わっているのは事実だが、わざわざ言われなくても流れから理解できる。
「……ねえ、そもそも『魔王』って何なの?」
今まで沈黙を守っていたヒーナが純然なる疑問をぶつける。
「根本的な事だけど、そうね……共通認識は大切よね」
ハーツは冷たい無表情から一転、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「魔王は裏切りにより生まれた闇を具現化した存在よ。期待という光に裏切られることで生まれる闇は、光の属性も持っている。だから、魔王戦終局で現れた光を纏った人型の姿は、真の姿って事。
形作る源が永遠に尽きないものだから普通の方法では魔王は死なない」
「けど……倒した」
「四方の巫女だけが使えるその魔法は、理を越え、世界に干渉できる魔法。ファイが身に付けていた五行三祿の理も理を殺す技。理に関する何かがあれば人間の闇の塊である魔王は倒せるってわけ」
「じゃあ、所々で口にしていた勇者資質ってのは、五行三祿の理ってこと?」
「まぁ……そうね」
「じゃあ、ユーキやサイトが身に付けている五行の理はどういう扱いなんや?」
ユーディの質問に、頭の上に疑問符を浮かべ、首を傾げた。
「? 誤解があるわね。あれは似ているけれど、五行三祿の理ではないわ」
「……どういう事や?」
「私に聞かれても……ってのはおかしいだろうけど。どっちにしてもあの技は理に干渉できない」
「はあ……?」
全てを知る事のできるハーツに知らない事は無い。何かを隠しているのはバレバレであった。
だがハーツとしても、絶対に譲れない一線がある。またそれは、隠しておいても支障は無いことだ。
ユーディが探るような目線でハーツの瞳を見つめ、ハーツが無感情で通す事十秒。
「……解らんならええ」
切りがないと感じ、ユーディの方が諦めた。
「ごめんなさい。変わりにもう一つ、私達に関する情報を開示するわ」
四人は改めて気を引き締め、意識と耳を傾ける。
「ファイの中に眠っていた魔王の因子。それが何故すぐに覚醒しなかったか、解る?」
「「「「…………………………?」」」」
四人は沈黙を返すことで理解の外である事を伝える。
「四方の巫女は世界を祀る。だからこそ、理に干渉できる力を持つ。
でも考えたことは無い? そもそも世界とは何なのか」
嫌な感じが四人の背筋に走る。
「私は知ってしまったわ。もう一つの魔王の真実−−いえ、本当の名前と言うべきね」
その答えにはまだ至っていない。が、彼女達は本能的に察した−−それを聞いたら引き返せないと。
だがハーツの口は、彼女達が覚悟を決めるのを待たない。
「ゾーン。異界の言葉で地域や区画を表す言葉よ。そして、この場合の地域は……目覚めた世界を指す」
「つまり……」
「そう。ここまでくれば嫌でも理解できるわよね。魔王を何らかの方法で系譜での遺伝無しで倒してしまったら、この世界−−ティラスメニアは滅びる」
四人は、喉から無意識に嗚咽に似た音を漏らし、息を呑み、或いは息を止め、呻き声を上げた。
「四方の巫女の祀りは、魔法を使う事。巫女の魔法が後の世に副次的に与える効果が大きいからよ。
そして嫌みにも、祀る相手は魔王。だからこそ、魔王の覚醒は遅れた。
あの頃の私達が魔法に乗せていた想いは、どれも希望に満ちたものだったから。けど……ファイが抱えていた闇が時が経つにつれてその光を食らいつくす程大きくなり……」
「魔王が……いや、魔王が覚醒の兆しを見せた」
アルニカが比較的冷静な声で繋げた。
それにハーツを含む四人が訝しげな視線をアルニカに集めた。
アルニカは肩を竦めて返す。
「しょうがないじゃない。ハーツの過去も調べた結果も絶望しかないかもしれない。だけれど、私達は戦わなきゃいけない。
それは使命とかじゃなくて−−譲れないものがあるから。違う?」
それに四人は面を食らったような表情を浮かべた。
「諦めなければどうにかなる、なんて奇麗事は言わない。だけれど、諦めたら大事なものを失ってしまう」
それは、久澄にアルニカが体験を通して教えてもらった大事な事だ。
「……それも……そうやな」
「……初歩的な事を見失っていた」
「我が誓った意味。忘れていた」
現四方の巫女が、各々の抱える想いと共に立ち上がる中、ハーツもその言葉に自身が在る意味を考えさせられていた。
(大事なもの……か。あの子達は大丈夫って事かしら? ニヴァ、アーティナ、ディヴァ……ファイ)
五人がそれぞれの想いと決意を固め終わると同時に、アルニカは元の座標にある部屋をノックする人物を感知した。
解除、と思う事で部屋の異空間化が解ける。
そして、ノックする人物に一言入れ、扉を開ける許可を出した。
扉の先に居たのは−−ニブルド。
彼が直々に訪れたと言うことは、
「碎斗について何か掴めたんですか?」
「いや、残念ながら。けれど残留魔力の解析は終了した。君達の意見も聞きたいからついてきてくれ」
アルニカは、迷い無く頷いた。それに続いてユーディ、ニーネ、ヒーナも頷く。
(待っていて、碎斗。貴方がどんな状況かは分からない。けど、きっと救ってみせるから)
アルニカは一歩を踏み出した。
そして−−三ヶ月後。




