勇者暴走
「これは私達がティラスメニアに跳ばされてから約二年が経った頃、私達ブレイヴァリ人がティラスメニアに受け入れられ始めた時に起こった真実よ」
「ねぇ、話ってなに?」
北の一角。後にラウラ平原と呼ばれるようになる凹凸の激しい粗い土地 に一人の少年と四人の少女が向かい合っていた。
少年の方は、過去一度世界の脅威を屠った勇者。
少女達の方は、勇者を支えた世界を祀る巫女。
「あの対戦から二年。アーティナはもちろんの事ディヴァやニヴァ、ハーツも先日誕生日を迎え、やっとみんな十四歳になった。ブレイヴァリでの成人は一四歳だってのは覚えているよね」
「もちろん。けどそれがどうしたの?」
ハーツの聞き返しに一瞬逡巡するような表情を浮かべたが、少年はすぐに表情を改めた。無表情という表情に。
「ここが区切りだと思うんだ。だから話そうと思う。僕の内に侵食する闇を」
いきなりの発言に、少女達はただついていけないという表情を浮かべた。
それもそうだよな、と思いつつも、既に動く口は止まらない。この場の流れに任せなければ一生秘してしまうかもしれないから。
「僕が魔王戦で最後に見せた陰の闇の式。あれには副作用のようなものがある」
「副作用?」
尖り帽子を被った特徴的な服の少女が返す。
「ああ。アーティナには話すべきだったんだろうけど……」
「それは今はいい。それで、どんな?」
「五行三祿の理が使えなくなる」
「成る程。貴様が勇者成り得た力が失われていたなら納得だ。この二年間オレの誘いを断っていた理由としてな」
「いやぁ〜、ゴメンね、ニヴァ。勝ち逃げしちゃって」
「殺すぞ」
「ははっ。……じゃあそうしてもらおうかな」
冷たくそう言った少年を中心に見えない力の奔流が円形に広がった。
「クッ」
「なに!?」
「これは……?」
「なんなのよ、ファイ」
ファイと呼ばれた勇者の少年は、雄弁と冷たく語る。
「陰の闇の式の副作用はもう一つある。それは使用者の裏側に秘められた闇を表に出すというもの」
彼の表情が次第に嫌悪や憎悪や怒りなどの様々な負の感情を綯い交ぜにしたものに変化していく。
「僕は……人間が憎い。勇者と魔王にまつわるブレイヴァリ王族の『計画』を知ってしまってからどうしても許せない。アレさえなければ四方の巫女も民衆も誰も苦しまずに済んだのに!!」
ファイが放つ憎しみの声。それで語られる内容を四人は誰一人として知らない。
だが、これだけは理解できた。
人間の味方であり英雄である勇者が、敵対する魔族以上に人間を殺したがっていることを。
「だから僕は全てを壊す」
「そんなの!」
アーティナが叫ぶ。
「意味のないことは解っている。それでも、こうするしか僕は僕を抑えられない。だから……」
言葉が途切れる。その間は、迷いにより生じたものというより、これから放つ言を印象づけるために敢えて作られたもののように四人には感じられた。
「僕を、殺してくれ」
そして勇者ファイは、自身の心の闇に呑まれたように、その姿を黒く染め上げた。
圧倒的圧力。それが最初に感じた事だった。
対峙しているだけで意識がとびそうになる。まるで二年前の魔王戦のようだ。
四人は勇者の変わり果てた黒き姿を見ても立ち尽くすしかなかった。
無知に無力。
何も知らないがために状況は呑み込めず、力が無いために勇者を止める事ができなかった。
その思いは四人の心を永遠に巡る。
闇の式を使ってから二年。兆候は多々あったはずだ。
しかしそれを見逃してきた。
その思いに一番苛まれているのはやはりアーティナだろう。
一年前に正式に婚約の契りを結んだ二人。一日の四分の三以上を共にしてきた筈なのに。
全ては、自分が自己満足にて作り上げた勇者像が真実を霞ませていたのだとすぐに思い立った。
誰よりも人間を愛し、誰よりも人間のために戦い、誰よりも自己犠牲を厭わない。
