希望の光、掴めない手
巫女の力の継承は、一種の別時空で行われるため一瞬で終わる。
意識を現実に戻したアルニカはその空色の双眼を力強く開いた。
「行くわ、碎斗を救うために」
他の誰かへではなく、自分へ向けた言葉。
空間転移。
アルニカは戦場へと跳んだ。
数瞬前。
三人は久澄の動きに違和感を覚えていた。
無駄がなくなってきたのだ。まるで、暴走状態に身体が慣れてきたかのように。
ニーネの空気の振動攻撃も、ニーネの周りの空気を動かす事で絶対を乗せる振動を起こさせないようにし、五行の理も使用し始めた。
それに忌々しげに舌を打つユーディの元にアルニカが現れた。
「まさかアルニカが空の操手やったなんてな」
「うん、私も驚いている」
二人は意識を久澄に向けながら会話を交わす。
「ハーツからの作戦は力と共に頭に流してもらったわ。今みんなにも伝える」
空震音声。空気を震わせ、音声とする技術。
今の久澄には理性が無いためできる芸当である。
『ハーツからの作戦を伝えるわ』
皆耳だけを傾ける。
『碎斗の感じはまだあの中に確かに感じる。だから、外部からの強い衝撃で刺激することで彼を今の状態に勝たせる。以上よ』
「単純明快。好きやで、そういうの」
ユーディは口笛でも吹きそうな気軽さでそう言った後、楽しそうな笑みを浮かべた。
「……殺さなければ何やってもいい、か」
ニーネの表情は変わらない。ただ心なしか目が輝いているように見える。
「はあ、我はどうすれば……」
四方の巫女で唯一殺傷能力のある技しか持っていないヒーナは、小さく肩を落とした。
そんなヒーナの耳元に、姿が薄くなっているが確かに存在するハーツが飛び寄った。
「大丈夫よ、ヒーナ。あなたにもぶつけられる力がある。−−−−−−−−。ねっ!?」
「そんな技が……!!」
「考案、実践はもちろんディヴァだけどね」
ヒーナは説明された技に納得したようで頷いた後、三人が戦う場所へ駆け出していく。
戦う四人の姿と黒く染まる久澄の姿を悲しげに見て、ハーツは胸の前で祈るように手を組んだ。
ハーツが立てた作戦。それは今選べる選択肢の中で四人の意思を尊重し、また四人を死なせない唯一の方法であった。
だが、それを実際に成功に移せるほど現実は、甘くない。
只の力任せではなく、原視眼を含めた戦闘は予想以上に厄介なもの。
五行の理、雷の式、三式、雷絶。
久澄自身が未だ使ったことのない技も交えてくるため、ユーディも予想がつかない。
牽制のために使われ、今も捨て置かれていた木の槍に黄色い閃光が纏われる。
全ての原子、元素の結び付きを斬り絶つ雷により、何かしらの物質を使っての間接的ダメージを与えるのは不可能。
物を使った攻撃が止むと、雷絶を纏ったままの木の槍をヒーナに投げつける。
無論分解するが、その隙に久澄が迫る。が、それは予想できたパターン。
ヒーナは久澄が少し手前まで接近するのを見計らい、地面に用意しといた分解領域を上へと編み上げる。
理をも越える分解能力の檻に入れられてはもう脱出は不可能。
「皆、今よ!!」
ヒーナの声に、三人は大きな力を持つ技を準備し始める。
しかし、
「えっ……」
ヒーナが素っ頓狂な声を上げる。
それもそうだろう。
何故なら、ヒーナの用意した分解領域の糸を久澄が手刀で斬り裂いてしまったのだから。
二人の間には一歩もいらない距離しかない。
久澄は、手刀の形のままで首に向かい突きを放った。
本当の絶望は−−これからだ。
後ずさる事もできず、只迫り来る手を眺めていたヒーナの前に人の影が現れる。
但し、ヒーナのではない。無論、他の三人のでもない。
では誰のか。
「……アーデルト?」
ヒーナの目には、黒い紳士服のようなものをキッチリ着込んだ男性が胸を貫かれている様子が見えた。
「ええ、私です」
「へっ!?」
振り向き指先で眼鏡をいじりながら淀みなく言うアーデルト。
「ヒーナ様、これは実像幻惑。幻覚ですよ」
「えっ、けど……」
幻覚はあくまで幻覚。脳が正常ではない今の久澄には効果を及ぼさないはず。
