心の、悲鳴
分解領域に外からの全てを絶対に内部へ通さない、考えられる限り今代最強の防護壁とも言える中に置かれ、アルニカはこれからどうするべきかを考えていた。
十四日間の目隠しは、彼女に驚異の空間把握能力を与えていた。
肌に触れる空気の流れ。耳に届く移動音。鼻につく匂い。それだけの情報で全体が把握できるくらいに。
だが現在彼女は、空気も音も匂いも絶対に届かない空間に居る。
しかし、それでもアルニカは目の前で行われている戦闘が理解できた。色彩こそ描く事はできなくとも、白黒の立体映像として朧気ながら脳裏を流れていた。
幼き頃から空間把握能力が高かったアルニカは気付いていない。それが『異常』な能力だという事に。
或るいは、自分を異常だとしたくない生物特有の思考回路が無意識下で気付かせないようにしているのか。
魔法が使え、あの十四日間でとにかく空間把握のみを行わされていた今の自分ならこの空間から脱し、戦闘に参加できる、とアルニカは判断していた。しかし、まずは目を治す事に集中しよう、と決めた。
空間把握能力が高いとはいえ、視覚にがある事での精神的支えは計り知れない。
薄く目を開け、鋭い痛みに顔をしかめる。頭の中に流れる映像に意識を向けながらその動作を何回繰り返した頃だろう。
地面が揺れ、割れた。
半円球型の形をとっている絶対分解領域。しかしその強度が適応されるのは、あくまで触れた時のみ。
例えば、存在しない地面からの現象からは身を守ることはできない。
同時に、アルニカの頭にある光景が過ぎった。
全開になるのを待っていられる状況ではない。
なら、とアルニカは頭の中で今自分が居る位置と攻撃の矛先を向けられようとしているヒーナとの距離、座標を正しく把握した。
そしてアルニカは、崩れる地面に対応して落ちてくる『外部』からの全てを遮断する絶対分解領域の籠の中から姿を消し、一瞬もかからずヒーナの元へ。
更に黒い久澄の手が絶対に届かぬ場所−−十メートル圏外の上空へ再び姿を移した。
地上に降り立った二人は、言葉を交わすことなく散開した。
二人の接点が無い事も関係しているが、やはり戦闘中というのがある。
五行の理、雷の式、一式、雷駈。
只でさえ元の速さは光速の技を越えるスピードなのに、そこへ雷速にまで速さを上げる技を加え、両手を広げ、五指を引っ掻くような形にし駈けてくる。
二人は横に転ぶようにしてかわす。
暴走し、理性を失っている今の久澄にはアルニカの変化は気にも留まらない程度の事。それでも一瞬もの揺らぎを見せないのは、やはり久澄と言うべきか。
ユーディとニーネが各々の技で久澄を牽制しながら二人の元へ駆け寄る。
「何で出てきたんや! いや、それよりも、なんやあれ? 木魔法にそんなんあったけな?」
「それは……」
アルニカはユーディ達と同じように身に付けたままであった木の槍を飛ばし牽制をしながら歯切れの悪い返答をする。
「隠し事って訳ではないんだけど、いつの間にかにできた……としか」
「そうかい。それよりもそれ、あと何回使えそうなんや?」
ユーディからしたら今を考えると正体よりもそういう事が気になってしまう。
「多分、十回くらい」
体感的に、一回の転移で一日に安全に使える魔力の一割は削られていた。
「そうかい、なら」
ユーディはアルニカに何事かを耳打ちした。
「けど、それは!」
耳打ちに対し、どこか怒気を纏った雰囲気で返す。
「大丈夫や。あいつはしぶといし、死んでも何とかできる人が居る」
アルニカは渋々といった感ではあったが頷いた。久澄がしぶといのは彼女も経験から知っていたし、ユーディが言っていた死者をどうにかできる人物も知識から一人だけ引っ張り出せていた。
「よし」
頷きに威勢よく応え、ユーディは右手を久澄に合わせるように前に出し、目を細めた。
天に煌めく星星が、更に輝やいた。
天体砲撃である。
但し、今までのように線で一直線に撃ち出すのではなく、面で久澄の行動の一歩先を狙うように撃つ。
その数は千に及ぶ。それは、現在ユーディが一度に撃ち出せる限界。
ユーディが広げる天体転写には、千もの星は輝いていない。百から二百がいいところだろう。
それで千。それはつまり、一つの星が七回程撃ち込んでいるという事だ。
初めて星の中の魔力が切れ、自然と回復のための魔力が持って行かれ始める。
それでも、体内に流れる魔力が切れそうな気配はない。
それにユーディは戦闘中だというのに頬が緩みそうになる。
魔導星はその実力に対して、振るえる魔力の量が絶対的に少ない。
だが今は、持って行かれている分の魔力の減りを合わせたとしても、せいぜい全体の一割にも満たない。
これからまた減っていくことを考えても、それでも後々に影響を及ぼさないレベル。
「ニーネ!!」
高速に雷速を掛け合わせている久澄にかわされる光景を見ながら、光線が九百を切り始めた時、ユーディはニーネを呼び、虚空に開いている左手でジャブを撃った。
視界の端でそれを見たニーネはユーディの意図を察し、ユーディと同じように拳を前に向かわせる。無論、絶対魔法を乗せ。
暴走し理性がないとはいえ、一度くらった攻撃の厄介さは本能が察する。
その動作を終わらせる前に、久澄はニーネの元へ跳ぼうとする。
充分に間に合う距離。が、跳ぼうとする久澄の前にユーディが最後の一本の光線を落とす。半瞬だけ久澄の意識がそれに向かう。
そして、半瞬で全ては完了する。
絶対命中と絶対衝撃の二つがかけられた空気の振動は、高速×雷速で逃げようとする久澄を正確に捉え、一瞬動きを止める。
命を狩るのに、一瞬もあれば充分。
ニーネにタイミングを合わせ跳んだアルニカが久澄の前に現れ、先端の尖った木の槍をその手に握りしめ、心臓めがけ差し込もうと動かす。
迷いはない。故に、一秒の間に動けない久澄の命は一旦終わる。
しかし、久澄の命が終わる鮮血は舞わなかった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
悲痛な叫び声と共に割り込む少女が居たからだ。
ハーツ・フェアリー。
彼女は目に一杯の涙を溜め、震えながら二人の間に割り込んだ。