ブレイヴァリに居た者なら、ましてや勇者の一番近くに居た四方の巫女が抱いていた幻想。
その幻想が砕かれ、四人の頭は思考をする事を止め、現実と結びつきの強い視覚を白く染め上げようとした。
しかし、
『……世界が憎い、人間が憎い、幸せが憎い、不幸が憎い、無知なる者が憎い。ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ、抗エナカッタ自分ガ、ニクイ!----ダカラ、全テヲ壊ソウ』
勇者の狂った怨嵯の声が逃げる事を許さなかった。
無知なる者が憎い。
その言葉を聞いた瞬間自分達に対する怒りより、悲しみが湧いてきた。誰に対してではなく、そう思ってしまった。
だからこそ、四人は言葉も視線も交わすことなく、決めていた。
--取り戻すことを。
両者の力は拮抗していた。
片や、実力だけで言えば魔王を一人で討った勇者。
片や、世界を祀り、世界に愛され、世界により力を与えたれその力を自身らの魔法に変換した理殺し、どころか、神殺しの位にまで昇華した最強の魔法使い。それが四人。
実力的に言えば四方の巫女の方に傾くのは明白である筈なのに、拮抗している。
四人に迷いがあるわけではない。ファイを取り戻し、その悩みを一緒に背負うために、迷いは不必要なものとして切り捨てられている。
では何故か。答えは簡単だ。
『コロス』
憎しみを身に纏う勇者の力が上がっているからである。
彼が腕を一振りするだけで風が起き、石を含んだ砂煙が舞い、大地が死ぬ。
彼が声を放つだけで微生物までもが死を選択し、身体に絡みつくような暗い感情が人の身に纏われる。
それは常に隣合わせであった『死』の感触ではなく、慣れない純粋なる『憎しみ』の感触であった。
だからこそ、四人の少女は恐怖する。
しかし、その恐怖心が彼女達の決意を揺らがせる事は無い。
長年の付き合いでどのタイミングでどの魔法を必要としているのか、どの場所に居るべきなのか、何をせずとも分かる。
そして、
((((負けない))))
彼女達の心が一つの時、必ず結果はついてきてくれていた。
空を支配する空の操手、ハーツ・フェアリーと宙を支配する天修羅、ニヴァリス・フューリンの影響により、どれくらいの時間が経ったかは解らない。
だがそんな時、変化が起きた。
『僕……は……』
ダメージの蓄積によるものか、あるいは攻撃に乗せられたら想いによるものか、確かにファイの口から怨嵯以外の言葉が漏れ出た。
「もう一押し!」
喜びが隠し切れていない声色でアーティナが魔法を繰りだそうとしながら言う。
アーティナには劣るものの、それなりに感じるもののある三人は、応えの声の代わりに致死性の無い大技を注ぎ込んだ。
本人達ですら目が眩む程の七色の光が迸る。
奔流の末、彼女達の目の前に飛び込んできたのは、力なく膝立ちでうなだれる黒さの引いたファイの姿だった。
−−よかった。
−−悩みも憎しみも、一緒に背負う覚悟はできている。
そんな考えが一瞬で頭を巡る。
「ファイ!!」
耐えられないという感でアーティナが駆け出す。
その光景を見て三人は、彼女がファイを抱きしめた時、全てが終わり、全てが始まる、と思った。
だが真実は、そんなに甘く、温かい終わりを許してはくれなかった。
ゾクリッ−−。
ハーツ、ニヴァリス、ディヴァリア、そして駆ける足を止めアーティナまでもが震える。
元凶は正面−−動かないファイから出る気配。
「何故……いや、それを聞くのは残酷か……」
ぼそりと、ファイが口開く。
しかし、誰も反応できない。
「けど分かるだろう。僕を殺さなければ災悪が巻き起こる。これが−−」
ファイの身体がピクリと、何かに耐えるように反応し、硬直する。
「これが王族の考えた計画−−−−系譜だ」
四人の身体がピクリと反応する。だがその意味合いは、ファイとは違い驚いたというものだ。