「最低位であろうと魔導星です。
私の幻覚は現実とかす。ただ、それだけの話ですよ」
ヒーナを安心させるように頭を撫でる。今の彼は、大量殺戮をしていた時とはまた違う笑みを浮かべた。
「ヒーナ様、これが周りの人間に明確に支えてもらえる最後です。
自立の道は険しいですが……貴女様ならきっと」
「無論」
アーデルトが全てを言う前に、ヒーナは勇ましく一言、口にした。
それに本当に楽しそうに笑みを浮かべた後、
「さて、私もそろそろ限界です」
久澄は今まで黙って聞いていたわけではない。ただ、アーデルトの実像幻惑から腕が抜けないのと、他の三人からの攻撃の対応に追われていたのでヒーナにその手が伸びることはなかった。
が、それも限界を迎えてきたのだ。
「ヒーナ様、ご武運を」
アーデルトはヒーナを守る対象ではなく、一人の戦士として言葉をかけ、その姿を虚ろなものとした。
アーデルト−−の実像幻惑−−が消え始めたのに合わせて、ヒーナは久澄から距離をとった。
幸いにも先程は助かったが、アーデルトに言われる間もなく二度は無いと理解していた。
(……我の魔法が斬られた、のか……)
理を越えるとはいえ、四方の巫女の力は絶対ではない。
あくまで選ばれた本人以外誰も使えず、どの系統にも属さなく、相手がどんな立場であろうと平等に力が通せる。そんな優位性があるだけだ。
だけれども、四人の共通見解では例え暴走した今の久澄であろうと、それはできないであろとなっていた。
けど現実は行われた。これが異質な力が起こす予想外の出来事。
久澄を殺さないために手加減をする必要があった四人は、忌々しい、と感じた。そう、あっただ。
あれを見たお陰でそれなりの実力が出せると考えた。
『三人とも、大丈夫ですか?』
自分もそう思っているのに他の皆もそう考えていないはずがない、と思ったアルニカは空震音声を使い三人へ意思を確認した。
「モチロン。そろそろ限界や」
「……潮時ね」
「答えるまでもないわ」
個性的な回答に苦笑いを浮かべ頬を掻いてしまうアルニカだが、彼女も似たような事を考えていたのだから侮れない。
「グルガァァァァァァァァァァァァァ」
最後に暴走する久澄の空気を震わすどころか、人体に外的ダメージを与える程の砲哮が聞こえてきたが、彼女達には小型の獣型魔物の遠吠え程度にしか聞こえなかった。
『じゃあ、決着をつけましょう』
アルニカの言葉と同時に、四人はそれぞれの行動を開始した。
四人は何かしらの話し合いをしたわけではない。
つまり、各々がどう動くかは分からない筈。
しかし四人は付くべきポジションが分かっているかのように跳ぶ、もしくは駆け出していた。
とにかく気が引ければいい。
牽制役は絶対を持つニーネに自然となっていた。
空気の振動に絶対の付与。
先程までなら久澄に片手間程度で止められていたが、今は空と名の付く全ての操り手、空の操手、アルニカ・ウェルミンが居る。
彼女が居る限り、他の者が空気を使役できる事は決してない。
隙無く拳を降り続ける。絶対命中としているためどの方向に殴りつけても不備は無い。
なのでニーネは中距離を保つ。
その隙にヒーナも中距離へ。
アルニカとユーディは遠距離へと跳んでいた。
「「絶対分解領域!!」」
内側からの衝撃を絶対無効とする魔法のかかった分解領域。しかし、久澄が破るのも時間の問題だろう。
だが四人は双眼を閉じ、すぐに技を発しない。
彼女達は知っているからだ。思いを込めた攻撃が一番重い事を。
「 !」
久澄が何事かを叫びながら暴れ、今にも絶対分解領域は破けそうになる。が、彼女達は焦らない。
その間にも、分解領域を構成する分解糸は斬られていく。そして、
「グルアァァァァァァァァァァァァァ!!」
全てを終わらせるためのような砲哮が叫ばれる。
が、それと同時に四人が目を開く。そして、放つ。万感の思いを込めて。
「さっさと目覚めろや、お前は星妖精の空なんやから、こんなところで死ぬのは許さないで、サイト! 『天体降雨』!!」
