その名前は
昔話をしましょう。それをハーツに言われて緊張するな、というのは無理である。
「と言っても、いきなり本題を話すわけじゃなくて、まず幾つか質問がしたいの」
「……答えられる範囲でええなら」
こういう場になれているユーディが当たり障りの無い返答をする。
「大丈夫よ。それぞれの過去に触れたりはしないわ」
嫌味っぽく言われ、四人は苦笑いを浮かべたり、眉を開いたりした。
だがそれらの行動を気にした様子はなく、ハーツは言葉を続ける。
「代表してユーディに答えて欲しい、というか、この問いに正確に答させるならユーディが適任、と言うべきね」
「ウチが適任?」
「少し前、星妖精の空のみんなに南の巫女『天修羅』である事を話そうとした時、嫌そうな表情を浮かべたのは何故?」
「何故って、ハーツ知っているやろ」
「いいから、何の語弊も誤解もなくしたいの」
「けど……それはな……」
「貴女らしくもない。言っているでしょ、いいからって」
(気ぃ使うなって話か……)
彼女なりに気を使っての逡巡だったのだが、相手がいいと言っているのならなけなしの善意は無いも同然となる。
「異界人狂乱……正確には『勇者暴走』。『ワルプルギスの夜』と『オルタナティブの夜』の襲来。『龍王乱舞』、『魔戦争』と同列視されるティラスメニアの五大事件の一つ。それに関わっている力を持っている事がバレるのが嫌やったんや」
ニーネとヒーナも頷く。知識を与えられたばかりのアルニカは未だに現実を直視できていないという感じだ。
「……ありがとう。現代の四方の巫女が力を隠したい理由である勇者暴走。まずそれについて謝らなければならない事があるわ」
「なんや?」
「貴女達が巫女の儀式終了時に見せられた勇者の暴走。あの映像は私の作った偽物なの」
「はっ?」
「えっ?」
「……?」
「ふぇ?」
「じゃ、じゃあ、勇者暴走に四方の巫女は関わっていなかった……訳ないよな」
驚きから立て直したユーディが訊ねる。
「そうよ、ちゃんと関わっているわ。部分的にいじらせてもらったって感じね」
「け、けど、巫女の情報は世界に仕組まれた事なんだから、そんな事できないんじゃ」
アルニカが律儀に手を上げながら発言する。
「できるからこそ私達で力の継承ができたんじゃない。色々代償は払ったとはいえ、ね」
「……代償?」
「ええ。それも話す必要があるわね……理になるのはどれも神話級の魔物なのは知っているわよね」
「南の不死亡者」
「……北の毒蛇蜥蜴」
「西の守護天使……いや、殺戮天使」
「東の破壊神龍」
「そう。どれもお伽話に出てくるような骨董無形な存在。ブレイクマスタードラゴンなんてこの世界の破壊の理そのものなのだから」
四人は押し黙る。それぞれ人生において大きな分岐点となった存在だから。
「あれらに仕組まれた歯車を弄る方法を求め私は禁呪を使い『知恵の実』に成り、他の三人を力のみに変換する法を身につけたわ。思いの継承は、ディヴァがそれを別に分けて力の継承の際に渡せるようにしたのだけどね」
(まあ、『知恵の実』に成った理由はもう一つあるけれど……)
ハーツは決して表には出さず、心の裏で自分に言い聞かせるようにそう言った。
「ディヴァリアさん……」
ハーツの心の内を知らぬヒーナは、その名を口に出し、改めて自分の中での偉大さを確認した。
「そして私達は世界に対し魔法という名の楔を打ち、三人は眠りに就いたわ。そして約五百年後、恐れた時が来てしまったわ」
「巫女の誕生」
「正解よ、アルニカ。誕生してから一四年後、ちょうど私達と同じ年齢の頃に理が狂い始めた」
「「「「…………、」」」」
「それが巫女の儀式……いえ、そんな遠回しな言い方は貴女達に失礼だわ。……理殺し、と言うべきね」
「……けど理を殺したら、仮に攻撃をしただけでも魔眼が植え付けられるんじゃないの?」
久澄の例を念頭に置きながら、アルニカが質問する。
「普通はね。けど貴女達は特別。もっと酷いものが待っていたわ」
「酷い……もの?」
「死よ。しかもただ死ぬだけじゃなく、理に決められたらルールによってね」
「けど死んでないわよ」
「無論手を打ったのよ、その名前にね」
「名前? どっちの?」
「貴女ならアルニカ。ユーディ、ニーネ、ヒーナ。それぞれ対応する前巫女が付けたのよ。呪反射の加護とともに」
「じゃあ、ハーツは私の親みたいなもの?」
「名付け人が……いや、貴女達の生まれを考えるとそうとも言えるわね」
「じゃあウチはニヴァリアさんがおかーちゃんか……」