「……封印しましょう」
ディヴァリアが恐怖の混ざった声で告げる。
「彼がそういう意味で言っていたと分かった今、それしかない……わよね」
ハーツも乾いた声でディヴァリアに同意する。
「こんな結末……ありかよ!」
悔やむ声。それには同意の意味が含まれていた。
そして三人は、最後の一人であるアーティナに視線を集中させた。
反対するのは予想できているが、彼の言った事と今この場を支配する空気を結びつけ出た答えから、三人はいち早くアーティナの説得を終わらせる必要がある。
その結果決定的な亀裂が走っても、それは友情と引き換えにしても止めなければいけない。
「……やりましょう」
だからこそ、その言葉に素っ頓狂な声を上げる事すらできなかった。
「対魔王戦用に開発していた四方の巫女合体封印魔法、『絶空天解』」
「……けどいいの?」
三人の意思を代表してハーツが訊ねる。
「いいわけ無いじゃない! けどこの場を支配する空気。そしてファイの言った計画。これ以上の悲劇は、彼が傷つくわ……だから……」
「そう……分かったわ」
三人は、特にハーツは失敗したと後悔した。嫌なのは理解していたはずなのに、それを改めて聞き直すというのは、彼女の心を痛めつけてしまう。
「……じゃあね、ファイ『絶』」
「……救う方法は必ず見つけ出すわ『空』」
「負けるなよ『天』」
「アーティナの事は任せといて。だからあなたはアレに屈しないでね『解』」
別れと決意の言葉と共に最強の魔法使い達が発動に必要な言葉を紡ぐ。それはつまり、これから使用される魔法はそれ程の力を有していることになる。
「「「「絶空天解」」」」
絶空天解。封印用途でのこの魔法は、対象の存在を孤立した別次元に封印し、また対象に流れる時間すら歪ませる魔法。
「閉」
ハーツが別次元とティラスメニアを繋ぐ道を完全に閉めた。彼女の右手には蒼く輝く鍵が握られていた。
「鍵は……ハーツが預かっていて」
「アーティナが言うなら大事に、厳重に預からせてもらうよ……」
重い沈黙が流れる。
「……いつ破れてしまうのかしら……」
何分経った頃だろうか、沈黙を破り訪ねたのはディヴァリアだった。
「……四、五百年は大丈夫かな。けどそれ以降は……」
「目覚めか……そんなに私達は生きられないわよね」
「という事は、次世代の四方の巫女が生まれる、か」
「私達以外アレは倒せないから」
「辛いな……」
ニヴァリスが珍しくまだ見知らぬ他人を労る言葉を呟く。
それを見ていたハーツは、とある事を思い出した。
「ねぇ、裏王立図書館で見た禁呪、禁断の果実、覚えている?」
三人は頷いた。
「ちょっと策があって……あれ、試してみたいの」
三人の口の形が「ふざけるな」のふを言うための形を作る。
だがそれを遮り早口で、
「反論は私の策を聞いてからにして」
発言の調子を外され、意図せず発言のための空白を作り出してしまう。
「多分、次の四方の巫女はアレの復活の少し前に生まれると思う。けど、多分この力がそのまま継承される。研鑽しなければ私達みたいに使いこなす事はできないだろうけど、生まれたばかりのまだ見ぬ彼女らにこの力は大きすぎる。
さらにファイの中に蠢くアレ。アレから解放する。
この二つの問題を解決するために知識が居るわ」
「けど、なにもお前がやる必要はないだろ。オレでも」
「適性は私の方が優れているのを忘れたわけではないでしょ。それに大丈夫。貴女達だけ安全な高みから見物、なんて事にはしないから」
その言葉に視線と言葉で「分かって居るじゃん」と言われる。
「なら事の経緯をティラスメニア王に話して、抱える知識の理論と遺物を置いて、必要な事をしましょう」
そう言いハーツは、先程までファイが居た方向を見つめた。三人も釣られて見つめる。
十秒程見つめた後、四人はハーツの魔法にて王宮へ跳んだ。
そして−−現在。