アルニカが支配する空の更に先にある宙から星の光の雨が降り注ぐ。
「……アンジェのために絶対戻ってきて、『絶対爆撃』」
魔力をそのまま爆発に変えるというどの系統にも属さない基礎魔法。しかしそれを『絶対魔法』の使い手ニーネが行うと、絶対的破壊の爆発となる。
「我は皆を、目に見える全てを救うと決めた。それには貴様も入っているんだ、帰ってこい、サイト、『分解陣』!」
複雑怪奇な紋様を描く陣を久澄の頭上に生み出し、落とす。それには殺傷能力はなく、その陣は相手の表層意識と深層意識を分解する。
「私を救ってくれた恩、こんな事じゃ返せないけど、それでもそんな事関係無しに私は貴方に再び会いたい。だから帰ってきて、碎斗、『空光噴射!』」
オーロラ色の嵐が束ねられ、一条の優しい光の柱となって落ちる。
前も後ろも上も下も左も右も分からない暗闇の空間に、久澄碎斗の意識は倒れていた。
目は薄くしか開かれておらず、瞳は虚ろ。
そんな彼の元に、カツン、カツンという音が近付いてきた。
『君が求めていた力はそんなものなの? 目的のためなら守るべき者を傷つけるような力を君は欲していたの』
美しい声色。聞き覚えはあるが、今の少年には思い出せない。
「……違う!」
倒れながら、それでも感情を振り絞り否定する。
『ならアレを引っ込めなさい』
当たり前のような命令口調。しかしそれが少年には心地よいもののように感じられた。
「……どうやって?」
久澄は女性の声に従いたい気持ちで一杯だったが、方法が分からなかった。
『アレは君自身よ。本気で望めば引っ込むわ』
「望む……」
『そう、望めば。ほら、見てみなさい』
言われた通り資格すると、瞳に四本の色の違う光が射し込んできた。
そして久澄は、その光に−−手を伸ばした。
『愛しているわ、君よ』
いつか聞いた言葉。それが誰のものなのか、遂に久澄は分からなかった。
光の奔流が収まると同時に、アルニカはその場所へ迷い無く跳んだ。
「碎斗!」
呼ぶと、まだ土煙の立つ向こう側に人影が倒れ込んでいるのが見えた。
「碎斗!?」
再び呼ぶ。
「碎斗、碎斗、碎斗!!」
何度でも呼ぶ。
土煙が晴れ始め、その先に居たのは−−
「さ、碎斗ー!!」
少しボロボロだが、黒く染まっていない、久澄碎斗の姿がそこにはあった。
「……ああ、そんなに呼ばなくても分かっているよ−−アルニカ」
爆発などの影響でか、少し枯れている気はするが、それは確かに、久澄碎斗の声であった。
「よーやく戻ってきたか−−サイト」
「……サイトさん、あんまりアンジェを心配させないでください」
「サイト……」
いつの間にか集まってきた三人もその姿に安心した様子だ。
「ご迷惑をおかけしました。ハーツも。そこに居るんだろ」
原視眼は発動されていないが、ハーツがそこに居るのを断言した。
「……碎斗くん。よかった」
だが確かにハーツはそこに居て、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。
「けど、こんな姿勢じゃ礼をするにも失礼だな。
悪いアルニカ、手貸してくれ」
「もちろん」
そう言いアルニカは抑えられないとばかりに笑みを浮かべながら少し前屈みになり、健康的な色合いの左手を差し伸べてきた。
久澄は、右手を伸ばそうとしながら考える。思えばこの声が聞きたくて、この手に触れ合いたくて、何より、この笑顔を見たくて頑張ってきたんだよな、と。
紆余曲折はあったものの、結果的に救えたのなら『あの時』よりかは成長できているのか、と。
久澄も笑みを浮かべながら手を伸ばし、あと数ミリで触れ合うというその時。
「……えっ?」
アルニカが理解が追いつかないという感で口に出す。
久澄の足元に暗闇が生まれ、そこに彼は落ちていく。
久澄の伸ばした手が空を切る。あの時のように。
「−−−−っ」
そして久澄碎斗は九十度の崖から落ちるように、暗闇の中へ消えていった。
暗闇は、その口を閉じた。




