空と空の、誓い
ハーツ・フェアリー。
彼女はある事情から知識を求め、十四歳の頃、自身の存在を現在、未来永劫理から外す事を代償にとある禁術式を使い、『知恵の実』と呼ばれる全ての知識を知れる存在へと変化した。
それが今から約五百年前の話である。
暴走する久澄とアルニカに割り込むハーツ。
その存在にアルニカは驚きを隠せない。
今まで彼女の頭の中には、ハーツが映っていなかったからだ。
理外に居るハーツを認識するには、やはり見る方も理を越える力を有している必要がある。
通常の気配も色も匂いも移動音も味もなければどんなにアルニカの空間把握能力が異常であろうと、理の範疇に収まる力であったそれが認識する事は不可能である。
しかし声を聞く事で、少ない情報から形を認識する。色も形も不明瞭な丸みを帯びた少女の姿に。
アルニカはハーツという少女の事を知らない。
また、自分の力についてもうまく認識していない。
それはつまり、彼女のからしたら普通の少女が割り込んで来ただけに見えて。
かわそうと身体を捻るが、アルニカは今の久澄が異常な状況なのを考慮して、腕の力だけでなく自重を含めて差し込むため少し浮いた状態ですぐ手前に移動していた。つまり、ハーツを速さも距離的にも完全にはかわせない。
二人の姿が重なる。
そして、ハーツの中にアルニカの情報が流れ出した。
情報は一瞬をも越えるスピードで流れ出す。
流れる速さは一瞬を越えるのに、一つ一つの情報は理解できる。
頭が悲鳴を上げる事は無い。そもそも人体の構造が情報に耐えられるように変換されている。
そして意識が追いついた時、それを中断させた。
それは人の過去を暴きたくないという心持ちから。しかし、十四年間という人生を知るには一瞬は充分な時間であった。
−−ハーツは、それを知った。
木の槍は身を捻った影響でハーツをすり抜け、久澄の左あばら部分の皮膚を薄くかすめるだけだった。
動きを取り戻した久澄の右手平手打ちが迫る。が、転移する事でそれをかわす。
その現象に納得できず、反射的に目を開ける。気にならないくらいには回復していた。
だがアルニカの瞳には、頭に浮かぶ人型の−−パーツの姿は映らない。
「あれは……」
無意識に出た呟きに、答える声はなかった。
代わりに、
「ハーツ! 何してるんや!!」
ユーディの怒鳴り声が響いた。
「−−−−ごめんなさい」
震えるその声は、彼女達の前方からではなく、ユーディの右隣から聞こえた。
「……そう思うなら、あいつを止める作戦を考えてくれへんか」
今現在優先すべき事は怒る事でも事情を訊く事でもなく、この戦いを終わらせる事。
また、暴走中でも久澄は本能的に学習するため、もう同じ作戦は通用しない事は理解できた。
更に他の三人は対人戦の経験が皆無に等しく、唯一あるユーディも作戦を考えるのは得意ではないため、信用はギリギリのラインであるとはいえそれはハーツに任せるしかなかった。
「……解ったわ」
声の震えは、収まっていた。
「ただ作戦を告げる前に一つ、彼女−−アルニカと話をさせて」
ハーツは基本、初対面の人間には、くんやちゃん付けをする。
しかし、今初めて会ったアルニカに対しそれは行わなかった。
それが何を意味するか、理解できた者は居ないだろう。
「分かった。けど、あまり保たんからな」
ユーディはそれだけを言い、全意識を久澄の方へ向ける。
「大丈夫。一瞬だから」
戦いに向かう背中にそう告げ、ハーツは困惑を隠せていないアルニカの元へ跳んだ。
そして、まるで共鳴するように二人は光り出した。
「ねぇ、あなたは戦う力が欲しい?」
誰かが訊くと、誰かが「うん」と答えた。
「ねぇ、あなたは守る力が欲しい?」
誰かが訊くと、誰かが「うん」と答えた。
青く、どこまでも澄んだ空間に二人の少女が佇んでいた。
髪も顔も姿も違う二人。
だけれど、瞳の色は同じだった。
この空間と同じ空色の瞳。それは、彼女達が『空の操手』である証。
「ねぇ、あなたは碎斗君を助けたい?」
ハーツが訊くと、アルニカは「うん」と答えた。
「本当、前四方の巫女と現四方の巫女って同じよね」
姿形ではなく、心、信念が全く同じなのである。
「まるで、呪われているみたいに」
ハーツは独り言のつもりで呟いたつもりだったが、アルニカは聞き逃さなかった。
「多分、それでいいのよ」
「……?」
ハーツはその言葉の真意を計り兼ねた。
「同じ力を持つのだから。悪用されるよりましでしょ」
その気の抜けた答えに思わず吹き出してしまう。
「な、なによ……」
「いや、そうよね」
その甘さが何かを成すこともある。
「なら受け取って、元々はあなたの力なのだから」
ハーツの姿が薄れだし、それに呼応するように二人の間に空色の球が生まれだす。
「分かったわ。目に見える大切なものを守る。その意思、受け継がせてもらうわ」
「……ありがとう」
空色の球はアルニカの胸の中に吸い込まれ、再び輝き始めた−−