「……アーティナ母さん?」
「ディヴァお母様かぁ〜」
「ハーツお母さん」
「……あの、今結構重い話してるからほっこりするの止めてくれるかしら。
あと五百年以上生きているとはいえ、一応十四歳止まりのつもりだからお母さんと言われるのは遠慮したいわ」
引きつった笑みを浮かべながら手で制する。
「けどなんか血は繋がってなくても『親』がいるのが嬉しくて……家族は居ても、親は居なかったから」
アルニカの言葉に、上げていた手を下ろし
「……そうね。貴女達は世界に生み出された存在なものね。そして世界の理に呪われた名を持つ。
ウェルミン、界に呪われし界名。
ニィーズ、天に呪われし天名。
アルタナ、神に呪われし神名。
エリア、死に呪われし死名」
「……それは初めて聞いたけど、だからみんな初めから私、いや、私達かな? の名前を知っていたのか……」
世界の理に呪われ、前四方の巫女に呪われし名を持つ四人は、見つけられた時からその名を知られていた。
「納得……なんやけど、その法則を適応させたとして、何でサイトはウチらの名前を知らなかったんや?」
「……そういえば」
「知らなかったわよね」
三人の疑問に、アルニカとハーツは何とも形容しがたい表情を浮かべた。そして互いの表情を見て、久澄が異世界人であるという事実を知っている者同士であると気付く。
「(なんて説明すればいいと思う?)」
「(……任せて)」
空の操手の力を使い空気を固定し、絶対にユーディ達三人に声が届かないようにしてから会話をした。
結果ハーツに一任する事となり、アルニカは空気の固定を説く。
「彼の暴走時の力を見れば判ると思うけれど、彼も少々例外的な存在なの。けど今の、四方の巫女の話には関係ないからそっちは流すわ。いいわね」
「関係ないならしょうがないけど」
「……実のところ、そこまで興味ない」
「まっ、今はいいわ」
三人の興味を逸らすのに成功したハーツ、彼女に任せていたアルニカは、ほっと胸を撫で降ろした。勝手に人の秘密を語るのは気が引けるのである。
なのでハーツは話の軌道を元に戻す。
「本当は理を殺した時点で自身の名に呪い殺される筈だったんだけど、呪反射の呪いをかけといたお陰で逆に理が死んだってわけ。これでユーディも納得がいったでしょ?」
「……ああ、不死亡者の奴が只の炭になるまで殺し尽くしたところで、永遠の死が訪れる筈は無いはずやったけど……。そういう類なら分かる気がする。
ちなみに、もし呪反射がなかったらウチ、どんな死に方してたんや?」
「皆未、つまり皆の時を止めてしまい、天国も地獄もない空間の中で永遠の怨嵯に揉まれ続ける。
三人も聞きたい?」
ハーツの問いに、恐る恐るといった感で頷く。
「飢蛇、飢えた蛇となり大切な人を喰らい、その人物と近しい者に捉えられ、生きたまま皮を剥がされ、肉を削がれ、骨を砕かれ、永遠の苦痛と共に死ぬ。
二死、その人物にとって最悪な人生を二度おくらされ、永遠の闇の中で有も無もなく死に、永遠の後悔の中に埋もれ死ぬ。
被餓死、人間としての全ての尊厳が汚されるくらいの被害に合い、最終的に孤独と共に餓死する。
どれも普通じゃ不可能な死に方だわ……」
四人とも呼吸の仕方を忘れてしまっているのか、というくらいに息を殺している。
「……まあ、私達のお陰で何とかなったんだから暗くならない。
あっ、お礼とかはいいからね。利害の一致ってやつだし」
四人とも、それが本心でないことはすぐに気付いた。
だから、
「おおきに」
「……ありがと」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
そう言った。
ハーツはむず痒そうに頬を掻いていたが、本題からまたずれかかっているのに気付き、頭を振って一度それを思考の外に出し、話を本筋へ戻す。
「つまり、死に干渉できるのだから、流れる映像を部分的に変えるのも可能なのよ」
四人もこれからがハーツの語りたい『真実』だと直感で悟り、心の中心を占めている感謝と感傷の念を横にずらした。
「……そもそも、なんで映像を変えたの?」
心に余裕が生まれた事で冷静な考えが多少可能になってきたアルニカが訊ねた。
「絶望を知るには早すぎるからかな……全てに諦めてほしくなかったから。けど、もう逃げられないところまで来てしまった」
だからこそ、
「私は語るわ。私達のこの地での始まりを。貴女達の『運命』を」
ハーツはそういい語り始めた。真実を。絶望を。




